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第二部六章 軍師
助力と褒美
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久々利三河守頼興――彼は、先日武田方に降った久々利城の城主である。
久々利家は、鎌倉時代末期に美濃に住んでいた土岐頼清の五男・康貞が久々利に久々利城を築いて土着し、その息子である康頼が久々利姓を称した事から始まった。
室町幕府初期に隆盛を誇った土岐氏の一族という事もあり、久々利氏は幕府の直轄軍である奉公衆を務める者も現れたという。
康頼以降、代々久々利城を本拠として可児の地一帯を治めていた久々利氏だが、その勢いは戦国乱世の中にあって徐々に衰え、家名存続の為に危うい綱渡りを余儀なくされる事になる。その最中に久々利家の家督を継いだのが、久々利頼興であった。
彼は、美濃国守護であった土岐頼芸が斎藤道三によって逐われる以前から、道三の猶子である斎藤正義の麾下についていた。
――だが、天文十七年 (西暦1548年)二月、主である正義を自分の館に招いた頼興は、宴の最中に彼を謀殺したのである。
正義を殺した頼興は、そのまま五百の兵を率いて正義の居城であった烏峰城を攻め落とし、自分の勢力下に置いたのだ。
――奇妙な事に、自分の猶子である正義を殺されたにもかかわらず、道三は頼興を咎める事が無かった。その事から見ても、頼興による正義謀殺が道三の意によるものだった事は明らかだったが、それを表立って口にするものは誰もいなかった。
言うまでもなく、下手に疑惑を口にして、“美濃の蝮”の異名を持つ梟雄・斎藤道三に目を付けられでもしたら、今度は自分自身が『次の斎藤正義』となる事を察し、畏れていたからである。
周囲の冷ややかな目をよそに、道三の“お墨付き”を得た格好の頼興は、久々利城に在城したまま、東美濃での影響力を高めていった。
その後、弘治二年 (西暦1556年)に道三と嫡子・義龍が戦った長良川合戦時で、頼興は義龍側につく。
彼の所業は、それまで受けた恩を仇で返した事に他ならなかった。
頼興の名分としては『時勢を鑑みた結果の選択』といったところであったが、かねてより道三から受けていた信頼を裏切るような彼の所業に、陰で眉を顰めた者も少なくなかったのである――。
◆ ◆ ◆ ◆
「……お主が久々利殿か」
帷幕の中に入ってくるや、その小鼠のような貌に媚びるような笑みを浮かべながら名乗った男を前にして、僅かに隻眼を見開いた信繁は、思わず馬場信春の方を一瞥する。
「美濃……お主が申しておった『役に立つ者』とは、この――」
「左様に御座りまする!」
信繁の問いかけに答えたのは、問われた信春ではなく、久々利頼興の方だった。
彼は、得意げな笑みを浮かべながら、信繁に向けて答える。
「某には、過去に烏峰城を攻め落とした事が御座りまする。その際の経験と智恵が、きっと此度の城攻めにも役立つと思い、馬場様と真田様に申し出て、わざわざここまで罷り越した次第」
「左様か……それは、ご苦労な事である」
頼興の言葉に、信繁は辟易しつつ軽く頭を下げた。
そんな彼に、頼興はニヤリと薄笑みを浮かべる。
「武田家の一員となって早々、斯様な、武田家に恩を売――お役に立てる機会が訪れようとは……天祐と言わざるを得ませぬな」
「天祐……で御座るか」
頼興の言葉に複雑な感情を抱きながら、僅かに眉を顰めたのは、昌幸だった。
一方の信繁は、無表情を保ったままで淡々と頼興に言う。
「協力に感謝する、久々利殿。お主の助力で、きっと烏峰城は落とせ――」
「一点お伝えしたいのですが、宜しいですかな?」
信繁の言葉を遮るように、頼興が口を開いた。
「……ああ、良いぞ。何を伝えようというのだ?」
頼興の不躾な物言いに内心でムッとしながらも、信繁は鷹揚に頷く。
そんな彼を細めた目で測るように見ながら、頼興は言葉を継いだ。
「他でもない。此度の手柄に対する褒美の事に御座ります」
「褒美?」
頼興の言葉に、信繁が訝しげに首を傾げる。
「勿論……首尾良く事が運べば、充分な褒美を遣わすつもりだが……」
「それは当然の事として」
そう言った頼興は、彼の不遜な物言いに目を丸くした信繁に向け、己が望みを告げた。
「出来れば……その褒美を、烏峰城にして頂きとう御座る」
「……!」
「なっ……?」
頼興の要求を聞いた信繁は僅かに眉を顰め、昌幸は思わず絶句する。
「何を申しておられるのだ、久々利殿ッ!」
昌幸は、思わず声を荒げた。
「典厩様に向かって、まだ立ててもおらぬ手柄への褒美として城を催促するなど……さすがに図々し過ぎだとは思わぬかッ?」
「これは……ご無礼仕った」
彼の叱責に対し、慇懃に頭を下げる。
だが、その目は油断なく光っていた。
「確かに、典厩様からお許しを頂いた上でとはいえ、少々身の程を弁えぬ物言いに御座った。申し訳御座らぬ」
そう詫びた頼興だったが、言葉とは裏腹に、その声と態度に反省や悔悛といったものは全く感じられない。
それどころか、口元に薄笑みを浮かべながら、「ですが――」と言葉を継いだ。
「ここ可児の地は、些か複雑な土地でしてな。下手に余所から来たご家中の者に治めさせるより、旧くからこの地で生きてきた某にお任せ頂いた方が、何かと上手くいくかと存じます。――要するに、某は武田家の為にと思う忠心のあまりに、自分に烏峰・久々利の両城をお与え下されと申し上げただけに御座りますよ……ふふ」
