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第二章 Boy Meets Girl Meets Cat.
第二十四話 猫とビール
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半ば逃げ出すようにかなみさんの家を辞して自分の部屋に戻った俺は、一先ずシャワーを浴びて、引っ越し作業でかいた汗を流した。
「ふぅ……スッキリした」
パンツ一丁で肩にバスタオルをかけた格好で洗面所を出た俺は、台所の横の冷蔵庫から取り出したビールの缶を開け、立ったままグビリと呷る。
「ぷはぁ~! やっぱり、風呂上がりのビールは最高~……って、ん?」
喉を通る炭酸の刺激と苦味にベタな歓声を上げた俺だったが、ふと脚に違和感を覚えた。
そして、視線を足下に移すと――千切れんばかりに尻尾を振りながら、俺のふくらはぎにしがみついているハジさんの姿があった。
「……どうしたんすか、ハジさん?」
「寄越すニャ! ワシにも飲ませるニャア!」
「え?」
目をギラギラと光らせながら、必死の形相で訴えてくるハジさんに戸惑いながら、俺は手に持っていたビール缶を指さしてみる。
「飲ませろって……ひょっとして、ビールの事っすか?」
「そうだニャ! 決まっとるじゃろがああっ!」
俺の問いかけに苛立ちながら頷いたハジさんは、次の瞬間、ビール缶目がけて飛び上がった。……だが、所詮は子猫の身体。ハジさんが伸ばした手……もとい前脚は、俺の持つビール缶のニ十センチほど下を虚しく通り過ぎる。
「ニャガガガぁ! ワシにも分けろニャ! ひとりで飲んでズルいニャアッ!」
「……いや、イカンでしょ」
全身の毛を逆立てながら可愛い怒声を上げるハジさんに、俺は呆れ顔で首を左右に振った。
「確かに、ハジさんは元人間ですが、今のアンタは生まれて数ヶ月の子猫なんですから、アルコール類なんて飲ませる訳にはいかないですよ。あ、それに……」
そこで俺は、ふと夏休みの読書感想文を書く時に読んだ古典小説を思い出した。
「猫がビールなんて飲んだら、『吾輩は猫である』と同じ結末になっちゃいますよ」
「……『吾輩は猫である』と同じ結末?」
俺の言葉を聞いたハジさんは、訝しげに首を傾げる。
「はて、どんニャンだっけ?」
「あれ? 知らないんすか、『吾輩は猫である』?」
「知っとるワイ! ……でも、知ってるのは、最初の部分だけニャ。確か……『吾輩は猫である。名ミャえはミャだニャい』ってヤツじゃろ? ……って、ニャんじゃ、そのツラは?」
「あ、いやぁ……」
ハジさんの呆れ声に、ふやけた笑いを浮かべていた俺は頭を掻きながら答えた。
「何つーか、猫が語り手の『吾輩は猫である』を、見た目だけは可愛らしい子猫が猫訛り丸出しで朗読してるのにちょっと萌えちゃって……」
「ニャンじゃ、そりゃ。気持ち悪ぃ」
俺の答えに、ハジさんはドン引きした様子で顔を顰める。
そして、ジト目で俺を見ながら、再び訊ねた。
「んニャ事はどうでもいいんニャ。その、『吾輩は猫である』とワシがビールを飲む事が、どう関係するんニャ?」
「あ、『吾輩は猫である』の主人公の猫は、最後に飼い主の飲んでたビールを盗み飲みして酔っぱらっちゃうんですよ。それで、千鳥足で歩いてたら、桶だか井戸だかの中に落っこちて死んじゃうっていうのが、あの小説のラストで……」
「ニャ、ニャンじゃとっ?」
俺のネタバレを聞いたハジさんは、仰天した。
「そ、そんな最後ニャんか、あの小説ッ?」
「まあ……確かに、有名な割にラストまで知ってる人はあんまりいないですよね」
俺は、驚愕するハジさんの姿に苦笑しながら頷く。
そして、もう一口ビールを呷ってから言葉を続けた。
