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第十四章 戦士たちは、来たるべき戦いに向け、何を想うのか
第十四章其の捌 脅威
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「イドゥン王がフラニィを……警戒?」
ヴァルトーの言葉に、一瞬戸惑いの表情を浮かべたハヤテだったが、すぐに脳裏にある記憶が蘇る。
以前、キヤフェ王城にて、初めてドリューシュと会った時に交わした会話だ。
「……確か、フラニィの白毛――無垢毛でしたか。あの毛柄は、猫獣人の中で最も尊いものだという――」
「はい、その通りです」
ハヤテの言葉に、ドリューシュは小さく頷く。
「妹――フラニィの毛柄は、それだけで王位の継承権を与えられる程の、尊く貴重なものです。それ故に、兄上はフラニィの事を密かに畏れ……憎んでおります。『いずれフラニィに王位を奪われてしまうのではないだろうか』――と」
「でも、ミアン王国の王位は、男子にしか継承されないというルールもあったはずでは?」
そう言うと、ハヤテは首を傾げた。
「だったら……イドゥン王が、フラニィの存在に怯える必要など無いと思うのですが。……どんなにレアな白毛だったとしても、彼女が女である限り、決して王位を継ぐ事が出来ないんですから」
「それがですね……そうとも言えなくなってきたんですよ」
「え……?」
苦渋に満ちた表情を浮かべたドリューシュを見て、ハヤテはやにわに不安を覚える。
そして、ドリューシュが静かに話し始めた。
「つい最近……若手の家臣たちが、秘かに不穏な動きをしているとして、王の親衛隊によって一斉に囚われました」
「囚われた……それは何故……?」
「兄上――現国王であるイドゥン一世を廃し、今までの慣習や伝承を覆してでも無垢毛であるフラニィを王位に就けようという運動です」
「――!」
ドリューシュの答えに、ハヤテの顔色が変わった。
「それじゃ、フラニィは……?」
「ああ、大丈夫です。フラニィには何の咎めもありません……今のところは」
と、小さく首を横に振ったドリューシュだったが、その表情は暗い。
一方のハヤテも、彼の言葉の最後の部分に引っかかりを感じ、思わず訊き返した。
「――“今のところ”とは、一体どういう意味なんですか?」
「……今回の運動は、あくまで若手の家臣の一部によるものでした。フラニィ自身が関与していない事は明らかです。何せ、他ならぬ兄上自らの命によって、あいつは別館に幽閉されたまま。外部と連絡を取る事もままならない状態ですから。若手家臣達どころか、実の兄である僕にさえも、ね……」
「だが、いずれは……と」
「……そういう事です」
今度は小さく頷き、ドリューシュは言葉を継ぐ。
「今回は彼らの行動を事前に察知し、早い段階で計画を潰す事が出来ましたが、兄上は今後も同じような不穏な計画が持ち上がるであろう事を半ば確信しています。――だから、兄上はフラニィの存在を今まで以上に脅威を覚え、疎んじ、憎み……恐れているのです」
「……しかし、どうして――」
ドリューシュの言葉を聞いて、その顔を青ざめさせながら、ハヤテは微かに震える声で呟いた。
「急に、フラニィを王位に就けようだなんて話が――」
「そんなの、決まってるじゃん」
当惑するハヤテを遮って声を上げたのは、傍らに立つ碧だった。
彼女は、ふるふると首を振りながら言う。
「今の王様が、国民に嫌われてるからよ。私は又聞きだけど、相当ヒドい奴らしいのは分かるよ。だから、今のヒドい王様を追い出して、フラニィってお姫様を新しい女王様にしたい……ぶっちゃけそういう事ですよね、王子様?」
「はは……ま、まあ、そうですね……」
歯に衣着せぬ碧の言葉に、引き攣り笑いを浮かべながら、ドリューシュは頷いた。
「……確かに兄上は、前の“森の悪魔”襲撃時に破壊された王都の修復を行なうという名目で、民から金銭と労働力を徴用しつつ、それを専ら自身の王宮の改築にばかりつぎ込んでいます。その事が、王に対する民たちの不満と反発を煽っている原因となっているのは……事実です」
そう言うと、ドリューシュは碧の顔をまじまじと見つめながら問いかける。
「アオイ殿、随分とお詳しい様子ですが、どうしてご存知なのですか?」
「そりゃあね……」
ドリューシュの問いに、ニヤリとほくそ笑んだ碧は、ヴァルトーの方に目を向けた。
「ヴァルトーさんが、事あるごとに愚痴ってたもん。キヤフェがどうのとか、今の王様がダメだとか……」
