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第二章 サンクトルまで何ケイム?

護衛と暗殺者

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 「……」

 鞭を放った者は、ヒースの問いに対して、未だ沈黙を続けている。
 ヒースは、チッと舌打ちを打つと、大きな声で、闇の向こうの狼藉者に言う。

「まあ……黙ってても大体察しはつく。大方、ダリア傭兵団が放った暗殺者だろう。……まったく、オレのクライアント様も舐められたモンだな! こんな半人前の出来損ないを、暗殺者として寄越されるとはな!」
「……黙れ」

 憤怒に満ちた呟きが聞こえると同時に、ヒースの手中にある長鞭に力がかかる。暗殺者が、自分の元に鞭を引き戻そうとするが、ヒースの超人的な握力で握られた黒い鞭は、ビクリとも動かない。

「……ぐ……っ!」
「――おいおい、お前の力はそんなモンか? ドナン川のクチボソバスでも、もうちょっと引きが強いぜ? 出来損ないの暗殺者さんよ」
「黙れ! 誰が出来損ないだ!」
「――がだよ、半人前さん」

 ヒースは、ニヤリと嘲笑わらって、闇の奥を指さす。

「――ッ!」

 黒いビロードのカーテンのように分厚い闇の中にも関わらず、ヒースの指先は暗殺者に向かって、真っ直ぐに突きつけられていた。

「暗殺者ならば、如何なる事があっても、任務遂行前の相手に己の存在を知られてはいけない――。お前は、そんな暗殺者のいろはの“い”も出来てねえ。相手の挑発にノせられて声を上げるなんざ、素人同然の愚行だぜ」
「う……」
「それにな、さっきも言ったが、そんなに殺気をダダ漏らしで回りに発散していたら、あのはともかく、少しでも修羅場をくぐってきたヤツなら、すぐにお前の存在に気が付くさ」
「……うるさい!」

 痛い指摘をされて、逆上した様子の暗殺者。
 ヒースは、やれやれと肩を竦める。

「忠告してやってるそばからソレかい……。いいか? いい事を教えてやる」

 ヒースは、闇の奥の暗殺者に、蕩々と言って聞かせる。

っていうのは、お前さんが考えているより遙かに情報量を持っているんだ。聴くヤツが聴けば、いろいろな情報を得る事が出来る……。例えば」
「…………」
「さっきの声色から考えて、お前はまだ若い……女だ。あと、声のイントネーションに微かに訛りのクセが残っている……恐らく、クレオーメ領の――エクセレス地方辺りの生まれだろう……。違うか?」
「――!」
「――ほらな、殺気が乱れた。動揺しただろ? ソレだけで、オレには解るんだよ。オレの推論が“当たり”だってな」

 ヒースは、野卑な笑みを、その無骨な顔面に浮かべる。

「つーか、お前、暗殺者としての訓練は殆ど受けてねえだろ。暗殺者にしては、色々グダグダ過ぎる……。タダの娘ッ子が、それ程までの殺意を持ってこんな所まで潜り込んでくるって事は――」
「――それ以上喋るなァアアッ!」

 暗殺者が絶叫したと同時に、ヒースが握っている長鞭の表面から紅蓮の炎が吹き出した!

「うオォッ?」

 ヒースは、完全に意表を衝かれた。一瞬、鞭を掴む掌が緩む。
 次の瞬間、スルスルっと、蛇が逃げ去る様に、鞭が彼の掌のくびきから解き放たれる。

「あ、ヤべっ!」

 ヒースは手を伸ばして、もう一度鞭を掴もうとしたが、もう遅かった。

「――逃げたか……」

 現場に残っているのは、鞭が放出した、炎の残滓のみ。
 ヒースは、鞭を掴んでいた右掌に目を落とした。先程、鞭から吹き出した火炎によって、真っ赤に焼け爛れている。

「……やられたぜ。こんな隠し玉火炎術を温存していたとはな」

 ヒースは、火傷でひりつく掌をブンブンと振りながら、大笑する。

「あの娘、暗殺者としては落第もいいところだが、戦士としてはなかなかいいモノを持っていそうじゃねえか! こりゃ、たとえしろがねの死神が来なくとも、意外と退屈せんかもしれねえな……ガハハハハ!」

 夜の闇が深まるサンクトルの空に、野太い哄笑が、高く高く響き渡っていった――。
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