「……って訳なんで、ビールを飲むのは止めといた方がいいですよ。せっかく子猫に転生できたのに、またすぐに死んじゃったら嫌でしょ?」
「ぐニュニュ……」
ハジさんは、俺の言葉を聞くと、悔しそうに尻尾を震わせる。
俺は、そんな『反論できず、悔しげに黙り込む子猫』という他では拝めない珍しい光景を肴にして、缶に残ったビールを飲み干そうとした――その時、
「……そ、そんニャ事、関係ニャいニャーっ! いいから、一口舐めさせるニャアアアッ!」
「うわぁッ!」
突然、ハジさんが牙を剥いて俺に飛び掛かってきて、不意を衝かれた俺は、思わずその場で仰向けに倒れた。
「隙ありぃぃぃっ!」
「ちょ! ま、待て、ハジさ……痛だだだだだだだ!」
すかさずビール缶を奪い取ろうとするハジさんを押し止めようとした俺だったが、その拍子に腕を思い切り引っ掻かれて悲鳴を上げる。
「痛えよッ!」
灼けるような痛みで、思わず声を荒げた俺は、力任せにハジさんの体を押し退け、引っ掻かれた腕を恐る恐る擦った。
「くそ、マジ痛ってえ……」
引っ掻かれた箇所を見ると、細く長い線が二本、風呂上がりで柔らかくなった肌にくっきりと刻まれていた。幸い、出血はそんなにしていないようだが、多分もう少ししたらミミズ腫れみたいになるのは間違いない。
俺は、眉間に皺を寄せて、ハジさんの姿を探した。
「フーッ!」
ハジさんは、ベッドの下に潜り込んで、毛を逆立てながら威嚇の声を上げている。マジギレモードだ。
……いや、怒りたいのはこっちなんだけど。
腕にじんじんくる痛みで頭に血が上った俺は、大きく息を吸い込んで、怒声を上げる。
「ハジさ――!」
“コン コン”
「――ん?」
「……!」
怒鳴ろうとした瞬間に鳴った控えめなノック音に、俺とハジさんは思わず息を呑んだ。
(こんな時間に、来客?)
俺は、訝しみながらも、ドアの方に向かって声をかける。
「あ、はーい。どなたですかー?」
俺の問いかけに対し、一瞬間をおいてから、おずおずと返事が返ってくる。
「……あ、あの……初鹿野かなみです。三枝さん、今ちょっとよろしいですか……?」
「ふぅ……スッキリした」
パンツ一丁で肩にバスタオルをかけた格好で洗面所を出た俺は、台所の横の冷蔵庫から取り出したビールの缶を開け、立ったままグビリと呷る。
「ぷはぁ~! やっぱり、風呂上がりのビールは最高~……って、ん?」
喉を通る炭酸の刺激と苦味にベタな歓声を上げた俺だったが、ふと脚に違和感を覚えた。
そして、視線を足下に移すと――千切れんばかりに尻尾を振りながら、俺のふくらはぎにしがみついているハジさんの姿があった。
「……どうしたんすか、ハジさん?」
「寄越すニャ! ワシにも飲ませるニャア!」
「え?」
目をギラギラと光らせながら、必死の形相で訴えてくるハジさんに戸惑いながら、俺は手に持っていたビール缶を指さしてみる。
「飲ませろって……ひょっとして、ビールの事っすか?」
「そうだニャ! 決まっとるじゃろがああっ!」
俺の問いかけに苛立ちながら頷いたハジさんは、次の瞬間、ビール缶目がけて飛び上がった。……だが、所詮は子猫の身体。ハジさんが伸ばした手……もとい前脚は、俺の持つビール缶のニ十センチほど下を虚しく通り過ぎる。
「ニャガガガぁ! ワシにも分けろニャ! ひとりで飲んでズルいニャアッ!」
「……いや、イカンでしょ」
全身の毛を逆立てながら可愛い怒声を上げるハジさんに、俺は呆れ顔で首を左右に振った。
「確かに、ハジさんは元人間ですが、今のアンタは生まれて数ヶ月の子猫なんですから、アルコール類なんて飲ませる訳にはいかないですよ。あ、それに……」
そこで俺は、ふと夏休みの読書感想文を書く時に読んだ古典小説を思い出した。
「猫がビールなんて飲んだら、『吾輩は猫である』と同じ結末になっちゃいますよ」
