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CASE1 ホウレンソウは欠かさずに
CASE1-6 「もちろん、お見舞いに来たのよ?」
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イクサは、すっかり日の落ちた下町の裏道を、俯きながらとぼとぼと歩いていた。
足が重い。それ以上に、心が重かった。
――一日を費やして歩き回ったが、結局その労苦に見合う対価は得られなかった。骨折り損の草臥れ儲け……いや、草臥れ儲けすら無い、完全な空振りに終わってしまった。
「はあ……」
イクサは、帰路に就いてから何百回目かの溜息を吐いた。
(どうしよう……)
魔晶石が無ければ、エレメンタル・ダガーの修復は叶わない。経緯はともあれ、一度承ってしまった客の依頼を完遂できないという事は、苦労して今の地位を築いたダイサリィ・アームズ&アーマーの評判を、著しく落とす事になってしまう。
自分の落ち度のせいで、様々な人に迷惑を掛けてしまうのだ。――それを考えると、また胃がキリキリと痛む。
(……いっそ、荷物を纏めて逃げちゃいたいなあ――)
そんな考えも頭を過ぎる。が、同時に、シーリカとマイス……ついでにスマラクトの顔も脳裏に浮かぶ。何が辛いって、彼女達……スマラクトはどうでも良い……に迷惑を掛けてしまうだろう、という事だ。
(逃げる訳にはいかない。だって……俺は責任者としてマイスさんからカウンターを任されている立場なんだから……!)
イクサは、そう決意して、顔をグッと上げて前を向……こうとするが、またすぐ項垂れてしまう。……これも、さっきから何十回と繰り返してきた仕草だ。
(何とか、他の手段を考えないと……)
そうは考えても、全く考えが纏まらない――。イクサは、石畳とにらめっこをしながら、またぶり返す胃の痛みに顔を顰め――、
「――こんばんは、イクサくん」
「え? ……ああ、こんばんは…………え?」
突然挨拶をされたので、俯いたまま反射的に挨拶を返し、その声が聞き慣れたものだと気付いた彼は、ビクリと身体を激しく震わせる。
そして、耳にした涼やかな声の主が、自分の連想したあの女性のものではない事を天に祈りながら、イクサは血の気を失った顔を恐る恐る上げた。
――街灯の光を背に、すらりとした肉感的なシルエットが彼の前に立っていた。
「ま……」
その見覚えのある人影を目にした途端、イクサの顔色は青色を通り越し、蝋細工のような真白に変わる。
そして、微かに震える声で、彼女の名を呟いた。
「ま……マイス……さん……!」
「意外と元気そうね。腹痛と頭痛は、治ったのかしら?」
そう言って小首を傾げながら、マイスはイクサに微笑みかけた。
その魅力的な微笑を前にしたイクサは、まさに“蛇に睨まれた蛙”のように身体を硬直させ、ダラダラと冷や汗を流す。
「あ……その……な、何で……?」
「――何でって、もちろん、お見舞いに来たのよ?」
マイスはそう言うと、左手に提げていた籠を持ち上げる。
「これ、ちゃんと食べないと大変だと思って……。閉店前のパン屋さんに寄って買ってきたの。売れ残りの丸パンとかだけど」
突き出された籠を受け取るイクサ。中から、焦げたバターの香ばしい匂いが漂ってきて、朝から飲まず食わずだったイクサの腹がぐう~と鳴る。
「あ……す、すみません。――ありがとうござい……ます」
マイスの細やかな気遣いがありがたいやら、上司にそんな気を使わせてしまった自分が情けないやら、隠し事をしていて申し訳ないやら……様々な感情が渦となって押し寄せてきて、胸にこみ上げるものを感じたイクサは言葉を詰まらせ、今にも泣き出しそうになる顔を隠すように、無言で頭を下げた。
そんな彼を前に、マイスはニコッと微笑んで頷くと、さりげない様子で彼に尋ねる。
「ところで、イクサくん……キミ、今までどこに行ってたの?」
ギクリ。
「え――。あ、あの……その…………お昼になったら、ぐ……具合が、良くなったので……気晴らしに……さ、散歩に……ハイ……」
イクサは、青ざめた顔を伏せたまま、必死でとぼける。
「……ふ~ん。で、楽しかった?」
「……ま、まあ……普通です」
「下町には色々あるものね~」
イクサの答えを聞いたマイスは、穏やかな笑みを浮かべながら、コクコクと頷いた。
そして、僅かに小首を傾げながら、更に尋ねかけた。
「……で、お目当てのものは見つかったの?」
「ふ――ふえっ?」
心臓を死神に鷲掴みされた気分で、思わずイクサは顔を上げる。
「み……見つかったって……な……何を――でしょう……?」
「――そんなの、決まってるじゃない」
マイスは、目を細めると口の端を上げた。
――ここに至って、イクサはようやく気が付く。……その表情とは裏腹に、マイスの目が全く笑っていない事を。
そして、彼女が懐から取り出した、彼には見慣れたものを目にして、天を仰いで静かに瞑目した。
マイスは、“絶望”を煮詰めて固めたプディングのような顔になったイクサに向かって、手にした古びたダガーの鍔にぽっかりと空いた穴を指さしながら、静かに言ったのだった。
「ねえ、イクサくん? あなた……、ココに嵌めるものを探していたんでしょ?」
――イクサは、観念した。
足が重い。それ以上に、心が重かった。
――一日を費やして歩き回ったが、結局その労苦に見合う対価は得られなかった。骨折り損の草臥れ儲け……いや、草臥れ儲けすら無い、完全な空振りに終わってしまった。
「はあ……」
イクサは、帰路に就いてから何百回目かの溜息を吐いた。
(どうしよう……)
魔晶石が無ければ、エレメンタル・ダガーの修復は叶わない。経緯はともあれ、一度承ってしまった客の依頼を完遂できないという事は、苦労して今の地位を築いたダイサリィ・アームズ&アーマーの評判を、著しく落とす事になってしまう。
自分の落ち度のせいで、様々な人に迷惑を掛けてしまうのだ。――それを考えると、また胃がキリキリと痛む。
(……いっそ、荷物を纏めて逃げちゃいたいなあ――)
そんな考えも頭を過ぎる。が、同時に、シーリカとマイス……ついでにスマラクトの顔も脳裏に浮かぶ。何が辛いって、彼女達……スマラクトはどうでも良い……に迷惑を掛けてしまうだろう、という事だ。
(逃げる訳にはいかない。だって……俺は責任者としてマイスさんからカウンターを任されている立場なんだから……!)
