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CASE1 ホウレンソウは欠かさずに
CASE1-11 「私に任せておきなさいな」
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マイハラスは、首都ハルマイラから東南へ、直線距離で250ケイムほど離れた地方都市だ。
「ハルマイラ」のアナグラムのような街の名前からも分かるように、50年程前にその地を治めていた領主が、ハルマイラへの憧憬を募らせた末に、「自分の領地にもう一つのハルマイラを作りたい」との想い一つで拓いた街である。
成り立ちは領主の独りよがりな理由ではあったが、それから50年を経て、マイハラスはまだまだ首都には及ばないものの、地方都市としては抜きんでた繁栄を誇る大都市の一つにまで成長した。
現在では、交易の為に訪れる商人や、東部の森林地帯や南部に点在する迷宮遺跡探索に必要な装備を調えたり、英気を養おうと休息を取る為に立ち寄る冒険者たちなどで、街はいつも喧騒に包まれている。
「うわ~……見て下さい、マイスさん! あれ、小飛竜の逆鱗ですよ! 精製前のは初めて見たなぁ……」
イクサは、マイハラスのメインストリートの出店に並ぶ珍品の数々に目を輝かせる。
「……恥ずかしいから、ちょっと離れて歩いてもらえない? イクサくん……」
そんなイクサの傍らを歩くマイスが、眉を顰めながら小声で囁く。
「あ……すみません……」
マイスの言葉に、シュンとするイクサ。
「……まあ、これ程の希少部位の原素材は、ハルマイラの市場でもなかなかお目にかかれないから、無理もないけどね……」
イクサには苦言を言ったが、店に並ぶレアな素材や鉱物や調合薬のラインナップには、武器修理工場の主であるマイスも……いや、だからこそ心動かさずにはいられない。特に、冒険者たちが迷宮遺跡から回収した遺物や、近郊に生息する飛竜を討伐して得た各部位の品揃えは、王都ハルマイラの素材屋といえども敵わないだろう。
「……時間があったら、じっくりと見ていたいけど、今回はそうもいかないわね……」
マイスは、残念そうに呟くと、なおも落ち着き無くキョロキョロしているイクサの背中を押して、先を急いだ。
「――こんな所で時間を費やしちゃったら、馬車で目一杯急いだ意味が無くなっちゃうからね……」
マイスとイクサ、そして御者のファンガスが、商品の特製トラップツールや武器類をいっぱいに詰め込んだ馬車に乗ってハルマイラを発ったのは、マイスが出張の話をイクサにした翌日――今日から3日前だった。
通常、馬車で4日はかかるハルマイラ―マイハラス間を、馬車を飛ばしに飛ばして、たったの2日半で走破したのは、時間が惜しいからに他ならない。
にもかかわらず、今朝一番から何をしていたかと言えば、マイスはイクサを連れて、メインストリートを行ったり来たりしているだけだ。
――エレメンタル・ダガーの修理を依頼した客が再来店するまで、あと10日を切っている。一刻も早く、半人族の集落へと向かわねばならないのだが、
「無理よ」
と、マイスはあっさりと答えた。
「だって、半人族の集落への行き方は、半人族じゃないと分からないんだもの」
「ええ……?」
イクサは、マイスの言葉に愕然として絶望した。
「じゃ……じゃあ、打つ手ないじゃないですか?」
「あら、そうでもないわよ? うふふ、まあ、私に任せておきなさいな。ちゃんとそこら辺は考えてるんだから」
――だが、やってる事は、人でごった返すメインストリートをひたすら往復するだけ……。
何も知らされていないイクサは、マイスの意図が分かりかね、戸惑っていた。
……が、彼女の事だから、何らかの意味がある行動なのだろう――と、イクサは考える事を半ば放棄して、半分このウインドウショッピングを楽しんでいるのだった。
――と、イクサの耳に、ふたりを遠巻きに見る、街の男たちのヒソヒソ声が届いた。
「……ウホッ、いい女!」
「エラい別嬪さんやないかぁ、あの金髪のお姐ちゃん!」
「ホンマや……まるでエルフみたいやなぁ~!」
「いや、待てよ……。男連れだぜ」
「――何だか冴えねえ男だなぁ。全然釣り合ってねえぞ……」
「あ~、あれだろ。お忍びのどっかのお嬢様と、お付きの執事かなんか……」
「執事なんて切れ者のツラしてねえぞ……せいぜいお屋敷の馬丁あたりだろ、アイツ」
……聞こえていないと思ってか、それとも聞こえているのを承知の上でか、イクサの事をさんざん好き勝手に貶している。
「――うう……」
「放っときなさい、イクサくん。通りすがりのヤツらの言う事なんかに、いちいちダメージ受けてるんじゃないわよ」
