装甲戦士テラ〜異世界に堕ちた仮面の戦士は、誰が為に戦うのか〜

朽縄咲良

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第十二章 忍の装甲戦士に、如何に抗うのか

第十二章其の陸 逡巡

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 「ふぅ……ここまで離れれば、大丈夫か……な……」

 テラに説得され、小屋から脱出した碧だったが、ひとまず安全な距離まで退避出来た事に安堵した。
 そして、敵と対峙しているテラの事がふと気になって、背後を振り返る。
 その瞬間、目に飛び込んできた光景に、思わず上ずった声を漏らした。

「え……ちょ、ちょっと、ヤバくない?」

 彼女の目に飛び込んできたのは、左手を押さえて蹲る、装甲を解除し生身となったハヤテの姿と、そんな彼に直刀の刃を突きつける見覚えのある装甲戦士アームド・ファイターの姿……!

「あれって確か……装甲戦士アームド・ファイター……だったっけ?」

 ……元々碧は、『装甲戦士アームド・ファイターテラ』のライバルファイターである装甲戦士アームド・ファイタールナのファンなだけであり、他の装甲戦士アームド・ファイターの事は、ルナの出る番組の主役であるテラ以外は、ほとんど知らなかった。
 装甲戦士アームド・ファイターニンジャに関しては、『装甲戦士アームド・ファイターテラ』の春映画に前作主人公としてゲスト登場していた為、辛うじてその姿は覚えていたが、名前はうろ覚えだったのだ。
 ――だが、うろ覚えとはいえ、見知った装甲戦士アームド・ファイターが、いかに装甲戦士アームド・ファイターの装着者とはいえど生身の男に対して白刃を向けている光景は、到底認めがたいものだった。

「ちょ……ちょっと待ってよ! あ……あんなの、ダメでしょ!」

 碧は、思わず声を荒げていた。
 なぜなら、彼女が抱く装甲戦士アームド・ファイターのイメージとは、『正義の執行者』そのものだったからだ。
 テレビの中での装甲戦士アームド・ファイター、そして彼女が大好きだった装甲戦士アームド・ファイタールナは、何度も激しく戦い合ったが、相手が生身状態の時には決して装甲戦士アームド・ファイターの能力を使う事は無かった。
 強大な装甲戦士アームド・ファイターの力は、同じ装甲戦士アームド・ファイターや、より強力な怪人たちに対してのみ用いられなければならない――そういった“正義の美学”のようなものが感じられて、番組を観る碧の心を躍らせていたのである。

 ――だが、今彼女が目の当たりにしている光景は、それとはまったく相反するものだった。

「……何よ、あの忍者もどき! 普通の人に対して剣を向けるとか、マジで無いわ!」

 憤慨した碧は、躊躇なくふたりの元に駆け寄らんとするが、その腕を誰かがガッシリと掴み、押し止める。

「い……いけませぬ! 貴女も巻き込まれてしまいますぞ!」
「ちょ……ちょっと、離してよ!」

 碧は、自分の腕を掴んだヴァルトーを睨みつけながら叫ぶ。

「あのままじゃ、アイツ、あの装甲戦士アームド・ファイターに殺されちゃうわよ! 早く止めに行かないと……!」
「ですが、その姿のままでは、無駄死にするだけですぞ!」

 声を荒げる碧の事を厳しい表情で一喝したヴァルトーは、つと視線を落とし、彼女の手に握られたものを指さした。

「……もし、貴女がその魔具を使えるというのなら、話は変わりますが……ね」
「え……?」

 ヴァルトーの言葉に、碧はハッとし、おずおずと自分が握り締めている物を凝視した。

「魔具……こ、コンセプト・ディスク・ドライブの事……?」
「はい」
「そ……それは……」

 頷くヴァルトーを前に、先ほどまでの威勢がすっかり引っ込んでしまった様子の碧は、力無くフルフルと首を横に振った。

「む……無理よ! 私は……戦えない! だって……」
「ですが、このままではハヤテ殿は――」
「そ…それは別に、私とは関係ないじゃない!」

 ヴァルトーの言葉に再び声を荒げた碧は、黒毛の猫獣人の顔をキッと睨みつけた。

「知らないうちにこんなヘンテコな世界に移されて、いきなり訳の分からない化け物に追われて、川で溺れて死にかけたと思ったら、今度は猫の化け物に捕まって……! で、今度は装甲戦士アームド・ファイターになって痛い思いをしろですって! イヤよ! もうイヤよっ!」
「……分かりました」
「……え?」

 意外にもあっさりと自分の言う事に頷いたヴァルトーの態度に、むしろ戸惑う碧。
 そんな彼女の肩に手を置いて軽く押しのけたヴァルトーは、腰に提げた剣の柄に手をかける。

