雷王、大いに懊悩す~ラスボス魔王、使命を果たして元の世界に戻りたくない異世界転移チート勇者によって全力で延命させられるの巻~

朽縄咲良

文字の大きさ
41 / 423
エピソード3 魔王の霍乱

魔王と薬湯と隠し味

しおりを挟む
 魔王城の一番中心にある部屋の分厚い扉の向こうから、控えめなノックが聞こえた。

「――陛下。スウィッシュにございます。薬湯をお持ちいたしました」
「うむ……構わぬ。入れ」

 扉の向こうからのくぐもった声に、魔王ギャレマスは横たわっていたベッドから体を起こしながら答える。
 微かな軋み音を上げながら、重い扉がゆっくりと開き、両手で銀盆を持ったスウィッシュが室内に入ってきた。
 彼女は、盆の上に載せたポットを倒さぬよう、ゆっくりと慎重に、ギャレマスのベッドの傍らまで歩を進める。

「……お加減は如何ですか、陛下?」

 銀盆をサイドテーブルに置きながら、心配そうな表情を浮かべたスウィッシュが尋ねた。
 それに対し、ギャレマスは苦笑いを浮かべながら、小さく頷いてみせる。

「うむ……。お主の調合してくれる薬湯が良く効いているようだ。ほれ、この通り」
「……畏れながら、そんな包帯グルグル巻きの状態でそう仰られましても、全く説得力がありません」
「……」

 ジト目のスウィッシュに冷たくツッコまれたギャレマスは、気まずい思いを誤魔化そうと頬を掻こうとしたが、顔面に幾重も巻きつけられた包帯が邪魔をして、痒いところに手が……もとい、指が届かない。
 というか、顔面だけでは無い。
 彼の全身は、到る所が白い包帯と磨り潰した薬草を塗布した当て布で覆われていて、さながらミイラの如き異様な風体となっていた。
 ギャレマスが包帯で全身ラッピングされている理由――それは言うまでもなく、十数日前、勇者シュータに痛めつけられた時の傷と、激しく噴火するヴァンゲリンの丘から脱出する際に負った火傷のせいである。
 『地上最強の生物』との威名を誇るギャレマスであったが、先日はさすがに骨身に堪えた。
 体中に無数の打撲・切り傷、そして大火傷を負ったギャレマスは、魔王城に帰りつくやベッドの上の住人と化し、スウィッシュたちによる懸命な看護を受け――今に到る。
 その驚異的な回復力によって、今では大分傷も癒えたものの、まだベッドから離れる事は出来ず、大げさな包帯姿もそのままだった。
 そんな主君の滑稽な姿を見て、呆れた様な溜息を吐いたスウィッシュは、銀盆の上の小鉢にポットの中の薬湯を注ぎ入れ、軽く吹いて冷ましてからギャレマスに差し出した。

「まあ……お世辞でも、薬湯が効いているというお言葉を頂けて光栄です。さ……どうぞ」
「う……うむ」

 呆れた様なはにかみ笑いを浮かべるスウィッシュの手から、ゆらゆらと湯気を立てる小鉢を受け取ったギャレマスは、仄かに香る青臭い刺激臭に僅かに顔を顰める。

「むぅ……」

 思わず喉の奥で唸り、一瞬躊躇して、こっそりと横を窺い見る。

「……」

 そして、ベッドの横に立ったスウィッシュが、期待と不安がない交ぜになった表情で自分を凝視しているのを見て、観ね……もとい、覚悟を決め、目を固く瞑って一気に小鉢を呷った。

「んが……ぐぐ……っ!」

 たちまち口中に広がる濃密な草の香りと舌が溶けそうな苦味に、堪らずギャレマスは吐き出しかけるが、傍らに立つスウィッシュの期待に溢れた紫の瞳を思い出して、すんでのところで堪える。

(せ……せっかく、スウィッシュが、余の事を案じて煎じてくれた薬湯……。主としては、断じて無駄にしてはならぬ……魔王の名に懸けて!)

