31 / 176
第二章 サンクトルまで何ケイム?
護衛と暗殺者
しおりを挟む
「……」
鞭を放った者は、ヒースの問いに対して、未だ沈黙を続けている。
ヒースは、チッと舌打ちを打つと、大きな声で、闇の向こうの狼藉者に言う。
「まあ……黙ってても大体察しはつく。大方、ダリア傭兵団が放った暗殺者だろう。……まったく、オレのクライアント様も舐められたモンだな! こんな半人前の出来損ないを、暗殺者として寄越されるとはな!」
「……黙れ」
憤怒に満ちた呟きが聞こえると同時に、ヒースの手中にある長鞭に力がかかる。暗殺者が、自分の元に鞭を引き戻そうとするが、ヒースの超人的な握力で握られた黒い鞭は、ビクリとも動かない。
「……ぐ……っ!」
「――おいおい、お前の力はそんなモンか? ドナン川のクチボソバスでも、もうちょっと引きが強いぜ? 出来損ないの暗殺者さんよ」
「黙れ! 誰が出来損ないだ!」
「――それがだよ、半人前さん」
ヒースは、ニヤリと嘲笑って、闇の奥を指さす。
「――ッ!」
黒いビロードのカーテンのように分厚い闇の中にも関わらず、ヒースの指先は暗殺者に向かって、真っ直ぐに突きつけられていた。
「暗殺者ならば、如何なる事があっても、任務遂行前の相手に己の存在を知られてはいけない――。お前は、そんな暗殺者のいろはの“い”も出来てねえ。相手の挑発にノせられて声を上げるなんざ、素人同然の愚行だぜ」
「う……」
「それにな、さっきも言ったが、そんなに殺気をダダ漏らしで回りに発散していたら、あの豚まんじゅうはともかく、少しでも修羅場をくぐってきたヤツなら、すぐにお前の存在に気が付くさ」
「……うるさい!」
痛い指摘をされて、逆上した様子の暗殺者。
ヒースは、やれやれと肩を竦める。
「忠告してやってる側からソレかい……。いいか? いい事を教えてやる」
ヒースは、闇の奥の暗殺者に、蕩々と言って聞かせる。
「声っていうのは、お前さんが考えているより遙かに情報量を持っているんだ。聴くヤツが聴けば、いろいろな情報を得る事が出来る……。例えば」
「…………」
「さっきの声色から考えて、お前はまだ若い……女だ。あと、声のイントネーションに微かに訛りのクセが残っている……恐らく、クレオーメ領の――エクセレス地方辺りの生まれだろう……。違うか?」
「――!」
「――ほらな、殺気が乱れた。動揺しただろ? ソレだけで、オレには解るんだよ。オレの推論が“当たり”だってな」
ヒースは、野卑な笑みを、その無骨な顔面に浮かべる。
「つーか、お前、暗殺者としての訓練は殆ど受けてねえだろ。暗殺者にしては、色々グダグダ過ぎる……。タダの娘ッ子が、それ程までの殺意を持ってこんな所まで潜り込んでくるって事は――」
「――それ以上喋るなァアアッ!」
暗殺者が絶叫したと同時に、ヒースが握っている長鞭の表面から紅蓮の炎が吹き出した!
「うオォッ?」
ヒースは、完全に意表を衝かれた。一瞬、鞭を掴む掌が緩む。
次の瞬間、スルスルっと、蛇が逃げ去る様に、鞭が彼の掌の軛から解き放たれる。
「あ、ヤべっ!」
ヒースは手を伸ばして、もう一度鞭を掴もうとしたが、もう遅かった。
「――逃げたか……」
現場に残っているのは、鞭が放出した、炎の残滓のみ。
ヒースは、鞭を掴んでいた右掌に目を落とした。先程、鞭から吹き出した火炎によって、真っ赤に焼け爛れている。
「……やられたぜ。こんな隠し玉を温存していたとはな」
ヒースは、火傷でひりつく掌をブンブンと振りながら、大笑する。
「あの娘、暗殺者としては落第もいいところだが、戦士としてはなかなかいいモノを持っていそうじゃねえか! こりゃ、たとえ銀の死神が来なくとも、意外と退屈せんかもしれねえな……ガハハハハ!」
夜の闇が深まるサンクトルの空に、野太い哄笑が、高く高く響き渡っていった――。
鞭を放った者は、ヒースの問いに対して、未だ沈黙を続けている。
ヒースは、チッと舌打ちを打つと、大きな声で、闇の向こうの狼藉者に言う。
「まあ……黙ってても大体察しはつく。大方、ダリア傭兵団が放った暗殺者だろう。……まったく、オレのクライアント様も舐められたモンだな! こんな半人前の出来損ないを、暗殺者として寄越されるとはな!」
「……黙れ」
憤怒に満ちた呟きが聞こえると同時に、ヒースの手中にある長鞭に力がかかる。暗殺者が、自分の元に鞭を引き戻そうとするが、ヒースの超人的な握力で握られた黒い鞭は、ビクリとも動かない。
「……ぐ……っ!」
「――おいおい、お前の力はそんなモンか? ドナン川のクチボソバスでも、もうちょっと引きが強いぜ? 出来損ないの暗殺者さんよ」
「黙れ! 誰が出来損ないだ!」
「――それがだよ、半人前さん」
ヒースは、ニヤリと嘲笑って、闇の奥を指さす。
「――ッ!」
黒いビロードのカーテンのように分厚い闇の中にも関わらず、ヒースの指先は暗殺者に向かって、真っ直ぐに突きつけられていた。
「暗殺者ならば、如何なる事があっても、任務遂行前の相手に己の存在を知られてはいけない――。お前は、そんな暗殺者のいろはの“い”も出来てねえ。相手の挑発にノせられて声を上げるなんざ、素人同然の愚行だぜ」
「う……」
「それにな、さっきも言ったが、そんなに殺気をダダ漏らしで回りに発散していたら、あの豚まんじゅうはともかく、少しでも修羅場をくぐってきたヤツなら、すぐにお前の存在に気が付くさ」
「……うるさい!」
痛い指摘をされて、逆上した様子の暗殺者。
ヒースは、やれやれと肩を竦める。
「忠告してやってる側からソレかい……。いいか? いい事を教えてやる」
