好色一代勇者 〜ナンパ師勇者は、ハッタリと機転で窮地を切り抜ける!〜(アルファポリス版)

朽縄咲良

文字の大きさ
32 / 176
第三章 酒と泪と色事師と女将

女と遭難者

しおりを挟む
 鬱蒼と生い茂る、太い幹の木々の間を縫いながら、草を掻き分け進んでいくのは、ひとりの女だった。
 年はまだ若く、背中くらいまである、軽くウェーブのかかった茶色の髪を一つに束ね、動き易い革製の上着とズボンを着ていた。
 彼女は、紫色の瞳をキョロキョロと地面に巡らせ、しきりに何かを探している。

「……あ、あったあった」

 彼女は、そう独りごちると、しゃがみ込んだ。ベルトに提げたナタを手にして、地面を掘る。

「何だ、ベニコドンテタケか……」

 掘り出した紅い茸を確認して、薄いそばかすが特徴的な顔を曇らせて肩を落としたが、

「……まあ、ソテーにすれば美味しいし」

 と、気を取り直して、肩から提げた籠に茸を放り込んだ。

「やっぱり、果無の樹海といっても、こんな端っこじゃあんまりいい食材は採れないな……」

 もう少し、奥に行けば、目当てのヒロカサカラスタケが採れるだろうか――。女は、腰に結わえ付けた太いロープを引っ張ってみる。――まだ、少し余裕がありそうだ。

「あと200エイムくらいは行けそうかな……?」

 彼女は、ひとり頷くと、更に樹海の奥へと入っていこうとして――
 ふと、足を止める。

「……何かが……」

 彼女は、身を屈め、耳をそばだてる。

「…………」

 ……何かが……近付いてくる?
 彼女は、静かにナタを構える。武器としては心許ないが、彼女の得手武器は、あいにくと今は手元に無い。――もっとも、仮に手元にあったところで、木々が生い茂る樹海の中では、彼女の得物は十分に力を発揮できないだろう。
 そうしている間にも、物音は徐々に近付いてくる。

「…………」

 女は、物音の主の襲来に備えて、静かに呼吸と心拍を整える。
 音は、だんだんハッキリと聴こえてくる。……草を掻き分けながら、走っている足音の様だ。――しかも、
 彼女は緊張する。最悪1対2で立ち向かわねばならない。しかも、相手が何者かは……解らない。ハテナシクロキツネならまだいいが、『樹海のハンター』と異名をとり、街道にもしばしば出没して旅人を襲う、狡猾なマンイーター・グレイ・ウルフのつがいだったりしたら、かなり面倒だ……。
 ――と、彼女の耳は、足音以外の音を捉えた。

「……れ! ……く!」
「……人の――声?」

 彼女は、驚き、狼狽えた。
 ここは東端とはいえ、人の侵入を拒む、果無の樹海のまっただ中だ。女のいる、正にここが、人が樹海に足を踏み入れて無事に戻れる限界点なのだ。その更に遥か奥から、生きた人間が現れるなんて事は――あり得ない。

(……迷える亡霊レイスの類……か?)

 ――それに対する聖水ものも用意はしてある……が、アンデッド系の敵に対する戦いは、あまり経験が無い。
 ナタを握る掌が、じっとりと汗をかくのを感じながら、微かな兆候も見逃さぬ様、目と耳に神経を集中させる。

「…………れ! 早く!」
「……って! もう……待っ――!」

 一層ハッキリした音が耳に届いた。
 ――若い……男の声?
 彼女がそう確信した瞬間、
 目の前の藪から、二つの影が飛び出した!

「――!」
「――!」

 彼女は、反射的にナタを振りかぶって大きな方の影に飛びかかろうとして――、

「え――ッ? ひ、人……?」
「ま――待った! 敵じゃない!」

 影から放たれた言葉は、明らかに生きている人間のそれだった。
 彼女は、驚愕で目を丸めながらも、振り上げたナタを下げて、胸の前で構えた。

「……アナタ達……、人間なの?」

 警戒を解く事はせず、女は、二人の姿を睨め回す様に観察する。
 背の低い男は、まだ少年と言っていい若さだった。伸びてフワリとした金髪で、分厚いメガネを掛けている。その身に纏う神官服と、額の真新しい『アッザムの聖眼』から、彼がまだ神官となって間もない事が分かる。
 背の高い男は、とても整った顔立ちの、茶色い髪に黒曜石の様な輝く瞳を持つ男だった。口の回りには、伸びた無精髭を生やしているが、それも彼の秀麗な見目を損なうものではなく、むしろ引き立ててさえいた。
 ふたりとも、着ているものはあちこちほつれ、破け、汚れていた。特に、背の高い方の男の纏う神官服に至っては、胸元が横に切り裂かれており、どす黒い血痕が付着している。

