田中天狼のシリアスな日常

朽縄咲良

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第五章 田中天狼のシリアスな日常・怪奇?編

田中天狼のシリアスな恐怖

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 部室の引き戸が、微かに軋みながら、ゆっくりと開く。

(……もう少し開いたら、飛び出す?)

 俺の隣で、息を潜める春夏秋冬ひととせが、囁く。

(いや……まだ)

 俺は、かぶりを振って、彼女を止めた。
 さっきの鍵の件が、違和感となって、頭に引っかかっていたからだ。

(ちょっと……妙なんだ。――少し、様子を見よう)
(妙……って、何がです?)

 扉脇の棚の陰に丸まって潜む黒木さんが、小声で尋ねてきたが、

(ごめん、長くなるから……取り敢えず、待機で)

 と、答えると、黒木さんが頷いたのが、暗闇の中でぼんやりと見えた。
 そして、ドアは完全に開いた。
 ――やっぱり、妙だ。
 ドアを開けたのに、入り口に立ちすくんだまま、中に入ろうとしない。
 幽かな息遣いと、暗闇の中でもぼんやりと浮かぶシルエットで、そこに何かが居るのはハッキリしている。
 でも、ソレは――、

(矢的先輩じゃない!)

 シルエットは、小柄な人間のソレだった。矢的先輩は180センチはある筈だが、入り口で佇む人影は、随分と小柄だった。春夏秋冬ひととせと同じか、少し高いくらいだろう……。
 人影の体型は、ハッキリとは分からない。もう6月に入ったというのに、厚手のフリースの様なものを着ている様だったからだ。
 そして、当然のように、フリースのフードを頭からスッポリ被っていた。その為、顔の造形を窺い知る事は出来ない……もっとも、この暗闇では、フードがあっても無くても、人相の確認は出来そうも無かったが。

(……………………)
(……………………)
(……………………)

 俺はもちろん、あとの二人も、事の異常さを察したのだろう。驚かそうと飛び出すこともなく、寧ろ決して見つからないよう、ギュッと身を固くして、息を殺す事に必死だった。

 何時間も経過した様な感覚だったが、実際は数十秒といったところだったろう。

 コツ……。

 乾いた靴音を立てて、唐突に人影が動いた。1歩、2歩……。ゆっくりとした足取りで、部室の中に入ってくる。

(あ……足音がするって事は……コレは幽霊じゃない……のか?)

 その時、俺の脳裏に浮かんだのは、全く状況にそぐわない、こんな事だった。
 もっとも、それは『恐怖と緊張が限界を振り切ると、全く明後日の内容の事を連想する』という、よく言われる心理作用だったのだろう……。
 ――と、春夏秋冬ひととせが、小声で俺に囁いた。

(シリウスくん……足のあるユーレイって……いるのかな?)

 ――隣の春夏秋冬ひととせも、同じ事を考えていたらしい……。
 俺は、春夏秋冬ひととせの問いに答える余裕も無く、ジッと人影の挙動を観察していた。
 人影は、暗闇の中を灯りも点けずに進み、部室の中央辺りまで入ってきた。
 と、そこで状況が動いた。

「フ―――――――――――ッ!」

 部室の奥に潜んでいたネコが、闖入者に対して、威嚇の唸り声を上げたのだ。
 唸り声を耳にした人影は、ビクリとして、動きを止めた。

「シャ―――――――――――――――ッ!」

 暗闇の中を、小さなシルエットが、人影に向かって飛びかかった!

「う、うわッ!」

 ネコに飛びかかられた人影は、くぐもった叫び声を上げ、よろめいた。

「ニャギャギャギャギャギャッ!」
「……こ、コイツ……んのヤロッ!」

 人影は、食いついたネコを引き剥がそうと藻掻く。
 そして、小さなシルエットが跳ね飛ばされるように、人影から離れた。

「ニャガっ!」

 小さな悲鳴を上げるネコ。人影は、足をもつらせながら、部室の外へと出て、そのまま走り出した。

「待てッ!」
春夏秋冬ひととせッ! 待ってっ!」

 すかさず、春夏秋冬ひととせが、人影を追おうとするのを、俺は制止する。

「君と黒木さんは、この部屋でネコの介抱をしてて! アイツは俺が追いかける!」
「でも、足はアタシの方が……!」
「相手は、何持ってるか分からないんだ! ココは男に任せろ!」
「……無理しないで!」
「大丈夫! 足なら体育祭の時に散々鍛えてもらったから! そうでしょ、師匠・・?」

 俺は、それだけ言うと、部室を飛び出し、暗闇に響く足音をダッシュで追いかける。

 ……………………恥ずかしい~ッ!

 俺は、走りながら、顔を火が出るほど真っ赤にしていた。
 ……緊急事態で、咄嗟に口から出てきたとはいえ、何てクサくてキザったらしいセリフを吐いちまったんだ、俺は!
 ああ、穴があったら入って、中からフタを溶接して、3年間くらい引き籠もりてぇ~!
 そんな事を考えながら、廊下を走り抜け、部活棟の外に出た俺は……人影を見失った。
 辺りを見回すが、走り去る人影も、足音も確認出来なかった……。

 ――逃げられた……。

 俺は、ガックリと肩を落とした。
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