装甲戦士テラ〜異世界に堕ちた仮面の戦士は、誰が為に戦うのか〜

朽縄咲良

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第十九章 手負いの装甲戦士は、何を胸に秘めるのか

第十九章其の肆 身体

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 それから、ハヤテは天音に全てを話した。
 ――あの日、自分との待ち合わせ場所に向かっていた彼女が、トラック同士の衝突事故に巻き込まれた事。
 病院に担ぎ込まれた天音が、医師たちによる懸命の蘇生措置によって、辛うじて命を繋いだ事。
 だが、その意識が戻る事無く、十二年間昏睡状態のままだった事――。

「そ……そんな……」

 ハヤテの話が終わった後、天音は愕然とした表情を浮かべ、唇を戦慄わななかせる。

「あたしが……事故に遭って、それからずっと眠りっ放しになってたって? ……そ、そんな事……」
「……大丈夫か、アマネ?」

 混乱した様子で頭を押さえる天音に、ハヤテは心配して声をかけた。

「すまない……。やっぱり、まだお前には言わないでおいた方が良かったのかもしれない。こんな話……すぐに受け入れるなんて無理だよな……」
「……ううん」

 ハヤテの言葉に、顔面を蒼白にしながらも、天音は気丈に首を横に振る。

「だ、大丈夫……。確かにビックリしなかったって言うと嘘になるけど、元はといえば、あたしが教えてほしいって頼み込んだんだから……」
「アマネ……」
「――つまり、さ」

 天音は、心配顔のハヤテの顔をじっと見つめながら、震える声で言った。

「しょうちゃんが異世界ここに堕ちてくるまでの十二年の間、向こうの日本には、もうひとりの私がいて、植物状態のまま、病院のベッドで眠り続けてた――って事になるの?」
「……そういう事になる」

 天音の問いかけに、ぎこちなく頷くハヤテ。
 彼の答えを聞いた天音は、おずおずと自分の事を指さしながら「じゃあ……」と問いを重ねる。

「今ここに居る、高校一年生の夏に堕ちてきたあたしは……一体、何なの?」
「……正直、俺にも分からない」

 彼女の言葉に対して、僅かに目を伏せてハヤテはかぶりを振るしかなかった。
 だが、すぐに目を上げると、眼鏡のレンズ越しに天音の眼を見据え、静かな口調で言葉を継ぐ。

「でも……ひとつの可能性は考えついた」
「可能性……」

 縋るような表情で彼の顔を見返してくる天音に、ハヤテはゆっくりと言った。

「――今まで、俺は……俺たちは、日本からそのままここに転移してきたのだと思い込んでいたけど……それがという可能性だ」
「……どういう事?」

 ハヤテが言った言葉の意味を測りかね、天音はキョトンとした表情を浮かべて訊き返す。
 それを聞いたハヤテは小さく頷くと、自分の左胸に手を置いて、言葉を続けた。

「つまり……俺たちオチビトは、身体ごとじゃなくて……“精神”――言い換えると“魂”だけを身体から抜かれて、日本から異世界ここに連れてこられたんじゃないか――そういう可能性だ」
「……え?」

 ハヤテの言葉に呆然としながら、天音は寒気を感じたように自分の両肩を両手で抱き、ぶるりと身を震わせる。

「そ、それって……このあたしの身体や、しょうちゃんの身体が、日本に居た頃とは別のものになっている――って事?」
「……ああ」

 天音の震え声に重々しく頷いたハヤテは、包帯が巻きつけられた自分の掌をじっと見つめながら、ぽつぽつと言葉を継いだ。

「……そう考えると、腑に落ちる事も多いんだ。――例えば、怪我を負った後の、早過ぎる回復力とか……」
「あ……」

 小さな叫び声を上げると、天音は自分の胸の間を押さえる。
 そんな彼女に、ハヤテは小さく頷くと、更に言った。

「この前のニンジャとの戦いで、俺は様々な傷を負ったはずだ。ニンジャの刀で斬られた傷や打撲傷。それと、自分がタイプ・ボルケーノフェニックスになった際に自分が発した炎の輻射熱で負った、全身の熱傷……」

