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第四章 Cross Thought

色事師と親睦パーティー

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 背中から炎のような殺気が滲み出ていそうなヒースの背中を見送ったジャスミンは、くるりと踵を返すと、ヒースとは逆方向に歩き出した。
 半壊した『謁見の間』の扉を、申し訳程度にコンコンと叩く。

「ちわーっす。ジャスミンでーす。入りますよー」

 そう言うと、中からの応答を待たず、扉の隙間をすり抜けて室内へ入る。

「あんら~、今度はジャスミンちゃん? いらっしゃ~い!」

 先程、鉄扉を破壊されて激高していたのが嘘のような上機嫌で、彼を迎えるチャー。
 その様子に内心で嘔吐えずきながら、外見では爽やかな笑みを浮かべたジャスミンは、チャーに尋ねた。

「どうでしたか? リストラの件は?」
「アナタの言う通りにしたら、上手くいったわ。……予定通り、ヒースは2週間後に円満退職よん♪」

 チャーは、上機嫌のまま、鳥のもも肉のフライに齧り付きながら言う。

「それは何より。我々チャー傭兵団にとっては、今のアイツヒースは金食い虫でしか無いっすからね。逆にアイツは、戦いがない今のチャー傭兵団に居ても、彼自身の欲望――戦闘欲を満たせない……」

 そこまで言うと、ジャスミンは、後ろのひしゃげた鉄扉と、部屋の隅で失神している副団長ゲソスを一瞥した。

「……ま、の諍いはあったようですが。奴を解雇する事で、我々は人件費の節約に成功し、ヒースは新たな戦いの場を求める事が出来る訳です。結果的にはお互いウィンウィンの、有意義な交渉となったんじゃないですかね」

 そう言うと、ジャスミンはニコリと微笑んだ。

「……にしても、思った以上にあっさり引き下がったわね。あれ程の高給にも未練は無いのかしらん?」

 チャーは、指についた脂を舐めながら首を傾げる。

「アイツは、元々金銭には拘泥してないですよ。肌のひりつくような、自分の命を脅かすような戦いをする事に一番の価値を求める戦闘狂です」

 ジャスミンはすました顔で言う。

「だから、アイツはココに残ってたんです。チャー傭兵団ここに居れば、いずれはダリア傭兵団が我々を粛清しにやって来る。その時には、伝説のしろがねの死神も一緒だろう。――そう踏んで、期待して待ってたんですよ」
「あ――アイツ、そんな事を考えていたのん?」

 チャーは、驚きと怒りで、濁った目を見開く。
 ジャスミンは、軽く頷く。

「――でも、予想に反して、そこでションベン塗れになってノビてるゲソス副団長殿が、あっさりとダリア傭兵団と和平の話をつけてきちまった。一方のバルサ王国軍も一向に攻め込んでくる気配がない……。戦闘を望むヒース的には、もうこの地にとどまる意味は無いですね」
「――だから、ああもあっさり呑んだのねん。解雇の話を」
「そういう事です」