悔しそうな顔をするイクサに対し、マイスは涼しい顔でスタスタと先を歩く。
「でも、マイスさん――」
「まあ、いくら何でも“馬丁”は言い過ぎよね」
「マイスさん――!」
「下足番くらいよね、せめて」
「…………」
――それって、ほぼ変わらなくないですか? と言おうとしたイクサだったが、突然背後から衝撃を受けて、大きく蹌踉けた。
「う、うわっ!」
「……ごめンヨ!」
彼の背中にぶつかってきたのは、奇妙な帽子を目深に被った、背丈がイクサの腰くらいまでしかない、とても小柄な男だった。はじめは子供かと思ったが、彼が発した妙なイントネーションの声は、嗄れた中年男のそれだった。
「あ……こちらこそ、すみません!」
「……」
咄嗟に謝るイクサの声に振り返りもせずに、小柄な男は人混みをすり抜けるように素早い動きで去って――。
「ちょっと! 何突っ立てんのよ! 追いかけるわよ!」
「へ――?」
マイスに強い口調で咎められ、イクサは目を丸くした。彼女は、彼の返事を聞く前に、先程の小男に向けて走り出していた。
訳が分からないまま、イクサも後を追いかける。
「ちょ、ちょっと! どうしたんですか、マイスさん!」
「まだ気付かないの? ポケットの中身を見てみなさいよ!」
「ぽ、ポケット――?」
マイスに言われた通り、走りながら尻ポケットを上から触るイクサ。――そして彼は、マイスが小男を追いかける理由を理解した。
「な――無い! 財布が……! アイツかっ!」
「気付くの遅い! ほら、急いでっ!」
必死で追いかけようとするふたりだったが、ごった返す人混みに妨げられて、なかなか先へ進めない。
一方の小男は、その小柄な体格を活かして、ひょいひょいと軽快に人の間を縫っていく。
どんどん、逃げる小男と追いかけるふたりとの距離が離れていく。
「……ああ、逃げられる――」
ガックリと肩を落としたイクサが、追跡を諦めて立ち止まる。が、マイスは止まらない。人混みを泳ぐように掻き分けながら、強引に先へ先へと進んでいく。
イクサは、思わずマイスに向かって叫んだ。
「ま――マイスさん! もういいですって! 俺の財布なんて――。どうせそんなに入ってませんし――!」
「あなたの財布なんて、どーでもいいのよ!」
「え……えええ?」
マイスの意外な答えに、戸惑うイクサ。マイスは、小男の被る奇妙な帽子を目印に前進しながら、後ろも振り返らずに叫んだ。
「私たちに必要なのは、あの小さい男! アイツは――半人族よ!」
「ハルマイラ」のアナグラムのような街の名前からも分かるように、50年程前にその地を治めていた領主が、ハルマイラへの憧憬を募らせた末に、「自分の領地にもう一つのハルマイラを作りたい」との想い一つで拓いた街である。
成り立ちは領主の独りよがりな理由ではあったが、それから50年を経て、マイハラスはまだまだ首都には及ばないものの、地方都市としては抜きんでた繁栄を誇る大都市の一つにまで成長した。
現在では、交易の為に訪れる商人や、東部の森林地帯や南部に点在する迷宮遺跡探索に必要な装備を調えたり、英気を養おうと休息を取る為に立ち寄る冒険者たちなどで、街はいつも喧騒に包まれている。
「うわ~……見て下さい、マイスさん! あれ、小飛竜の逆鱗ですよ! 精製前のは初めて見たなぁ……」
イクサは、マイハラスのメインストリートの出店に並ぶ珍品の数々に目を輝かせる。
「……恥ずかしいから、ちょっと離れて歩いてもらえない? イクサくん……」
そんなイクサの傍らを歩くマイスが、眉を顰めながら小声で囁く。
「あ……すみません……」
マイスの言葉に、シュンとするイクサ。
「……まあ、これ程の希少部位の原素材は、ハルマイラの市場でもなかなかお目にかかれないから、無理もないけどね……」
イクサには苦言を言ったが、店に並ぶレアな素材や鉱物や調合薬のラインナップには、武器修理工場の主であるマイスも……いや、だからこそ心動かさずにはいられない。特に、冒険者たちが迷宮遺跡から回収した遺物や、近郊に生息する飛竜を討伐して得た各部位の品揃えは、王都ハルマイラの素材屋といえども敵わないだろう。
「……時間があったら、じっくりと見ていたいけど、今回はそうもいかないわね……」
マイスは、残念そうに呟くと、なおも落ち着き無くキョロキョロしているイクサの背中を押して、先を急いだ。
「――こんな所で時間を費やしちゃったら、馬車で目一杯急いだ意味が無くなっちゃうからね……」
マイスとイクサ、そして御者のファンガスが、商品の特製トラップツールや武器類をいっぱいに詰め込んだ馬車に乗ってハルマイラを発ったのは、マイスが出張の話をイクサにした翌日――今日から3日前だった。
