雷王、大いに懊悩す~ラスボス魔王、使命を果たして元の世界に戻りたくない異世界転移チート勇者によって全力で延命させられるの巻~

朽縄咲良

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エピソード5 マオー来訪者

宿屋と主人と牛獣人

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 アヴァーシの町は、人間族ヒューマーの国の北東部に位置する、かつては大いに栄えた町だった。

 元々アヴァーシは、良質の鉱泉が湧いていた事から、各地より多数の湯治客が訪れる観光地として有名な町だった。
 だが、今から七百年ほど前に、近郊に聳えるイワサミド山で良質のミスチール鉱石の鉱脈が発見された事で、街の様相は一変する。
 イワサミド鉱山が開かれると共に、アヴァーシにはそれまでの湯治客に加えて、ミスチール鉱石の採掘に携わる鉱夫たちや、鉱石の取引商や鍛冶らで大いに賑わった。

 鉱夫たちは、苛烈な鉱山での労働で溜まった疲労と欲望を発散する遊興の為。
 商人たちは、採掘されたミスチール鉱石の売買を行う為。
 鍛冶たちは、鉱石を様々な道具や武具防具へ加工する為。

 様々な者たちが、人間族ヒューマー・エルフ族・獣人族の種族の別なく、様々な目的の為に、この町を訪れた。
 そして、街を訪れた彼らが落とす莫大な金や物資が街を大いに潤す事で、かつてはタダの観光地だったアヴァーシの街は、王国北東地方最大の経済都市へと急成長を遂げたのだった。

 ――約二百年前、イワサミド鉱山が、鉱脈の枯渇によって閉山するまでは。

 ◆ ◆ ◆ ◆

 「――それから、あっという間に衰退して、今じゃあこの有様よ」

 と、アヴァーシの町の南の端っこで細々と営業している宿屋『古龍の寝床亭』の主人である中年のオヤジは、自嘲気味に嗤いながら言った。

「飯のタネが尽きた事を知った鉱夫と商人連中は、あっという間に店を畳んで、他の地方へ移っていっちまいやがった。鍛冶屋連中も、鍛える材料が無いんじゃ、こんな僻地に住み続ける意味は無いわな。って事で“以下同文”だ」

 そう言うと、主人はカウンターの上に置いていたゴブレットを手に取り、半分ほど残っていた発泡酒イェビスを一気に呷った。
 そして、新しい瓶の栓を抜き、カウンターテーブルの上に置いたゴブレットに注ごうとするが、既にだいぶ酔いが回っているせいで、手元が覚束ない。
 そして、

「……ウィック!」

 主人が大きなしゃっくりをした反動で、瓶の口がゴブレットの上から大きくずれた。
 そして、弾みで瓶が大きく傾き、イェビスの黄金色の滴が、埃の浮いた汚いカウンターテーブルの上に――

「……おお、いかんいかん」

 ――零れ落ちる寸前、その場にいたもうひとりの手が素早く動き、カウンター上のゴブレットをしっかと掴むと、滴り落ちたイェビスを一滴残らず受け止める。
 そして、もう一方の手を伸ばして、酔いで震える主人の手から瓶を取り上げた。

「主人よ、余……じゃなかった、が注ごう」
「お……おお、すまねえな」

 主人は、酔眼を上げ、しっかりとした手つきでゴブレットにイェビスを注ぎ込もうとする者の顔を見ると、ニカッと笑いかけた。

「そんな厳つい顔をしてる割に親切だな、お客さんは。……って、獣人のアンタに言うのは、ちいと失礼かな」
「いや……別に構わん」

 瓶をテーブルに置き、なみなみとイェビスを注いだゴブレットを主人に向けて差し出しながら、牛頭の獣人ミノタウロスは主人の言葉にも表情を変えず――もっとも、牛獣人ミノタウロスの表情の変化など、主人には見分けがつかなかったが――答える。
 そして、白く大きな二本の角が頭の両側から伸びた、茶褐色の毛皮に覆われた牛そっくりの顔と、黒いローブで身体をすっぽりと覆った長身が否が応にも周囲の目を引くミノタウロスは、主人がゴブレットを一呷りするのを待ってから口を開いた。

