9 / 44
第一章
第八話 思い出
しおりを挟む
僕が中学生までの北斗との思い出を話した一方で、宙からは高校時代以降のあいつのことを聞くことができた。
――彼と北斗は、高校ではクラスが別だったらしい。
「正直さ……」
少し冷めたコーヒーを一口飲んでから、宙はポツリと切り出した。
「オレ、高校ではずっとボッチだったんだよ。まあ……ハブられてたっていうよりは、自分から周りと距離を置いてた感じだったんだけどさ」
「え……?」
苦笑を浮かべながら宙が口にした言葉を聞いた僕は、意外に思いながら思わず訊き直した。
「そうだったの? むしろ、逆だと思ってた……」
「スバル……お前、オレのことを見た目だけで判断したな」
僕の言葉に、宙はムッとした様子で眉間に皺を寄せる。
それを見て、僕は慌てて頭を下げた。
「あ……その、ごめんなさい……」
「……あ、冗談だよ冗談! こっちこそ、誤解させちゃって悪い」
僕の謝罪に、宙は焦った様子でかぶりを振る。
冗談だという彼の言葉にホッとしながら、僕は首を傾げた。
「……でも、なんで周りの人たちと距離を置いてたりしてたの?」
「……」
「今日知り合ったばっかりだけどさ……」
不意に目を逸らしてコーヒーカップに口を付けた宙に僕は言う。
「望月くんは、とても優しくて、僕に気を利かせてくれて、明るくて……何というか、『とてもいい人』って感じがするよ。だから、君から積極的に周りの人と接していれば、ぼっちになんてなりようもないと思うんだけど……。それなのに、どうして周りと距離を……?」
「それは……」
僕の問いかけに、宙は言い淀みながら、空になったコーヒーカップをソーサーの上に置いた。
そして、口を引き結んで黙ったまま、指で自分の左耳に付いたピアスを触る。
「……どうしたの? 望月く――」
「――ふたりとも、おかわりをどうぞ」
怪訝に思いながら宙にかけた僕の問いかけを遮るように、青井さんの声が上がった。
青井さんは、宙の前に置かれた空のカップを下げて、代わりに淹れたてのコーヒーを置く。
そして、自然な動きで僕の前に置いてあった飲みかけのカフェオレも下げた。
「あ……僕のはまだ飲みかけなんですけど……」
「でも、冷めちゃっただろう? だから、熱々のものに替えてあげるのさ」
青井さんはそう答えながら、戸惑う僕の前に温かな湯気を上げる新しいカフェオレのカップを置く。
「さあ、また冷めてしまわないうちに飲んで」
「あ、でも……」
「ふ……遠慮しなくていいって」
躊躇する僕に向けて片目をつむってみせながら、青井さんは言った。
「さっきも言っただろ? 君たちに私の淹れたコーヒーを飲んでほしいんだ。だから、いっぱい飲んでくれた方が、私は嬉しいんだよ」
「あ……」
青井さんの言葉に、僕は小さく頷き、カフェオレの入ったカップを手に取る。
「じゃあ……遠慮なく、いただきます」
「ああ、どうぞ。おかわりは何十杯でもオッケーだよ」
僕は、青井さんの冗談めかした言葉に吹き出しそうになるのをこらえながら、カフェオレを一口飲んだ。
口の中にカフェオレの芳香と甘みが広がり、体と心がぽっと温かくなるのを感じる。
――と、
「……昴くん。人には、他人にはなかなか言いづらいことがあるんだ。だから、本人が言いたくなさそうにしていることを、そうしつこく詮索してはいけないよ」
「え……?」
唐突な青井さんの言葉に一瞬キョトンとする僕だったが、すぐにさっき自分が宙に尋ねていたことを言っているんだと察して、慌てて声を上げた。
「あ……! ご、ゴメン、望月くん! しつこく訊いちゃって……」
「いや……だいじょうぶだよ。気にするな」
僕の謝罪に、宙はコーヒーカップから離した口元に穏やかな笑みを浮かべ、小さくかぶりを振る。
そして、ソーサーの上にコーヒーカップを静かに乗せると、再び口を開いた。
「ええと、どこまで話したっけ。……ああ、そうそう、図書委員会だった。とにかく、ずっとひとりでいたオレに声をかけてくれたのが、同じ図書委員だったホクトだったんだよ」
「そうだったんだ……」
宙の言葉に、僕は小さく息を吐く。
僕は、北斗が高校で図書委員をやっていたことすら知らなかった。宙は、そんな僕が知らない北斗の姿を知っているんだ。