 ジャスミンは大きく首肯する。そして、再び爽やかな微笑を浮かべる。

「――で、もう一つの件なんですけど……」
「……何だっけ?」
「またまた~! とぼけちゃって! この前お話ししたじゃないっすか?」

 ジャスミンは、ニヤリとして続けた。

「ここ――旧ギルド庁……現チャー傭兵団本部の中庭で、サンクトル市民とチャー傭兵団団員たちとの親睦パーティーを開催しようって話ですよ」
「……ああ、アレねぇ……」

 ……チャーは、明らかに興味なさげな顔をした。
 彼は、スープ皿に直接口をつけて、カボチャの冷製スープを一気飲みし、また臭そうなゲップを吐いてから言った。

「別にやらなくていいんじゃないん? それこそカネの無駄というモノなんじゃないかしらねん?」
「何をおっしゃいますやら!」

 ジャスミンは、血相を変えてチャーに詰め寄る。

「今後、継続してこの地を治める気なら、住民との関係は良好であるに越した事はないですよ!」
「お……おう」

 ジャスミンの剣幕に圧されるチャー。思わず素直に頷いてしまう。

「第一、住民の壁外への外出規制も即刻取りやめるべきです! 元々、この都市は自由貿易都市なんですよ! 自由に他街との行き交いが出来なくて、街の商人たちは、今にも干上がる寸前です!」
「い、いや! 外出規制ソレは、バルサ王国のスパイやら何やらが紛れ込まないようにする為に必要な措置だって、そこのゲソスが言ったから――!」
「だからって、自由貿易都市が貿易できなかったらイカンでしょ! このままでは、攻め込まれる前に、住民たちに内乱を起こされますよ!」

 ジャスミンが言っている事は、半分本当である。

「ぐ……グムゥ……」

 馬車に轢かれたガマガエルのような顔で唸るチャー。ジャスミンは更に畳みかける。

「それに、ウチの傭兵達の評判も良くありません。やれ、夜中に酔っ払って大声で歌っただ、やれ、街路樹に立ち小便しただ、やれ、昼間に道を歩いている女の子に卑猥な暴言を吐いて物陰に引き込もうとしただ……」
「そ――そりゃ、少しはそんな事もあるでしょうよ! だから、あまり酷くならないように、キチンと警衛を配置してるじゃない!」

 さすがに抗弁するチャーに、ジャスミンは頷いた。

「そう――。今言った事は、些細な元々の事実かもしれない。……でも、伝わるウチに針小棒大に話が膨張してしまえば、決定的な住民の反感を買う事になります! ――だから」
「……だから?」
「……いや、そこは察して下さいよ。――この街の住民が我々に抱いている反感や恐怖心を緩和して、身近な存在に感じてもらい、物騒な事を考えないようにする為に、みんなで酒を酌み交わして仲良くなろう……っていう趣旨で提案してるんですよ、俺は」

 ジャスミンの言葉に、少し考え込むチャーだったが、不安な顔でジャスミンに言った。

「でもさあ、傭兵団本部ココの中庭でやる事は無いんじゃない?」
「違いますよ。ココでやる事に意義があるんです」

 得たりと微笑むジャスミン。持ち上がった口角から覗く白い歯がキラリンと光る。

「要するに、『我々傭兵団は、住民の皆様を信頼してますよ~。だから自分ん家に招き入れるんですよ~』っていうアピールです。他人の信用を勝ち取る為には、まず自分が信用しているように見せるのが大切――これは男女関係でも使えるテクニック……あ、団長には必要ないか」
「……なーんか、最後の言葉に悪意を感じなくもないけど……。何となく分かったわ。――でも、そんな事言って、パーティー中に反乱されたらどうするのよん?」

 チャーは、素朴な疑問を口にした。――既に大分面倒くさくなっている。
 ジャスミンは、やれやれと肩を竦めて答える。

「そりゃ、本部内に入る時に身体検査をキッチリすればいいでしょうよ。あとは、警備を随所に配置して――宜しければ、俺が考えた配置を説明しましょ――」
「ああっ! もう、分かったわよ! 親睦パーティーだろうが、ダンスパーティーだろうが、好きにすればいいじゃない! ――但し!」

 チャーは、面倒くさがる態度を隠しもしないで、乱暴に手を振りながら言った。

「可能な限り節約するのよん! ヒースにも言ったけど、アタシは傭兵団の為なんかに、金庫室のモノは宝石一粒たりとも出さないからねん!」
「――了解っす! じゃあ、ソレで話を進めますね! 俺は、昔からこういうイベントを企画するのは得意だったんですよ!」

 喜色満面で頭を下げるジャスミン。
 ――その伏せた顔には、冷徹な微笑みが浮かんでいた。

(……これでコッチも……計画通り)
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