「ちょ、ちょっと、アオイ殿! いきなり何を……!」
突然名指しされたヴァルトーは、突然の暴露に対し、大いに狼狽える。
そんなヴァルトーの顔をジロリと睨みつけてから、ドリューシュは低い声で言った。
「……外部の方に愚痴を漏らすなど、部隊の隊長としては些か軽率だが、そのおかげで話が早く済むのは幸いかな?」
「も……申し訳御座いませぬ、殿下……」
「あ……これってもしかして、私、余計な事言っちゃった?」
ふたりの不穏な様子に気付いた碧は、慌てて頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! 私、つい軽率に……」
「いえ……アオイ殿が謝る事では無いですよ」
そう言って、少しだけ苦笑いを浮かべたドリューシュだったが、すぐにその笑みを消すと、眉間に深い皺を寄せて考え込んでいるハヤテの顔を見つめる。
「……お分かりになられましたか? 兄上は、自分に対する不満を抱いた者たちが団結する事を警戒して、その触媒となりつつあるフラニィを怖れているのです。自身の地位の安定の為には、その命を奪う事も厭わないほどに、ね」
「そんな……実の兄が、血の繋がった妹に――」
「……そんな事、別に珍しくもないじゃない」
「え……?」
あっさりとした口調で紡がれた言葉に、ハヤテはギョッとして振り返った。
言葉を発した碧は、ブスッとした表情を浮かべながら、言葉を続ける。
「兄弟が権力の座を巡って殺し合うなんて、私たち人間の歴史の中で幾度となく繰り返されてきた定番イベントじゃん? それと同じよ」
「でも……フラニィ自身には、イドゥン王の地位を奪う気なんてこれっぽっちも――」
「王様にとっては、フラニィさんが王様になろうとしてようがしてなかろうが同じ事よ。フラニィさんの存在自体が、自分の地位を揺らがせるって事に変わりは無いもの」
「……」
碧の言葉に、ハヤテは返す言葉が無く、唇を噛んで黙り込み、その一方で、ドリューシュは大きく頷いた。
「……アオイ殿のおっしゃる通り、兄上は、フラニィの命を奪う事を決断したものと思われます。それが解る何よりの証拠が――」
そこで一旦言葉を切ると、ドリューシュは己の胸に手を当て、次いでハヤテを指さす。
そして、沈痛な感情を滲ませた低い声で言った。
「――僕とハヤテ殿が、今ここに居る事なのです」
ヴァルトーの言葉に、一瞬戸惑いの表情を浮かべたハヤテだったが、すぐに脳裏にある記憶が蘇る。
以前、キヤフェ王城にて、初めてドリューシュと会った時に交わした会話だ。
「……確か、フラニィの白毛――無垢毛でしたか。あの毛柄は、猫獣人の中で最も尊いものだという――」
「はい、その通りです」
ハヤテの言葉に、ドリューシュは小さく頷く。
「妹――フラニィの毛柄は、それだけで王位の継承権を与えられる程の、尊く貴重なものです。それ故に、兄上はフラニィの事を密かに畏れ……憎んでおります。『いずれフラニィに王位を奪われてしまうのではないだろうか』――と」
「でも、ミアン王国の王位は、男子にしか継承されないというルールもあったはずでは?」
そう言うと、ハヤテは首を傾げた。
「だったら……イドゥン王が、フラニィの存在に怯える必要など無いと思うのですが。……どんなにレアな白毛だったとしても、彼女が女である限り、決して王位を継ぐ事が出来ないんですから」
「それがですね……そうとも言えなくなってきたんですよ」
「え……?」
苦渋に満ちた表情を浮かべたドリューシュを見て、ハヤテはやにわに不安を覚える。
そして、ドリューシュが静かに話し始めた。
「つい最近……若手の家臣たちが、秘かに不穏な動きをしているとして、王の親衛隊によって一斉に囚われました」
「囚われた……それは何故……?」
「兄上――現国王であるイドゥン一世を廃し、今までの慣習や伝承を覆してでも無垢毛であるフラニィを王位に就けようという運動です」
「――!」
ドリューシュの答えに、ハヤテの顔色が変わった。
「それじゃ、フラニィは……?」
「ああ、大丈夫です。フラニィには何の咎めもありません……今のところは」
と、小さく首を横に振ったドリューシュだったが、その表情は暗い。
一方のハヤテも、彼の言葉の最後の部分に引っかかりを感じ、思わず訊き返した。
「――“今のところ”とは、一体どういう意味なんですか?」