それが、うらやましくて……少し寂しい。
そんな、カフェオレを口に含む僕が抱く少し複雑な思いには気づく由もなく、宙は言葉を継ぐ。
「なんかさ……誰ともつるんでなかったオレのことが、ホクトには周りからハブられてたように見えたみたいでさ。図書委員の活動以外でも、何かと絡んでくるようになった。――昼休みになると、クラスが違うのに『一緒にメシを食おう』ってわざわざ誘いに来たりな」
「心配してたんだね、君のことを」
「とんだ勘違いだったんだけどな」
僕の相槌に、宙は苦笑を浮かべながら頷いた。
「――はじめは純粋に鬱陶しかったんだけどさ、だんだん打ち解けて、そのうち色んなことを話すようになった。色んな星の話とか、好きな本の話とかさ」
そう言うと、彼は自分のことを指さした。
「こんな不良みたいなツラでも、結構好きなんだぜ、本」
「ああ、だから図書委員をしてたんだね」
宙のおどけた口調に微笑んだ僕の脳裏に、小学校の頃の記憶が過ぎる。
「……北斗も、昔から本が大好きだったよ。毎日図書館に通い詰めるくらいにね」
「ああ……それは違うみたいだぜ」
「……え?」
僕は、宙の言葉に思わず声を上げた。
「違う? なにが……?」
「因果が逆だって話」
戸惑いながら訊き返す僕に、宙はコーヒーカップの縁を指でなぞりながらポツリと答える。
「本が好きだったから図書館に通ってた訳じゃなくって、ある人に会うために毎日図書館に通っているうちに、マジで本が好きになったんだってさ」
そう言って顔を上げた宙は、複雑な感情が入り混じったような目で、僕の顔をじっと見つめた。
「そう……“天川昴っていう大好きな友だち”に会うために――ね」
――彼と北斗は、高校ではクラスが別だったらしい。
「正直さ……」
少し冷めたコーヒーを一口飲んでから、宙はポツリと切り出した。
「オレ、高校ではずっとボッチだったんだよ。まあ……ハブられてたっていうよりは、自分から周りと距離を置いてた感じだったんだけどさ」
「え……?」
苦笑を浮かべながら宙が口にした言葉を聞いた僕は、意外に思いながら思わず訊き直した。
「そうだったの? むしろ、逆だと思ってた……」
「スバル……お前、オレのことを見た目だけで判断したな」
僕の言葉に、宙はムッとした様子で眉間に皺を寄せる。
それを見て、僕は慌てて頭を下げた。
「あ……その、ごめんなさい……」
「……あ、冗談だよ冗談! こっちこそ、誤解させちゃって悪い」
僕の謝罪に、宙は焦った様子でかぶりを振る。
冗談だという彼の言葉にホッとしながら、僕は首を傾げた。
「……でも、なんで周りの人たちと距離を置いてたりしてたの?」
「……」
「今日知り合ったばっかりだけどさ……」
不意に目を逸らしてコーヒーカップに口を付けた宙に僕は言う。
「望月くんは、とても優しくて、僕に気を利かせてくれて、明るくて……何というか、『とてもいい人』って感じがするよ。だから、君から積極的に周りの人と接していれば、ぼっちになんてなりようもないと思うんだけど……。それなのに、どうして周りと距離を……?」
「それは……」
僕の問いかけに、宙は言い淀みながら、空になったコーヒーカップをソーサーの上に置いた。
そして、口を引き結んで黙ったまま、指で自分の左耳に付いたピアスを触る。
「……どうしたの? 望月く――」
「――ふたりとも、おかわりをどうぞ」
怪訝に思いながら宙にかけた僕の問いかけを遮るように、青井さんの声が上がった。
青井さんは、宙の前に置かれた空のカップを下げて、代わりに淹れたてのコーヒーを置く。
そして、自然な動きで僕の前に置いてあった飲みかけのカフェオレも下げた。
「あ……僕のはまだ飲みかけなんですけど……」
「でも、冷めちゃっただろう? だから、熱々のものに替えてあげるのさ」
青井さんはそう答えながら、戸惑う僕の前に温かな湯気を上げる新しいカフェオレのカップを置く。
「さあ、また冷めてしまわないうちに飲んで」
「あ、でも……」
「ふ……遠慮しなくていいって」
躊躇する僕に向けて片目をつむってみせながら、青井さんは言った。
