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第八章 ある日、湖上で
国王と大臣、そして隠し財産
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サンクトルの南北を縦貫するメイン通りの両脇には、街の住民達の殆どが詰めかけ、埋め尽くしていた。
彼らは、万雷の音のような拍手や歓声を以て、大通りをゆっくり行進する、煌びやかな甲冑を身に纏った騎士達を熱狂的に迎える。
騎士達の中央で、一際豪奢な白銀の甲冑姿で、にこやかに沿道の人々に手を振るのは――
バルサ王国国王・バルサ二世その人であった。
◆ ◆ ◆ ◆
「ホッホッホ。陛下、お久しゅうございますぞ」
「おう。本当に久しいな、大教主」
ギルド庁本部のエントランスで、相変わらずの福々しい笑みで頭を深々と下げる大教主に、上機嫌で言葉をかけるバルサ二世の顔は、かつて無く晴れ晴れとしている。
それもまあ、無理からぬ事であろう。
ダリア傭兵団に、自由貿易都市サンクトルが攻め落とされ、いつ傭兵団が王都まで攻め寄せてくるか分からない――。そんな、喉の奥に魚の骨――しかも、それは古代の巨大魚セイガンスの肋骨――が刺さったままのような緊張状態をずっと強いられていたのだ。
「――負傷したと聞いているが、大丈夫か?」
立ったまま、侍従の騎士から手渡されたカロ酒を一飲みで飲み干してから、バルサ二世は、顔を曇らせながら尋ねた。
「ホッホッホ。右手の事ですかの? いやはや、こんなかすり傷までもご心配頂きまして、恐悦至極に存じまするぞ」
大教主は、ニッコリと微笑んで、包帯が巻かれた右手を振ってみせる。
「いや、何せ御老体だ。単なるかすり傷といえど安心できぬぞ。傷口から毒が入って、ひょんな事からポックリと……」
「何の! 私はまだまだ若い……とは、もう言えませぬな……。確かに、ハラエの効きが些か鈍くなっておるようで、傷の治りが遅いですし。……私の生氣も、もう僅かという事でしょうのぉ」
「おいおい……。今、大教主に居なくなられては堪らぬぞ」
慌てる王の言葉に、偽りや誇張は無い。
大教主は、単なるラバッテリア教の最高司祭者というだけでは無い。その卓越した政治感覚・戦略観は、バルサ王国の基幹を支えていると言っても過言では無いのだ。
大教主は、王からかけられた言葉に、「勿体なきお言葉にございます」と深々と頭を下げる。
「――そ、それよりも! だ……大金庫室は……どうなっておる!」
ふと、ふたりの間に、不躾に割り込んできたのは、テリバム国務大臣だ。
彼は、口角泡を飛ばしながら、大教主に詰め寄る。
「あの……あの金庫室の中身は……無事か?」
「……ホッホッホ。ご心配召されるな。ギルド長より、大方無事だとの報告を受けておりま――」
「お……大方? 全てではないのか? ええい、一体どれ程の被害だと言うのじゃ……!」
テリバムは、そうヒステリックに叫びながら、キョロキョロと辺りを見回し、末席で膝をついて控えているギルド長を目敏く見付ける。
「おい、ギルド長! どうなのじゃ! 金庫室のワシの財宝は……」
そう喚きながら、ギルド長の腕を掴んで、無理矢理立たせようとする。
「……『ワシの』? おい、大臣よ」
「……あ」
バルサ王が、ボソリと呟いた一言に、テリバム国務大臣はハッと我に返った。
冷や汗をダラダラ垂らしながら、恐る恐るといった感じで、ゆっくりと振り返る。
王は、ジト目でテリバムを見据え、低い声で言った。
「それは、あれか? いつぞやに、サーシェイルが言っておった『国務大臣の隠し財産』というヤツか?」
「あ……あの……いえ……その……」
「テリバムよ……それは、余や先王陛下の信頼を受けながら、隠れて私腹をこらしておった、という事か?」
「い……いえ、その――」
「お前の、王国への忠誠は偽りであったと――」
「め、滅相もございませぬ!」
テリバムは、バルサ二世の言葉を、震えながらも毅然とした態度で、ハッキリ否定した。
「た……確かにワシは、密かに隠し財産をこしらえ、ここサンクトルのギルド庁の地下に厳重な金庫室を作り、保管しておりました! ……その事を、陛下が咎められるのであれば……甘んじて処刑台にも上りましょう! ――しかしながら!」
テリバムは、顔を上気させ、目からは涙を滂沱と流しながら、言葉を続けた。
「ワシの、30年を超える、バルサ王国……バルサ一世陛下及びバルサ二世陛下への忠誠には、ただ一つの曇りも欠けもございませぬ! 他の事はともかく、それだけ……それだけは……お疑いになられぬ様に……何卒――!」
「――分かっているさ。大臣の、揺るぎなき忠誠はな」
テリバムの言葉を遮るようにかけられた王の声は――とても優しい響きだった。
バルサ王は、険しかった顔をフッと緩めると、はにかんだ様に微笑んで、頭を掻いた。
