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第一章
第六話 喫茶店
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青井さんが運転する車は、作倉駅――といっても、僕の実家の最寄り駅の方の東成作倉駅じゃなくて、その南に並行して通っているNR線の方の作倉駅――にほど近いところにある雑居ビルの横で止まった。
「お待たせ。着いたよ」
と、車のエンジンを止めた青井さんが言った。
「ここの一階が、私の店だよ」
運転席のドアを開けながら、青井さんがビルを指さす。
「ここが……」
青井さんに続いて車を降りた僕は、目の前に建つ小さなビルに目を向けた。
逆側のドアから車を降りた宙も、興味深そうな様子でビルを見つめている。
僕たちは、青井さんの後に続いて、ビルの正面に回った。
ビルの一階は一面ガラス張りになっているが、中は暗くてよく見えない。
おしゃれな文体で『Closed』と記された小さなボードが吊り下げられた木製のドアの上には、この喫茶店の店名らしき『CAFE&BAR シリウス』と書かれた看板が掲げられている。
「シリウス……か」
看板の文字を読む僕の脳裏に、北斗と天体観測をした冬の夜の情景がフラッシュバックした。
『あそこの星……ものすごく明るく光ってる。何て星かな?』
『あれは……シリウスだよ』
『シリウス……おおいぬ座の星だっけ?』
『うん、それ』
あの時交わした北斗との何気ないやり取りが昨日のように思い出され、胸が締めつけられる。
と、
「……どうしたんだい? ボーっとして?」
「あ……」
青井さんの問いかけが耳に入り、僕はハッと我に返った。
そして、ドアノブに手をかけながら怪訝な表情を浮かべている青井さんと、僕の顔を心配そうに見ている宙に気づき、慌てて首を横に振る。
「あ、いえ……なんでもないです」
そう答えて、ふたりを心配させまいと、半ば無理やり笑顔を作った。
僕の返事を聞いた青井さんは、一瞬何かを言いかけたが、結局「……そうか」と頷き、ドアノブを回した。
ドアが開くと、取り付けられたドアベルが軽やかな音を立てる。
「さあ、どうぞ。今、明かりを点けるから、遠慮なく入って」
骨ばった指で黒いネクタイを緩め、ワイシャツの第一ボタンを外して寛げた青井さんは、僕たちにそう言い残してカウンターの奥に入っていった。
その招きに応じて、僕と宙は薄暗い店内に足を踏み入れる。
店内に漂う空気が鼻孔に届いた瞬間、青井さんから漂ってくるほのかな香りがコーヒーのそれだと、ようやく気づいた。
どこか苦みと甘みが入り混じったような複雑な香りを嗅ぐと、なんとなく心が落ち着くような気がする……。
――と、
照明が点き、店内が明るくなった。
温かな色合いの間接照明に照らし出された店内は小ぢんまりとしていて、バーカウンターの他に対面式の四角いテーブルが三卓ほど並べられていた。木目調の壁にいくつか掛けられた額縁には、幻想的なタッチの風景画や静物画が収められている。
テーブルやカウンターの上に置かれている調度品や小物類は、どれも上品なデザインで、マンガやドラマでよく見る“お洒落な喫茶店”のイメージそのものだった。
――ただ、少しだけ印象が違ったのは、
「カウンターの後ろに並んでる瓶って……ひょっとして、お酒ですか?」
「え? ああ、うん」
僕の問いかけに、礼服の上着を脱いでベスト姿になっていた青井さんは、白いワイシャツの袖をまくりながら頷いた。
「昼間は喫茶店で、夜になったらバーとして営業しているんだよ。表の看板に『CAFE&BAR』って書いてあっただろ?」
「そういえば……」
青井さんの答えで合点がいったが……どこか引っかかる。
と、
「……酒を出すようなところで、ホクトはバイトしてたんですか? あんなに酒のことを嫌ってたのに……」
隣の宙が、僕の心に浮かんだ違和感を代弁するように言った。
彼の言う通りだ。
酒癖が悪くて、酔うたび自分に暴力をふるう父親を嫌っていた北斗は、お酒自体のことも良く思っていなかった。