「さっきも言っただろ? 君たちに私の淹れたコーヒーを飲んでほしいんだ。だから、いっぱい飲んでくれた方が、私は嬉しいんだよ」
「あ……」
青井さんの言葉に、僕は小さく頷き、カフェオレの入ったカップを手に取る。
「じゃあ……遠慮なく、いただきます」
「ああ、どうぞ。おかわりは何十杯でもオッケーだよ」
僕は、青井さんの冗談めかした言葉に吹き出しそうになるのをこらえながら、カフェオレを一口飲んだ。
口の中にカフェオレの芳香と甘みが広がり、体と心がぽっと温かくなるのを感じる。
――と、
「……昴くん。人には、他人にはなかなか言いづらいことがあるんだ。だから、本人が言いたくなさそうにしていることを、そうしつこく詮索してはいけないよ」
「え……?」
唐突な青井さんの言葉に一瞬キョトンとする僕だったが、すぐにさっき自分が宙に尋ねていたことを言っているんだと察して、慌てて声を上げた。
「あ……! ご、ゴメン、望月くん! しつこく訊いちゃって……」
「いや……だいじょうぶだよ。気にするな」
僕の謝罪に、宙はコーヒーカップから離した口元に穏やかな笑みを浮かべ、小さくかぶりを振る。
そして、ソーサーの上にコーヒーカップを静かに乗せると、再び口を開いた。
「ええと、どこまで話したっけ。……ああ、そうそう、図書委員会だった。とにかく、ずっとひとりでいたオレに声をかけてくれたのが、同じ図書委員だったホクトだったんだよ」
「そうだったんだ……」
宙の言葉に、僕は小さく息を吐く。
僕は、北斗が高校で図書委員をやっていたことすら知らなかった。宙は、そんな僕が知らない北斗の姿を知っているんだ。
それが、うらやましくて……少し寂しい。
そんな、カフェオレを口に含む僕が抱く少し複雑な思いには気づく由もなく、宙は言葉を継ぐ。
「なんかさ……誰ともつるんでなかったオレのことが、ホクトには周りからハブられてたように見えたみたいでさ。図書委員の活動以外でも、何かと絡んでくるようになった。――昼休みになると、クラスが違うのに『一緒にメシを食おう』ってわざわざ誘いに来たりな」
「心配してたんだね、君のことを」
「とんだ勘違いだったんだけどな」
僕の相槌に、宙は苦笑を浮かべながら頷いた。
「――はじめは純粋に鬱陶しかったんだけどさ、だんだん打ち解けて、そのうち色んなことを話すようになった。色んな星の話とか、好きな本の話とかさ」
そう言うと、彼は自分のことを指さした。
「こんな不良みたいなツラでも、結構好きなんだぜ、本」
「ああ、だから図書委員をしてたんだね」
宙のおどけた口調に微笑んだ僕の脳裏に、小学校の頃の記憶が過ぎる。
「……北斗も、昔から本が大好きだったよ。毎日図書館に通い詰めるくらいにね」
「ああ……それは違うみたいだぜ」
「……え?」
僕は、宙の言葉に思わず声を上げた。
「違う? なにが……?」
「因果が逆だって話」
戸惑いながら訊き返す僕に、宙はコーヒーカップの縁を指でなぞりながらポツリと答える。
「本が好きだったから図書館に通ってた訳じゃなくって、ある人に会うために毎日図書館に通っているうちに、マジで本が好きになったんだってさ」
そう言って顔を上げた宙は、複雑な感情が入り混じったような目で、僕の顔をじっと見つめた。
「そう……“天川昴っていう大好きな友だち”に会うために――ね」
4
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>
はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ②
人気アイドル、片倉理久は、同じグループの伊勢に片思いしている。高校生の頃に事務所に入所してからずっと、2人で切磋琢磨し念願のデビュー。苦楽を共にしたが、いつしか友情以上になっていった。
そんな伊勢は、マネージャーの湊とラブラブで、幸せを喜んであげたいが複雑で苦しい毎日。
そんなとき、俳優の桐生が現れる。飄々とした桐生の存在に戸惑いながらも、片倉は次第に彼の魅力に引き寄せられていく。
友情と恋心の狭間で揺れる心――片倉は新しい関係に踏み出せるのか。
人気アイドル<TOMARIGI>シリーズ新章、開幕!
