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エピソード8 謀事魔多し
魔王と憂慮と責務
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エラルティスが祝杯を上げながら眺めている、雲一つない夜空に奔る稲妻――。
それは言うまでもなく、漆黒の翼を広げて空を翔ける魔族の首魁――“雷王”ギャレマスが放つ雷系呪術だった。
そして、それに対抗して時折輝く紅い光は、反重力で滞空したシュータが展開する魔法陣によるものだ。
ふたりは、それぞれの術を駆使した激しい応酬を繰り返し、もう一時間以上も空中で戦い続けている。
勇者と魔王の戦いは、その様子を地上から見上げている人間族たちには、全くの互角に見えていた。
まあ……実際は、ふたりが示し合わせて演じている巧妙な芝居なのだが――。
「……ちぃっ!」
長引く戦いに苛立った演技をしながら、黒翼をいっぱいに広げて夜空を急上昇したギャレマスは、勢いよく両手を打ち合わせて雷系呪術を発動する。
「舞烙魔雷術ッ!」
彼の詠唱と共に、その両掌に蓄えられた無数の稲妻が解き放たれ、まるで絡みつく大蛇のように撚り合わされて、一本の巨大な雷と化し、眼下で悠然と滞空している人間族目がけて襲い掛かる。
だが、頭上に降り注いでくる雷を見上げたシュータは、まったく焦る様子を見せなかった。
彼は、口元を半月の形に歪めて不敵な微笑を浮かべると、
「……あらよっと!」
と掛け声をかけながら、ひらりと身を躱す。
シュータを強かに打ち据えるはずだった巨大な雷柱は、その横を虚しく通過し――地上の空き地を深々と穿ち抜いた。
「う……うわあああっ!」
「キャアアアアアア――ッ!」
地上から上がる土煙と火花と不快な匂いと――無数の人間族たちの悲鳴。
そんな地上の状況を、遥か上空から見下ろしたギャレマスは、顔面蒼白になった。
「ちょ……ちょおおおおっと! おい、シュータッ!」
彼は血相を変え、背中の黒翼を羽搏かせると急降下し、自分が放った雷撃をあっさりと躱したシュータに接近する。
「お、お主! 何を避けておるの――グガッ!」
「んだよ、寄るんじゃねえよクソ魔王。俺は、加齢臭臭い中年親父に近付かれて喜ぶ趣味は持ってねえよ」
即座に紅い魔法陣を展開して、ギャレマスの急接近を物理的に防いだシュータは、不機嫌そうに言い捨てた。
そんな彼に、紅い魔法陣の障壁に顔面から突っ込んだギャレマスは、涙目で鼻頭を押さえながら抗議の声を上げる。
「い……いや、余の舞烙魔雷術を避けるでないわ! 流れ弾……いや、流れ雷が地上の人間族に直撃したらどうするのだッ?」
「うるせえな。避けようが弾こうが、そんなのは俺の自由だろうが」
ギャレマスの抗議に対し、シュータは鬱陶しげに、まるで蝿を払うように手を振りながら言った。
そして、舞い上がった土煙が落ち着きつつある地上を一瞥すると、フフンと鼻を鳴らして言葉を継ぐ。
「……それに、稲妻が落ちたのは誰もいない空地じゃん。死人は出てないからセーフだよ」
「そ……そんなの、ただの偶然に過ぎぬであろうが! も、もし建物や大通りだったりしたら……」
そう声を荒げかけたギャレマスだったが、何かに気付いた様子で、ハッと目を見開いた。
「まさか……! ひょ、ひょっとしてお主、こうなる事をあらかじめ予期して、戦いながら空き地の上空まで余を誘導しておったのか……?」
「え? あ……ああ……」
ギャレマスの言葉にキョトンとした表情を浮かべたシュータは、少し首を傾げてから、コクンと頷く。
「まあ……じゃ、そういう事にしとけ」
「……いや、違うんかい!」
微妙に視線を逸らしたシュータの態度で、舞烙魔雷術が空き地に落ちたのは彼の計算などではなく、タダの偶然でしかなかった事を悟ったギャレマスは、呆れ交じりに叫んだ。
「お主にも、少しは他人の事を慮る心があるのかと、ほんのちょっぴりでも見直しかけて損し……痛ッ!」
「グチグチうるせえな、クソオヤジが! 結果的に死人が出てねえから、それでいいだろうが!」
魔法陣を展開し、具現化したハリセンでギャレマスの頭を思い切り叩きながら、シュータが怒鳴る。
そして、ぐるりと首を巡らせて地上を見渡すと、苛立たしげに舌打ちした。
「――まったく、まだ見つけられねえのかよ、ジェレミィアの奴……」
「む、むぅ……」
シュータの言葉に、ハリセンで強かに打たれた頭を擦りながら、ギャレマスも地上に目を向ける。