久々利家は、鎌倉時代末期に美濃に住んでいた土岐頼清の五男・康貞が久々利に久々利城を築いて土着し、その息子である康頼が久々利姓を称した事から始まった。
室町幕府初期に隆盛を誇った土岐氏の一族という事もあり、久々利氏は幕府の直轄軍である奉公衆を務める者も現れたという。
康頼以降、代々久々利城を本拠として可児の地一帯を治めていた久々利氏だが、その勢いは戦国乱世の中にあって徐々に衰え、家名存続の為に危うい綱渡りを余儀なくされる事になる。その最中に久々利家の家督を継いだのが、久々利頼興であった。
彼は、美濃国守護であった土岐頼芸が斎藤道三によって逐われる以前から、道三の猶子である斎藤正義の麾下についていた。
――だが、天文十七年 (西暦1548年)二月、主である正義を自分の館に招いた頼興は、宴の最中に彼を謀殺したのである。
正義を殺した頼興は、そのまま五百の兵を率いて正義の居城であった烏峰城を攻め落とし、自分の勢力下に置いたのだ。
――奇妙な事に、自分の猶子である正義を殺されたにもかかわらず、道三は頼興を咎める事が無かった。その事から見ても、頼興による正義謀殺が道三の意によるものだった事は明らかだったが、それを表立って口にするものは誰もいなかった。
言うまでもなく、下手に疑惑を口にして、“美濃の蝮”の異名を持つ梟雄・斎藤道三に目を付けられでもしたら、今度は自分自身が『次の斎藤正義』となる事を察し、畏れていたからである。
周囲の冷ややかな目をよそに、道三の“お墨付き”を得た格好の頼興は、久々利城に在城したまま、東美濃での影響力を高めていった。
その後、弘治二年 (西暦1556年)に道三と嫡子・義龍が戦った長良川合戦時で、頼興は義龍側につく。
彼の所業は、それまで受けた恩を仇で返した事に他ならなかった。
頼興の名分としては『時勢を鑑みた結果の選択』といったところであったが、かねてより道三から受けていた信頼を裏切るような彼の所業に、陰で眉を顰めた者も少なくなかったのである――。
◆ ◆ ◆ ◆
「……お主が久々利殿か」
帷幕の中に入ってくるや、その小鼠のような貌に媚びるような笑みを浮かべながら名乗った男を前にして、僅かに隻眼を見開いた信繁は、思わず馬場信春の方を一瞥する。
「美濃……お主が申しておった『役に立つ者』とは、この――」
「左様に御座りまする!」
信繁の問いかけに答えたのは、問われた信春ではなく、久々利頼興の方だった。
彼は、得意げな笑みを浮かべながら、信繁に向けて答える。
「某には、過去に烏峰城を攻め落とした事が御座りまする。その際の経験と智恵が、きっと此度の城攻めにも役立つと思い、馬場様と真田様に申し出て、わざわざここまで罷り越した次第」
「左様か……それは、ご苦労な事である」
頼興の言葉に、信繁は辟易しつつ軽く頭を下げた。
そんな彼に、頼興はニヤリと薄笑みを浮かべる。
「武田家の一員となって早々、斯様な、武田家に恩を売――お役に立てる機会が訪れようとは……天祐と言わざるを得ませぬな」
「天祐……で御座るか」
頼興の言葉に複雑な感情を抱きながら、僅かに眉を顰めたのは、昌幸だった。
一方の信繁は、無表情を保ったままで淡々と頼興に言う。
「協力に感謝する、久々利殿。お主の助力で、きっと烏峰城は落とせ――」
「一点お伝えしたいのですが、宜しいですかな?」
信繁の言葉を遮るように、頼興が口を開いた。
「……ああ、良いぞ。何を伝えようというのだ?」
頼興の不躾な物言いに内心でムッとしながらも、信繁は鷹揚に頷く。
そんな彼を細めた目で測るように見ながら、頼興は言葉を継いだ。
「他でもない。此度の手柄に対する褒美の事に御座ります」
「褒美?」
頼興の言葉に、信繁が訝しげに首を傾げる。
「勿論……首尾良く事が運べば、充分な褒美を遣わすつもりだが……」
「それは当然の事として」
そう言った頼興は、彼の不遜な物言いに目を丸くした信繁に向け、己が望みを告げた。
「出来れば……その褒美を、烏峰城にして頂きとう御座る」
「……!」
「なっ……?」
頼興の要求を聞いた信繁は僅かに眉を顰め、昌幸は思わず絶句する。
「何を申しておられるのだ、久々利殿ッ!」
昌幸は、思わず声を荒げた。
「典厩様に向かって、まだ立ててもおらぬ手柄への褒美として城を催促するなど……さすがに図々し過ぎだとは思わぬかッ?」
「これは……ご無礼仕った」
彼の叱責に対し、慇懃に頭を下げる。
だが、その目は油断なく光っていた。
「確かに、典厩様からお許しを頂いた上でとはいえ、少々身の程を弁えぬ物言いに御座った。申し訳御座らぬ」
そう詫びた頼興だったが、言葉とは裏腹に、その声と態度に反省や悔悛といったものは全く感じられない。
それどころか、口元に薄笑みを浮かべながら、「ですが――」と言葉を継いだ。
「ここ可児の地は、些か複雑な土地でしてな。下手に余所から来たご家中の者に治めさせるより、旧くからこの地で生きてきた某にお任せ頂いた方が、何かと上手くいくかと存じます。――要するに、某は武田家の為にと思う忠心のあまりに、自分に烏峰・久々利の両城をお与え下されと申し上げただけに御座りますよ……ふふ」
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