装甲戦士テラ〜異世界に堕ちた仮面の戦士は、誰が為に戦うのか〜

朽縄咲良

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第十六章 惑わぬ娘は、惑う少女に何を伝えるのか

第十六章其の壱 赫炎

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 全速力で森を駆け抜け、ようやくドリューシュ軍に追いついたテラ。
 彼は荒い息を吐きながら、バーニング・ロアーを胸に受けたものの、さほどのダメージも受けていない様子のニンジャを一瞥する。
 そして、ニンジャの前で蹲る影に目を移し、

「ドリューシュ王子……!」

 焦燥が混ざった声で、その名を呼んだ。

「……っ!」

 次の瞬間、彼は足に炎を纏わせると、爆発的な加速でニンジャとの距離を一気に詰めた。

「フレイムブレードッ!」

 そして、ニンジャに接近しながら右手を伸ばし、その掌から噴き出した炎が、たちまち赫刃の大剣を形作る。  
 具現化させたフレイムブレードを両手に握ったテラは、そのまま大上段に振りかぶった。

「うおおおおおおおっ!」
「……っ!」

 テラの奇襲に一瞬反応が遅れたニンジャは、咄嗟に忍一文字シノビストレートの鎬でテラの斬撃を受ける。
 ――が、

「――グッ!」

 テラの凄まじい斬撃に圧されて、堪らず片膝をついた。

「……チッ!」

 忌々しそうに舌打ちしたニンジャは、忍一文字シノビストレートの角度を僅かにずらし、フレイムブレードを巧みにいなした。
 そのせいで大きく左へ体勢を崩したテラだったが、

「う……おおおおおっ!」

 渾身の力で脚を踏ん張り堪えると、両の手首を捻って、左に流れた大剣を右斜め上へ切り上げる。

「がッ……!」

 思わぬ反撃によって、右脇腹にフレイムブレードの剣閃を食らったニンジャは、くぐもった呻き声を上げながら真横に吹っ飛び、そのまま十五メートルほど地面を跳ねながら転がり、大きな木の幹に背中を打ちつけてようやく止まった。
 だが、テラはニンジャの行方など目もくれずに、くるりと踵を返すと、両膝をついたドリューシュの元に駆け寄ろうとする。

「――ドリューシュ王子! 無事ですかッ?」
「な……何で、貴方がここに居るんですか、ハヤテ殿ッ!」

 声をかけたドリューシュから返ってきたのは、予想外の叱責だった。
 ドリューシュは、足を止めたテラを睨めつけながら、厳しい声で叫ぶ。

「僕は、貴方にお願いしたはずです、『キヤフェのフラニィを助けに行って下さい』と! なのに、どうして戻って来たんですかッ!」
「……ッ!」
「僕は……僕たちは、とうに死を覚悟しているのです! 貴方がフラニィを助け出してくれる事を信じて、その間の陽動と時間稼ぎをする為に……。なのに、貴方がここに居ては、全くの意味が無い! 僕たちの覚悟と犠牲を無駄にする気ですか、貴方は!」
「……もちろん、あなたと約束した通り、フラニィは助け出します。――必ず」

 そう答えると、テラは真っ直ぐにドリューシュの顔を見返し、力強く言葉を継ぐ。

「そして――あなた達の事も」
「――ッ!」

 テラの言葉を聞いたドリューシュは、思わず目を丸くした。
 ――と、テラは周囲を見回した。そして、周囲に散らばる数多の猫獣人兵たちの亡骸を目にすると、がくりと首を落とし、拳を砕けんばかりにきつく握る。