彼の言う通り、ポツポツと灯りが瞬くアヴァーシの街からは、スウィッシュたちからの合図が上がる様子は無かった。
不安げな目をシュータに向けたギャレマスは、おずおずと尋ねる。
「……シュータよ。ジェレミィアの嗅覚は、本当にあてになるのだろうな?」
「あぁ? この期に及んで疑ってんのかよ?」
シュータは、不機嫌そうに眉を顰めながら答えた。
「心配すんな。さっき言った事は嘘じゃねえ。アイツの嗅覚は確かだよ。何せ、前に俺たちが『不帰の樹海』で迷ってた時も、十キロくらい離れた炭焼き小屋のオヤジが焼いてた豚の丸焼きの匂いをアイツが嗅ぎつけて、それを辿って無事に脱出する事が出来たくらいだからな」
「……まあ、そ、それはすごいな……」
シュータの言葉に呆れるべきか感心すべきか、ギャレマスは返事に窮する。
そして、つと表情を曇らせた。
「……であれば、やはり、何か不測の事態が発生したという事なのだろうか? 危うい目に遭っておらねば良いが……スウィッシュ……」
自分のかけがえのない部下である蒼髪の少女の顔を思い浮かべ、やにわに不安に陥るギャレマス。
そんな彼の憂い顔を横目で見ながら、シュータは大袈裟な溜息と共に言う。
「つうかよぉ……今更、そんな事を心配してもしょうがねえだろうが。もう始めちまったんだ。あとは、各自が最善を尽くすしかねえだろう? ジェレミィアたちは地上で。俺たちは空中で。……それに、ファミィたちはメヒナ渓谷で、な」
「……」
「あの氷女も、陰キャヤローも、テメエの部下なんだろ? お前は俺みたいに、何でも一人で出来る完璧超人なんかじゃねえんだからよ。凡人は凡人らしく、ちっとは自分の部下の事を信じて頼ってやれよ」
「……自分で自分の事を完璧と言うか……」
自信が溢れるどころか、天高く噴き上がりそうなシュータに呆れながらも、その言葉にギャレマスは頷き返す。
そして、アヴァーシの西側で闇に沈んだ小高い山の向こうを透かし見るように目を細めた。
「ファミィとアルトゥー……それにヴァートス殿も、今ごろは向こうで作戦を開始しておるはずだな……」
そう呟くと、彼は大きく頷き、気合いを入れるように頬を強く叩いた。
「……よし! 余も皆と同じように、自分に任された責務をしっかりと果たすとしよう!」
「そうだな。それがいい」
覇気を持ったギャレマスの声に頷きながら、シュータはニヤリと笑って応える。
「じゃあ、その言葉通りに責務ってヤツを果たせよ。地上にいる奴らに勇者シュータの強さとカッコよさを存分に見せつける為、俺にコテンパンに打ちのめされるサンドバッグとしての責務をな」
「って! そ、それは何か違うぞッ?」
それは言うまでもなく、漆黒の翼を広げて空を翔ける魔族の首魁――“雷王”ギャレマスが放つ雷系呪術だった。
そして、それに対抗して時折輝く紅い光は、反重力で滞空したシュータが展開する魔法陣によるものだ。
ふたりは、それぞれの術を駆使した激しい応酬を繰り返し、もう一時間以上も空中で戦い続けている。
勇者と魔王の戦いは、その様子を地上から見上げている人間族たちには、全くの互角に見えていた。
まあ……実際は、ふたりが示し合わせて演じている巧妙な芝居なのだが――。
「……ちぃっ!」
長引く戦いに苛立った演技をしながら、黒翼をいっぱいに広げて夜空を急上昇したギャレマスは、勢いよく両手を打ち合わせて雷系呪術を発動する。
「舞烙魔雷術ッ!」
彼の詠唱と共に、その両掌に蓄えられた無数の稲妻が解き放たれ、まるで絡みつく大蛇のように撚り合わされて、一本の巨大な雷と化し、眼下で悠然と滞空している人間族目がけて襲い掛かる。
だが、頭上に降り注いでくる雷を見上げたシュータは、まったく焦る様子を見せなかった。
彼は、口元を半月の形に歪めて不敵な微笑を浮かべると、
「……あらよっと!」
と掛け声をかけながら、ひらりと身を躱す。
シュータを強かに打ち据えるはずだった巨大な雷柱は、その横を虚しく通過し――地上の空き地を深々と穿ち抜いた。
「う……うわあああっ!」
「キャアアアアアア――ッ!」
地上から上がる土煙と火花と不快な匂いと――無数の人間族たちの悲鳴。
そんな地上の状況を、遥か上空から見下ろしたギャレマスは、顔面蒼白になった。
「ちょ……ちょおおおおっと! おい、シュータッ!」
彼は血相を変え、背中の黒翼を羽搏かせると急降下し、自分が放った雷撃をあっさりと躱したシュータに接近する。
「お、お主! 何を避けておるの――グガッ!」