通常、馬車で4日はかかるハルマイラ―マイハラス間を、馬車を飛ばしに飛ばして、たったの2日半で走破したのは、時間が惜しいからに他ならない。
にもかかわらず、今朝一番から何をしていたかと言えば、マイスはイクサを連れて、メインストリートを行ったり来たりしているだけだ。
――エレメンタル・ダガーの修理を依頼した客が再来店するまで、あと10日を切っている。一刻も早く、半人族の集落へと向かわねばならないのだが、
「無理よ」
と、マイスはあっさりと答えた。
「だって、半人族の集落への行き方は、半人族じゃないと分からないんだもの」
「ええ……?」
イクサは、マイスの言葉に愕然として絶望した。
「じゃ……じゃあ、打つ手ないじゃないですか?」
「あら、そうでもないわよ? うふふ、まあ、私に任せておきなさいな。ちゃんとそこら辺は考えてるんだから」
――だが、やってる事は、人でごった返すメインストリートをひたすら往復するだけ……。
何も知らされていないイクサは、マイスの意図が分かりかね、戸惑っていた。
……が、彼女の事だから、何らかの意味がある行動なのだろう――と、イクサは考える事を半ば放棄して、半分このウインドウショッピングを楽しんでいるのだった。
――と、イクサの耳に、ふたりを遠巻きに見る、街の男たちのヒソヒソ声が届いた。
「……ウホッ、いい女!」
「エラい別嬪さんやないかぁ、あの金髪のお姐ちゃん!」
「ホンマや……まるでエルフみたいやなぁ~!」
「いや、待てよ……。男連れだぜ」
「――何だか冴えねえ男だなぁ。全然釣り合ってねえぞ……」
「あ~、あれだろ。お忍びのどっかのお嬢様と、お付きの執事かなんか……」
「執事なんて切れ者のツラしてねえぞ……せいぜいお屋敷の馬丁あたりだろ、アイツ」
……聞こえていないと思ってか、それとも聞こえているのを承知の上でか、イクサの事をさんざん好き勝手に貶している。
「――うう……」
「放っときなさい、イクサくん。通りすがりのヤツらの言う事なんかに、いちいちダメージ受けてるんじゃないわよ」
悔しそうな顔をするイクサに対し、マイスは涼しい顔でスタスタと先を歩く。
「でも、マイスさん――」
「まあ、いくら何でも“馬丁”は言い過ぎよね」
「マイスさん――!」
「下足番くらいよね、せめて」
「…………」
――それって、ほぼ変わらなくないですか? と言おうとしたイクサだったが、突然背後から衝撃を受けて、大きく蹌踉けた。
「う、うわっ!」
「……ごめンヨ!」
彼の背中にぶつかってきたのは、奇妙な帽子を目深に被った、背丈がイクサの腰くらいまでしかない、とても小柄な男だった。はじめは子供かと思ったが、彼が発した妙なイントネーションの声は、嗄れた中年男のそれだった。
「あ……こちらこそ、すみません!」
「……」
咄嗟に謝るイクサの声に振り返りもせずに、小柄な男は人混みをすり抜けるように素早い動きで去って――。
「ちょっと! 何突っ立てんのよ! 追いかけるわよ!」
「へ――?」
マイスに強い口調で咎められ、イクサは目を丸くした。彼女は、彼の返事を聞く前に、先程の小男に向けて走り出していた。
訳が分からないまま、イクサも後を追いかける。
「ちょ、ちょっと! どうしたんですか、マイスさん!」
「まだ気付かないの? ポケットの中身を見てみなさいよ!」
「ぽ、ポケット――?」
マイスに言われた通り、走りながら尻ポケットを上から触るイクサ。――そして彼は、マイスが小男を追いかける理由を理解した。
「な――無い! 財布が……! アイツかっ!」
「気付くの遅い! ほら、急いでっ!」
必死で追いかけようとするふたりだったが、ごった返す人混みに妨げられて、なかなか先へ進めない。
一方の小男は、その小柄な体格を活かして、ひょいひょいと軽快に人の間を縫っていく。
どんどん、逃げる小男と追いかけるふたりとの距離が離れていく。
「……ああ、逃げられる――」
ガックリと肩を落としたイクサが、追跡を諦めて立ち止まる。が、マイスは止まらない。人混みを泳ぐように掻き分けながら、強引に先へ先へと進んでいく。
イクサは、思わずマイスに向かって叫んだ。
「ま――マイスさん! もういいですって! 俺の財布なんて――。どうせそんなに入ってませんし――!」
「あなたの財布なんて、どーでもいいのよ!」
「え……えええ?」
マイスの意外な答えに、戸惑うイクサ。マイスは、小男の被る奇妙な帽子を目印に前進しながら、後ろも振り返らずに叫んだ。
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