装甲戦士テラ〜異世界に堕ちた仮面の戦士は、誰が為に戦うのか〜

朽縄咲良

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第七章 ふたつの凶行は、何によって下されたのか

第七章其の壱拾参 仲間

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 「……え?」

 健一は、ゾワリとした嫌なものが背中を這うような感覚を覚えつつ、耳を疑った。
 そして、目を泳がせながら、おずおずと牛島に尋ねる。

「な……何だよ、サトル? さ……『さようなら』って……? ま……まるで、これっきり別れるみたいな……」
「まるでも何も、そういう意味だよ」

 縋るような表情を浮かべる健一の顔を冷ややかに見下ろしながら、牛島はあっさりと言った。

「もう、君と会う事は無い。今生の別れってヤツだよ」
「だ……だから、何で――ッ?」
「ああ、少し黙っていてくれ。気が散る」
「――ッ!」

 声を荒げる健一を一睨みで黙らせた牛島は、軽く目を瞑り、指先に挟んだ“光る板”へと意識を集中させる。
 次の瞬間、一際眩しい光を放った“光る板”は、彼の手の中で仄かに白い冷気を放つ宝石へと形を変えた。
 指先でそれを摘まみ上げた牛島が、感嘆ともため息ともつかない息を吐く。

「これはこれは……“南極魔石”か……。なんともまあ、扱いが難しい魔石が当たってしまったね。ま、でも、?」

 そう呟くと、彼は手元の白い魔石から、目の前の健一へと視線を移した。
 そして、静かな声で言う。

「……さて。待たせたね、健一くん。本題に戻ろうか」
「ひッ!」

 冷たい光を宿す牛島の目に見据えられた健一は、顔面を恐怖に引き攣らせながら、身体を激しく震わせた。今すぐにでも身を翻して逃げ出したかったが、まるで蛇に睨まれた蛙のように、指一本まともに動かせない。
 立ち竦んでガタガタと身体を震わせている健一に向けて、牛島は淡々と言葉を紡ぎ始めた。

「健一くん。さっきも伝えたが、私は今までの君の働きにはとても感謝している」
「……」
「――でも、疾風くんにZバックルを奪われ、アームドファイターZ2になる事が出来なくなってしまった上に、肩を完全に破壊され、通常の生活すら難しくなってしまった君に、これまでと同様の活躍を期待するのは無理がある。――さようならだ」
「ちょ……ちょっと、待ってよ!」

 牛島の言葉に、健一は悲鳴に近い声を上げた。

「た……確かに、Zバックルが無くなったボクは、もうZ2にはなれないし、か……肩もダメになっちゃったよ……! で、でも……別の方法で、キミ達の役に立つ事は出来る……はずだよ!」
「じゃあ、言ってごらん? 今の君が我々に対して提供出来うる、Z2の戦闘力に匹敵するようなが何なのか、を」
「そ……それ……それ……は……ええと……その……」

 牛島に問われた健一は、目を泳がせながら口をパクパクとさせるが、牛島の問いに相応しい答えを紡ぎ出す事は……結局できなかった。
 牛島は、苦笑いを浮かべながら肩を竦める。

「――無いだろう? そうなるとね、今の君はもはや、我々にとってのデッドストックでしか無いんだよ」
「で……デッドストック……?」
「小学生の君には分かり辛かったかな? ……要するに、“お荷物”とか“不良在庫”みたいなニュアンスさ」
「そ……そんな……!」

 冷笑を浮かべながらそう言い放った牛島に、健一は思わず血相を変えて詰め寄った。

「ひ……ひどいよ! そんな言い方……! ボクはモノなんかじゃない、人間だよ!」
「ああ、そうだね」

 そう言うと、牛島は詰め寄ってきた健一の胸を思い切り手で突き飛ばした。

「う! わああああっ!」

 突き飛ばされた健一は、悲鳴を上げながら、傍らに開いたクレーターの斜面を、土煙を上げながらゴロゴロと滑り落ちる。
 クレーターの中心まで転がってようやく止まった健一は、口の中に入った砂を吐き出しながら、クレーターの縁で冷ややかに見下ろしている牛島に怒鳴った。

「痛……! な……何をするんだよ、サト――!」
「君は、確かに人間だよ、健一くん。で――?」
「――え?」

 牛島の言葉に、健一は呆気にとられる。
 そんな少年の顔を鼻で嗤うと、牛島は口の端を歪めながら言った。

「――確かに、日本では、基本的人権に基づき、生存権が認められている。それは、君が生きていた70年代でも、私が生きていた2010年においても変わらない」
「……」
「でもね、

