装甲戦士テラ〜異世界に堕ちた仮面の戦士は、誰が為に戦うのか〜

朽縄咲良

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第九章 灰色の象は、憎しみに逸る戦士を退けられるのか

第九章其の壱拾弐 救援

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 噴き上がった水の柱は、ハヤテの身体をすっぽりと覆った。

『が――は……ッ!』

 水柱に囚われたハヤテの口元から、夥しい気泡が吹き出す。
 水の中で呼吸ができないハヤテの顔が、苦悶で歪んだ。

「お、おい! おまえ――!」
「大丈夫かい、薫くん?」
「――ッ!」

 咄嗟に、ハヤテを助けようとするかのように手を伸ばしかけた薫だったが、唐突にかけられた声に、顔を強張らせる。

「――ジュ、ジュエル……?」

 壊れた機械のようにぎこちない動きで首を巡らせながら、呆然と呟いた薫の視線の先には、蒼い宝石を象った仮面を被る装甲戦士アームド・ファイタージュエル・ブルーアクアエディションが、ハヤテの方に指を突きつけて立っていた。
 そんな薫の姿を見て、ジュエルは小首を傾げた。

「おやおや……これは随分と手酷くやられたものだね、薫くん。間一髪で間に合ったって感じかな?」
「……」

 いつもの彼らしい皮肉混じりの声に不満げな表情を浮かべた薫は、陽の光を反射して眩しく輝く仮面を睨み返す。
 と、その時、

「……このバカ! ひとりで何やってんのよ! 大丈夫?」

 背後からかけられたまだ若い少女の声に、薫は目を見開いた。
 慌てて振り返った薫の目に、白色の装甲に身を包んだ、やや華奢な体格の装甲戦士アームド・ファイターの姿が映る。

「は……ハーモニーッ? な……何でお前がここにいるんだよっ?」
「詳しい話は後っ! 取り敢えず、早くここから離れないと!」

 そう言うと、彼女――装甲戦士アームド・ファイターハーモニーは膝立ちしていた薫の腕を取り、肩を貸すようにして立たせた。

「その……ホムラハヤテとかいう、人殺しの危険人物の近くからっ!」
「き、危険人物? い、いや……あいつは――」
「ほら、行くよ!」

 『あいつは人殺しとは違う』と言いかけた薫の声を遮ったハーモニーは、次の瞬間、姿を消す――否、消えたと思うほどの速さで、ジュエルの傍らまで移動する。

「痛つつつっ! 」

 その途端、ハーモニーに身体を抱えられた薫が悲鳴を上げた。
 彼は、ハーモニーの白い仮面マスクを睨みつけると、抗議の声を上げる。

「痛ってえな! こっちはケガ人で、その上生身なんだよ! ハーモニーてめえの“超音速縮地スーパーソニック・ブースター”なんかで移動されたら、ヘタすると身体がバラバラになっちまうだろうが!」
「うるさいわねぇ! そこら辺はちゃんと考えて、スピード抑えたわよ! 助けてあげたんだから、文句言わないでよね!」

 薫の抗議に、ハーモニーはムッとして言い返す。
 そんなふたりのやり取りを見ていたジュエルが、肩を震わせて笑った。

「いやいや。君たちは本当に仲が良いね。久しぶりの再会だとは思えないよ」
「うるさいわよ、聡おじ……ジュエル!」

 からかう様なジュエルの言葉に、ハーモニーは不満げに怒鳴り返す。
 ――と、

「おい、ジュエル!」

 薫が血相を変えて、ジュエルの肩を掴んだ。
 そして、立ち上る水柱を指さし、焦りを滲ませた声で叫ぶ。

「もういいだろ? 水牢ウォータージェイルを解いてやれ! でないと、アイツ……溺れ死んじまうぞ!」
「……おや?」

 薫の言葉を聞いたジュエルが、怪訝な声を上げながら小首を傾げた。

「彼――疾風くんの事を心配しているのかい、君は? 健一くんの仇だと、あんなに憎んでいたのに?」
「そ……それは……」

 ジュエルの言葉に、表情を曇らせて口ごもる薫。
 だが、意を決して口を動かそうとした瞬間――、

『う――ウルフファング・ウィンド!』

 突然、水柱が光り輝き、まるで爆発したかのような音を立てて、大きく弾けた。
 周囲に、水牢ウォータージェイルを構成していた水飛沫が降り注ぎ、まるで夕立のように地面を打つ。
 その水滴が陽の光を反射して、小さな虹が現れては消えていく様は、一種幻想的であると言えるくらいに美しかった。