「んだよ、寄るんじゃねえよクソ魔王。俺は、加齢臭臭い中年親父に近付かれて喜ぶ趣味は持ってねえよ」
即座に紅い魔法陣を展開して、ギャレマスの急接近を物理的に防いだシュータは、不機嫌そうに言い捨てた。
そんな彼に、紅い魔法陣の障壁に顔面から突っ込んだギャレマスは、涙目で鼻頭を押さえながら抗議の声を上げる。
「い……いや、余の舞烙魔雷術を避けるでないわ! 流れ弾……いや、流れ雷が地上の人間族に直撃したらどうするのだッ?」
「うるせえな。避けようが弾こうが、そんなのは俺の自由だろうが」
ギャレマスの抗議に対し、シュータは鬱陶しげに、まるで蝿を払うように手を振りながら言った。
そして、舞い上がった土煙が落ち着きつつある地上を一瞥すると、フフンと鼻を鳴らして言葉を継ぐ。
「……それに、稲妻が落ちたのは誰もいない空地じゃん。死人は出てないからセーフだよ」
「そ……そんなの、ただの偶然に過ぎぬであろうが! も、もし建物や大通りだったりしたら……」
そう声を荒げかけたギャレマスだったが、何かに気付いた様子で、ハッと目を見開いた。
「まさか……! ひょ、ひょっとしてお主、こうなる事をあらかじめ予期して、戦いながら空き地の上空まで余を誘導しておったのか……?」
「え? あ……ああ……」
ギャレマスの言葉にキョトンとした表情を浮かべたシュータは、少し首を傾げてから、コクンと頷く。
「まあ……じゃ、そういう事にしとけ」
「……いや、違うんかい!」
微妙に視線を逸らしたシュータの態度で、舞烙魔雷術が空き地に落ちたのは彼の計算などではなく、タダの偶然でしかなかった事を悟ったギャレマスは、呆れ交じりに叫んだ。
「お主にも、少しは他人の事を慮る心があるのかと、ほんのちょっぴりでも見直しかけて損し……痛ッ!」
「グチグチうるせえな、クソオヤジが! 結果的に死人が出てねえから、それでいいだろうが!」
魔法陣を展開し、具現化したハリセンでギャレマスの頭を思い切り叩きながら、シュータが怒鳴る。
そして、ぐるりと首を巡らせて地上を見渡すと、苛立たしげに舌打ちした。
「――まったく、まだ見つけられねえのかよ、ジェレミィアの奴……」
「む、むぅ……」
シュータの言葉に、ハリセンで強かに打たれた頭を擦りながら、ギャレマスも地上に目を向ける。
彼の言う通り、ポツポツと灯りが瞬くアヴァーシの街からは、スウィッシュたちからの合図が上がる様子は無かった。
不安げな目をシュータに向けたギャレマスは、おずおずと尋ねる。
「……シュータよ。ジェレミィアの嗅覚は、本当にあてになるのだろうな?」
「あぁ? この期に及んで疑ってんのかよ?」
シュータは、不機嫌そうに眉を顰めながら答えた。
「心配すんな。さっき言った事は嘘じゃねえ。アイツの嗅覚は確かだよ。何せ、前に俺たちが『不帰の樹海』で迷ってた時も、十キロくらい離れた炭焼き小屋のオヤジが焼いてた豚の丸焼きの匂いをアイツが嗅ぎつけて、それを辿って無事に脱出する事が出来たくらいだからな」
「……まあ、そ、それはすごいな……」
シュータの言葉に呆れるべきか感心すべきか、ギャレマスは返事に窮する。
そして、つと表情を曇らせた。
「……であれば、やはり、何か不測の事態が発生したという事なのだろうか? 危うい目に遭っておらねば良いが……スウィッシュ……」
自分のかけがえのない部下である蒼髪の少女の顔を思い浮かべ、やにわに不安に陥るギャレマス。
そんな彼の憂い顔を横目で見ながら、シュータは大袈裟な溜息と共に言う。
「つうかよぉ……今更、そんな事を心配してもしょうがねえだろうが。もう始めちまったんだ。あとは、各自が最善を尽くすしかねえだろう? ジェレミィアたちは地上で。俺たちは空中で。……それに、ファミィたちはメヒナ渓谷で、な」
「……」
「あの氷女も、陰キャヤローも、テメエの部下なんだろ? お前は俺みたいに、何でも一人で出来る完璧超人なんかじゃねえんだからよ。凡人は凡人らしく、ちっとは自分の部下の事を信じて頼ってやれよ」
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そう呟くと、彼は大きく頷き、気合いを入れるように頬を強く叩いた。
「……よし! 余も皆と同じように、自分に任された責務をしっかりと果たすとしよう!」
「そうだな。それがいい」
覇気を持ったギャレマスの声に頷きながら、シュータはニヤリと笑って応える。
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