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第五章 街を取り戻せ!
蒼月と紅月
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夏の長い日が、ようやく西の空へ沈み、オレンジ色の空が濃紺色へ染まり出すと、東の空で蒼い月と紅い月が、一繋ぎの宝石のように連なって昇り、紅と蒼二つの満月の強い光に照らされた地上は、一面紫色に染められる。
通常は離れて天を動くふたつの月が、まるで手を繋ぐように連なって天に昇る現象は『双満月』と呼ばれ、数年に一度の天体ショーとして、人々に親しまれている。
双満月の夜には、各地の町や村で、蒼紅並月祭と呼ばれるお祭りが催され、もちろんサンクトルの地でも例外ではない。
しかし今回は、チャー傭兵団によって街を制圧されている異常事態の為、開催が危ぶまれていた。だが、とある傭兵団の一人のアイディアで、傭兵団とサンクトルの住民の親睦パーティーを兼ねるという名分を得る事で、無事に祭りが開催される運びとなったのだ。
今宵限定で開放されたチャー傭兵団本部の中庭は、数多のサンクトルの住民たちが埋め尽くし、祭りの開始を今か今かと待ちわびている。
「はーい! 皆さんお待たせしました~!」
中央に設置されたお立ち台の上で、大声を張り上げるのは、茶髪の色男。
「私、今回の蒼紅並月祭兼親睦交流パーティーの発案者にして、総合プロデューサー兼実行委員長を務めさせて頂いております、ジャスミンと申します! 皆様、どーぞお見知りおきを~!」
司会――ジャスミンは、そう言うと、にこやかに笑って、周囲に投げキッスを振りまいた。
集まった傭兵達の間からは、
「キャーッ! ジャスミーン、コッチにも投げキッスちょうだーい!」
「愛しているわ~、ジャスミーン!」
「カッコイイわよ~」
という黄色い歓声(一部に茶色い歓声も含む)と、
「オイコラぁ! 調子こいてんじゃねえぞ、この野郎!」
「とっととくたばれ、女ッたらしが!」
「ジャスミン! この前貸した3万エィン、とっとと返しやがれ~!」
という怒号が同時に挙がる。
ジャスミンは、鷹揚に手を振ってその声を鎮め、
「いや~、スミマセンね~。俺が魅力的すぎちゃうから~。モテる男は辛いねぇ~」
と、涼しい顔でほざく。
当然、一部から
「てめえ、耳付いてんのかボケェ!」
「寝ぼけた事をほざいてんじゃねえぞ! 今すぐ金返せ!」
「俺のオンナも返せー!」
と、先程に倍する怒号が巻き起こるが、ジャスミンは、そんな雑音を完全無視して、満面の笑顔で上空を指差す。
「――さあ、日も沈み、紅い月と蒼い月が、まるで愛し睦み合う恋人同士のように手を取り合って昇って参りました! 今宵は皆様お待ちかねの蒼紅並月祭! 存分に食って騒いで、住民の皆様と傭兵団の皆様の親交を深めて下さ~い!」
そこまで言うと、ジャスミンは、お立ち台の端に寄って、スペースを空ける。
そして、エヘンと咳払いをすると口を開いた。
「――と、その前に、我らが傭兵団団長チャー様より、開会のお言葉を頂戴いたしまーす! はい、皆さん拍手~!」
彼は、そう叫ぶとパチパチと手を叩き、観衆にも拍手を求めたが、それに応える拍手の音は疎らだった。
もちろん、ブースの中で準備に忙しいシレネとフェーンも拍手をする暇も無いし、する気も無かった。
「……随分ノリノリじゃない? 実行委員長サマは……」
酒瓶を背後の棚に並べながら、シレネは苦虫を噛みつぶしたような顔で皮肉げに呟く。
「……本来の目的を忘れてなけりゃいいけど……」
「……い、いやぁ、大丈夫ですよ……多分」
ジャスミンを庇おうとするフェーンだが、言葉の歯切れは悪い。
「――ならいいんだけどね……」
シレネは、紫色に染められた外の様子を、月光と同じ紫色の瞳で覗き見ながら、半信半疑で呟いた。
――と、
「――あれ? 何かトラブルですかね……?」
