ダイサリィ・アームズ&アーマー営業日誌〜お客様は神様ですが、クレーマーは疫病神です!〜

朽縄咲良

文字の大きさ
58 / 114
閑話1 楽しむ女たちと、憂う男たち

閑話1-1 「私を出せ……?」

しおりを挟む
 マイス・L・ダイサリィは、武器防具修理工房“ダイサリィ・アームズ&アーマー”の経営者である。

 当然だが、彼女の仕事は、カウンターでの受付や対応などよりも、社の経営を左右する計画や施策の立案や同業他社に対する情報収集、各種との折衝など、デスクワークに付随するものが多い。
 その為、繁忙期以外では、奥の取締室で書類の決裁に追われている事が殆どだ。

 ――今日もまた、いつもと同じく、『取締役室』のデスクの上に堆く積もった書類の山を取り分け、手首も砕けよとばかりにサインと捺印を延々と繰り返していた彼女だったが、不躾なノックの音によって作業を妨げられた。

「……はーい! どうぞ!」

 少々苛立った口調でノックに応えてしまった事を内心で反省しながらも、書類の上を走らせる目と手は止めない。
 取締役室の扉が開き、微かな衣擦れの音がデスクに近づいてくるのを、耳だけで感じ取ったマイスは、

「どうしたの? 何かあったの、シーリカちゃん?」

 と、書類にペンを走らせながら、目を上げる事もなく、入ってきた人物に問いかけた。

「……わ、ビックリした……。見てもいないのに、よく分かりましたね、あたしだって」

 シーリカは、眼鏡の奥の大きな瞳を更に見開いて、驚きの声を上げる。

「そりゃ……ね。この建物の中で、スカートを穿いているのは、私かあなただけだもの。衣擦れの音で、見なくても解るわ」
「へー……さすがですねぇ、マイスさん」

 マイスの種明かしに、感心して顔を綻ばせるシーリカ。と、本来の用件を思い出して、すぐに顔を引き締める。

「あ、それでですね、ボス。――ボスを出せってお客様が、カウンターにいらっしゃっているのですが……」
「私を出せ……?」

 マイスは、シーリカの言葉に当惑の表情を浮かべて、顔を上げた。
 眉を顰めて、シーリカを見る。

「……、クレーム?」
「あ、いえ! そんな感じではないんですが……」

 マイスの言葉に、慌てて手をブンブンと振り、否定するシーリカ。

「とにかく、ダイサリィ……あ、ボスに会わせろとの一点ばりで……。今は手が離せないので、と何度もお伝えしたのですが、一向に聴き入れて頂けない感じでして……」

 と、ほとほと困ったという様子で、小さな溜息を吐く。

「……確かに、強情そうなお客様ねぇ。――どんな感じの人なの?」

 マイスも、訝しげに首を傾げて、シーリカに問いかける。
 シーリカは小さく頷くと、目を上に向けて、思い返す様に答える。

「えーとですね……若い……いや、幼いって言う方が近いのかも……十四、五歳くらいの女の子――あ、女性の方です。パッチリした大きな目に長い黒髪で、お召し物がキレイというか、上等というか……ひょっとすると、どこかの名家のご令嬢なのかも……」

 と――、シーリカは、ビックリした顔をした。
 突然、顔を顰めたマイスが、頭を抱えてデスクに突っ伏したからだ。

「……ど、どうしたんですか、マイスさん?」
「……大体分かった……誰なのか……」

 マイスは、金髪に指を埋めてガシガシとかき乱しながら、ウンザリした顔で大きな溜息を吐くと、重い腰を上げた。

「あー、分かったわよ! 行きます! 行けば良いんでしょ! ――あの子じゃ、確かに私が出てくるまで、いつまでも居座りそうだからね……」

 そして、憤懣遣る方無いといった様子で、吐き捨てるように呟いた。

「……あー! もう、何でこんな忙しい時に限って、面倒なのがやって来るのよ~ッ!」

 ◆ ◆ ◆ ◆

 「大変お待たせいたしました」

 シーリカを引き連れてカウンターで待つ人物の前に現れたマイスは、彼女の前でスカートの裾を摘むと、優雅な所作で挨拶をした。つい先程、苛立ちながら地団駄を踏んでいたとは、とても思えない。
 と、

「遅い! このわたくしをいつまで待たせますの、貴女は!」

 カウンターの椅子にちょこんと腰かけた小柄な少女が、頬を膨らませて声を荒げた。
 マイスは、こめかみに青筋を浮き上がらせながらも、柔らかな微笑みは絶やさずに、鷹揚な口調で言葉を返す。

「――大変申し訳ございません、カミーヌ様。何せ、の配下が起こした狼藉騒動のお陰で、色々な業務と雑事が溜まってしまっておりまして……なかなか忙しい日々を過ごさせて頂いておりますわ」
「う……!」

 慇懃無礼のお手本のような、マイスの痛烈な皮肉を受けたカミーヌは、ぐうの音も出ない様子で、言葉を詰まらせたが、

「えと……そ、それは……その…………ご、ごめんなさい」

 不承不承といった様子ながら、素直に頭を下げた。

(あ……あれ? ちょ……調子狂うわね……)

 プライドが高いはずのカミーヌの素直な謝罪に、逆に狼狽えたマイスは、慌てて手を振った。

「あ……こちらこそ、大変失礼な事を申しました。……大変申し訳ございません!」
「……」
(……あれ? 何で私が謝ってるんだ?)

