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第六章 Fighting Fate
金庫破り達と短期バイト
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――傭兵団本部の鐘楼に設置された自動水晶時計が、午後十一時を知らせる鐘の荘厳な音をサンクトルの街全体に響かせた。
チャー傭兵団本部の中庭で突如勃発したサンクトル住民達の暴動は、突如地下から現れたボロボロの神官衣を纏った男達の加勢によって、一気に住民達の方へ、勝利の天秤が傾いた。
男達は言うまでもなく、地下牢に囚われていたラバッテリア布教所の神官達で、ある者は統制の崩れた傭兵達に向かってミソギを放ち、ある者は負傷した住民に手を翳し、ハラエによってその傷を癒やした。
「大教主様! お待たせ致しましたぞ!」
乱戦の最中で、その卓越した体術を以て、次々押し寄せる傭兵達を、バッタバッタと薙ぎ倒す大教主の背後に声がかけられた。
「ホッホッホッ、その声は……」
「ボークガンダ神官長であります!」
「おお、ラバッテリア布教所の……! ご無事でしたか」
最後の傭兵を足払いで地面に転がし、その鳩尾に全体重を乗せた膝を落として片付けた大教主は、しわくちゃの顔に満面の笑みを浮かべながら振り返った。
「……おお、その姿……。苦労をかけました……! この4ヶ月、よくぞ耐え抜きましたな!」
「勿体無きお言葉……! なに……我々の揺るぎなき神への信仰を以てすれば、この程度の事など……!」
ボロボロの姿ながら、ボークガンダの表情には覇気と精気が漲っている。
大教主は、その顔を見るとニッコリと笑った。
「――ジャスミン殿が、上手くやってくれたようですな。……して、彼は?」
「ジャスミン――あの、『天下無敵の色事師』などと自称していた、軽薄そうな男ですか?」
ボークガンダは、辺りを見回して、首を傾げた。
「……はて? てっきり、我らの後に付いてきているものと思っておりましたが……居りませんな」
「……ホッホッホッ、まあ、彼の事なら心配は要らないでしょう……多分」
一瞬、大教主は表情を曇らせる。
すぐに首を振り、「引き続き、傭兵の制圧と、怪我人の救護を――」と、ボークガンダに指示を下しながら、彼の胸には、一抹の不安の棘が刺さっていた――。
◆ ◆ ◆ ◆
「ひ……ヒース……! 何でここに……?」
驚きで目を見開きながら、ジャスミンは問わずにはいられなかった。
――この男は、俺が裏から手を回して、確かに二日前に円満退職させたはずなのに……!
「だからよ、短期バイトだって言ってんだろ」
ヒースは、小指で耳を穿りながら、面倒そうに言う。
「――そこの肉達磨……団長殿の身辺警護って事で、今日だけ雇われてやったって訳だ」
「雇われてやったぁ? ……何言ってんの! アンタが『一日だけ雇って下さい』って頼み込んできたんでしょうが!」
ヒースの言葉に、発情期のオークの様に猛り狂うチャー。
その剣幕に、ヒースは苦笑いを浮かべて言う。
「あー、そこまで卑屈じゃあねえけどよ……。まあ、そうだな。街を挙げての大きな祭だって言うから、コレは絶対に何かが起こると期待して、団長殿にこの仕事を売り込んだんだが……」
ヒースはそう言うと、ため息を吐いて肩を竦めた。
「フタを開けてみりゃ、タダの住人の反乱っつーチャチいモンだったもんだから、ガッカリしてたんだけどよ。だってそうだろ? ……非力な戦闘の素人どもの相手なんて、弱いものいじめにもなりゃしねえ。――でもまあ、お前らのお陰で、ちょっとは面白くなってきたようだな」
ヒースはそこまで言うと、ニヤリと口の端を歪ませ、凄味のある笑いを浮かべた。
「……い、いや~、それは過大評価だよ~、ヒースセンセ」
ジャスミンは、引き攣った笑いを浮かべて、口を開く。