フェーンが、お立ち台の辺りの動きが慌ただしくなっているのに気が付いた。ジャスミンが、お立ち台からしゃがみ込んで、誰かと相談しているようだ。
そして、小さく頷くと立ち上がって、バツが悪そうに頭を掻きながら、観衆に向かって口を開く。
「え――と、スミマセン! 本来はチャー団長からお言葉を頂く予定でしたが、面倒くさ……急用が出来たようです。――代わりに、ゲソス副団長が、開催のお言葉を述べられます!」
「は――? お、おいお前! な、何を言い出す――!」
お立ち台の下から、狼狽した声が聞こえたが、ジャスミンはお構いなしに声の主の腕を掴んで、無理矢理お立ち台に引き上げた。
「は~い、コチラがチャー傭兵団副団長にして、あのダリア傭兵団やバルサ王国と互角に交渉して、見事チャー傭兵団の独立を認めさせた、自称稀代の豪傑・ゲソス様で~す! はーい、拍手~」
し――――ん
「――はい! 盛大な拍手、ありがとうございま~す! ――では、ゲソス様、開会のお言葉をヨロシクお願いしまーす!」
「……いや、拍手、無かったよな? 何かすごく空気が寒いんだが……」
「はーい、有り難いお言葉、ありがとうございました~」
「え――、い、いや、まだ何も言ってな……」
「ゲソス様でした~」
「いや――だか――ああああっ!」
何か言いたげなゲソスの足を払って、お立ち台から強引に退場させ、ジャスミンはニッコリと笑った。
「では――! これより、蒼紅並月祭――開催いたしまーす!」
おおおおおおおおおっ! と、会場が歓声で揺れた。
ジャスミンは、両手を広げてよく通る声で叫んだ。
「さあ、野郎ども! 存分に飲んで食って騒いで暴れろおおおおおっ!」
◆ ◆ ◆ ◆
「――ああ、もしもし。つかぬ事をお伺いいたしますが」
石造りの城壁が巡らされたサンクトルと外界を結ぶ、唯一の出入り口である聖ガブレウシム凱旋門。運悪くクジに外れて、そこの門番になってしまい、祭りに参加できず腐る傭兵達の前に、一人のヨボヨボの老人が声をかけた。
「ああん? 何だジジイ」
ご機嫌斜めの門番達は、端から喧嘩腰で、老人にガンを飛ばす。
だが、フードを被った旅装の老人は、その威圧にも福々しい顔を崩さず、顎髭をしごきながら門番に馴れ馴れしく話しかける。
「今夜、サンクトルで蒼紅並月祭が開催されるという事で、はるばる見学に参ったのですが……中に入れて頂けませんかのう?」
「ああ? てめえ、知らねえのかよ? 今、この街はチャー傭兵団が占拠してて、部外者立ち入り禁止だ」
「クソッタレな祭りなんか知らねえよ、タコジジイ!」
「死にたくなければ、さっさと回れ右してお家に帰って、クソして寝な!」
門番達は、詰め所から騒ぎを聞きつけて出てきた者たちを含めて十人ほど。彼らは、小柄な老人を取り囲んで、罵詈雑言を浴びせかける。
だが、老人にたじろぐ様子はない。わざとらしく首を傾げながら言う。
「……でも、私は、お祭りへのご招待を受けておりましてな。通して頂きたいのですよ」
「招待ぃ? んな訳ねえだろ、クソジジイ」
「呆けるのも大概にしとけよ、爺さん」
「痛い目に遭いたくなければ、早く立ち去る事だな!」
なおも止まらない傭兵達の悪口雑言に、老人はハア……と大きなため息で応えた。
「あんだぁ、テメエ? 優しく教えてやってればデカいため息なんぞ吐きおって! クソジジイ、その態度がテメエの身を滅ぼしたぜ!」
「死んでも恨むんじゃねえぞ!」
「つーかよ、ムシャクシャしてるから、楽には死なさねえからなぁ!」
老人を取り囲む傭兵達は、一斉に腰の剣を抜く。
それを見た老人は――、ホッホッホと愉快そうに笑った。
「いやはや。大人しく通してくれれば、痛い目をせずに済みましたのに……」
◆ ◆ ◆ ◆
十分後、十人の門番達は、全員枕を並べて聖ガブレウシム凱旋門の石畳に倒れ臥し、呻き声も上げずに気を喪っていた。
老人は、パンパンと軽く手を叩くと、門番達の身体を踏み越えて、門をくぐり、サンクトルの街へ足を踏み入れる。
その表情には、先程と同じ福々しい笑みが浮かび、息ひとつ乱していない。
