ダイサリィ・アームズ&アーマー営業日誌〜お客様は神様ですが、クレーマーは疫病神です!〜

朽縄咲良

文字の大きさ
86 / 114
CASE3 甘い言葉にはご用心

CASE3-21 「――一昨日の事です」

しおりを挟む
 「――一昨日おとといの事です」

 取締室の応接ソファに身を縮こまらせて座るスマラクトは、ポツポツと話し始めた。
 マイスは自分のチェアで、イクサはローテーブルの向かいのソファに座って、彼の話に耳を傾ける。

「――ワタクシは、いつものように、いつもの場所で彼女――カルちゃん……カルナさんと会いました」
「……サクティウッド公園で――ですか?」
「あ……あ、ハイ。その通りです……けど、何故、ご存知で……?」
「あ……いや、その……」

 スマラクトが驚いた顔をして、それから怪訝な表情に変わった。彼から当然の疑問を投げかけられたイクサは、思わず言葉に詰まる。――『こっそり後を尾行けてました』とは、少し言い辛い。
 と――、

「――スマラクトさん、先を続けて」
「――あ、ハイ!」

 マイスの一言で、スマラクトは背筋をピンと伸ばした。
 そして、彼は、その重い口を開く。

「……その時、カルナさんは言ったんです。――『あなたのお店にあるっていう“ガルムの爪”を、一目でいいから見てみたいわ』って……」
「――! それって……!」

 イクサとマイスは視線を交わし、お互いに小さく頷いた。
 俯きがちのスマラクトは、ふたりのアイコンタクトには気が付かず、ぼそぼそと言葉を続ける。

「も、もちろん、ワタクシは、最初は断ったのです。『アレはとても大切な預かり物だから、いくらカルちゃんの頼みでも、聞く事は出来ない』――と。しかし……彼女は、頑として納得しませんでした」
「……」
「彼女は、『そんなに貴重なモノなら、なおさら見てみたい。それなのに、見せてくれない。スマスマは私の事をを信用してくれないの?』とワタクシに縋り付き、遂には『信用してくれない人とは一緒になれない! もう別れましょう!』とまで言われ――」

 彼は、大きな大きな溜息を吐き、言葉を継いだ。

「――結局、その言葉が決定打で、ワタクシは彼女に押し切られてしまいました。一目……ただ見るだけ。――それくらいだったらいいよ……そう、引き受けてしまいました……」

 そこまで言うと、スマラクトはこみ上げるものを抑えきれなくなった様子で、肩を震わせて嗚咽しながら、ポケットからクシャクシャのハンカチを取り出すと、音を立てて鼻をかんだ。
 ひとしきり泣き終えると、ごほんと咳払いをして、彼は先を続ける。

「それから――ワタクシは彼女を連れて、皆さんが退店して無人となったこの店に、合い鍵を使って入りました」
「合い鍵……スマラクトさんも持ってたんでしたっけ、そういえば……」

 イクサは、思わず嘆息した。確かにこの店の鍵は、緊急時に備えて、マイスの他にイクサと――スマラクトが持っている。

(軽々しく、スマラクトさんに合い鍵を渡したりなんかして……迂闊だったな……)

 彼を信頼して合い鍵を渡したのは、他ならぬ自分自身。――その事実を思い出し、彼は思わず頭を抱えた。
 そんな上司イクサの苦悶にも気付かぬ様子で、スマラクトは言葉を続ける。

「……で、店の事務所から鍵を持ってきて、収納庫を開けました」
「……ちょっと待って」

 スマラクトの告白を、マイスが遮った。スマラクトの顔が、緊張で引き攣る。
 マイスは、考え込むように軽く目を閉じながら彼に尋ねた。

「貴方が、収納庫の鍵を取りに行っている間、彼女――カルナさんは、どこにいたの?」
「あ……ハイ。カルちゃ――カルナさんは、廊下の方で待たせていました。さすがに、部外者を事務所の中に入れるのはマズいと思いまして……」
「事務所に部外者を入れるのはマズいという判断は出来ても、無人の店の中に部外者を入れるのはマズいと思わなかったんだ」
「……そ、それ、その…………ぐすっ」

 彼女の痛烈な正論に、返答に詰まり、ベソをかき始めるスマラクト。マイスは、ハア……と大きな溜息を漏らすと、「続けて」とだけ告げる。
 イクサも、内心で呆れ果てながらも、それを表面に出さないように気を遣いながら、スマラクトに自分のハンカチを渡す。

「ほら……、これも使って、涙を拭いて下さい。――で、続きをお願いします」
「うう……有り難うございます、主任んん……!」

 スマラクトはボロボロと涙を零しながら、イクサからハンカチを受け取ると――盛大に鼻をかんだ。

「…………」
「ありがとうございます……主任」

 と、クシャクシャに丸められて差し出されたハンカチを、イクサは引き攣り笑いを湛えて指先で摘み上げると、そのまま傍らのゴミ箱へと放り投げた。
 一方、目と鼻がすっきりしたスマラクトは、またポツポツと話し始める。

