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エピソード1 魔王の目にも涙
魔王と腹心と四天王
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「痛ちちちち……」
ようやくの事で私室に戻り、フカフカのソファに腰を下ろしたギャレマスは、全身を奔る激痛に思わず顔を顰めた。
「だ、大丈夫ですか、陛下……?」
そんな彼に、可憐な顔を曇らせながら声をかけたのは、つい先日魔王軍の四天王への昇進を果たしたばかりの“氷牙将”スウィッシュであった。
――スウィッシュは、氷晶石を彷彿とさせるような蒼色の長髪を後ろで束ねた、まだ年若い娘で、その“氷牙将”の肩書通り、冷気を操る事に長けている。
その実力は魔王軍の中でもかなりのものだったが、それでも、魔王軍の最上位である四天王の地位に昇れる程ではなかった――本来ならば。
にもかかわらず、彼女が四天王に任命された理由――それは、数ヶ月前に魔王城に攻め寄せてきた“伝説の四勇士”によって、先代の四天王が悉く討ち果たされてしまったからである。
“伝説の四勇士”(実質的には勇者シュータひとり)によって、魔王軍のトップが皆殺しにされて空席になってしまった結果、当時は一部隊長にすぎなかったスウィッシュが繰り上がる形でトップの位置に昇り詰める事になってしまったのだ。
その事で、ギャレマスはスウィッシュに対し、申し訳ないという負い目にも似た気持ちを抱いていたのだが、当のスウィッシュは、存分に敬愛する主の役に立てる『四天王』というポストに就けた事に対し、これ以上ないやり甲斐と喜びを抱いていたのだった――。
「お顔の色が優れません。ソファではなく、ベッドで横になられた方が……」
自分の身体を心配するスウィッシュに、魔王は苦笑いを向けながら頭を振る。
「いや……大事ない。心配をかけて済まぬな、スウィッシュよ」
「い、いえ! 何をおっしゃいます!」
ギャレマスから気遣いの言葉をかけられたスウィッシュは、瞬く間にその白い頬を朱に染めた。
「へ、陛下の身を案じるのは、臣下の身であれば当然! 『済まぬ』なんてお言葉は不要です!」
「あ……確かにそうだな、うむ」
スウィッシュの言葉に、ギャレマスは気まずそうに頬を掻いた。
そんな主の様子に小さな溜息を吐いたスウィッシュは、その整った顔にホッとした表情を浮かべる。
「――とはいえ、ご無事で何よりでした。前の魔王城防衛戦の際に、一瞬で前任の四天王を皆殺しにした、あの忌々しい“伝説の四勇士”どもを迎撃する為、陛下がたったおひとりでメラド平原に出撃されたと聞いた時には、本当に生きた心地がしませんでした……」
「お……おう、し……心配をかけたようだな……」
心なしか潤んでいるスウィッシュの紫色の目に見つめられたギャレマスは、気まずそうに目を逸らす。
そんな魔王の態度にも気付かぬ様子のスウィッシュは、ふっと口元を綻ばせた。
「――ですが、さすが陛下でございますわ! あの、悪夢の如く手強い“伝説の四勇士”を相手にして、一歩も退かないどころか、今回も見事に撃退なさるなんて!」
「あ……う、うむ。まあ……」
陶酔した顔で捲し立てるスウィッシュを前に、ギャレマスは額に脂汗を浮かべながら、曖昧に頷く。
そんな彼の挙動不審な反応にも気付かぬ様子で、スウィッシュはその紫瞳をキラキラと輝かせながら尋ねた。
「で……やはり手強かったですか? “伝説の四勇士”どもは――!」
「あ……う、うむ。まあ……」
興味津々といった様子で身を乗り出してくるスウィッシュから逃れようとする様に身を捩らせながら、ギャレットは目を泳がせる。
そして、天井から吊り下がるシャンデリアを見上げ、必死で頭の中で言葉を探した。
「ま……そ、そうだな。――しょ、正直……“伝説の四勇士”といえど、女三人はそこまででは無かったな、ウン」
「あ……そうだったんですか!」
魔王の言葉に、スウィッシュは目を大きく見開いた。
彼女の驚く顔を見たギャレマスは、少しいい気分になって、舌の滑りが良くなる。
「うむ。まあ、三種族 (人間族・エルフ族・半獣人族)の中では指折りの実力者なのだろうが、所詮は三種族よ。最強の種族である魔族……その頂点に立つ余の相手では無かったな。ハ――ッハッハッハッ!」
そう言い放つと、胸を張って高笑いするギャレマス。