 彼は、そう言いながら左手の甲を前に向けて掲げ、右手に持った白い魔石――南極魔石をジュエルブレスにゆっくりと嵌め込んだ。
 そして、静かな口調で言葉を継ぐ。

「弱い者が生きている事が当然のように許されるのは、皆がある程度以上の生活水準を維持できる環境下でのみだよ。……そして、今、我々オチビトが置かれている状況は、そんな甘い事を言っていられるようなものではないんだ」
「……っ」
「蓄えている食糧も万全ではないし、燃料なども、常に補給していかなければすぐに枯渇してしまう。今の季節はまだいいが、やがて冬になれば、獲れる食糧の量は今よりも格段に少なくなるだろうね」
「だ――だからとい――」
「分かるかい? 今の我々には、戦力にも労働力にもならない手負いの子供は

 そう冷たく言い捨てると、牛島は

「――魔装!」

 と口にする。
 次の瞬間、眩い光がジュエルブレスから溢れ出し、牛島の身体を覆い尽くす。
 そして――、

「魔装・装甲戦士アームド・ファイタージュエル・ホワイトアンタ―クチサイトエディション――」

 そこに立っていたのは、半透明の白い宝石を模った仮面と、白を基調にした結晶化装甲を纏った装甲戦士アームド・ファイターだった。

「う……ウソ……ウソだろ?」

 その神々しいまでに美しい姿をクレーターの底から見上げながら、健一はうわ言のように呟く。

「ぼ……ボクは、キミの仲間じゃないか? な……仲間を殺そうっていうのかい、サトル!」
「……残念ながら」

 飛び出さんばかりに目を見開き、必死で訴える健一に向けて、ジュエルはゾッとするほど感情の抑揚の無い声で答えた。

「今まで、私は君たちの事を“仲間”だと思った事は一度も無いよ」
「え……?」
「そうだね……私にとって、君たちはさしずめ、『使い勝手の悪い道具』ってところかな?」
「――ッ!」

 ジュエルの言葉に、健一は思わず言葉を失う。
 が、すぐに両手を大きく広げて、ジュエルに向かって叫んだ。

「た……助けて、サトル! これからは、キミの言う事をちゃんと聞くから! た……確かに、戦力にはならないかもしれないけれど、ちゃんとキミたちの役に立てるよう、頑張るからさ!」
「おやおや、必死だね。仲間としての情に縋れないとなったら、今度はメリットを売り出しての命乞いかい? 必死だね」
「ひ……必死にもなるよ! ボクはまだ……死にたくない!」
「……ふふ、滑稽だね」

 ガタガタと震えながら、自分に訴えかけてくる健一を、ジュエルは嘲笑う。

「その命乞いも、どの面下げてって感じだけどね」
「え……?」
「だって君は、アームドファイターZ2として、たくさんの猫獣人たちの命を奪ってきたんだよ? ――遊び半分でね」
「う……」
「そんな、弱者の命を軽んじるような真似をしておいて、いざ弱者の身に堕ちたら『自分の命は尊重してほしい』だなんて、虫がいいにも程がある」
「そ……そんな……」

 ジュエルの辛辣な言葉に、健一は愕然とした。
 と、ジュエルは左腕を伸ばし、その指先を健一の左胸に擬す。すると、左腕から凄まじい冷気が噴き出し、ピキピキと音を立てながら大気中の水分を凍りつかせ、大きな氷の和弓を創り出した。
 そして、同じように創り出した氷の矢を和弓に番え、ギリギリと引き絞る。

「や……止めて……」

 健一は、怯えた顔でじりじりと後ずさった。そして、涙で濡れた瞳で、彼に狙いをつけるジュエルを睨みつけながら叫ぶ。

「止めてよ、サトルッ! それが……弱者だからって言って、同じ仲間を切り捨てるって事が、人間のする事なのかよっ!」
「ふふふ……『人間のする事』だよ。紛れもなく、ね」

 健一の絶叫に、ジュエルは嘲笑で返した。

「極限状態で、枷になる弱者を排除する……。それは、古今東西問わず、人間の社会では常に繰り返されてきた宿業さ。逆に、『実に人間らしい事』だと思うよ」

 そう言うと、ジュエルは矢を番えていた右手の指を離す。
 ジュエルの手から離れた白い矢が、自分の胸を目がけて妙にゆっくりと、そして確実に近付いてくるのを、健一は呆然と見つめた。

「――さようなら、健一くん――」

 遠くの方で、そんな声がかけられたと感じると同時に、胸に嫌な衝撃を感じる。
 ぐるりと視界が回り、満天の星空が彼の目に飛び込んだ――。



  ――ああ、本当に綺麗な星空だな……。
  こんなにたくさんの星が輝いているの、ボクは初めて見たよ。
  空って、こんなに広かったんだねぇ……。
  キミも、いっつも怖い顔ばっかりしてないでさ。今度ゆっくりと空を眺めてみなよ。

  ねえ……カオル――。
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