ヒースは、闇の奥の暗殺者に、蕩々と言って聞かせる。
「声っていうのは、お前さんが考えているより遙かに情報量を持っているんだ。聴くヤツが聴けば、いろいろな情報を得る事が出来る……。例えば」
「…………」
「さっきの声色から考えて、お前はまだ若い……女だ。あと、声のイントネーションに微かに訛りのクセが残っている……恐らく、クレオーメ領の――エクセレス地方辺りの生まれだろう……。違うか?」
「――!」
「――ほらな、殺気が乱れた。動揺しただろ? ソレだけで、オレには解るんだよ。オレの推論が“当たり”だってな」
ヒースは、野卑な笑みを、その無骨な顔面に浮かべる。
「つーか、お前、暗殺者としての訓練は殆ど受けてねえだろ。暗殺者にしては、色々グダグダ過ぎる……。タダの娘ッ子が、それ程までの殺意を持ってこんな所まで潜り込んでくるって事は――」
「――それ以上喋るなァアアッ!」
暗殺者が絶叫したと同時に、ヒースが握っている長鞭の表面から紅蓮の炎が吹き出した!
「うオォッ?」
ヒースは、完全に意表を衝かれた。一瞬、鞭を掴む掌が緩む。
次の瞬間、スルスルっと、蛇が逃げ去る様に、鞭が彼の掌の軛から解き放たれる。
「あ、ヤべっ!」
ヒースは手を伸ばして、もう一度鞭を掴もうとしたが、もう遅かった。
「――逃げたか……」
現場に残っているのは、鞭が放出した、炎の残滓のみ。
ヒースは、鞭を掴んでいた右掌に目を落とした。先程、鞭から吹き出した火炎によって、真っ赤に焼け爛れている。
「……やられたぜ。こんな隠し玉を温存していたとはな」
ヒースは、火傷でひりつく掌をブンブンと振りながら、大笑する。
「あの娘、暗殺者としては落第もいいところだが、戦士としてはなかなかいいモノを持っていそうじゃねえか! こりゃ、たとえ銀の死神が来なくとも、意外と退屈せんかもしれねえな……ガハハハハ!」
夜の闇が深まるサンクトルの空に、野太い哄笑が、高く高く響き渡っていった――。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~
草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。
レアらしくて、成長が異常に早いよ。
せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。
出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。
事務仕事しかできない無能?いいえ、空間支配スキルです。~勇者パーティの事務員として整理整頓していたら、いつの間にか銅像が立っていました~
水月
恋愛
「在庫整理しかできない無能は不要だ」
第一王子から、晩餐会の場で婚約破棄と国外追放を告げられた公爵令嬢ユズハ。
彼女のギフト【在庫整理】は、荷物の整理しかできないハズレスキルだと蔑まれていた。
だが、彼女は知っていた。
その真価は、指定空間内のあらゆる物質の最適化であることを。
追放先で出会った要領の悪い勇者パーティに対し、ユズハは事務的に、かつ冷徹に最適化を開始する。
「勇者様、右腕の筋肉配置を効率化しました」
「魔王の心臓、少し左にずらしておきましたね」
戦場を、兵站を、さらには魔王の命までをも在庫として処理し続けた結果、彼女はいつしか魔王討伐勇者パーティの一人として、威圧感溢れる銅像にまでなってしまう。
効率を愛する事務屋令嬢は、自分を捨てた国を不良債権として切り捨て、再出発する。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる
静内燕
ファンタジー
【カクヨムコン最終選考進出】
【複数サイトでランキング入り】
追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語
主人公フライ。
仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。
フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。
外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。
しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。
そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。
「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」
最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。
仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。
そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。
そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。
一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。
イラスト 卯月凪沙様より
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる