シリウスをさがして

朽縄咲良

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序章

プロローグ 天体観測

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 ――『北斗くんが、亡くなったって』


 春休みの初日に母さんから届いた連絡は、思いもかけないものだった。
 その時、ちょうど実家に帰るための準備をしていた僕は、最初は悪い冗談だと思って取りあわず、その次にはひどく腹を立てたのだが、スマホのスピーカーから聴こえてくる母さんの震え声と嗚咽に、ようやくそれがタチの悪い嘘ではなく本当の事なんだと理解して、言葉を失った。

 その後のことは、よく覚えていない。
 とにかく急いで出かける準備を調え、昼前に家を出た僕は、気が付いたら最速で実家最寄りの駅に着く特急列車に乗り込んでいた。
 全席座席指定の有料列車だから、普通の急行電車に乗るより余計にお金がかかったけど、そんな事はどうでもいい。
 とにかく、一刻も早く作倉さくらに帰りたかった。

 僕と……北斗が生まれ育った街に――。

 ◆ ◆ ◆ ◆

 あれは、中学二年生の冬休みだった。
 僕と北斗は、真夜中過ぎにこっそり家を抜け出して、近くの丘の上で天体観測をした。
 時間は、もう午前二時を回っていたと思う。
 雲ひとつなく晴れ渡った真冬の空には、まさに『満天の星』という使い古された形容詞がピッタリなほどに、大小様々な星が瞬いていた。
 最初のうちは、まるでプラネタリウムみたいな星空に興奮して、夢中で天体望遠鏡を覗き込んでいた僕だったが、地上を吹きすさぶ北風に当たるうちにすっかり体が冷えてしまい、思わず隣に座っている北斗に弱音を吐いた。

『北斗、寒いよ……』

 僕の震え声を聞いた北斗は、少し焦った様子でポケットに手を突っ込み、自分の使っていたカイロを取り出す。
 そして、僕に手渡そうとするが……、

『……ダメだ。もうぬるくなっちゃってる……』

 そう言って首をフルフルと横に振った。
 それから少しの間、『どうしようかな……』と呟きながら思案顔をしていた北斗だったが、急に『そうだ!』と声を上げるや、僕の手を引っ張って自分のコートのポケットの中に突っ込んだ。

『え……っ?』

 突然の事に唖然とする僕だったが、北斗の手がポケットの中で僕の手をぎゅっと握ってきたのを感じて、ビックリして目を丸くする。
 思わず北斗の方に目を向けると、彼は僕から顔を背けるように夜空を見上げていた。

『……ほら、こうすれば温かいだろ?』
『う、うん……』

 顔を空に向けたままで問いかける北斗に答える僕の声は、少し上ずっている。
 僕の返事を聞いた北斗は、少しホッとした様子だった。
 と、ポケットの中で僕の手を握る北斗の手が、少し熱くなったように感じる。

『も、もっと体を寄せた方がいいかも。その方が、お互いの体温でもっと温かくなるんじゃないかな……?』
『そ……そうだね……』

 北斗の提案に頷いた僕は、おずおずと彼に近付いた。
 自分の肩が北斗の二の腕に当たる感触が伝わってくる。

『……どう? 温かくなった?』
『うん……多分……』

 北斗の問いかけに、僕は曖昧な答えを返した。
 ……でも、それは半分嘘だった。

 温かいどころか、熱かった。
 北斗に手を握られ、真横に彼の体温を感じた途端に、どうしようもなく顔が、身体が、――心が火照った。

『……』

 なんだか気まずく……いや、気恥ずかしくなった僕は、思わず北斗から見えないように顔を背ける。……周りが真っ暗なんだから、僕の顔が真っ赤になってることなんて北斗には見えないに決まっているだろうに。
 ――と、

『……あ』

 不意に、隣の北斗が声を上げた。

『……見てみなよ、すばる
『え……?』

 急に名を呼ばれた僕は、思わず背けた顔を彼の方に向けた。
 見ると、北斗は夜空の一点を指さしている。

『あそこの星……ものすごく明るく光ってる。何て星かな?』
『あ……本当だ』

 北斗が指さした南西の方角にひときわ明るい星が瞬いているのに気付いた僕は、興奮で目を大きく見開いた。

『あれは……シリウスだよ』
『シリウス……おおいぬ座の星だっけ?』
『うん、それ』

 僕は、北斗の言葉に大きく頷く。

『シリウスは、地球から見える星の中で一番明るい星なんだ。……それでも、あんなにきれいに見えるのはすごいね』
作倉ここは田舎だからなぁ。空気が澄んでるんだよ』

 感動する僕にそう言った北斗は、空全体を見回した。

『シリウスだけじゃないよ。こんなにたくさん星が見えて……作倉は天然のプラネタリウムってことだな』
『ははは、逆だよ。プラネタリウムの方が人工の星空なんだよ』

 北斗のトボけた言葉に、僕は笑いながらツッコんだ。
 ……と、
 ポケットの中で僕の手を握る北斗の掌の力が強くなった。

『昴……』
『う……うん』

 改まった北斗の声に、僕もドギマギしながら応える。
 北斗は、顔を空に向けたまま、少し震える声で続けた。

『オレ……今日の事を死ぬまで忘れないと思う』
『……うん』

 僕も、北斗の言葉に小さく頷く。

『一生覚えてるよ……僕も』

 ◆ ◆ ◆ ◆

 「――忘れられるはずがないよ」

 四年前の記憶を思い出しながら、僕はポツリと呟く。
 車窓に流れる景色の中に、まだほとんどが蕾のままのチューリップに囲まれた大きなオランダ式の風車が見えてきた。
 あの風車が見えたという事は、この電車はあと数分で目的の駅に到着するのだろう。

「……」

 降りる準備をしようと、足元に置いていたキャリーバッグに手を伸ばしながら、僕はもう一度あの冬の夜を思い出す。
 ――そう。

「……絶対……に」

 不意に嗚咽がこみ上げそうになった僕は、そう呟いて紛らわせた。

 ……忘れたりなんかしない。
 あの日、僕が初めて気づいた、北斗への想いは――。
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