「え……? な、何? どうするの、あなた……?」
「どうするも何も……戦うのですよ。ハヤテ殿をお助けする為に」

 碧の問いかけに答えたヴァルトーは、スラリと剣を抜いた。良く磨かれた剣身が、陽の光を反射してキラリと煌めく。
 そのまま、ゆっくりと走り出そうとする彼の事を、慌てて碧が呼び止めた。

「だ、ダメよ! そんな剣一本なんかじゃ、装甲戦士アームド・ファイターの装甲には、ひっかき傷一つ付けられないわよ!」
「……でしょうな」
「で、『でしょうな』って! 何で? 敵わないのが分かってるのに、何で行こうとするの! あなた……死んじゃうわよッ!」
「ははは……死ぬ事は、とうに覚悟しております。私の力など、あの森の悪魔相手では、虫の一噛みにすぎぬ事など……今までの経験で、嫌という程思い知らされております」

 必死で思い止まらせようとする碧に、ヴァルトーは穏やかな笑みを向けて答える。

「ですが、ハヤテ殿が逃げる時間くらいは稼げましょう。この身ひとつと引き換えにハヤテ殿の命を救えるのならば、そう悪い選択ではございませぬ。……何せ、ハヤテ殿の力を喪えば、我らピシィナの民は、遅かれ早かれ“森の悪魔”どもに滅ぼされますからな」
「――っ!」
「……いや、違いますな」

 言葉を失った碧を前に、ヴァルトーは小さく首を横に振った。
 そして、ニッコリと微笑んで、更に言葉を継ぐ。

「結局……そんな理屈抜きに、私はハヤテ殿の優しい心根が好きなのですよ。彼をむざむざと死なせたくはない――それが、正直なところですかな」
「ッ――!」
「――御免!」

 ヴァルトーは表情を引き締めると、碧に軽く会釈し、剣を振り上げ、駆け出した。

「オオオオオオオオオ――ッ!」

 今まさにハヤテの首元に刃を落とそうとする装甲戦士アームド・ファイターニンジャへ向けて――!

 ◆ ◆ ◆ ◆

 「――おや、何か来たな」

 だんだんと近付いてくる叫びに気付いたニンジャは、忍一文字シノビストレートを振り上げた体勢のまま、声の方へと首を捩った。
 そして、仮面の下で口笛を吹く。

「ヒュー! 何か、命知らずな黒猫が一匹、こっちに突っ込んで来るよ」
「――ッ! ヴァルトーさん!」

 ニンジャの言葉につられて声の方を見たハヤテは、表情を強張らせ、叫んだ。

「ダメだ! 戻れっ! 俺の事は構わずに――!」
「いやいや、猫の分際で見上げた意気だ。のピンチを救おうと、貧弱な爪を剥き出して向かってくるなんてな」

 そう、せせら笑うように呟いたニンジャは、左手で音も無くシノビクナイを取り出すと、突進してくるヴァルトーに向けて投擲した。

「――!」

 風を切って迫りくるシノビ・クナイを、間一髪のところで避けたヴァルトーだったが、大きくバランスを崩し、土埃を上げながら転倒する。
 ――と、

「おおっと! そうはさせんよ!」
「グッ……!」

 ニンジャの一瞬の隙を衝いて、地面に落ちたコンセプト・ディスク・ドライブに手を伸ばしたハヤテだったが、その手をニンジャのブーツに踏みしめられ、苦痛の声を上げた。
 そのうなじに、ニンジャは逆手に持った忍一文字シノビストレートの切っ先を当て、嗜虐的な声で言う。

「――じゃあ、これで幕引きだ。まあ、安心しな。アンタの持っている“光る板”と、あのカワイ子ちゃん……全部己が有意義にさせてもらうからさ!」
「……ッ!」
「じゃあ……死――」

 ――ガギィン!

「――ッ!」

 ハヤテの首を、後ろから前に貫こうとした忍一文字シノビストレートは、耳障りな金属音と共に、勢い良く弾かれた。
 不意の衝撃に、ニンジャの身体は大きくバランスを崩し、蹈鞴たたらを踏む。

「おいおい……何だよ?」

 とどめの一撃を邪魔されたニンジャは、苛立たしげに首を振りながら、乱入してきた影を睨みつけた。

「お……お前は――!」

 一方、ニンジャに踏みつけられていた左手を押さえながら顔を上げたハヤテは、彼を守るように立つ者の姿を見て、思わず目を丸くした。

 その、白金色の装甲を身に纏った、狩猟豹チーターの精悍な顔を模したマスクを被った装甲戦士アームド・ファイターは――!

「あ……装甲戦士アームド・ファイタールナ……タイプ・ライトニングチーター……ッ!」
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