「戦いの素人と言えば、俺だってそうだよ~。ジザスのおっさんも、鍵開け専門みたいなモンだから、アンタの期待には到底沿えないと思うんだよねえ~。……どちらかといえば、地上の祭に参加した方が、張り合いあると思――」
「フン! 地上なんかどうでもいいわよん。どうせ、一般住民が棒きれ振り回してイキッてるだけなんだから、もうそろそろ鎮圧された頃でしょ?」
ジャスミンの言葉を遮り、鼻で嗤ったのはチャーだった。
――彼は、サンクトルの住民達の戦闘力と作戦とを完全に侮っていた。
動くのが億劫で、謁見の間の玉座に埋まりながら暴食に耽っていた彼は、『住民達に、潜入してきたラバッテリア教の大教主が直々に加勢し、その上、監禁された地下牢から脱出した神官達までもが反乱に加わっている』という、実際の戦況を知らなかったのだ。
そして、彼の護衛として控えていたヒースも。
彼らは、地上の小競り合いが、もう既に傭兵団によって鎮圧されていると信じて疑わなかっていなかったのだ。
……ジャスミンにとっては極めて不運な事に。
ヒースは、人の身長ほどもある巨大な棍棒を肩の上に担ぎ上げ、魁偉な顔面に獰猛な表情を浮かべて言った。
「ま、夜も深い。サッサと殺り合おうぜ。正直、この街の素人どもよりは、よっぽど骨がありそうだ――って考える位には、俺はお前の事を買っているんだぜ――色男!」
「……いや、だからそれは、単なる買いかぶりだって――!」
慌てて、首をブンブンと横に振るジャスミンにお構いなく、ヒースは獲物に飛びかかる熊のように腰を落とし、攻撃対象を睨めつける。
「もう、グダグダ言うのは止めな……死んじまうぜ!」
そう言い捨てると同時に、その巨木のような太い足で石畳の床を蹴り――、
引き絞られた弓から放たれた矢の如き勢いで、ジャスミンに襲いかかった!
チャー傭兵団本部の中庭で突如勃発したサンクトル住民達の暴動は、突如地下から現れたボロボロの神官衣を纏った男達の加勢によって、一気に住民達の方へ、勝利の天秤が傾いた。
男達は言うまでもなく、地下牢に囚われていたラバッテリア布教所の神官達で、ある者は統制の崩れた傭兵達に向かってミソギを放ち、ある者は負傷した住民に手を翳し、ハラエによってその傷を癒やした。
「大教主様! お待たせ致しましたぞ!」
乱戦の最中で、その卓越した体術を以て、次々押し寄せる傭兵達を、バッタバッタと薙ぎ倒す大教主の背後に声がかけられた。
「ホッホッホッ、その声は……」
「ボークガンダ神官長であります!」
「おお、ラバッテリア布教所の……! ご無事でしたか」
最後の傭兵を足払いで地面に転がし、その鳩尾に全体重を乗せた膝を落として片付けた大教主は、しわくちゃの顔に満面の笑みを浮かべながら振り返った。
「……おお、その姿……。苦労をかけました……! この4ヶ月、よくぞ耐え抜きましたな!」
「勿体無きお言葉……! なに……我々の揺るぎなき神への信仰を以てすれば、この程度の事など……!」
ボロボロの姿ながら、ボークガンダの表情には覇気と精気が漲っている。
大教主は、その顔を見るとニッコリと笑った。
「――ジャスミン殿が、上手くやってくれたようですな。……して、彼は?」
「ジャスミン――あの、『天下無敵の色事師』などと自称していた、軽薄そうな男ですか?」
ボークガンダは、辺りを見回して、首を傾げた。
「……はて? てっきり、我らの後に付いてきているものと思っておりましたが……居りませんな」
「……ホッホッホッ、まあ、彼の事なら心配は要らないでしょう……多分」
一瞬、大教主は表情を曇らせる。
すぐに首を振り、「引き続き、傭兵の制圧と、怪我人の救護を――」と、ボークガンダに指示を下しながら、彼の胸には、一抹の不安の棘が刺さっていた――。
◆ ◆ ◆ ◆
「ひ……ヒース……! 何でここに……?」
驚きで目を見開きながら、ジャスミンは問わずにはいられなかった。
――この男は、俺が裏から手を回して、確かに二日前に円満退職させたはずなのに……!