そんなあいつがお酒を扱うような店で働いていた事実に、僕は無意識に違和感を覚えていたのだ。
同時に、北斗が酒を嫌っていることを知っていた宙に内心ビックリして、ふたりがどんな関係だったのかが少しだけ気になる。
「……」
宙の問いかけに、青井さんはわずかに眉を上げ、それから苦笑いを浮かべながら頷いた。
「ああ、そうだったね。だから、彼には昼間の間だけ働いてもらってたんだよ。彼が嫌がることをやらせるのは、私としても本意じゃなかったからね」
「あぁ、そういうことだったんですね……」
青井さんの答えに僕は納得したが、宙は訝しげな顔で眉をひそめている。
僕は、なぜ彼がそんな顔をしているのか気になったが、
「まあ、立ってないで座りなよ。今、飲むものを用意するから」
との青井さんの声に、慌てて頷いた。
「あ、はい、分かりました」
そう答えて、店内を見回す。
「じゃあ、どの席に……」
「そこでいいよ」
迷う僕に、青井さんが棚からコーヒーカップを取り出しながらカウンターを指さした。
「あ、はい」
僕は、彼の勧めに応じてカウンター席に座ろうとする。
――が、
「いえ、オレたちはテーブル席の方に座ります」
宙がそう言って、僕の腕を引っ張った。
その声になぜか敵意のようなものが含まれているのを感じ取って、僕は戸惑う。
「え? なんで? 別にここでも――」
「いいから。あっちに座ろう」
僕の問いかけをさえぎるように言った宙の声には、有無を言わさぬような頑なな響きがあった。
と、
「別にカウンター席でもいいじゃないか? 私も、君たちといっしょに北斗くんの思い出話をしたいんだけど」
首を傾げながら、青井さんが声を上げる。
北斗とは店主とバイトの関係だったのだから、青井さんがそう思うのも当然だと思った僕は、険しい表情を浮かべている宙におずおずと言った。
「ねえ、望月くん? 青井さんの言う通りにしようよ。せっかく、店に招いてくれたんだし」
「…………分かったよ」
僕の言葉に、宙は不承不承といった感じで頷くと、カウンターチェアを引いて腰を下ろす。
……でも、その顔は、とても納得しているようには見えなかった。
「……?」
そんな宙を横目で見ながら、僕はなんで彼がこんなに青井さんを敵視しているのかわからず、モヤモヤするのだった。
「お待たせ。着いたよ」
と、車のエンジンを止めた青井さんが言った。
「ここの一階が、私の店だよ」
運転席のドアを開けながら、青井さんがビルを指さす。
「ここが……」
青井さんに続いて車を降りた僕は、目の前に建つ小さなビルに目を向けた。
逆側のドアから車を降りた宙も、興味深そうな様子でビルを見つめている。
僕たちは、青井さんの後に続いて、ビルの正面に回った。
ビルの一階は一面ガラス張りになっているが、中は暗くてよく見えない。
おしゃれな文体で『Closed』と記された小さなボードが吊り下げられた木製のドアの上には、この喫茶店の店名らしき『CAFE&BAR シリウス』と書かれた看板が掲げられている。
「シリウス……か」
看板の文字を読む僕の脳裏に、北斗と天体観測をした冬の夜の情景がフラッシュバックした。
『あそこの星……ものすごく明るく光ってる。何て星かな?』
『あれは……シリウスだよ』
『シリウス……おおいぬ座の星だっけ?』
『うん、それ』
あの時交わした北斗との何気ないやり取りが昨日のように思い出され、胸が締めつけられる。
と、
「……どうしたんだい? ボーっとして?」
「あ……」
青井さんの問いかけが耳に入り、僕はハッと我に返った。
そして、ドアノブに手をかけながら怪訝な表情を浮かべている青井さんと、僕の顔を心配そうに見ている宙に気づき、慌てて首を横に振る。
「あ、いえ……なんでもないです」
そう答えて、ふたりを心配させまいと、半ば無理やり笑顔を作った。
僕の返事を聞いた青井さんは、一瞬何かを言いかけたが、結局「……そうか」と頷き、ドアノブを回した。
ドアが開くと、取り付けられたドアベルが軽やかな音を立てる。
「さあ、どうぞ。今、明かりを点けるから、遠慮なく入って」