そんな意気軒高な主の様子に顔を綻ばせたスウィッシュが、更に問いを重ねる。
「では――あとひとり……勇者シュータは如何でしたか?」
「……!」
彼女の口からシュータの名が出た瞬間、ギャレマスの顔があからさまに引き攣った。
彼は、餌を待つ魔銀魚の様に口をパクパクさせながら、四方八方へ視線を彷徨わせる。
「う……うむ……ゆ、勇者シュータは……そのぅ……そうだのぅ……」
「……? いかがされましたか、陛下……?」
魔王の様子の異変に、さすがのスウィッシュも気が付き、怪訝な表情を浮かべた。
「な……何だか、さっきよりも顔色が……。し、死体よりも真っ白……」
「う……す、スウィッシュよ……」
ギャレマスは、心配げに自分の身体を支えようとするスウィッシュの手を押さえる。そして、脂汗を浮かべた顔を向け、微かに震える声で言った。
「す……すまぬが、薬湯を作ってきてはくれぬか? ゆ、勇者シュータと戦った時に受けた傷が……少々痛むのでな……」
「あ……ッ!」
魔王の言葉を聞いたスウィッシュは、その美しい顔を強張らせた。
「か、畏まりました! すぐにお持ちいたします!」
そう答えて勢いよく立ち上がった彼女は、「し、暫しお待ちをッ!」と言い残して、まさに疾風の如き勢いで部屋を飛び出していく。
「……」
しばらくの間、そのままの体勢で大きな音を立てて閉まった扉を凝視していたギャレマスだったが、スウィッシュのけたたましい足音が聞こえなくなったのを確認すると、大きく息を吐いてソファの背もたれに寄りかかった。
そして――、
「――もう行った。入るが良いぞ」
僅かに頭を廻らし、背後の大きな窓に向かって声をかける。
すると……、バルコニーに続く両開きの窓が微かな軋み音を立てながら開き、青白色をした裾の長い服を纏う何者かが静かに入ってきた。
そして、ソファに座るギャレマスの前に立つと、申し訳程度に頭を下げる。
「……こんばんは。魔王ギャレマス」
と、その人物は、まるで朽ちかけたゴーレムの様な声のトーンで挨拶をする。
それを受けて、ギャレマスも鷹揚に頷いた。
そして、鋭い目で相手を睨み据えながら、低い声で言う。
「……はるばるご苦労。ようこそ……とは、言いたくないがな」
そして、その金色の眼を油断なく光らせながら、その人物の名を呼んだ。
「――“伝説の四勇士”エラルティス……!」
ようやくの事で私室に戻り、フカフカのソファに腰を下ろしたギャレマスは、全身を奔る激痛に思わず顔を顰めた。
「だ、大丈夫ですか、陛下……?」
そんな彼に、可憐な顔を曇らせながら声をかけたのは、つい先日魔王軍の四天王への昇進を果たしたばかりの“氷牙将”スウィッシュであった。
――スウィッシュは、氷晶石を彷彿とさせるような蒼色の長髪を後ろで束ねた、まだ年若い娘で、その“氷牙将”の肩書通り、冷気を操る事に長けている。
その実力は魔王軍の中でもかなりのものだったが、それでも、魔王軍の最上位である四天王の地位に昇れる程ではなかった――本来ならば。
にもかかわらず、彼女が四天王に任命された理由――それは、数ヶ月前に魔王城に攻め寄せてきた“伝説の四勇士”によって、先代の四天王が悉く討ち果たされてしまったからである。
“伝説の四勇士”(実質的には勇者シュータひとり)によって、魔王軍のトップが皆殺しにされて空席になってしまった結果、当時は一部隊長にすぎなかったスウィッシュが繰り上がる形でトップの位置に昇り詰める事になってしまったのだ。
その事で、ギャレマスはスウィッシュに対し、申し訳ないという負い目にも似た気持ちを抱いていたのだが、当のスウィッシュは、存分に敬愛する主の役に立てる『四天王』というポストに就けた事に対し、これ以上ないやり甲斐と喜びを抱いていたのだった――。
「お顔の色が優れません。ソファではなく、ベッドで横になられた方が……」
自分の身体を心配するスウィッシュに、魔王は苦笑いを向けながら頭を振る。
「いや……大事ない。心配をかけて済まぬな、スウィッシュよ」
「い、いえ! 何をおっしゃいます!」
ギャレマスから気遣いの言葉をかけられたスウィッシュは、瞬く間にその白い頬を朱に染めた。
「へ、陛下の身を案じるのは、臣下の身であれば当然! 『済まぬ』なんてお言葉は不要です!」
「あ……確かにそうだな、うむ」
スウィッシュの言葉に、ギャレマスは気まずそうに頬を掻いた。