イクサは、そう決意して、顔をグッと上げて前を向……こうとするが、またすぐ項垂れてしまう。……これも、さっきから何十回と繰り返してきた仕草だ。
(何とか、他の手段を考えないと……)
そうは考えても、全く考えが纏まらない――。イクサは、石畳とにらめっこをしながら、またぶり返す胃の痛みに顔を顰め――、
「――こんばんは、イクサくん」
「え? ……ああ、こんばんは…………え?」
突然挨拶をされたので、俯いたまま反射的に挨拶を返し、その声が聞き慣れたものだと気付いた彼は、ビクリと身体を激しく震わせる。
そして、耳にした涼やかな声の主が、自分の連想したあの女性のものではない事を天に祈りながら、イクサは血の気を失った顔を恐る恐る上げた。
――街灯の光を背に、すらりとした肉感的なシルエットが彼の前に立っていた。
「ま……」
その見覚えのある人影を目にした途端、イクサの顔色は青色を通り越し、蝋細工のような真白に変わる。
そして、微かに震える声で、彼女の名を呟いた。
「ま……マイス……さん……!」
「意外と元気そうね。腹痛と頭痛は、治ったのかしら?」
そう言って小首を傾げながら、マイスはイクサに微笑みかけた。
その魅力的な微笑を前にしたイクサは、まさに“蛇に睨まれた蛙”のように身体を硬直させ、ダラダラと冷や汗を流す。
「あ……その……な、何で……?」
「――何でって、もちろん、お見舞いに来たのよ?」
マイスはそう言うと、左手に提げていた籠を持ち上げる。
「これ、ちゃんと食べないと大変だと思って……。閉店前のパン屋さんに寄って買ってきたの。売れ残りの丸パンとかだけど」
突き出された籠を受け取るイクサ。中から、焦げたバターの香ばしい匂いが漂ってきて、朝から飲まず食わずだったイクサの腹がぐう~と鳴る。
「あ……す、すみません。――ありがとうござい……ます」
マイスの細やかな気遣いがありがたいやら、上司にそんな気を使わせてしまった自分が情けないやら、隠し事をしていて申し訳ないやら……様々な感情が渦となって押し寄せてきて、胸にこみ上げるものを感じたイクサは言葉を詰まらせ、今にも泣き出しそうになる顔を隠すように、無言で頭を下げた。
そんな彼を前に、マイスはニコッと微笑んで頷くと、さりげない様子で彼に尋ねる。
「ところで、イクサくん……キミ、今までどこに行ってたの?」
ギクリ。
「え――。あ、あの……その…………お昼になったら、ぐ……具合が、良くなったので……気晴らしに……さ、散歩に……ハイ……」
イクサは、青ざめた顔を伏せたまま、必死でとぼける。
「……ふ~ん。で、楽しかった?」
「……ま、まあ……普通です」
「下町には色々あるものね~」
イクサの答えを聞いたマイスは、穏やかな笑みを浮かべながら、コクコクと頷いた。
そして、僅かに小首を傾げながら、更に尋ねかけた。
「……で、お目当てのものは見つかったの?」
「ふ――ふえっ?」
心臓を死神に鷲掴みされた気分で、思わずイクサは顔を上げる。
「み……見つかったって……な……何を――でしょう……?」
「――そんなの、決まってるじゃない」
マイスは、目を細めると口の端を上げた。
――ここに至って、イクサはようやく気が付く。……その表情とは裏腹に、マイスの目が全く笑っていない事を。
そして、彼女が懐から取り出した、彼には見慣れたものを目にして、天を仰いで静かに瞑目した。
マイスは、“絶望”を煮詰めて固めたプディングのような顔になったイクサに向かって、手にした古びたダガーの鍔にぽっかりと空いた穴を指さしながら、静かに言ったのだった。
「ねえ、イクサくん? あなた……、ココに嵌めるものを探していたんでしょ?」
――イクサは、観念した。
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