骨ばった指で黒いネクタイを緩め、ワイシャツの第一ボタンを外して寛げた青井さんは、僕たちにそう言い残してカウンターの奥に入っていった。
その招きに応じて、僕と宙は薄暗い店内に足を踏み入れる。
店内に漂う空気が鼻孔に届いた瞬間、青井さんから漂ってくるほのかな香りがコーヒーのそれだと、ようやく気づいた。
どこか苦みと甘みが入り混じったような複雑な香りを嗅ぐと、なんとなく心が落ち着くような気がする……。
――と、
照明が点き、店内が明るくなった。
温かな色合いの間接照明に照らし出された店内は小ぢんまりとしていて、バーカウンターの他に対面式の四角いテーブルが三卓ほど並べられていた。木目調の壁にいくつか掛けられた額縁には、幻想的なタッチの風景画や静物画が収められている。
テーブルやカウンターの上に置かれている調度品や小物類は、どれも上品なデザインで、マンガやドラマでよく見る“お洒落な喫茶店”のイメージそのものだった。
――ただ、少しだけ印象が違ったのは、
「カウンターの後ろに並んでる瓶って……ひょっとして、お酒ですか?」
「え? ああ、うん」
僕の問いかけに、礼服の上着を脱いでベスト姿になっていた青井さんは、白いワイシャツの袖をまくりながら頷いた。
「昼間は喫茶店で、夜になったらバーとして営業しているんだよ。表の看板に『CAFE&BAR』って書いてあっただろ?」
「そういえば……」
青井さんの答えで合点がいったが……どこか引っかかる。
と、
「……酒を出すようなところで、ホクトはバイトしてたんですか? あんなに酒のことを嫌ってたのに……」
隣の宙が、僕の心に浮かんだ違和感を代弁するように言った。
彼の言う通りだ。
酒癖が悪くて、酔うたび自分に暴力をふるう父親を嫌っていた北斗は、お酒自体のことも良く思っていなかった。
そんなあいつがお酒を扱うような店で働いていた事実に、僕は無意識に違和感を覚えていたのだ。
同時に、北斗が酒を嫌っていることを知っていた宙に内心ビックリして、ふたりがどんな関係だったのかが少しだけ気になる。
「……」
宙の問いかけに、青井さんはわずかに眉を上げ、それから苦笑いを浮かべながら頷いた。
「ああ、そうだったね。だから、彼には昼間の間だけ働いてもらってたんだよ。彼が嫌がることをやらせるのは、私としても本意じゃなかったからね」
「あぁ、そういうことだったんですね……」
青井さんの答えに僕は納得したが、宙は訝しげな顔で眉をひそめている。
僕は、なぜ彼がそんな顔をしているのか気になったが、
「まあ、立ってないで座りなよ。今、飲むものを用意するから」
との青井さんの声に、慌てて頷いた。
「あ、はい、分かりました」
そう答えて、店内を見回す。
「じゃあ、どの席に……」
「そこでいいよ」
迷う僕に、青井さんが棚からコーヒーカップを取り出しながらカウンターを指さした。
「あ、はい」
僕は、彼の勧めに応じてカウンター席に座ろうとする。
――が、
「いえ、オレたちはテーブル席の方に座ります」
宙がそう言って、僕の腕を引っ張った。
その声になぜか敵意のようなものが含まれているのを感じ取って、僕は戸惑う。
「え? なんで? 別にここでも――」
「いいから。あっちに座ろう」
僕の問いかけをさえぎるように言った宙の声には、有無を言わさぬような頑なな響きがあった。
と、
「別にカウンター席でもいいじゃないか? 私も、君たちといっしょに北斗くんの思い出話をしたいんだけど」
首を傾げながら、青井さんが声を上げる。
北斗とは店主とバイトの関係だったのだから、青井さんがそう思うのも当然だと思った僕は、険しい表情を浮かべている宙におずおずと言った。
「ねえ、望月くん? 青井さんの言う通りにしようよ。せっかく、店に招いてくれたんだし」
「…………分かったよ」
僕の言葉に、宙は不承不承といった感じで頷くと、カウンターチェアを引いて腰を下ろす。
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「……?」
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