そんな主の様子に小さな溜息を吐いたスウィッシュは、その整った顔にホッとした表情を浮かべる。
「――とはいえ、ご無事で何よりでした。前の魔王城防衛戦の際に、一瞬で前任の四天王を皆殺しにした、あの忌々しい“伝説の四勇士”どもを迎撃する為、陛下がたったおひとりでメラド平原に出撃されたと聞いた時には、本当に生きた心地がしませんでした……」
「お……おう、し……心配をかけたようだな……」
心なしか潤んでいるスウィッシュの紫色の目に見つめられたギャレマスは、気まずそうに目を逸らす。
そんな魔王の態度にも気付かぬ様子のスウィッシュは、ふっと口元を綻ばせた。
「――ですが、さすが陛下でございますわ! あの、悪夢の如く手強い“伝説の四勇士”を相手にして、一歩も退かないどころか、今回も見事に撃退なさるなんて!」
「あ……う、うむ。まあ……」
陶酔した顔で捲し立てるスウィッシュを前に、ギャレマスは額に脂汗を浮かべながら、曖昧に頷く。
そんな彼の挙動不審な反応にも気付かぬ様子で、スウィッシュはその紫瞳をキラキラと輝かせながら尋ねた。
「で……やはり手強かったですか? “伝説の四勇士”どもは――!」
「あ……う、うむ。まあ……」
興味津々といった様子で身を乗り出してくるスウィッシュから逃れようとする様に身を捩らせながら、ギャレットは目を泳がせる。
そして、天井から吊り下がるシャンデリアを見上げ、必死で頭の中で言葉を探した。
「ま……そ、そうだな。――しょ、正直……“伝説の四勇士”といえど、女三人はそこまででは無かったな、ウン」
「あ……そうだったんですか!」
魔王の言葉に、スウィッシュは目を大きく見開いた。
彼女の驚く顔を見たギャレマスは、少しいい気分になって、舌の滑りが良くなる。
「うむ。まあ、三種族 (人間族・エルフ族・半獣人族)の中では指折りの実力者なのだろうが、所詮は三種族よ。最強の種族である魔族……その頂点に立つ余の相手では無かったな。ハ――ッハッハッハッ!」
そう言い放つと、胸を張って高笑いするギャレマス。
そんな意気軒高な主の様子に顔を綻ばせたスウィッシュが、更に問いを重ねる。
「では――あとひとり……勇者シュータは如何でしたか?」
「……!」
彼女の口からシュータの名が出た瞬間、ギャレマスの顔があからさまに引き攣った。
彼は、餌を待つ魔銀魚の様に口をパクパクさせながら、四方八方へ視線を彷徨わせる。
「う……うむ……ゆ、勇者シュータは……そのぅ……そうだのぅ……」
「……? いかがされましたか、陛下……?」
魔王の様子の異変に、さすがのスウィッシュも気が付き、怪訝な表情を浮かべた。
「な……何だか、さっきよりも顔色が……。し、死体よりも真っ白……」
「う……す、スウィッシュよ……」
ギャレマスは、心配げに自分の身体を支えようとするスウィッシュの手を押さえる。そして、脂汗を浮かべた顔を向け、微かに震える声で言った。
「す……すまぬが、薬湯を作ってきてはくれぬか? ゆ、勇者シュータと戦った時に受けた傷が……少々痛むのでな……」
「あ……ッ!」
魔王の言葉を聞いたスウィッシュは、その美しい顔を強張らせた。
「か、畏まりました! すぐにお持ちいたします!」
そう答えて勢いよく立ち上がった彼女は、「し、暫しお待ちをッ!」と言い残して、まさに疾風の如き勢いで部屋を飛び出していく。
「……」
しばらくの間、そのままの体勢で大きな音を立てて閉まった扉を凝視していたギャレマスだったが、スウィッシュのけたたましい足音が聞こえなくなったのを確認すると、大きく息を吐いてソファの背もたれに寄りかかった。
そして――、
「――もう行った。入るが良いぞ」
僅かに頭を廻らし、背後の大きな窓に向かって声をかける。
すると……、バルコニーに続く両開きの窓が微かな軋み音を立てながら開き、青白色をした裾の長い服を纏う何者かが静かに入ってきた。
そして、ソファに座るギャレマスの前に立つと、申し訳程度に頭を下げる。
「……こんばんは。魔王ギャレマス」
と、その人物は、まるで朽ちかけたゴーレムの様な声のトーンで挨拶をする。
それを受けて、ギャレマスも鷹揚に頷いた。
そして、鋭い目で相手を睨み据えながら、低い声で言う。
「……はるばるご苦労。ようこそ……とは、言いたくないがな」
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