「……今回の運動は、あくまで若手の家臣の一部によるものでした。フラニィ自身が関与していない事は明らかです。何せ、他ならぬ兄上自らの命によって、あいつは別館に幽閉されたまま。外部と連絡を取る事もままならない状態ですから。若手家臣達どころか、実の兄である僕にさえも、ね……」
「だが、いずれは……と」
「……そういう事です」
今度は小さく頷き、ドリューシュは言葉を継ぐ。
「今回は彼らの行動を事前に察知し、早い段階で計画を潰す事が出来ましたが、兄上は今後も同じような不穏な計画が持ち上がるであろう事を半ば確信しています。――だから、兄上はフラニィの存在を今まで以上に脅威を覚え、疎んじ、憎み……恐れているのです」
「……しかし、どうして――」
ドリューシュの言葉を聞いて、その顔を青ざめさせながら、ハヤテは微かに震える声で呟いた。
「急に、フラニィを王位に就けようだなんて話が――」
「そんなの、決まってるじゃん」
当惑するハヤテを遮って声を上げたのは、傍らに立つ碧だった。
彼女は、ふるふると首を振りながら言う。
「今の王様が、国民に嫌われてるからよ。私は又聞きだけど、相当ヒドい奴らしいのは分かるよ。だから、今のヒドい王様を追い出して、フラニィってお姫様を新しい女王様にしたい……ぶっちゃけそういう事ですよね、王子様?」
「はは……ま、まあ、そうですね……」
歯に衣着せぬ碧の言葉に、引き攣り笑いを浮かべながら、ドリューシュは頷いた。
「……確かに兄上は、前の“森の悪魔”襲撃時に破壊された王都の修復を行なうという名目で、民から金銭と労働力を徴用しつつ、それを専ら自身の王宮の改築にばかりつぎ込んでいます。その事が、王に対する民たちの不満と反発を煽っている原因となっているのは……事実です」
そう言うと、ドリューシュは碧の顔をまじまじと見つめながら問いかける。
「アオイ殿、随分とお詳しい様子ですが、どうしてご存知なのですか?」
「そりゃあね……」
ドリューシュの問いに、ニヤリとほくそ笑んだ碧は、ヴァルトーの方に目を向けた。
「ヴァルトーさんが、事あるごとに愚痴ってたもん。キヤフェがどうのとか、今の王様がダメだとか……」
「ちょ、ちょっと、アオイ殿! いきなり何を……!」
突然名指しされたヴァルトーは、突然の暴露に対し、大いに狼狽える。
そんなヴァルトーの顔をジロリと睨みつけてから、ドリューシュは低い声で言った。
「……外部の方に愚痴を漏らすなど、部隊の隊長としては些か軽率だが、そのおかげで話が早く済むのは幸いかな?」
「も……申し訳御座いませぬ、殿下……」
「あ……これってもしかして、私、余計な事言っちゃった?」
ふたりの不穏な様子に気付いた碧は、慌てて頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! 私、つい軽率に……」
「いえ……アオイ殿が謝る事では無いですよ」
そう言って、少しだけ苦笑いを浮かべたドリューシュだったが、すぐにその笑みを消すと、眉間に深い皺を寄せて考え込んでいるハヤテの顔を見つめる。
「……お分かりになられましたか? 兄上は、自分に対する不満を抱いた者たちが団結する事を警戒して、その触媒となりつつあるフラニィを怖れているのです。自身の地位の安定の為には、その命を奪う事も厭わないほどに、ね」
「そんな……実の兄が、血の繋がった妹に――」
「……そんな事、別に珍しくもないじゃない」
「え……?」
あっさりとした口調で紡がれた言葉に、ハヤテはギョッとして振り返った。
言葉を発した碧は、ブスッとした表情を浮かべながら、言葉を続ける。
「兄弟が権力の座を巡って殺し合うなんて、私たち人間の歴史の中で幾度となく繰り返されてきた定番イベントじゃん? それと同じよ」
「でも……フラニィ自身には、イドゥン王の地位を奪う気なんてこれっぽっちも――」
「王様にとっては、フラニィさんが王様になろうとしてようがしてなかろうが同じ事よ。フラニィさんの存在自体が、自分の地位を揺らがせるって事に変わりは無いもの」
「……」
碧の言葉に、ハヤテは返す言葉が無く、唇を噛んで黙り込み、その一方で、ドリューシュは大きく頷いた。
「……アオイ殿のおっしゃる通り、兄上は、フラニィの命を奪う事を決断したものと思われます。それが解る何よりの証拠が――」
そこで一旦言葉を切ると、ドリューシュは己の胸に手を当て、次いでハヤテを指さす。
そして、沈痛な感情を滲ませた低い声で言った。
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