 そう言いながら、ハヤテは身体に巻きつけられた包帯を捲り、皮膚に残る傷痕を見せる。

「――でも、もう傷が塞がり始めている。普通の身体だったら到底信じられないくらいのスピードで回復していくんだ。……お前もそうだろう?」
「……うん」

 ハヤテの問いに、天音はコクンと頷いた。
 そんな天音に頷き返したハヤテは、捲った包帯を戻しながら言葉を継ぐ。

「その謎も、俺たちオチビトの今の身体が、元の身体とは違うものなのだと考えれば説明が付く。……お前がこの異世界に堕ちた後も、向こうで身体が存在し続けていた理由も――な」
「そっか……あたしの魂だけが、この世界にやってきたから、日本でのあたしが目を覚まさなかった――って事……」
「……ああ」
「じゃあ――」

 と、天音がハヤテに問いかけた。

「しょうちゃんの身体――ううん、しょうちゃんだけじゃない。カオルや聡おじさんや周防さんやアオイたちの身体も、日本むこうで植物状態になったまま眠り続けてるって事なの?」
「……俺の仮説が合っていれば、そうなる」

 ハヤテは、眉根を寄せながら頷く。
 その答えを聞いた天音は、訝しげに首を捻る。

「でも……何で、そんな事が? こんな事、自然に起こる事なんかじゃ絶対に無いでしょ?」
「……そうだな」

 と、ハヤテは溜息を吐きながら同意した。
 そして、彼は枕元に手を伸ばした。

「自然現象だなんて事は、絶対にありえないと思う。堕ちてきた俺たちが、全員“こいつら”をふたつずつ持っていた――いや、って事からも、それは確かだと思う」

 そう言いながら、彼は置いてあったコンセプト・ディスク・ドライブを持ち上げた。

「……念じると、『装甲戦士アームド・ファイター』の装甲アイテムに変化する“光る板”……。これは、自然現象なんかじゃ断じて無い。俺は、何者かの明確な意志――いや、と言った方が近いものの存在を感じるんだ……」
「意志って……」

 ハヤテの言葉を聞いた天音が、背筋に冷たいものが伝うのを感じながら言う。

「か……神様か何かが、イタズラであたしたちの魂を玩んで楽しんでるとでも言うの……?」
「……」

 愕然とした様子の天音の声を聞きながら、ハヤテの脳裏には、ある考えが浮かんでいた。

(神様――そういえば……この世界にも、謎に満ちた“神”が居たな……)

 ――『我がファスナフォリック家は、神話の時代から創造神エアにお仕えしていたと伝えられておる』

 この異世界に来てから間もない頃、まだ健在だった猫獣人ピシィナの王・アシュガト二世から聞いた言葉が、唐突に思い出された。
 ハヤテの思考は、更に深く潜る。

(創造神エアが眠ると伝えられ、代々のファスナフォリック王が“墓守”として守護してきたというのが、何故かオチビトが“破壊すべし”と脳内に深く刷り込まれている――“石棺”だ……)

 何だろう……何か偶然では片付けられない“符合”を感じる……。

「……痛ッ」

 我を忘れ、“石棺”について深く考え込んでいたハヤテは、唐突に電流のような痛みが頭に走ったのを感じ、顔を顰めた。
 その瞬間、ある男の吐いた言葉が脳内に響き渡る。

を見たら、或いは君の考えも変わるかもしれないね』

 装甲戦士アームド・ファイタージュエルと死闘を繰り広げた後――牛島聡が別れ際に言った言葉だ。
 ハヤテに対し、“石棺”を安置している“霊廟”――そこへ続く“通路”を見ておけと言った牛島……。

(あれは……どういう意味なんだ?)

 そう考えつつ、ハヤテは、牛島との会話で最も印象に残っている言葉を思い返した。
 『通路に何があるんだ?』と訊ねたハヤテに対し、牛島が答えた言葉。

 ――『それはね……“この世界の正体”――そのさ』
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