「いやはや。楽しみですなあ」
大教主は、ニコニコ笑いながら独りごちた。
「街丸ごと巻き込んでのどんちゃん騒ぎ……。久方ぶりに、心が躍りますのぉ」
通常は離れて天を動くふたつの月が、まるで手を繋ぐように連なって天に昇る現象は『双満月』と呼ばれ、数年に一度の天体ショーとして、人々に親しまれている。
双満月の夜には、各地の町や村で、蒼紅並月祭と呼ばれるお祭りが催され、もちろんサンクトルの地でも例外ではない。
しかし今回は、チャー傭兵団によって街を制圧されている異常事態の為、開催が危ぶまれていた。だが、とある傭兵団の一人のアイディアで、傭兵団とサンクトルの住民の親睦パーティーを兼ねるという名分を得る事で、無事に祭りが開催される運びとなったのだ。
今宵限定で開放されたチャー傭兵団本部の中庭は、数多のサンクトルの住民たちが埋め尽くし、祭りの開始を今か今かと待ちわびている。
「はーい! 皆さんお待たせしました~!」
中央に設置されたお立ち台の上で、大声を張り上げるのは、茶髪の色男。
「私、今回の蒼紅並月祭兼親睦交流パーティーの発案者にして、総合プロデューサー兼実行委員長を務めさせて頂いております、ジャスミンと申します! 皆様、どーぞお見知りおきを~!」
司会――ジャスミンは、そう言うと、にこやかに笑って、周囲に投げキッスを振りまいた。
集まった傭兵達の間からは、
「キャーッ! ジャスミーン、コッチにも投げキッスちょうだーい!」
「愛しているわ~、ジャスミーン!」
「カッコイイわよ~」
という黄色い歓声(一部に茶色い歓声も含む)と、
「オイコラぁ! 調子こいてんじゃねえぞ、この野郎!」
「とっととくたばれ、女ッたらしが!」
「ジャスミン! この前貸した3万エィン、とっとと返しやがれ~!」
という怒号が同時に挙がる。
ジャスミンは、鷹揚に手を振ってその声を鎮め、
「いや~、スミマセンね~。俺が魅力的すぎちゃうから~。モテる男は辛いねぇ~」
と、涼しい顔でほざく。
当然、一部から
「てめえ、耳付いてんのかボケェ!」
「寝ぼけた事をほざいてんじゃねえぞ! 今すぐ金返せ!」
「俺のオンナも返せー!」
と、先程に倍する怒号が巻き起こるが、ジャスミンは、そんな雑音を完全無視して、満面の笑顔で上空を指差す。
「――さあ、日も沈み、紅い月と蒼い月が、まるで愛し睦み合う恋人同士のように手を取り合って昇って参りました! 今宵は皆様お待ちかねの蒼紅並月祭! 存分に食って騒いで、住民の皆様と傭兵団の皆様の親交を深めて下さ~い!」
そこまで言うと、ジャスミンは、お立ち台の端に寄って、スペースを空ける。
そして、エヘンと咳払いをすると口を開いた。
「――と、その前に、我らが傭兵団団長チャー様より、開会のお言葉を頂戴いたしまーす! はい、皆さん拍手~!」
彼は、そう叫ぶとパチパチと手を叩き、観衆にも拍手を求めたが、それに応える拍手の音は疎らだった。
もちろん、ブースの中で準備に忙しいシレネとフェーンも拍手をする暇も無いし、する気も無かった。
「……随分ノリノリじゃない? 実行委員長サマは……」
酒瓶を背後の棚に並べながら、シレネは苦虫を噛みつぶしたような顔で皮肉げに呟く。
「……本来の目的を忘れてなけりゃいいけど……」
「……い、いやぁ、大丈夫ですよ……多分」
ジャスミンを庇おうとするフェーンだが、言葉の歯切れは悪い。
「――ならいいんだけどね……」
シレネは、紫色に染められた外の様子を、月光と同じ紫色の瞳で覗き見ながら、半信半疑で呟いた。
――と、
「――あれ? 何かトラブルですかね……?」
フェーンが、お立ち台の辺りの動きが慌ただしくなっているのに気が付いた。ジャスミンが、お立ち台からしゃがみ込んで、誰かと相談しているようだ。
そして、小さく頷くと立ち上がって、バツが悪そうに頭を掻きながら、観衆に向かって口を開く。
「え――と、スミマセン! 本来はチャー団長からお言葉を頂く予定でしたが、面倒くさ……急用が出来たようです。――代わりに、ゲソス副団長が、開催のお言葉を述べられます!」