「それで――主人よ。しばらくの間、部屋を借りたいのだが、空いているだろうか? ……出来れば三部屋で」
「ああ……宿泊に来たのか、アンタ……」
「……宿屋に来る用事など、他には無いと思うが」

 心なしか憮然とした声で頷くミノタウロスを横目に、主人は傍らの棚から宿帳を取り出し、指先を舌で湿しながらペラペラとめくり始める。

「ええと……三部屋……三部屋ねぇ……」

 少しの間、片手でゴブレットをちびちびと呷りながら、もう片手で宿帳をめくっていた主人だったが、やがて顔を上げると、小さく首を横に振った。

「生憎と、三部屋分は空いてねえな。団体の予約が入って、ほとんど埋まっちまってる」
「そうか……困ったな」

 主人の答えを聞いたミノタウロスは、顎のあたりに手を当てながら、困惑の声を上げる。
 そんなミノタウロスの様子に、主人は尋ねかけた。

「他の宿には当たってみたのかい? こう言っちゃなんだが、ウチよりもデカい宿屋なら、他にいくらでも……」
「あらかた当たってはみたのだが……」

 主人の問いかけに、ミノタウロスは小さくかぶりを振る。

「他の宿屋もかなり盛況のようで、部屋の空きが無かったり……儂のような獣人の宿泊は元々断っていると言われてしまったりで……なかなか」
「ありゃ。酷ぇな、そりゃ」

 ミノタウロスの言葉に、主人は憤慨した。

「確かに、獣人は抜け毛が多くてチェックアウト後の掃除が大変だったり、食事の制約が多いっていうのはあるけどよ……だからって、門前払いはいけねえな。……まったく、最近客が戻ってきたからって、調子に乗ってんだよ、あいつらは!」
「そ、そうなのか……?」
「閑古鳥が鳴いている頃は、獣人相手の秘湯ツアーで辛うじて宿の経営を保たせてたっていうのにさ。『恩を仇で返す』たぁ、この事よ」

 そこまで言って、主人はハッとした表情を浮かべ、申し訳なさそうにミノタウロスに頭を下げる。

「……と、申し訳ねえ。獣人のお客の前で獣人の事を悪し様に言っちまった……。赦してくれや」
「はは……良い。別に気にはせぬ」

 ミノタウロスは、謝罪する主人に向かって鷹揚に頷くと、僅かに首を傾げた。

「ところで主人よ。お主がさっき口にしておったが、『客が戻ってきた』というのは――?」
「ああ、それな!」

 主人は、ミノタウロスの問いかけに顔を綻ばせると、大きく頷く。

「詳しくは知らねえけどよ。近々、閉山してたイワサミド鉱山が再稼働するって話が持ち上がってよ。最近になって人間がぞろぞろと集まって来始めてるんだよ!」
「……ほう」

 主人の弾んだ声に、ミノタウロスも興味深げな声を上げる。

「集まってくる人間とは、やはり鉱夫や商人たちがか?」
「うん、そうだな」

 ミノタウロスの言葉に、主人は大きく頷いた。

「求人に応じたとか現地調査だか店を出す前準備だかで、各地から色んな奴らが集まってきて、アヴァーシの宿屋はみんな、実に数百年ぶりの満員御礼でウッハウハよ。……こんなボロい『古龍の寝床亭ウチ』も漏れなくな!」
「……そうなのか。良かったな、主人」

 ミノタウロスは、陽気に捲し立てながらゴブレットのイェビスを飲み干す主人に祝福の言葉をかけながら、

「……やはり、人間族ヒューマーどもがイワサミド鉱山の再稼働を狙っているという我々の予測は正しかったか――」

 と、主人に聞こえぬよう、低く呟いたのだった。
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