「だからよ、短期バイトだって言ってんだろ」
ヒースは、小指で耳を穿りながら、面倒そうに言う。
「――そこの肉達磨……団長殿の身辺警護って事で、今日だけ雇われてやったって訳だ」
「雇われてやったぁ? ……何言ってんの! アンタが『一日だけ雇って下さい』って頼み込んできたんでしょうが!」
ヒースの言葉に、発情期のオークの様に猛り狂うチャー。
その剣幕に、ヒースは苦笑いを浮かべて言う。
「あー、そこまで卑屈じゃあねえけどよ……。まあ、そうだな。街を挙げての大きな祭だって言うから、コレは絶対に何かが起こると期待して、団長殿にこの仕事を売り込んだんだが……」
ヒースはそう言うと、ため息を吐いて肩を竦めた。
「フタを開けてみりゃ、タダの住人の反乱っつーチャチいモンだったもんだから、ガッカリしてたんだけどよ。だってそうだろ? ……非力な戦闘の素人どもの相手なんて、弱いものいじめにもなりゃしねえ。――でもまあ、お前らのお陰で、ちょっとは面白くなってきたようだな」
ヒースはそこまで言うと、ニヤリと口の端を歪ませ、凄味のある笑いを浮かべた。
「……い、いや~、それは過大評価だよ~、ヒースセンセ」
ジャスミンは、引き攣った笑いを浮かべて、口を開く。
「戦いの素人と言えば、俺だってそうだよ~。ジザスのおっさんも、鍵開け専門みたいなモンだから、アンタの期待には到底沿えないと思うんだよねえ~。……どちらかといえば、地上の祭に参加した方が、張り合いあると思――」
「フン! 地上なんかどうでもいいわよん。どうせ、一般住民が棒きれ振り回してイキッてるだけなんだから、もうそろそろ鎮圧された頃でしょ?」
ジャスミンの言葉を遮り、鼻で嗤ったのはチャーだった。
――彼は、サンクトルの住民達の戦闘力と作戦とを完全に侮っていた。
動くのが億劫で、謁見の間の玉座に埋まりながら暴食に耽っていた彼は、『住民達に、潜入してきたラバッテリア教の大教主が直々に加勢し、その上、監禁された地下牢から脱出した神官達までもが反乱に加わっている』という、実際の戦況を知らなかったのだ。
そして、彼の護衛として控えていたヒースも。
彼らは、地上の小競り合いが、もう既に傭兵団によって鎮圧されていると信じて疑わなかっていなかったのだ。
……ジャスミンにとっては極めて不運な事に。
ヒースは、人の身長ほどもある巨大な棍棒を肩の上に担ぎ上げ、魁偉な顔面に獰猛な表情を浮かべて言った。
「ま、夜も深い。サッサと殺り合おうぜ。正直、この街の素人どもよりは、よっぽど骨がありそうだ――って考える位には、俺はお前の事を買っているんだぜ――色男!」
「……いや、だからそれは、単なる買いかぶりだって――!」
慌てて、首をブンブンと横に振るジャスミンにお構いなく、ヒースは獲物に飛びかかる熊のように腰を落とし、攻撃対象を睨めつける。
「もう、グダグダ言うのは止めな……死んじまうぜ!」
そう言い捨てると同時に、その巨木のような太い足で石畳の床を蹴り――、
引き絞られた弓から放たれた矢の如き勢いで、ジャスミンに襲いかかった!
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