 思わず、心の中で首を傾げるマイス。

「ま、まあ良いわ! 今日は……お願い――いや、頼み? ……があって、わざわざ来たのですわ!」

 気を取り直したように、いつもの高飛車な調子を取り戻したカミーヌは、居丈高に声を上げる。
 マイスは、怪訝な顔で小首を傾げた。

「はあ……、頼み――ですか?」
「そう――。それは……その……」

 マイスに問い返されて、何故か口ごもるカミーヌだったが、意を決したように目を上げると、一気に捲し立てた。

「と――とにかく、これから私を連れて、ハルマイラを案内なさい! いいですわね、ダイサリィ!」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

自由を愛する妖精姫と、番にすべてを捧げた竜人王子〜すれ違いと絆の先に、恋を知る〜

来栖れいな
ファンタジー
妖精女王と精霊王の間に生まれた特別な存在――セレスティア。 自由を愛し、気ままに生きる彼女のもとに現れたのは、竜人族の王子・サイファルト。 「お前は俺の番だ」 番という名の誓いにすべてを捧げた彼は、王族の地位も未来も捨てて森に現れた。 一方のセレスティアは、まだ“番”の意味すら知らない。 執着と守護。すれ違いと絆。 ――これは、ひとりの妖精姫が“特別”に気づいていく物語。 甘さ控えめ、でも確かに溺愛。 異種族の距離を越えて紡がれる、成長と守護のファンタジー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【本編完結】美女と魔獣〜筋肉大好き令嬢がマッチョ騎士と婚約? ついでに国も救ってみます〜

松浦どれみ
恋愛
【読んで笑って! 詰め込みまくりのラブコメディ!】 (ああ、なんて素敵なのかしら! まさかリアム様があんなに逞しくなっているだなんて、反則だわ! そりゃ触るわよ。モロ好みなんだから!)『本編より抜粋』 ※カクヨムでも公開中ですが、若干お直しして移植しています! 【あらすじ】 架空の国、ジュエリトス王国。 人々は大なり小なり魔力を持つものが多く、魔法が身近な存在だった。 国内の辺境に領地を持つ伯爵家令嬢のオリビアはカフェの経営などで手腕を発揮していた。 そして、貴族の令息令嬢の大規模お見合い会場となっている「貴族学院」入学を二ヶ月後に控えていたある日、彼女の元に公爵家の次男リアムとの婚約話が舞い込む。 数年ぶりに再会したリアムは、王子様系イケメンとして令嬢たちに大人気だった頃とは別人で、オリビア好みの筋肉ムキムキのゴリマッチョになっていた! 仮の婚約者としてスタートしたオリビアとリアム。 さまざまなトラブルを乗り越えて、ふたりは正式な婚約を目指す! まさかの国にもトラブル発生!? だったらついでに救います! 恋愛偏差値底辺の変態令嬢と初恋拗らせマッチョ騎士のジョブ&ラブストーリー!(コメディありあり) 応援よろしくお願いします😊 2023.8.28 カテゴリー迷子になりファンタジーから恋愛に変更しました。 本作は恋愛をメインとした異世界ファンタジーです✨

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

Millennium226 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 6】 ― 皇帝のいない如月 ―

kei
歴史・時代
周囲の外敵をことごとく鎮定し、向かうところ敵なし! 盤石に見えた帝国の政(まつりごと)。 しかし、その政体を覆す計画が密かに進行していた。 帝国の生きた守り神「軍神マルスの娘」に厳命が下る。 帝都を襲うクーデター計画を粉砕せよ!

【完結】公爵令嬢は勇者への恩返しを試みる〜サブヒロインとして頑張ります〜

マロン株式
恋愛
 公爵令嬢ユウフェには、ひとつだけ秘密がある。  ――この世界が“小説の中”だと知っていること。  ユウフェはただの“サブヒロイン”で、物語の結末では魔王のもとへ嫁ぐ運命にある……はずだった。 けれどーー  勇者の仲間、聖女、そして魔王が現れ、〝物語どおり〟には進まない恋の三角関係(いや、四角関係?)が動き出す。  サブヒロインの恩返しから始まる、ほのぼの甘くて、少し切ない恋愛ファンタジー。 ◇◇◇ ※注意事項※ ・序盤ほのぼのめ ・勇者 ✖ サブヒロイン ✖ 魔王 ✖ 巫女(?)の恋愛模様 ・基本はザマァなし ・過去作のため、気になる部分あればすみません ・他サイトと並行改稿中のため、内容に差異が出る可能性があります ・設定ゆるめ ・恋愛 × ファンタジー

処理中です...