【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
天使から美形へと成長した幼馴染から、放課後の美術室に呼ばれたら
たけむら
BL
美形で天才肌の幼馴染✕ちょっと鈍感な高校生
海野想は、保育園の頃からの幼馴染である、朝川唯斗と同じ高校に進学した。かつて天使のような可愛さを持っていた唯斗は、立派な美形へと変貌し、今は絵の勉強を進めている。
そんなある日、数学の補習を終えた想が唯斗を美術室へと迎えに行くと、唯斗はひどく驚いた顔をしていて…?
※1話から4話までは別タイトルでpixivに掲載しております。続きも書きたくなったので、ゆっくりではありますが更新していきますね。
※第4話の冒頭が消えておりましたので直しました。
36.8℃
月波結
BL
高校2年生、音寧は繊細なΩ。幼馴染の秀一郎は文武両道のα。
ふたりは「番候補」として婚約を控えながら、音寧のフェロモンの影響で距離を保たなければならない。
近づけば香りが溢れ、ふたりの感情が揺れる。音寧のフェロモンは、バニラビーンズの甘い香りに例えられ、『運命の番』と言われる秀一郎の身体はそれに強く反応してしまう。
制度、家族、将来——すべてがふたりを結びつけようとする一方で、薬で抑えた想いは、触れられない手の間をすり抜けていく。
転校生の肇くんとの友情、婚約者候補としての葛藤、そして「待ってる」の一言が、ふたりの未来を静かに照らす。
36.8℃の微熱が続く日々の中で、ふたりは“運命”を選び取ることができるのか。
香りと距離、運命、そして選択の物語。
【完結・BL】春樹の隣は、この先もずっと俺が良い【幼馴染】
彩華
BL
俺の名前は綾瀬葵。
高校デビューをすることもなく入学したと思えば、あっという間に高校最後の年になった。周囲にはカップル成立していく中、俺は変わらず彼女はいない。いわく、DTのまま。それにも理由がある。俺は、幼馴染の春樹が好きだから。だが同性相手に「好きだ」なんて言えるはずもなく、かといって気持ちを諦めることも出来ずにダラダラと片思いを続けること早数年なわけで……。
(これが最後のチャンスかもしれない)
流石に高校最後の年。進路によっては、もう春樹と一緒にいられる時間が少ないと思うと焦りが出る。だが、かといって長年幼馴染という一番近い距離でいた関係を壊したいかと問われれば、それは……と踏み込めない俺もいるわけで。
(できれば、春樹に彼女が出来ませんように)
そんなことを、ずっと思ってしまう俺だが……────。
*********
久しぶりに始めてみました
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
幼馴染ってこういう感じ?
とうこ
BL
幼馴染の遥翔と汀は、毎年夏休みいっぱいだけ会って遊ぶ幼馴染。
しかし、1歳違いのお互いが小学生になった夏休みを境に会えなくなってしまう。
筆者初の青春もの!今回は撮って出し方式で参りますので、途中齟齬が生じた場合密やかに訂正を入れさせていただくこともあることをご了承ください。
できるだけそんなことがないようにします^^
それではお楽しみください♪
とうこ
君と過ごした最後の一年、どの季節でも君の傍にいた
七瀬京
BL
廃校が決まった田舎の高校。
「うん。思いついたんだ。写真を撮って、アルバムを作ろう。消えちゃう校舎の思い出のアルバム作り!!」
悠真の提案で、廃校になる校舎のアルバムを作ることになった。
悠真の指名で、写真担当になった僕、成瀬陽翔。
カメラを構える僕の横で、彼は笑いながらペンを走らせる。
ページが増えるたび、距離も少しずつ近くなる。
僕の恋心を隠したまま――。
君とめくる、最後のページ。
それは、僕たちだけの一年間の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる