シリウスをさがして

朽縄咲良

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第一章

第七話 ブレンドコーヒー

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 青井さんの勧めに応じて、僕とそらはカウンター席に腰を下ろした。
 すると、対面式のカウンターの向こう側に立った青井さんが、僕たちの前にメニューを差し出す。

「さて、飲み物は何がいい?」
「え……?」

 青井さんの問いかけに、僕はキョトンとした。
 そして、ただでさえ月末な上に、今回の帰省で掛かった交通費などのせいで手持ちのお金があまり無かったことを思い出し、慌てて首を横に振る。

「あ、お、お気遣いなく! ぼ、僕は北斗の話をしに来ただけなんで、飲み物とかは別に……」
「おいおい」

 僕の返事を聞いた青井さんは、悲しそうな顔をしながら肩を落とした。

「喫茶店に入っておいて何も飲んでくれないなんて、ひどいじゃないか。私の淹れるコーヒーは、そんなに不味まずそうかい? ちょっと自信無くすなぁ」
「あ、い、いえ! そうじゃなくって!」

 気落ちしたらしい青井さんの様子に、僕はオロオロしながらかぶりを振る。
 そして、恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じながら、本当の理由を正直に打ち明けた。

「そ、その、実は……僕、お金をほとんど持っていなくて……」
「お金?」

 僕の答えを聞いて、眼鏡の奥の目を丸くした青井さんだったが、すぐに笑い出した。

「ははは……そういうことか。そんな心配はしなくて大丈夫だよ。誘ったのは私の方なんだから、ごちそうするよ」
「でも、それはさすがに申し訳ないです……」
「別に、君たちが申し訳ないなんて思うことはない」

 そう言って、青井さんは口元に微笑みを浮かべる。

「私自身が、君たちに飲んでほしいのさ。だから、遠慮なんてしなくていいんだよ」

 彼はそこで、改めてメニュー表を僕たちに向けて見せた。

「……ってことで、何がいいかい? ちなみに、マスターのお勧めは、このオリジナルブレンドコーヒーだよ」

 青井さんの言葉に甘えていいものか迷いながら、僕は隣に座る宙をちらりと見る。
 それに対し、口元をわずかにほころばせながら小さく頷いた宙は、青井さんが広げたメニュー表の一番上を指さした。

「……じゃあ、オレはそれで」
「ブレンドコーヒーだね。――すばるくんは?」
「あ……僕は、えっと……」

 青井さんに問いかけられた僕は、慌ててメニューを読み直し、「ごめんなさい、僕はカフェオレでお願いします」と答える。
 それを聞いた青井さんが、怪訝な表情を浮かべた。

「どうして謝るんだい?」
「あ……いや、せっかく青井さんがブレンドコーヒーを勧めてくれたのに、違うものを頼んじゃったから……。正直、コーヒーってあんまり飲み慣れてなくて。……だから、すみません」
「ははは、そういうことか」

 恥ずかしがりながら謝った僕に、青井さんはたのしげな笑い声を上げ、軽くかぶりを振った。

「全然謝ることじゃないよ。飲みたいものを飲んでもらうのが一番さ」

 そう言った彼は、いたずらっぽく片目をつむり、「それに」と続ける。

「君みたいに、コーヒーが苦手っていうお客さんは結構多くてね。実はブレンドコーヒーよりカフェオレの方が人気なんだよね、この店じゃ」
「あ……そうなんですね」

 冗談めかした青井さんの言葉にホッとして、僕は思わず口元をほころばせた。

「じゃあ、ふたりとも少し待っててくれ。最高の一杯を淹れるからさ」

 僕たちにそう言った青井さんは、カウンターの隅にかけられていたエプロンを付け、コーヒーを淹れる準備に取りかかる。
 そして、僕に優しげなまなざしを向けながら言った。
 
「まあ……そのうち気が向いたら、ブレンドコーヒーの方も飲んでみてくれ。私なりに厳選した豆で作ったブレンドだから、贔屓目ひいきめなしで美味しいよ」

 ◆ ◆ ◆ ◆

 注文したコーヒーとカフェオレができるまでの間、僕とそらは北斗との思い出話をしていた。
 宙は、青井さんに対する時とは打って変わって、僕には気さくに話しかけてくれた。そのおかげか、ほぼ初めて入った本格的な喫茶店の雰囲気に圧倒されていた僕は、気がついたらすっかり緊張が解けていた。
 青井さんが出してくれたカフェオレも、彼の言葉に違わず本当に美味しくて、僕の気持ちはさらにほぐれる。
 カフェオレだけじゃなく、青井さんマスターご自慢のブレンドコーヒーの味も逸品らしく、仏頂面だった宙の表情が、出来たてのコーヒーを一口飲んだ瞬間に一変していた。
 それもあってか、僕たちの口は一層軽やかになる。

 僕は、小学生の頃に初めて北斗に会ってからの色んな思い出を宙に話した。

 ――意気投合した北斗と毎日図書館で待ち合わせして、色んな本を読み合ったこと。
 ――星が大好きだった僕の影響を受けて、北斗もだんだんと星に興味を持つようになったこと。
 ――工作の本に載っていたプラネタリウムを実際に作ってみて、北斗といっしょに部屋の床に寝転んで、時間が経つのも忘れて眺めていたこと。
 ――中学二年の冬休みに北斗といっしょに天体観測をして、そのせいでふたりとも風邪をひいてしまったこと……。

 そんな、今まで何となく気恥ずかしくて他の人には明かせなかった北斗との出来事も、宙の前では抵抗なく話すことができた。
 宙は、口元に優しい微笑みが浮かべながら、僕が話す北斗との他愛のない思い出を楽しそうに聞いてくれた。

 どうして初対面の僕の話にこんなにも耳を傾けてくれるのか、そのことが少し不思議で――けれどとても嬉しくて、凍えていた心がじんわり温まるのを感じた。
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