ダイサリィ・アームズ&アーマー営業日誌〜お客様は神様ですが、クレーマーは疫病神です!〜

朽縄咲良

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CASE1 ホウレンソウは欠かさずに

CASE1-7 「イクサくん、緊急ミーティング、始めようか?」

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 イクサは、下宿の共同台所の席に青ざめた顔で座っていた。彼の視線の先では、金髪を後ろで束ねたマイスが壁際の調理台の前に立ち、鼻歌を歌いながら青菜を刻んでいる。

「……おい。――おい! イクサ! こっち向け!」
「え……あ、ガリウクさん……な、何ですか?」

 イクサが肩を叩かれ振り向くと、隣の部屋の住人・石工のガリウクの髭面が、胡乱げな表情を浮かべて彼の目の前にあった。イクサは、内心ギョッとしながら聞き返す。
 ガリウクは、眉間に皺を寄せながら、コソコソ声で彼に尋ねる。

「……何だ、あのエラい別嬪なお嬢ちゃんは……? ひょっとして、お前のか?」

 そう言って、自分の小指を立てる。
 イクサは仰天して、激しく首を横に振る。

「い……いや、違いますって! あの人……マイスさんは、俺の勤め先の上司……っていうか、経営者ですよ!」
「ん……? お前って確か、武器屋のクレーム担当だったよな……?」
「まあ、武器も販売してますけど、修理する方がメインですね、ウチは……。って! あと、前から言ってますけど、俺はクレーム処理担当じゃなくてカウンター受付担当です!」
「あん? 別に、そんなに変わらねえだろ? 要するに、面倒な客に対する防波堤だろ?」
「それを言っちゃあ身も蓋もない……。あ、いや、そんな事は無い、デスヨ……多分」

 冷や汗を流しながら答えるイクサ。
 そんな彼の事をジト目で一瞥したガリウクだったが、その視線を台所の美女の後ろ姿に移すと、それまでとは一転して、興味津々といった表情を浮かべた。

「――あんなお人形みてえな美人さんが、武器屋の経営者を張ってるって……? 見えねえなぁ」
「ええ、よく言われますわ」
「!」

 突然振り向いて会話に割り込んできたマイスを前にして、ガリウクは目を丸くして、口を鮒のようにパクパクさせる。

「あ……いや……その……す、すまねえな、姐ちゃん……」
「あ……申し遅れました」

 マイスは下宿で借りたエプロンで手を拭いてから、懐から名刺入れを取り出し、1枚の名刺をガリウクに差し出す。

「私、武器防具修理業ダイサリィ・アームズ&アーマーの取締役兼工房長を務めさせて戴いております、マイス・L・ダイサリィと申します。以後、宜しくお願い致しますわ」

 そう自己紹介して、ニッコリと満面の笑顔営業スマイルを浮かべるマイスに、ガリウクの鼻の下は目一杯に伸びた。

「あ……これはこれは……ども、ちょ、頂戴しやす……」
「いつも、弊社のイクサがお世話になっております。――あ、勝手に台所をお借りしてしまって、申し訳御座いません。……お邪魔でしたでしょうか?」
「邪魔? ――いやいやいやいや! とんでもねえ! 自慢じゃねえが、この下宿は野郎ばっかで、料理なんか誰もしやしねえから! こんなチンケな台所で良かったら、もう存分に、お好きなように使ってくだせえ!」

 顔を茹でダコのように真っ赤にして、ガリウクは柄にも無く恐縮する。
 マイスは、「ありがとうございます」と優雅に一礼して、再びニコリと微笑を浮かべて見せた。その途端、ガリウクのスキンヘッドから湯気が立ち上る。

「もし宜しければ、是非弊社の工房までお越し下さいませ。武器防具だけでなく、包丁の研ぎや、鍋の鈑金といった、日常道具の修理も承っておりますので……」
「あ――はい! もちろんっす!」
「ありがとうございます♪ ご来店、お待ちしておりますわ」

 ココでトドメの満面の笑み営業スマイル・極。たちまち、ガリウクの目の中には無数のハートマークが……。
 ――イクサは、ダイサリィ・アームズ&アーマーの上得意が一人増えた瞬間を目の当たりにしたのを察する。

「ところで、あの……、ご迷惑ついでのようで、誠に心苦しいのですが……」

 マイスは、心浮かれすぎて、ここにあらず状態のガリウクを上目遣いに見ながら、おずおずと切り出した。

「へ? へえ! 何でしょう? 何なりとお申し付け下せえ!」

 ガリウクは、彼女に言われたならば、たとえ炎の中だろうと底なし沼だろうと喜んで飛び込みかねない勢いで、胸を叩く。
 マイスは、また魅力的な微笑みを浮かべて、切り出した。

「これから、弊社社員のイクサと、を行いたいので、しばらくこちらの居間をお借りしたいのですが……」
「あ……ええ、そんな事であれば、存分に使ってくだせえ!」

 ガリウクは些か拍子抜けした表情を浮かべたが、二カッと破顔わらって大きく頷いた。
 一方のイクサは、マイスの“緊急ミーティング”という言葉に、ビクリと身体を震わせて、顔色が紙のような白さになる。
 そんなイクサの怯えを横目で見ながら、マイスはニッコリと太陽のような笑顔を浮かべて、スカートの裾を持ち上げながら、「ありがとうございます」と、優雅に頭を下げたのだった。

 ◆ ◆ ◆ ◆

 かまどにかけた鍋の中をかき混ぜ、一掬いしたスープを啜って「うん、美味しい」と満足げに呟いたマイス。
 あとは、コトコト煮詰めさせれば出来上がりだ。
 彼女は、鍋に蓋を乗せると、

「……さてと」

 と、呟いた。
 顔面蒼白で、ずっとテーブルの木目とにらめっこしていたイクサは、彼女の呟きに、ビクリと身体を震わせる。
 マイスは、無言でイクサの向かいの椅子を引いて、腰を下ろした。
 ゴトリ、と音を立てて、テーブルの上に置いたのは、問題のエレメンタル・ダガーだ。
 そして彼女は、静かに口を開いた。

「じゃ、イクサくん、緊急ミーティング、始めようか?」
「…………はい」

 マイスの言葉に、消え入りそうな声で頷くイクサ。
 彼女は、ハア……と大きく溜息を吐いた。

「取りあえず、最初に一言言わせてもらっていいかしら?」
「…………はい……」

 来る……イクサは頷いて、ぎゅっと目を閉じた。
 マイスは、大きく息を吸い込むと、

「バッッッッッッッッッッカじゃないのッ?」

 と、あらん限りの大音声でイクサを怒鳴りつけたのだった。
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