 ギャレマスは、口の中から鼻腔と脳髄を直撃してくる刺激でのたうち回りたい衝動を、魔王としての矜持で辛うじて抑え込むと、目の端に涙の粒を浮かべながら、口の中いっぱいに溜め込んだ薬湯を一気に嚥下した。
 喉を灼くような感触を残しながら、薬湯が胃袋まで下りていく。

「ふぅっ……はぁ……はぁ……」
 
 空になった小鉢をサイドテーブルに置くと、すっかり気力を消耗した魔王は、肩で息を吐きながらベッドに身をうずめた。
 一方のスウィッシュは、ギャレマスが空にした小鉢を見ると、表情を輝かせる。
 そして、弾んだ声で主に尋ねた。

「陛下、お味はいかがでした? 今日の薬湯は、少し調合を変えてみたんですよっ!」
「あ……そ、そうだったのか……?」

 スウィッシュの言葉に、少し戸惑うギャレマス。

(……正直、いつもとあまり変わらない気が……。というか、味わう以前に、一気に飲み込んだから、味の違いとか全然分からなかった……)

 ――とはいえ、その感想をそのまま伝えたら、無邪気に喜んでいるスウィッシュを悲しませてしまう事くらいは、さすがのギャレマスにも充分に予想ができる。
 だから、曖昧に微笑みながら頷いてみせた。

「う……うむ。そういえば……い、いつもより少し、が強かったような気がする……何となく、うむ」
「あ! やっぱりお分かりになりましたぁ? そうなんですよぉ!」

 ギャレマスの言葉を聞いて、更に顔を綻ばせるスウィッシュ。
 その嬉しそうな顔を見たギャレマスも、自分の答えが間違っていなかったらしいと、安堵の笑みを浮かべた。
 そんな彼に、ニコニコと微笑みかけながら、スウィッシュは言葉を継ぐ。

「今回は、前までの調合に加えて、お城の裏に咲いてた紅い花を煎じたものを香りづけで足してみたんです!」
「……へ?」

 スウィッシュの言葉を聞いた瞬間、ギャレマスの胸中に不安が過る。
 『城の裏に咲いていた紅い花』というキーワードに、何とも言えない不吉な既視感を覚えたのだ。

「の……のう、スウィッシュよ……」

 ギャレマスは、急に胃のあたりがグルグルと音を立てながら痛み出すのを感じつつ、おずおずと尋ねた。

「そ……その、紅い花というのは……ひょっとして、八つの細長い花びらがうねうねしてる……結構大きめの……?」
「あ、良く御存知ですね! おっしゃる通りです!」

 ギャレマスの問いかけに、驚いた顔を向けて頷くスウィッシュ。

「お堀の土手に生えてた不思議な花です。でも、すごくいい香りがしてたんで、花びらを一片ひとひら磨り潰して薬草に混ぜてみたんです! ……って、あれ? どうなさったんですか、陛下?」
「あ……い、いや……」

 そそくさとベッドから身を起こしたギャレマスに、訝しげな目を向けるスウィッシュ。
 魔王は、そんな彼女に向けて引き攣り笑いを浮かべながら、青白い顔で答える。

「そ、その、ちょっと……用を足して参る……」
「え? いけません!」
「へ……?」

 よろよろと立ち上がろうとするギャレマスを、血相を変えたスウィッシュが押し止めた。

「陛下は、まだ傷が癒えていないのですから! 御用がおありでしたら、あたしが代わって行って参ります!」
「あ……いや……」

 真剣な表情で制するスウィッシュに、ギャレマスは少し気恥ずかしそうな表情を浮かべながら言う。

「余……余の言う“用”というのは、そっちの意味では無くてな……その、トイレ方面の……」
「……あ」

 微かに頬を染めながらのギャレマスの言葉に、ようやく意味を察したスウィッシュは大きく目を見開き、その顔を茹でダコのように真っ赤にする。

「あ! も、申し訳ございません! あ、あたし、てっきり――」
「よ、良い良い。余の言い方も悪かったやもしれぬ」

 深々と頭を下げるスウィッシュに、ギャレマスは鷹揚に頷――こうとした途端、腹に鈍い痛みが走り、思わず呻り声を上げた。
 そして、腹を押さえ、額に脂汗を浮かべながら、心持ち小股でトイレへと急ぐのであった――。


 ――【タコアシアカスミレ】――
 まるでタコの脚の様に波打った、八枚の鮮やかな紅い花弁を有する花を咲かせる一年草。
 稀に水辺の土手などに生え、極めてかぐわしい香りを放ち、近付いた生き物を惹きつける。
 だが、その花弁や茎には毒性があり、摂取すると、極めて激しい腹痛と下痢をもたらす。
 その為、強力な下剤の材料として、ごく少量が用いられる。

 ……『カーダ薬草大辞典』より抜粋。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う

こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
 異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。  億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。  彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。  四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?  道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!  気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?    ※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

処理中です...