ダイサリィ・アームズ&アーマー営業日誌〜お客様は神様ですが、クレーマーは疫病神です!〜

朽縄咲良

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CASE3 甘い言葉にはご用心

CASE3-22 「最近の若いモンは、数字に対する危機感が乏しすぎる……!」

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 ハルマイラ中心部の、ユリアイス通りストリート
 この通りには、ガイリア王国の中でも一流を誇る店が軒を連ねており、ハルマイラの中でも特に賑わっている一角であった。
 その豪奢な町並みの中で一際大きな店を構えているのが、王国最大の武具店兼武器防具修理工場である『アナークス・RW』である。
 煌びやかな装飾を施された看板が燦然と輝き、かつては自分の武具や防具の修理を依頼する騎士や、各国から輸入された珍しい武器防具類を買い求める貴族達、家に伝わる古ぼけた宝具の鑑定を依頼する者たちが、次々と店の扉をくぐっていた。
 だが……最近は、その客の出入りが、若干少なくなっているように見える……いや、少なくなっているのは、数字の上から見ても確かだった――。


 『アナークス・RW』の会長室の巨大で豪奢な執務机の上に広げられた月次報告書を一瞥して、アナークス・RW取締役会長ゼファード・アナークスは、苦々しげな表情を浮かべた。

「……酷いな」

 彼の白鬚に覆われた口から紡がれた一言に、執務机の向こうで畏まっていた初老の営業部長の顔面は、紙のように白くなった。

「も――申し訳……御座いません! な……なにぶんと、今期は客数の落ち込みが著しく……。特に、宝具修復部門の伸び悩みが――」
「……貴様は、儂を馬鹿にしておるのか? この紙一枚読めば、その程度の事など、言われずとも解るわ」
「ひ――し、失礼致しましたッ!」

 老人の獰猛な熊のような眼光に睨み据えられて、営業部長は身体を激しく震わせる。
 アナークスは、営業部長の様子に深々と嘆息すると、低い声で質問を重ねた。

「――それで、原因は、分かっておるのか? 今期の、ここまで苦戦している原因は――」
「は、はい……。あの、やはり、競合他社――特に、ダイサリィ・アームズ&アーマーの勢いが……著しく……我が社の顧客が、どんどんと向こうに流れてしまって……」
「――何じゃ、キチンと解っておるではないか」

 アナークスは驚いたように目を剥いて、大げさに肩を竦めてみせた。そして、執務机に両肘をついて身を乗り出すと、営業部長の顔をじっと見ながら言葉を継いだ。

「――で? その競合他社の勢いに対して、我が社の敏腕営業部長殿は、一体どんな対抗策を講じておられるのかな?」
「あの……対策……ですか……? そ――それは……」

 取締役会長の問いに、モゴモゴと口ごもる営業部長。落ち着かない様子で、目をキョロキョロと廻らし、一生懸命言葉を探す素振りをする。
 が、彼が脳内で充分な釈明の言葉を組み上げる時間を待つには、アナークスの堪忍袋の緒は、あまりにも短く脆かった。
 老人は眦を決し、その白髯を逆立てながら、嗄れた声で一喝した。

「たわけェッ! その程度の事もスラスラと述べる事すら出来ん癖に、儂の前にこんな不様な数字を持ってくるでないわッ!」
「ひ――! も、も、申し訳……御座いませんッ!」

 営業部長は百雷に打たれたような顔をして、ひたすらペコペコと頭を下げ続ける。アナークスは、失望の溜息を漏らすと、スプリングの利いたチェアに深々と身を沈めて、疲れたような声で彼に言った。

「……もう良い。そんな所でいつまでも、その軽い頭を振り続けるヒマがあったら、とっとと外に出て、貴族や騎士の屋敷を片っ端から訪ねて一件でも多く契約を取ってこい。宝具の修復だろうが、武具の再調整だろうが――この際、鍋の錆取りでも構わん」
「あ――ハイ! 畏まりました! こうなりましたら、私の命に代えましても――必ずや、契約を――」
「グダグダ寝言をほざくヒマがあったら、さっさと出ていけぃ!」

 アナークスの言葉に、怯えた表情から一転、満面に喜色を湛える営業部長を苛立たしげに大喝し、執務机の上に広げられた書類を投げつける。
 営業部長は、「ヒッ!」と、蛙が潰れたような悲鳴を上げると、一目散に会長室から退散していった。

「……まったく!」

 アナークスは、暫しの間、営業部長が開け放ったままの扉を忌々しげに睨んでいたが、大きな溜息を吐くと右手の指でこめかみを押さえ、きつく目を瞑って愚痴を漏らす。

「最近の若いモンは、数字に対する危機感が乏しすぎる……!」

 ――その時、
 コンコンと、躊躇いがちなノックの音が、老人の耳を打った。
 彼は、瞑っていた目を薄く開けて、不機嫌を露わにしながら入り口を睨む。
 そこには、お仕着せのメイド服を着て銀の盆を掲げ持った女秘書が立ち、恐る恐るといった風情で中を覗き込んでいた。
 アナークスは、ゴホンと咳払いをすると、彼女に声をかける。

「……どうしたサファリア、何か用か?」
「――あ、はい、会長……」

 彼に声をかけられた女秘書――サファリアは、小さく一礼すると室内に入り、アナークスの前に、掲げていた銀盆を差し出した。
 銀盆には、小さな四つ折りの紙片だけが載っていた。

「……これは?」

 訝しげな顔で、サファリアに尋ねるアナークス。問われた彼女は、オズオズといった様子で答える。

「――先程店頭にいらっしゃった、若い……いえ、もしかしたら、意外とお年を召していらっしゃるのかもしれませんが……とにかく、女性の方が、会長に会わせてくれとおっしゃっておりまして……」
「はあ? 何じゃソレは。そんな何処の馬の骨とも分からん女と、この儂が会う訳が無いじゃろう。儂に伺いを立てるまでも無く、サッサと追い返せ!」

 アナークスは、サファリアの事を怒鳴りつけた。彼女は怯えて身を竦ませながらも、手にした銀盆を改めて差し出した。

「も――もちろん私も、会長がそうおっしゃると思いまして、お断りのお話をさせて頂いたのですが……。その女性は、『この紙を読んで頂ければ、会長は必ず私とお会いになりたくなる筈』と、頑迷に主張なさって動かないので……」
「……『この紙を読めば』だと……?」

 サファリアの言葉に、訝しげに首を傾げるアナークス。彼は銀盆から折りたたまれた紙を摘まみ上げ、広げて中身に目を通す。
 と――、彼の皺だらけの顔が、パッと輝いた。
 彼は興奮した様子でサファリアに目を向けると、上ずった声で彼女に命じた。

「その女……いや、淑女レディは、まだ、店頭にいるのか? 早く、こちらにお連れしろ! くれぐれも粗相があってはならんぞっ!」
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