雷王、大いに懊悩す~ラスボス魔王、使命を果たして元の世界に戻りたくない異世界転移チート勇者によって全力で延命させられるの巻~

朽縄咲良

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エピソード1 魔王の目にも涙

魔王と提案と決断

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 「て……手を組む……とは、一体どういう意味で……?」
「解らねえかなぁ」

 その金色の眼をパチクリと瞬かせながら、胡乱な顔で首を捻るギャレマスに対し、シュータは呆れ顔を浮かべる。

「まったく……魔王のクセして察しが悪いな。使えねえ」
「……スミマセン」

 シュータの容赦のない言葉に、ギャレマスは憮然とした顔をしながら頭を下げた。
 そんな魔王に向けて、わざとらしくバカでかい溜息を吐いてみせてから、シュータはいかにも面倒くさいといった様子で「――つまり、だ」と口を開く。

「さっき一戦交えて、俺とお前との力の差はハッキリ解っただろ? アンタはどう足掻いても、チート持ちの俺には勝てねえって事がな」
「……」

 シュータの歯に衣着せぬ物言いに、魔王のこめかみに青筋が浮かんだ。
 ――が、彼の言葉自体は、己が身を以て嫌という程思い知らされた厳然たる“事実”である。ギャレマスは、甚だ不本意ながら、首を縦に振るしかなかった。
 彼が頷いたのを見たシュータは、満足そうに頷いてから言葉を継ぐ。

「でも、俺はお前を殺したくない。殺しちゃったら、強制的に元の世界に戻されちゃうからな。アンタを殺さない為には、放っとくのが一番なんだろうけど、いつまでもアンタを野放しにしとく訳にもいかないんだわ。一応、勇者としての立場上ね」
「まさか……! 貴方が私と結ぼうとしている『密約』とは――」

 シュータの言いたい事を察したギャレマスは、驚きで目を大きく見開く。
 一方のシュータは、ニヤリと口の端を歪めると、パチンと指を鳴らして答えた。

「お察しの通り。俺はこれからも、何度か“魔王退治”に来ることになると思う。魔王アンタには、その度にいい感じに口裏合わせて『魔王と勇者の死闘』ってヤツを演じてほしいんだ」
「し、死闘を……演じる……」
「俺があと一歩のところまで追い詰めたところで、アンタが小狡い手を使って逃げおおせる――そんな感じのストーリーラインを軸にして、あとは状況に応じてシチュエーションを変える感じで。……要するに、『ル〇ン三世』のル〇ンととっつぁんみたいな感じだよ」
「る……ルパ〇?」
「あー、分かるはずねえよな。日本人なら、これだけでツーカーなんだけどなぁ。……まあ、大体のニュアンスは分かるだろ?」

 シュータはそう言いながら立ち上がり、階をゆっくりと下りる。
 そして、床の上に正座したまま、あまりの話の展開に呆然としているギャレマスの肩にポンと手を置くと、その耳元に囁きかける。

「……それで、俺がちゃんとマジメに魔王退治に励んでいるって事を見せて、この世界の奴らを騙し続けるんだ」
「だ……騙す……この世界を?」

 肩を叩かれて、ビクリと身体を戦慄わななかせた魔王は、シュータにおずおずと尋ねた。

「……『世界を騙す』って、い、一体……いつまで」
「決まってんだろ。――『俺が天寿を全うするまで』、だ」
「……」

 シュータの答えに、一瞬逡巡する様子を見せたギャレマスだったが、すぐにキッと眦を上げると、目の前のシュータの顔を睨み返した。
 そして、瞋恚しんいと畏怖で口髭を震わせながら、決然とした言葉を紡がんとする。

「ま――魔王として、そんな屈辱に塗れた『密約』は――!」
「言っとくけど、アンタに拒否権はねえぞ」
「――ッ!」

 『呑めぬ』と言おうとした直前に遮ったシュータの声と視線に、凄まじい圧と殺気を感じたギャレマスの舌は、呪術を掛けられたかのように麻痺してしまった。
 と、

「……まあ、そんなに嫌だったら、無理強いはしねえよ。でも、だったら――」

 まるで蛇に睨まれた蛙の様に身を竦ませる魔王の顔を覗き込みながら、口元に冷酷な笑みを浮かべたシュータは囁きかける。

「来る度に、アンタの事を死なない程度に半殺しにするだけだけどな。いや……死闘らしいリアリティを出す為には、十分の八……いや、十分の九殺しくらいにはしなきゃダメかなぁ~」
「――ッ!」

 弄ぶようなシュータの言葉に、ギャレマスの顔が恐怖で引き攣った。
 そんな魔王の反応に、サディスティックに口元を歪めたシュータは、更に言葉を継ぐ。

「でも……ぶっちゃけめんどいんだよなぁ。うっかり加減を間違えると、……。万が一にもそういうが起こらないように、口裏と手裏てうらを合わせとこうっていうのが、俺の提案なんだけどさぁ」
「……」

 正に絡みつく蛇の様なシュータの囁きを聞きながら、ギャレマスは無言のまま目の前の床を睨みつけ、微動だにしなかった。
 今のギャレマスの頭の中では、

 ――甘んじて、シュータの提案に乗るか。
 ――それとも、魔王の誇りを汚さぬ為、あくまで突っぱねるか。

 という、ふたつの選択肢が天秤の皿に乗せられ、天秤の竿はどちらに傾こうかと迷うように、上下にゆらゆらと揺れている。
 その時――、

『――お父様!』
(――ッ!)

 彼の脳裏に甲高い声が響いた。
 同時に、彼に向かって微笑みかける、ひとりの可憐な魔族の少女の顔が浮かぶ。

(サリア――!)

 それは、彼の一人娘――サリアであった。
 そろそろ嫁入りを考え始めるよわいになり、最近とみに母親に似てきた娘の愛らしい顔を見た途端、彼の胸中の天秤の竿は激しく揺れ始める。
 ――と、

(……サリアの花嫁姿……綺麗だろうなぁ)

 ふと、彼の脳裏に、漆黒のウェディングドレスに身を包んだ娘の姿が思い浮かんだ。
 闇の様な黒いドレスに、彼女の炎の如く鮮やかな紅髪と新雪のように白い肌は、とてもよく映えるに違いない。
 かつて、“魔族の麗しき紅水晶”と讃えられたサリアの母、つまりギャレマスの亡妻と同じくらい――いや、もしかすると彼女よりも……!

(……見たい)

 ギャレマスは、心からそう思った。

(……サリアの花嫁姿を見ねば、死んでも死に切れぬ。余は――)

 すると、天秤の竿の揺れはますます大きくなり――、

(――生ぎだいッ!)

 そう、彼が心の中で絶叫すると同時に、
 天秤は大きな音を立てて一方へと傾いた――!
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