「えと、それで……。ふたりで収納庫の中に入って、奥に仕舞われていた“ガルムの爪”を取り出して――カルちゃんに見せてあげました。もう、ガルムの爪の現物を見てはしゃぐカルちゃんが可愛らしくって――」
「スマラクトさん」
「ひ――失礼いたしました……」

 ドスのきいたマイスの声に縮み上がったスマラクトは、声を震わせながら先を続ける。

「……で、一通り見て、カルちゃんも満足した様だったので、“ガルムの爪”をケースに入れて、元の位置に戻そうとした時に――」

 そこまで言うと、彼は言葉を継いだ。

「カルちゃんが、脚を引っかけて、棚をひとつ倒してしまったのです。ワタクシは慌てて、倒れた棚を直し、散らばった書類を集めました」
「……その間、カルナさんは、何を……?」

 イクサの問いに、スマラクトは力無く首を横に振った。

「……彼女は、私の後ろ――収納庫のドアの付近に立っていました。……ただ、ワタクシは、書類を集めて纏めるのに夢中で、後ろに注意が行き届かず……」
「「……それだ――」」

 マイスとイクサは、同時に呟いた。マイスが、更に質問を重ねる。

「……ねえ、スマラクトさん。ひとつ訊いていいかしら? ――その日、カルナさんは、どんな服を着ていたのかしら?」
「え……ええと……」
「――当ててあげようか? 今、私が穿いているのと同じ、踝まで届くロングスカート……そうでしょ?」
「へ――? た、確かにそうです! な……なぜ、それを――?」

 見事に正解を言われ、目を丸くして驚くスマラクト。一方のマイスは、浮かない顔で口を開く。

「……彼女は、はじめから“ガルムの爪”をここから持ち出す為に、貴方を騙してここに来たのよ。ロングスカートを穿いてきたのも、その為。予め、スカートの裏地に、長剣一本をすっぽりしまい込めるようなポケットを作っておいたのよ」
「そ……そん……な……」

 マイスの説明に、愕然とするスマラクト。

「収納庫で書類棚を倒したのも、わざとね。――貴方が書類を拾い集めようとして彼女から目を離した隙に、ケースの中に入っていた“ガルムの爪”をこっそり抜き出して、スカートの裏のポケットに隠し、その後、スカートにガルムの爪を隠し持ったまま、収納庫と店頭の鍵を閉めたスマラクトさんの後に続いて、素知らぬ顔で店を出た。――そんな手口ね、多分」
「……なるほど。それなら、辻褄が合いますね。収納庫の鍵がキチンと閉まっていたのも、“ガルムの爪”のケースだけが、そのまま残されていたのも……」

 彼女の推理に、イクサが頷く。スマラクトだけが、真っ白な顔でジッと黙っていた。
 マイスは、深く息を吐くと、厳しい声で断じる。

「これでハッキリしたわね。――今回の、“ガルムの爪”事件の犯人は――カルナさんよ」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

自由を愛する妖精姫と、番にすべてを捧げた竜人王子〜すれ違いと絆の先に、恋を知る〜

来栖れいな
ファンタジー
妖精女王と精霊王の間に生まれた特別な存在――セレスティア。 自由を愛し、気ままに生きる彼女のもとに現れたのは、竜人族の王子・サイファルト。 「お前は俺の番だ」 番という名の誓いにすべてを捧げた彼は、王族の地位も未来も捨てて森に現れた。 一方のセレスティアは、まだ“番”の意味すら知らない。 執着と守護。すれ違いと絆。 ――これは、ひとりの妖精姫が“特別”に気づいていく物語。 甘さ控えめ、でも確かに溺愛。 異種族の距離を越えて紡がれる、成長と守護のファンタジー。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

Millennium226 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 6】 ― 皇帝のいない如月 ―

kei
歴史・時代
周囲の外敵をことごとく鎮定し、向かうところ敵なし! 盤石に見えた帝国の政(まつりごと)。 しかし、その政体を覆す計画が密かに進行していた。 帝国の生きた守り神「軍神マルスの娘」に厳命が下る。 帝都を襲うクーデター計画を粉砕せよ!

異世界で一番の紳士たれ!

だんぞう
ファンタジー
十五歳の誕生日をぼっちで過ごしていた利照はその夜、熱を出して布団にくるまり、目覚めると見知らぬ世界でリテルとして生きていた。 リテルの記憶を参照はできるものの、主観も思考も利照の側にあることに混乱しているさなか、幼馴染のケティが彼のベッドのすぐ隣へと座る。 リテルの記憶の中から彼女との約束を思いだし、戸惑いながらもケティと触れ合った直後、自身の身に降り掛かった災難のため、村人を助けるため、単身、魔女に会いに行くことにした彼は、魔女の館で興奮するほどの学びを体験する。 異世界で優しくされながらも感じる疎外感。命を脅かされる危険な出会い。どこかで元の世界とのつながりを感じながら、時には理不尽な禍に耐えながらも、自分の運命を切り拓いてゆく物語。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...