「はぁ! はぁ! はぁ……ッ! はぁ……!」

 そして、その中心で膝をついていたのは、蒼い狼の装甲を身に纏った装甲戦士アームド・ファイターだった。

「おやおや。生身で水牢ウォータージェイルの中に閉じ込められながら、咄嗟に装甲アイテムを使うとは、思っていたよりもやるね。――装甲戦士アームド・ファイターテラくん」
「……」

 ジュエルの神経を逆なでするような言葉にも、テラは無言のまま、光るアイユニットを油断なく彼の方に向けている。
 そんなテラに肩を竦めてみせたジュエルは、肩越しに振り返り、背後に立つハーモニーに向かって囁いた。

「……ハーモニー。ここは私が彼を食い止めるから、君は薫くんを連れて離脱したまえ」
「え……?」

 ジュエルの言葉に、ハーモニーは思わず声を上げ、ブンブンと激しく首を横に振る。

「そ、そんな! ダメよ! あんなに、ひとりで立ち向かおうだなんて! あたしも一緒に戦うわ!」
「ははは……いや、大丈夫だよ。せっかくの心遣いはありがたいけど、心配には及ばない」

 ハーモニーの訴えに、ジュエルは苦笑を上げて、首を横に振った。

「で……でも――」
「安心しなさい。私は強いから」

 なおも食い下がろうとするハーモニーの言葉を遮ったジュエルは、薫の事を指さす。

「――それよりも、薫くんの安全を確保する方が先だよ。命に別状は無さそうだが、重傷を負っている事には間違いない。早く治療した方が良いだろう」

 ジュエルはそう言うと、「それに――」と言葉を継いだ。

「むしろ、この場に生身の薫くんが留まっているままでは、テラに狙われてしまいかねないからね。そんな事を気にかけながらでは、私が戦いにくくなってしまうから、さっさと離脱してほしいのさ」
「お、おい、オッサン! アイツは、そんな卑きょ――」
「――分かったわ!」

 ジュエルの言葉に、思わず食ってかかろうとした薫だったが、今度はハーモニーに声を遮られた。それどころか、彼の身体は彼女によって小脇に抱えられる。

「わ! ちょ、ちょっと待てゴラ! てめ、何勝手にオレの身体を――」
「何よ! そんな状態じゃ、満足に走れもしないでしょ? だから、あたしが運んであげようと――」
「だ、だからって、こんな……人をモノみたいに……!」
「あら、じゃあ、お姫様抱っこでもしてあげればいいのかしら?」
「なっ! ば、バカじゃねえのかこのクソアマッ!」
「じゃあ、文句言わないでよ!」

 抱え上げて小脇に抱えた薫をそう言い放って黙らせると、ハーモニーはジュエルに向かって頷きかけた。

「じゃ、頑張って、ジュエル! ……負けないでよ!」
「負けないさ。だから、安心して待っててくれ」

 ジュエルはそう答えると、ハーモニーに小さく頷き返す。
 と、
 次の瞬間、ハーモニーと薫の姿が、その場から忽然と消えた。
 だが、ジュエルは大して驚く事も無く、仮面の下で微笑む。

「相変わらずの神速だね。彼女の超音速縮地スーパーソニック・ブースターは……」

 そう呟くと、彼は膝をついて息を調えているテラの方に向き直り、気さくな口調で声をかけた。

「……やあ、疾風くん。呼吸は大分落ち着いた頃かな?」
「……」
「そう怖い顔をするなよ……って言っても、お互い仮面を被ってちゃ、顔なんて見えないけどね。ははは」
「……」

 ジュエルの冗句にも、テラは無言で警戒を解かず、油断の無い目で彼の事を睨みつけている。
 そんなテラの態度に、ジュエルは小さく溜息を吐き、両手を大きく広げた。

「警戒しなくてもいいよ。私は、君と戦う気は無い。……ほら、この通り」

 そう告げると、彼はおもむろに左手首のジュエルブレスに嵌めた青い魔石を、躊躇いなく取り外す。
 淡い光が彼の全身から漏れるとともに、その装甲が無数の光の粒子となって飛び散り、生身の牛島聡が姿を露わにした。

「……!」

 それを見たテラが、驚きで息を呑む。

「さ、これでいいだろう?」

 相手の戸惑う様子を見た牛島は、その顔に柔らかな笑みを浮かべると、静かな声で言った。

「さて……じゃあ少し、私と話をしてくれるかな? ――焔良疾風くん」
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