「は――? お、おいお前! な、何を言い出す――!」
お立ち台の下から、狼狽した声が聞こえたが、ジャスミンはお構いなしに声の主の腕を掴んで、無理矢理お立ち台に引き上げた。
「は~い、コチラがチャー傭兵団副団長にして、あのダリア傭兵団やバルサ王国と互角に交渉して、見事チャー傭兵団の独立を認めさせた、自称稀代の豪傑・ゲソス様で~す! はーい、拍手~」
し――――ん
「――はい! 盛大な拍手、ありがとうございま~す! ――では、ゲソス様、開会のお言葉をヨロシクお願いしまーす!」
「……いや、拍手、無かったよな? 何かすごく空気が寒いんだが……」
「はーい、有り難いお言葉、ありがとうございました~」
「え――、い、いや、まだ何も言ってな……」
「ゲソス様でした~」
「いや――だか――ああああっ!」
何か言いたげなゲソスの足を払って、お立ち台から強引に退場させ、ジャスミンはニッコリと笑った。
「では――! これより、蒼紅並月祭――開催いたしまーす!」
おおおおおおおおおっ! と、会場が歓声で揺れた。
ジャスミンは、両手を広げてよく通る声で叫んだ。
「さあ、野郎ども! 存分に飲んで食って騒いで暴れろおおおおおっ!」
◆ ◆ ◆ ◆
「――ああ、もしもし。つかぬ事をお伺いいたしますが」
石造りの城壁が巡らされたサンクトルと外界を結ぶ、唯一の出入り口である聖ガブレウシム凱旋門。運悪くクジに外れて、そこの門番になってしまい、祭りに参加できず腐る傭兵達の前に、一人のヨボヨボの老人が声をかけた。
「ああん? 何だジジイ」
ご機嫌斜めの門番達は、端から喧嘩腰で、老人にガンを飛ばす。
だが、フードを被った旅装の老人は、その威圧にも福々しい顔を崩さず、顎髭をしごきながら門番に馴れ馴れしく話しかける。
「今夜、サンクトルで蒼紅並月祭が開催されるという事で、はるばる見学に参ったのですが……中に入れて頂けませんかのう?」
「ああ? てめえ、知らねえのかよ? 今、この街はチャー傭兵団が占拠してて、部外者立ち入り禁止だ」
「クソッタレな祭りなんか知らねえよ、タコジジイ!」
「死にたくなければ、さっさと回れ右してお家に帰って、クソして寝な!」
門番達は、詰め所から騒ぎを聞きつけて出てきた者たちを含めて十人ほど。彼らは、小柄な老人を取り囲んで、罵詈雑言を浴びせかける。
だが、老人にたじろぐ様子はない。わざとらしく首を傾げながら言う。
「……でも、私は、お祭りへのご招待を受けておりましてな。通して頂きたいのですよ」
「招待ぃ? んな訳ねえだろ、クソジジイ」
「呆けるのも大概にしとけよ、爺さん」
「痛い目に遭いたくなければ、早く立ち去る事だな!」
なおも止まらない傭兵達の悪口雑言に、老人はハア……と大きなため息で応えた。
「あんだぁ、テメエ? 優しく教えてやってればデカいため息なんぞ吐きおって! クソジジイ、その態度がテメエの身を滅ぼしたぜ!」
「死んでも恨むんじゃねえぞ!」
「つーかよ、ムシャクシャしてるから、楽には死なさねえからなぁ!」
老人を取り囲む傭兵達は、一斉に腰の剣を抜く。
それを見た老人は――、ホッホッホと愉快そうに笑った。
「いやはや。大人しく通してくれれば、痛い目をせずに済みましたのに……」
◆ ◆ ◆ ◆
十分後、十人の門番達は、全員枕を並べて聖ガブレウシム凱旋門の石畳に倒れ臥し、呻き声も上げずに気を喪っていた。
老人は、パンパンと軽く手を叩くと、門番達の身体を踏み越えて、門をくぐり、サンクトルの街へ足を踏み入れる。
その表情には、先程と同じ福々しい笑みが浮かび、息ひとつ乱していない。
「いやはや。楽しみですなあ」
大教主は、ニコニコ笑いながら独りごちた。
「街丸ごと巻き込んでのどんちゃん騒ぎ……。久方ぶりに、心が躍りますのぉ」
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