1DK バス・トイレ・化け猫つき

朽縄咲良

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終章 ネコと和解せよ

第七十六話 顛末と結末

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 「あ……か、かなみさん……」

 思いもかけないかなみさんの姿に、俺は驚いて声を上ずらせた。
 そんな俺に対して、かなみさんは少しモジモジしながら尋ねる。

「あ、あの……ちょっとお邪魔してもいいですか?」
「アッ! も、もちろん! 喜んでぇっ!」

 かなみさんの問いかけに、俺は慌てて首を縦に振り、ベッドの傍らにあるパイプ椅子の座面を寝間着の袖で拭き取った。

「さ、さあ、こちらへどうぞ! こ、こんな粗末な椅子で良ければ、ご遠慮なく座って下さい!」
「じゃあ……し、失礼します」

 俺の言葉にコクンと頷いたかなみさんは、後ろ手で扉を閉め、遠慮がちにパイプ椅子に腰を下ろす。
 そして、心配そうに俺の頭に巻かれた包帯を見た。

「あの……お怪我の具合は、どうですか……?」
「あ、ああ……これですか」

 かなみさんの問いに、俺は苦笑しながら自分の頭を指さし、大きく頷く。

「色々検査しましたが、大丈夫そうです。皮膚が切れて派手に血は出ましたけど、脳味噌とか頭蓋骨には大きなダメージは無いらしく……。経過が順調なら、すぐ退院できそうです」
「そうですか……良かった……」

 俺の答えを聞いたかなみさんが、安堵の表情を浮かべた。
 そんな彼女に、おずおずと尋ねる。

「……かなみさんの方こそ、大丈夫でしたか?」
「あ、はい。もちろん」

 かなみさんは、俺の問いかけにニッコリと微笑んで頷いた。

「怪我はしましたけど、擦り傷とか打撲くらいなので……。今日だけは検査入院して、明日には家に帰れます」
「そうですか……それは良かった」

 彼女の言葉と穏やかな表情に、俺はホッと胸を撫で下ろす。
 だが、かなみさんは少し表情を曇らせ、「でも……」と続けた。

「今回の事で、お父さんが心配しちゃってて……当分は実家の方に戻ってろって……」
「あ……そうなんですね……」

 かなみさんの言葉に、俺は思わずガッカリするが……かなみさんのお父さんが心配する気持ちも痛いほど分かる。
 だが、当のかなみさんは不満げだ。

「私は、あいつらはみんな捕まったんだから、別に平気だって言ったんですけど……」
「……いや、お父さんが心配するのもしょうがないと思います。あんな事があった後ですから」



 ――あの時、廃病院の病室で俺が気を失った後、ほどなくして踏み込んできた警察官たちによって、かなみさんを攫った犯人たちは現行犯逮捕されたという。
 警察官たちは、激しく抵抗されるであろうと覚悟して突入したらしいが、犯人たちは“なぜか”がれきや戸棚の下敷きになっていたり、“なぜか”顔を火傷したりで、既に戦意を喪失していたらしく、いともたやすくお縄になったらしい。
 さっき事情聴取に来た刑事さんが言っていたが、どうやらあの三人、今回の件以外にも色々と余罪があったらしく、もう当分はシャバに出て来れないだろうとの事だ。

 いち早く病室から逃走して外の物陰に隠れていたというかなみさんの元カレも、廃病院に続々と集まってきた警官に自分から声をかけて捕まったようだ。
 もっとも……自分の罪を認めて自首した訳ではなく、「彼女のお祖父さんの幽霊に襲われてます! 殺されるぅ!」と、泣きながら助けを求めた結果らしいけど……。
 まあ、それだけ『かなみさんのお祖父さんの亡霊』に怯えているのなら、もう二度と彼女に纏わりつこうとはしないだろう。

 だから、もうアイツらによってかなみさんの安全が脅かされる事は無くなったと言っていいと思うが、それでも彼女のお父さんは心配で、『娘を自分の目が届くところに置いておきたい』と考える気持ちは充分に理解できた。
 ……肝心のかなみさんには、イマイチ伝わっていないようだけど。



「だから……お父さんを安心させる為にも、しばらくは言う通りにしてあげた方がいいと思いますよ」
「でも、それじゃ……」

 説得するように俺が伝えた言葉にも、かなみさんは浮かない顔をして躊躇するようだった。
 そんな彼女の様子に首を傾げながら、俺は尋ねる。

「なんでそんなに迷っているんですか? ぶっちゃけ、あのボロアパートより、お父さんの家の方が快適だと思いますけど……」

 かなみさんの家の事は、一戸建てらしい事以外は全然知らないが、少なくともあの廃屋寸前のあばら屋よりは断然住み良いはずだ。
 
「だって……」

 俺の問いかけに、かなみさんはしょぼんとした顔で口を開く。

「そうしたら……悠馬さんとの距離が離れ――」
「へ?」
「……あっ!」

 かなみさんが漏らしかけた答えにビックリして目を丸くした俺を見た途端、彼女は小さな声を上げた。

「い、いえっ! い、今のは何でもないですッ、何でもッ!」
「あっ、は、ハイッ! 何でもないんですねっ! 了解しましたデス!」

 みるみる真っ赤になった顔を激しく左右に振りながら叫んだかなみさんに、俺もドギマギしながら大きく頷いてみせる。
 しばらくの間、必死で首を横と縦に振り続けていた俺たちだったが、数十秒で振り疲れ、肩で息を吐きながら互いの顔を見合わせた。

「ふふ……」
「……ぷっ」

 どちらからともなく頬が緩み、口から笑い声が漏れる。

「うふふ……ふふふふ……!」
「ぷぷっ……あはははは!」

 耐え切れなくなった俺たちは、腹を抱えて大笑いした。

「うふふふ……あーおかしい」

 一分以上経ってからようやく笑い止んだかなみさんは、笑いすぎて目尻に浮いた涙の粒を指で拭くと、ふと「……そういえば」と呟き、俺の顔を見る。

「……悠馬さんは、どう思います?」
「えっ……?」

 急に尋ねられた俺は、戸惑いながら訊き返した。

「え、ええと……何がですか?」
「……あの時、真っ暗な部屋の中で聞こえた声……あれは、本物のおじいちゃんの声だったんでしょうか……?」
「あ……」

 かなみさんの問いかけに、俺は思わず息を呑む。

「声だけじゃありません……真っ暗闇の中だったから良く見えませんでしたけど、実際にタクミたちをやっつけてくれた……アレは、おじいちゃんの幽霊が助けに来てくれたんでしょうか……?」
「え、ええと……」

 俺は答えに窮した。
 ――かなみさんの言う通り、あの時彼女を助け、犯人たちをこらしめたのは、間違いなく祖父である初鹿野伝蔵さん……の魂を宿した猫のハジさんと、彼が率いるハジ軍団の面々だった。
 でも……それを正直にかなみさんに話して、はたして信じてくれるものだろうか……?

 ……いや、きっとかなみさんだったら、信じてくれるに違いない。そして、その事実をしっかりと受け止めてくれるはずだ。
 ――でも、
 その事実――『ハジさんは、かなみさんのお祖父さんの初鹿野伝蔵さんでした』という事を伝えるという事は……必然的に、

 ――『……さよならじゃ。長生きしろよ、サエグサくん』

 そう言い残して、初鹿野さんが成仏してしまった事も告げなければならない……。
 でも、それは……何としても避けたかった。

 かなみさんに告げる事で、俺自身がハジさんの死を受け入れてしまう事になるのが――嫌だった。
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