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第七章 夜闇が言い訳をしている

夜空と絶叫

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 「……アザリー、もう大丈夫なのか?」

 大教主とアザレアの圧によって、サーッと潮が引くように空いたスペース。その中心のテーブルで、ジャスミンにしては珍しく、恐る恐るといった感じで、すました顔でワインを傾けるアザレアに尋ねた。

「……ええ。大体はね」

 アザレアは、形の良い唇をグラスから離すと、微かに笑ってみせる。

「――大教主様から紹介された瞳術士に、少しずつ記憶操作のロックを解除してもらって……だんだん頭がハッキリしてきたわ。今なら……姉様の仇が、チャー……グリティヌスじゃないって事は、理解できてる」

 そう言うと、彼女は、紅い瞳を閉じて、皆に対して頭を下げる。

「……色々迷惑をかけて……ごめんなさい」
「――あ、いえ! め……迷惑なんて、とんでもないです!」
「ま、まあ……女に迷惑をかけられるのは、男の甲斐性ってヤツだよ。気にすんな」
「ホッホッホッ……記憶を操作されておったのです。貴女のせいではないでしょう。お気になさらず」

 三人の男達は、彼女の素直な謝罪の言葉に、少々狼狽えながら答える。
 その中で、

「まあ。俺は別に、姐ちゃんの件には、何も絡んでねえんだけどな」
「……」

 ひとり、ヒースは蚊帳の外という顔でバルを呷り、

「……で、姐ちゃんは、これからどうするのかい?」

 と、アザレアに問うた。

「……わ……私は……」

 アザレアは、言葉に詰まって俯くが、すぐに顔を上げる。
 その表情には、はっきりとした強い決意が表れていた。
 彼女は、毅然とした態度で、ハッキリと告げる。

「私は……ダリア山へ戻るわ」
「おい、アザリー……!」
「……違うの、ジャス」

 口を挟もうとするジャスミンを、強い口調で制して、彼女は言葉を継ぐ。

「私は、もう一度、団長……シュダ様に会って、あの方の口から直接話を聞きたいの。……何故、私に『姉様の仇はチャーだ』という、間違った情報を与えたのか……とか」
「……止めた方が良いですぞ。アザレア殿」

 アザレアの決意の言葉に、静かにかぶりを振ったのは、大教主だった。
 彼は、細い目を僅かに開いて、諭すように言う。

「姉君の仇を討ちたい――そのお気持ちの強さは、良く解ります。……だが、あまりに危険過ぎます」
「……しろがねの死神が居るからなぁ……」

 ジャスミンの呟きに、ピクリと眉を上げて、脇腹の傷に触れるヒース。
 大教主は、ジャスミンを見ると、ふるふると頭を横に振った。

「……確かに、しろがねの死神は危険ですが……。それ以上に、首領のシュダという男から、危険なモノを感じます」
「……シュダ様……が?」
「左様。――首領の戦闘能力や、ものの考え方……そして、かの伝説の死神が、シュダという男に従っている理由……全てが霞の向こうにある様にハッキリいたしませぬ。……彼の正体には、大きな秘密が隠されている――そのような気がしてなりませぬ」
「…………」

 皆は、大教主の言葉に、口元に手を当てて考え込む。

「――でもよ」

 数瞬の沈黙を破ったのは、ジャスミンだった。

「アザリーの記憶を弄ったのは、十中八九、そのシュダという男だろう。なら、ロゼリア姉ちゃんの仇に関する重要な情報を握っている可能性が高い筈だ……。なら、ソイツ自身に聞くのが、一番手っ取り早い……そうだろ?」

 彼は、そう言うと、アザレアに向かって、ニヤリと笑いかけた。

「よしゃ! アザリーがダリア山まで行くって言うなら、俺も一緒に行くぜ」
「は――? な……何言ってるのよ……ジャス」

 驚きで紅い目を丸くしてから、慌ててアザレアは捲し立てる。

「これは私の姉様の事! ジャスには関係ない話よ!」
「――関係無くはないさ」

 アザレアの言葉に、静かに――そして、頑として言った。

「俺も、ガキの頃には、ロゼリア姉ちゃんにさんざん世話になったんだ……お前にとっての“姉の仇”は、俺にとっても“恩人の仇”なんだよ」
「――ジャス……」
「つー訳で、お前が何と言おうと、俺は付いていくぜ」
「…………」
「――なら、俺も付いてっていいか?」

 と、ふたりの会話に口を挟んできたのはヒースだった。
 ジャスミンは、怪訝な顔をする。

「え? おっさんも、ロゼリア姉ちゃんと何か……?」
「いや、全然。そのロゼリアってのが誰なのかも知らねえけどよ」

 ヒースはシレッと言うと、小脇に抱えたバル樽を、ドスンと大きな音を立てて置く。
 未開封の樽の蓋を拳骨で割り、ピッチャーを沈めてバルを汲み上げたヒースは、喉を鳴らしながら一息で飲み干した後、言葉を続けた。

「ダリア山ってトコには、しろがねの死神も居るんだろ? ……俺は、アイツに借りがあるからよ。――借りたモンは返さなきゃならねぇだろ」
「へー、借りたモンて返すモンなのぉ~? 初耳だなぁ~」
「……ジャスミンさん……」

 キラキラした目でとぼけるジャスミンをジト目で睨むパーム。

「……勝手に尾いてくるのは構わないぜ。その代わり、アンタの自由意志なんだから報酬なんて出ないぞ。いいか、無給だぞ! ロハだからな! ビタ一文、アンタには払わないからな! あくまでボランティアだか――」
「いや、分かってるって。クドいな、オイ」

 しつこい程に念押しするジャスミンに、呆れ顔のヒース。

「……それならいいや。……ジイさんはどうする?」

 今度は、傍らの大教主に話を振る。
 老神官は、美味そうに溶岩酒を一啜りすると、申し訳なさそうに、包帯を巻きつけた右手を挙げた。

「いやはや……確かに面白そうなお話で、是非とも参加したいところなのですが……生憎先日ので負傷した右手の治りが悪いもので……。この体たらくでは、寧ろ足手まといになってしまいますのぅ……」
「ありゃま、そりゃ残念」

 ジャスミンは、落胆を隠せず、肩を落とす。

「はあ……そうすると、ダリア山に行くのは……四人かぁ」
「へ――? よ、四人……?」
「うん、四人」

 キョトンとするパームに、ジャスミンは答えると、自分に向けて指を差す。

「俺と――」

 次いで、アザレア、そしてヒースを差す。

「アザリーと……ヒースのおっさん」

 そして、最後にパームの鼻先に指を突きつけた。

「――あとお前パーム
「ああ……そうですね。ジャスミンさんとアザレアさん、ヒースさんと、この僕で、確かに四人…………って、何でやねーんッ!」

 うんうんと納得しかけ――パームは我に返って、思いっ切りツッコんだ。

「何でいつの間に僕が頭数に入ってるんですかぁ!」
「え? ――そりゃ、必要だろ? 荷物も……じゃなくて、回復役」
「いや、アナタ今、って言おうとしましたよね!」
「ホッホッホッ。まだ至らない所も多い新米ですが、宜しくお願いしますぞ」
「だ――大教主様まで?」
「――ありがとうね、パームくん」
「あ――はい。……いえ! いいえ……あ、そうじゃなくて……あの!」
「おう、宜しく頼むぜ、お坊っちゃん」
「だから、“お坊っちゃん”は止めてくださいッ……じゃなくってェ!」

 ――少し欠けた蒼い月と紅い月が昇る、サンクトルの満天の星空に、少年神官の叫びが、空しく吸い込まれていくのだった――。
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