シリウスをさがして

朽縄咲良

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第一章

第八話 思い出

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 僕が中学生までの北斗との思い出を話した一方で、そらからは高校時代以降のあいつのことを聞くことができた。
 ――彼と北斗は、高校ではクラスが別だったらしい。

「正直さ……」

 少し冷めたコーヒーを一口飲んでから、宙はポツリと切り出した。

「オレ、高校ではずっとボッチだったんだよ。まあ……ハブられてたっていうよりは、自分から周りと距離を置いてた感じだったんだけどさ」
「え……?」

 苦笑を浮かべながら宙が口にした言葉を聞いた僕は、意外に思いながら思わず訊き直した。

「そうだったの? むしろ、逆だと思ってた……」
「スバル……お前、オレのことを見た目だけで判断したな」

 僕の言葉に、宙はムッとした様子で眉間にしわを寄せる。
 それを見て、僕は慌てて頭を下げた。

「あ……その、ごめんなさい……」
「……あ、冗談だよ冗談! こっちこそ、誤解させちゃって悪い」

 僕の謝罪に、宙は焦った様子でかぶりを振る。
 冗談だという彼の言葉にホッとしながら、僕は首を傾げた。

「……でも、なんで周りの人たちと距離を置いてたりしてたの?」
「……」
「今日知り合ったばっかりだけどさ……」

 不意に目を逸らしてコーヒーカップに口を付けた宙に僕は言う。

「望月くんは、とても優しくて、僕に気を利かせてくれて、明るくて……何というか、『とてもいい人』って感じがするよ。だから、君から積極的に周りの人と接していれば、ぼっちになんてなりようもないと思うんだけど……。それなのに、どうして周りと距離を……?」
「それは……」

 僕の問いかけに、宙は言いよどみながら、空になったコーヒーカップをソーサーの上に置いた。
 そして、口を引き結んで黙ったまま、指で自分の左耳に付いたピアスを触る。

「……どうしたの? 望月く――」
「――ふたりとも、おかわりをどうぞ」

 怪訝に思いながら宙にかけた僕の問いかけをさえぎるように、青井さんの声が上がった。
 青井さんは、宙の前に置かれた空のカップを下げて、代わりに淹れたてのコーヒーを置く。
 そして、自然な動きで僕の前に置いてあった飲みかけのカフェオレも下げた。

「あ……僕のはまだ飲みかけなんですけど……」
「でも、冷めちゃっただろう? だから、熱々のものに替えてあげるのさ」

 青井さんはそう答えながら、戸惑う僕の前に温かな湯気を上げる新しいカフェオレのカップを置く。

「さあ、また冷めてしまわないうちに飲んで」
「あ、でも……」
「ふ……遠慮しなくていいって」

 躊躇ちゅうちょする僕に向けて片目をつむってみせながら、青井さんは言った。

「さっきも言っただろ? 君たちに私の淹れたコーヒーを飲んでほしいんだ。だから、いっぱい飲んでくれた方が、私は嬉しいんだよ」
「あ……」

 青井さんの言葉に、僕は小さく頷き、カフェオレの入ったカップを手に取る。

「じゃあ……遠慮なく、いただきます」
「ああ、どうぞ。おかわりは何十杯でもオッケーだよ」

 僕は、青井さんの冗談めかした言葉に吹き出しそうになるのをこらえながら、カフェオレを一口飲んだ。
 口の中にカフェオレの芳香と甘みが広がり、体と心がぽっと温かくなるのを感じる。
 ――と、

「……すばるくん。人には、他人にはなかなか言いづらいことがあるんだ。だから、本人が言いたくなさそうにしていることを、そうしつこく詮索してはいけないよ」
「え……?」

 唐突な青井さんの言葉に一瞬キョトンとする僕だったが、すぐにさっき自分が宙に尋ねていたことを言っているんだと察して、慌てて声を上げた。

「あ……! ご、ゴメン、望月くん! しつこく訊いちゃって……」
「いや……だいじょうぶだよ。気にするな」

 僕の謝罪に、宙はコーヒーカップから離した口元に穏やかな笑みを浮かべ、小さくかぶりを振る。
 そして、ソーサーの上にコーヒーカップを静かに乗せると、再び口を開いた。

「ええと、どこまで話したっけ。……ああ、そうそう、図書委員会だった。とにかく、ずっとひとりでいたオレに声をかけてくれたのが、同じ図書委員だったホクトだったんだよ」
「そうだったんだ……」

 宙の言葉に、僕は小さく息を吐く。
 僕は、北斗が高校で図書委員をやっていたことすら知らなかった。宙は、そんな僕が知らない北斗の姿を知っているんだ。
 それが、うらやましくて……少し寂しい。
 そんな、カフェオレを口に含む僕が抱く少し複雑な思いには気づく由もなく、宙は言葉を継ぐ。

「なんかさ……誰ともつるんでなかったオレのことが、ホクトには周りからハブられてたように見えたみたいでさ。図書委員の活動以外でも、何かと絡んでくるようになった。――昼休みになると、クラスが違うのに『一緒にメシを食おう』ってわざわざ誘いに来たりな」
「心配してたんだね、君のことを」
「とんだ勘違いだったんだけどな」

 僕の相槌あいづちに、宙は苦笑を浮かべながら頷いた。

「――はじめは純粋に鬱陶うっとうしかったんだけどさ、だんだん打ち解けて、そのうち色んなことを話すようになった。色んな星の話とか、好きな本の話とかさ」

 そう言うと、彼は自分のことを指さした。

「こんな不良みたいなツラでも、結構好きなんだぜ、本」
「ああ、だから図書委員をしてたんだね」

 宙のおどけた口調に微笑んだ僕の脳裏に、小学校の頃の記憶がぎる。

「……北斗も、昔から本が大好きだったよ。毎日図書館に通い詰めるくらいにね」
「ああ……それは違うみたいだぜ」
「……え?」

 僕は、宙の言葉に思わず声を上げた。

「違う? なにが……?」
「因果が逆だって話」

 戸惑いながら訊き返す僕に、宙はコーヒーカップの縁を指でなぞりながらポツリと答える。

「本が好きだったから図書館に通ってた訳じゃなくって、ある人に会うために毎日図書館に通っているうちに、マジで本が好きになったんだってさ」

 そう言って顔を上げた宙は、複雑な感情が入り混じったような目で、僕の顔をじっと見つめた。

「そう……“天川昴っていう大好きな友だち”に会うために――ね」
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