 二人は互いに、埃まみれの顔を見合わせた後、背の高い方の男が口を開いた。

「――ああ、俺たちは紛れもなく、生きた人間さ。逆に、聞きたいんだけど……君こそ、人間か?」
「……は? も、もちろんそうよ。私も、人間」
「……本当にぃ? そう見せかけた亡霊とかってオチじゃ……?」
「失礼ね!」

 なおも疑う男達に憤慨する。

「私の名前は、シレネ。で、居酒屋をやってるわ。今日も、店で出す料理の食材を採りに――」
「「!」」

 シレネの言葉を聞いたふたりの男は、驚愕の表情を浮かべた。

「ちょ――ちょっと、待って下さい! 貴女、今、『サンクトルの町で居酒屋を開いている』……って仰いましたか?」
「え――? え、ええ……。言ったけど……それがどうし――」
「「やっっっっったあああああああああっ!」」

 シレネが頷くと、ふたりは歓声を上げて、抱き合って喜んだ。

「え……え? 何?」

 状況が分からず混乱するシレネ。

「これって……これって、夢じゃないですよね……!」
「当たり前だろ! 夢でたまるかよ!」
「ぼ……僕たち……遂に抜けたんですね……果無の樹海を……!」
「そうだよ! 俺たちはやり遂げたんだよ! チクショー、何が『一度入ったら、二度と出られない』だ! ちゃんと生きて出られたぞこのヤロー!」
「……あの。喜んでるところ悪いんだけど。アナタ達が何者か、聞かせてもらって、いいかしら?」

 ふたりが喜ぶ間、蚊帳の外だったシレネが、おずおずと口を挟む。
 ふたりの男は、やっと我に返り、抱き合っている事に気付くと、慌てて離れた。

「……あ、あの。僕はパームと申します。チュプリの城下町から出てすぐ、この果無の樹海に迷い込んでしまって……ずっと彷徨っていた訳でして――」
「はあ――?」

 今度はシレネが驚愕する番だった。

「チュプリ出てすぐ――って、じゃあ、アナタ達はこの果無の樹海を殆ど横断してきた、って事なの?」
「――ええ、まあ」
「嘘!」

 シレネは、パームの言葉を真っ向から否定した。

「そんな事、出来る訳無いでしょ! 『果無の樹海』は、今までたった一人――伝説の冒険家・コドンテしか、横断に成功した者はいないのよ! アナタ達みたいな人たちが――」
「……と、その話はそこまでだ」
「……!」

 シレネの言葉を遮ったのは、背の高い茶髪の男だった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~

草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。 レアらしくて、成長が異常に早いよ。 せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。 出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

事務仕事しかできない無能?いいえ、空間支配スキルです。~勇者パーティの事務員として整理整頓していたら、いつの間にか銅像が立っていました~

水月
恋愛
「在庫整理しかできない無能は不要だ」 第一王子から、晩餐会の場で婚約破棄と国外追放を告げられた公爵令嬢ユズハ。 彼女のギフト【在庫整理】は、荷物の整理しかできないハズレスキルだと蔑まれていた。 だが、彼女は知っていた。 その真価は、指定空間内のあらゆる物質の最適化であることを。 追放先で出会った要領の悪い勇者パーティに対し、ユズハは事務的に、かつ冷徹に最適化を開始する。 「勇者様、右腕の筋肉配置を効率化しました」 「魔王の心臓、少し左にずらしておきましたね」 戦場を、兵站を、さらには魔王の命までをも在庫として処理し続けた結果、彼女はいつしか魔王討伐勇者パーティの一人として、威圧感溢れる銅像にまでなってしまう。 効率を愛する事務屋令嬢は、自分を捨てた国を不良債権として切り捨て、再出発する。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

ジャングリラ~悪魔に屠られ魔王転生。死の森を楽園に変える物語~

とんがり頭のカモノハシ
ファンタジー
「別の世界から勇者を召喚する卑怯な手口」に業を煮やした堕天使・ルシファーにより、異世界へ魔王として転生させられた大学生・左丹龍之介。 先代・魔王が勇者により討伐されて100年――。 龍之介が見たものは、人魔戦争に敗れた魔族が、辺境の森で厳しい生活を余儀なくされている姿だった。 魔族の生活向上を目指し、龍之介は元魔王軍の四天王、悪魔公のリリス、フェンリルのロキア、妖狐の緋魅狐、古代龍のアモンを次々に配下に収めていく。 バラバラだった魔族を再び一つにした龍之介は、転生前の知識と異世界の人間の暮らしを参考に、森の中へ楽園を作るべく奔走するのだが……

~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる

静内燕
ファンタジー
【カクヨムコン最終選考進出】 【複数サイトでランキング入り】 追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語 主人公フライ。 仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。 フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。 外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。 しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。 そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。 「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」 最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。 仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。 そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。 そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。 一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。 イラスト 卯月凪沙様より

処理中です...