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第六章 Fighting Fate

氷矢と光刃

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 「ほらほらぁ! 観念して出てきなさあい! 今出てきたら、苦しまないように凍らせてあげるからあん!」

 転がり込むようにして金庫の中に飛び込んだまま、一向に出てこないジャスミンとジザスに、苛立ちながら怒鳴るチャー。

「迎えに行ってやったらいいんじゃねえのか?」

 ヒースは、顎の無精髭を抜きながら言う。
 チャーは、彼をきっと睨み付け、忌々しげに答える。

「……あの金庫の中は、あらゆる魔法・術式・生氣術の類を無効化する力場構造体処理がされてんのよ。――要するに、あの扉の中に入ったら、アタシの氷術も使えなくなるのよん……」
「ふ~ん……なるほどねえ」

 興味なさそうな顔で、また一本髭をむしるヒース。度外れた膂力で、力任せに叩き潰すだけの戦い方の彼にとって、術関係がどうのこうのといった事は、彼岸の火事に等しき縁の無いハナシである。
 チャーは、面白くなさげにブフンと鼻を鳴らし、金庫扉へ向き返る。

「オラァ! いい加減にしなさあいっ! サッサと――!」
「あーはいはい。今出ますよ~」

 チャーの絶叫を遮り、まるでトイレの個室で用を足した後の様な緩いノリで、扉の陰から顔を出したのは、ジャスミンだった。

「いやー、お待たせして申し訳ありませんね~。にちょいと手間取りましてねぇ」
「あら、何の準備かしらん? 殊勝に遺書でもしたためてたのかしらん?」

 ジャスミンの余裕ある態度に、こめかみに青筋を浮かべながらも、嗤いながら冗句を言ってやるチャー。

「いえいえ。何で、この俺が遺書なんかを書かなきゃいけないんですか? ――死ねませんよ、俺は。俺が死んだりなんかしたら、この国の女の子達がみんな後追いしちゃって大変な事になりますからねぇ」
「……それが貴方の遺言って事でいいわねっ!」

 チャーはそう叫ぶと、手にしていた氷の大刀を振りかぶって、ジャスミンに向かって力任せに投げつけた。

「――おおっと!」

 ジャスミンは、上半身を屈めて、氷の大刀を躱した。
 大刀は分厚い金庫室の鋼鉄の扉に衝突し、粉々に砕ける。次の瞬間、

『――アイサムの 刃を砕き 割り散らす 氷礫ひょうれきと為し を打ち据えよ!』

 チャーが、新たな聖句を唱える。すると、砕けた氷の粒々が空中で制止し、意思を持ったように鳴動した後、一斉にジャスミンの方に向かって飛来する。

「うわぁわあっ!」

 ジャスミンは、氷弾による不意の急襲に、悲鳴を上げながら飛び退いて避ける。

「あ――危なっ! まだ、そんな隠し玉を――!」
『……アイサムの 涙集めし 氷の矢 弾雨となりて 敵を射通すっ!』

 半身で着地して、片膝をついたジャスミンに、間髪入れずチャーは氷の矢を放った。

「――!」

 体勢が崩れたままのジャスミンは、氷の矢を避けられない。みるみる氷の矢が、ジャスミンの身体を貫かんと迫ってくる。
 ――と、ジャスミンは腰のベルトに手を伸ばし、挟んでいた何かを右手に握り、身体の前に掲げる。
 それは――、先程金庫の中で見付けた宝具――金象眼があしらわれた黒い剣のだった。

「――! ブフフフフフッ! 何よ、それはぁっ! 剣の柄だけで、何をしようというのかしらぁん!」

 チャーは、顔面を歪めて哄笑する。
 ジャスミンは、精神を集中させながら、あの時の事を思い出す。――先程、中庭でゲソスと対峙した際に、大教主が遣った光の剣を創り出した時の事を。
 彼は、自分が構える剣の柄が、あれと同種のものだと推測……否、半ば確信していた。

(確か……あの時、大教主は……)

 自分の推測が正しければ、で発動できるはず。
 ……だが、そもそも自分の推測自体が外れている可能性もある。
 推測が正しいにしても、ぶっつけ本番の一発勝負だ。万が一、に失敗してしまえば、無数の氷の矢がジャスミンの身体を貫き、彼の命を奪うだろう。
 一か八か……と言うには、余りにも分が悪い。賭博の神バウザムですらも匙を投げかねないほどに、目の薄い勝負だ……。
 ――だが、

(――――面白いっ!)

 と、ジャスミンは不敵に微笑わらい、

「――うおおおおおおおっ!」

 雄叫びを上げながら、左掌を柄尻に勢いよく押し当てる。

 ――カチッ

 という小さな音がし、柄に刻まれた金の幾何学模様が、ボウッと淡い光を放つ。
 次の瞬間、彼の持つ柄先から、薄桃色の光が奔流の様に噴き出した。
 そして、薄桃色の光は次第にその色合いを濃くし、渦の様にうねりながら、たちまち刃渡り70セイム程の一振りの刃へと、その形を収束させる。

「はあっ!」

 ジャスミンは、光の刃を横薙ぎに一閃した。彼に迫っていた氷の矢は、その一閃で打ち落とされ、或いは蒸発したように消え去った。

「な――なによ……それっ?」

 それを見たチャーは、目を丸くして絶句し、

「ほう……こりゃすげえな」

 壁に凭れて状況を見守っていたヒースは、思わず身を乗り出して呟いた。
 ジャスミンは、額に浮かんだ玉のような冷や汗を拭いつつ、柄の先から伸びるマゼンタ色の光の刀身を見て、満足げにニヤリと笑顔を見せた。

「……どうやら、分の悪すぎるには勝ったみたいだね」
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