「ですが……すみません。間に合わなかった……!」

 そう、血を吐く様な声で言うと、握った拳で自らの眉間を思い切り殴りつけた。

「……すみません。俺が、もう少し早く追いつけていれば、こんなにたくさんの仲間が死ななくて済んだのに……!」

 うわ言の様に独り言つと、彼は上空を振り仰いだ。

「クソッ……! 俺は、いつも遅いんだ……! 畜生……」
「……遅くは、ございません……よ」
「え……?」

 悔いる自分にかけられた、弱々しくも穏やかな声を耳にして、テラは驚く。
 そして、ドリューシュが黒毛の猫獣人を抱きかかえている事に気付き、すぐにそれが誰なのかを悟って愕然とした。

「ヴァ……ヴァルトーさん……! そ、それは……」
「はは……ふ、不覚を……取り申した……」

 ヴァルトーは、膜の張りかけた目でテラを見上げながら、力無く笑ってみせる。

「ヴァルトー……さん……」

 テラは、衝撃から我に返ると、慌ててヴァルトーの傍らに屈み込んだ。
 そして、ヴァルトーの腹の深い傷を見た瞬間、思わず絶句し、彼を抱えているドリューシュの顔を見る。

「……」

 そんなテラに対して、ドリューシュは苦渋の表情で小さく首を横に振る。その仕草の意味は、考えるまでもなかった。

「そんな……」

 テラは、思わずその場でへたり込んだ。そして、震える手で、ヴァルトーの手を握る。
 その手は、スーツのグローブの上からも分かるほど冷たかった。
 テラは、ぐったりしたヴァルトーの顔を覗き込みながら、震える声で呟く。

「どうして……。どうして、あなたがこんな事に――」
「――そりゃ、決まってるじゃないか」

 彼の誰に問いかけたわけでもない問いに応えたのは、ゆらりと立ち上がったニンジャだった。
 彼は、亀裂が入った右脇腹の装甲を手で押さえながら、おどけた仕草で肩を竦めてみせる。

おれの仕業だよ。そこらへんに転がってる猫肉のバーベキューも、その黒猫の腹の傷もさ!」
「ニンジャ……」
「ま、本当の狙いは、そこのお偉いさんだったんだけどね。時間稼ぎだって言っても、いい加減、猫どもとじゃれ合い続けるのも面倒くさくなってきたからさ。一気に指揮官ボスの首を取って終わらせちゃおうと思ったんだけど、寸前でその黒猫に邪魔されて仕留めそこなったんだよね」
「……」
「ま、アンタが来たのなら、話は別だ。そういえば、この前は一対二のハンデマッチだったもんな。今度はタイマンで戦おうぜ。炎属性の装甲モード持ち同士、どっちが上かをハッキリさせるのも面白――」
「黙れ――ッ!」

 ニンジャの軽口を絶叫で遮ったテラは、フレイムブレードを握ると、渾身の力で横薙ぎに振り払った。
 炎を纏った斬撃波がニンジャに向かって一直線に飛ぶ。

「――うおぉっ!」

 不意の一撃に、ニンジャは驚きの声を上げながら、咄嗟に身を反らして斬撃を躱した。
 彼の上を通り過ぎた斬撃波は、彼の背後の木を真っ二つに断ち割り、轟炎に包まれた幹は、地響きを立てて地面に転がる。

「……おいおい!」

 燃え上がる木の幹を一瞥しながら身を起こしたニンジャは、呆れ声を上げた。

「人が喋ってる途中にいきなり大技差し込んでくるとか、エゲツねえな! それでも装甲戦士アームド・ファイターかよ、アン――」
「……お前の相手は、後でしてやる」
「……ッ!」

 テラの低い声を聞いた瞬間、全身の肌が粟立ち、背筋を冷たい感触が伝うのを感じたニンジャは、思わず息を呑む。

「う……」

 テラの全身から噴き出したどす黒い殺気が、自分の全身に纏わりついて来るような怖気を感じたニンジャは、思わず身を硬直させた。
 一方、そんな彼を睨みつけながら、テラは静かに、それでいて圧倒的な圧力が籠もった声で言葉を継ぐ。

「――だから、しばらくの間、その場で黙ってろ。……いいな」
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