「……『吾輩は猫である』と同じ結末?」
俺の言葉を聞いたハジさんは、訝しげに首を傾げる。
「はて、どんニャンだっけ?」
「あれ? 知らないんすか、『吾輩は猫である』?」
「知っとるワイ! ……でも、知ってるのは、最初の部分だけニャ。確か……『吾輩は猫である。名ミャえはミャだニャい』ってヤツじゃろ? ……って、ニャんじゃ、そのツラは?」
「あ、いやぁ……」
ハジさんの呆れ声に、ふやけた笑いを浮かべていた俺は頭を掻きながら答えた。
「何つーか、猫が語り手の『吾輩は猫である』を、見た目だけは可愛らしい子猫が猫訛り丸出しで朗読してるのにちょっと萌えちゃって……」
「ニャンじゃ、そりゃ。気持ち悪ぃ」
俺の答えに、ハジさんはドン引きした様子で顔を顰める。
そして、ジト目で俺を見ながら、再び訊ねた。
「んニャ事はどうでもいいんニャ。その、『吾輩は猫である』とワシがビールを飲む事が、どう関係するんニャ?」
「あ、『吾輩は猫である』の主人公の猫は、最後に飼い主の飲んでたビールを盗み飲みして酔っぱらっちゃうんですよ。それで、千鳥足で歩いてたら、桶だか井戸だかの中に落っこちて死んじゃうっていうのが、あの小説のラストで……」
「ニャ、ニャンじゃとっ?」
俺のネタバレを聞いたハジさんは、仰天した。
「そ、そんな最後ニャんか、あの小説ッ?」
「まあ……確かに、有名な割にラストまで知ってる人はあんまりいないですよね」
俺は、驚愕するハジさんの姿に苦笑しながら頷く。
そして、もう一口ビールを呷ってから言葉を続けた。
「……って訳なんで、ビールを飲むのは止めといた方がいいですよ。せっかく子猫に転生できたのに、またすぐに死んじゃったら嫌でしょ?」
「ぐニュニュ……」
ハジさんは、俺の言葉を聞くと、悔しそうに尻尾を震わせる。
俺は、そんな『反論できず、悔しげに黙り込む子猫』という他では拝めない珍しい光景を肴にして、缶に残ったビールを飲み干そうとした――その時、
「……そ、そんニャ事、関係ニャいニャーっ! いいから、一口舐めさせるニャアアアッ!」
「うわぁッ!」
突然、ハジさんが牙を剥いて俺に飛び掛かってきて、不意を衝かれた俺は、思わずその場で仰向けに倒れた。
「隙ありぃぃぃっ!」
「ちょ! ま、待て、ハジさ……痛だだだだだだだ!」
すかさずビール缶を奪い取ろうとするハジさんを押し止めようとした俺だったが、その拍子に腕を思い切り引っ掻かれて悲鳴を上げる。
「痛えよッ!」
灼けるような痛みで、思わず声を荒げた俺は、力任せにハジさんの体を押し退け、引っ掻かれた腕を恐る恐る擦った。
「くそ、マジ痛ってえ……」
引っ掻かれた箇所を見ると、細く長い線が二本、風呂上がりで柔らかくなった肌にくっきりと刻まれていた。幸い、出血はそんなにしていないようだが、多分もう少ししたらミミズ腫れみたいになるのは間違いない。
俺は、眉間に皺を寄せて、ハジさんの姿を探した。
「フーッ!」
ハジさんは、ベッドの下に潜り込んで、毛を逆立てながら威嚇の声を上げている。マジギレモードだ。
……いや、怒りたいのはこっちなんだけど。
腕にじんじんくる痛みで頭に血が上った俺は、大きく息を吸い込んで、怒声を上げる。
「ハジさ――!」
“コン コン”
「――ん?」
「……!」
怒鳴ろうとした瞬間に鳴った控えめなノック音に、俺とハジさんは思わず息を呑んだ。
(こんな時間に、来客?)
俺は、訝しみながらも、ドアの方に向かって声をかける。
「あ、はーい。どなたですかー?」
俺の問いかけに対し、一瞬間をおいてから、おずおずと返事が返ってくる。
「……あ、あの……初鹿野かなみです。三枝さん、今ちょっとよろしいですか……?」
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