「……すまなかったな、テリバム。年甲斐も無くからかってみただけだ。――確かに財産の隠匿は、けしからんが、お前の、王国に対する長年の忠誠と精励に免じて、不問に伏そう……今回だけはな」
「……へ、陛下!」
「――もちろん、次は無い。また同じ件が発覚したら、その時には忠誠やこれまでの働きなどは関係無く、厳しく罰するぞ。――心しておけ!」
「は――ははあっ! このテリバム、肝に応じておきまする……!」
テリバムは、感激で顔をグシャグシャにしながら、王に平伏し、禿頭を床に打ちつけた。
「も――勿体なき……有り難きお言葉……不肖このテリバム、改めて陛下とバルサ王国に対しての永久の忠誠を誓いまする――!」
そう絶叫すると、テリバムは顔を伏せたまま、時折嗚咽で嘔吐きながら、号泣し続ける。
そして、黙ってその様子を傍観していた大教主は、満面の笑みを浮かべながら、バルサ王に向かって大きく頷いたのだった。
彼らは、万雷の音のような拍手や歓声を以て、大通りをゆっくり行進する、煌びやかな甲冑を身に纏った騎士達を熱狂的に迎える。
騎士達の中央で、一際豪奢な白銀の甲冑姿で、にこやかに沿道の人々に手を振るのは――
バルサ王国国王・バルサ二世その人であった。
◆ ◆ ◆ ◆
「ホッホッホ。陛下、お久しゅうございますぞ」
「おう。本当に久しいな、大教主」
ギルド庁本部のエントランスで、相変わらずの福々しい笑みで頭を深々と下げる大教主に、上機嫌で言葉をかけるバルサ二世の顔は、かつて無く晴れ晴れとしている。
それもまあ、無理からぬ事であろう。
ダリア傭兵団に、自由貿易都市サンクトルが攻め落とされ、いつ傭兵団が王都まで攻め寄せてくるか分からない――。そんな、喉の奥に魚の骨――しかも、それは古代の巨大魚セイガンスの肋骨――が刺さったままのような緊張状態をずっと強いられていたのだ。
「――負傷したと聞いているが、大丈夫か?」
立ったまま、侍従の騎士から手渡されたカロ酒を一飲みで飲み干してから、バルサ二世は、顔を曇らせながら尋ねた。
「ホッホッホ。右手の事ですかの? いやはや、こんなかすり傷までもご心配頂きまして、恐悦至極に存じまするぞ」
大教主は、ニッコリと微笑んで、包帯が巻かれた右手を振ってみせる。
「いや、何せ御老体だ。単なるかすり傷といえど安心できぬぞ。傷口から毒が入って、ひょんな事からポックリと……」
「何の! 私はまだまだ若い……とは、もう言えませぬな……。確かに、ハラエの効きが些か鈍くなっておるようで、傷の治りが遅いですし。……私の生氣も、もう僅かという事でしょうのぉ」
「おいおい……。今、大教主に居なくなられては堪らぬぞ」
慌てる王の言葉に、偽りや誇張は無い。
大教主は、単なるラバッテリア教の最高司祭者というだけでは無い。その卓越した政治感覚・戦略観は、バルサ王国の基幹を支えていると言っても過言では無いのだ。
大教主は、王からかけられた言葉に、「勿体なきお言葉にございます」と深々と頭を下げる。
「――そ、それよりも! だ……大金庫室は……どうなっておる!」
ふと、ふたりの間に、不躾に割り込んできたのは、テリバム国務大臣だ。
彼は、口角泡を飛ばしながら、大教主に詰め寄る。
「あの……あの金庫室の中身は……無事か?」
「……ホッホッホ。ご心配召されるな。ギルド長より、大方無事だとの報告を受けておりま――」
「お……大方? 全てではないのか? ええい、一体どれ程の被害だと言うのじゃ……!」
テリバムは、そうヒステリックに叫びながら、キョロキョロと辺りを見回し、末席で膝をついて控えているギルド長を目敏く見付ける。
「おい、ギルド長! どうなのじゃ! 金庫室のワシの財宝は……」
そう喚きながら、ギルド長の腕を掴んで、無理矢理立たせようとする。
「……『ワシの』? おい、大臣よ」
「……あ」
バルサ王が、ボソリと呟いた一言に、テリバム国務大臣はハッと我に返った。
冷や汗をダラダラ垂らしながら、恐る恐るといった感じで、ゆっくりと振り返る。
王は、ジト目でテリバムを見据え、低い声で言った。
「それは、あれか? いつぞやに、サーシェイルが言っておった『国務大臣の隠し財産』というヤツか?」
「あ……あの……いえ……その……」
「テリバムよ……それは、余や先王陛下の信頼を受けながら、隠れて私腹をこらしておった、という事か?」
「い……いえ、その――」
「お前の、王国への忠誠は偽りであったと――」
「め、滅相もございませぬ!」
テリバムは、バルサ二世の言葉を、震えながらも毅然とした態度で、ハッキリ否定した。
「た……確かにワシは、密かに隠し財産をこしらえ、ここサンクトルのギルド庁の地下に厳重な金庫室を作り、保管しておりました! ……その事を、陛下が咎められるのであれば……甘んじて処刑台にも上りましょう! ――しかしながら!」
テリバムは、顔を上気させ、目からは涙を滂沱と流しながら、言葉を続けた。
「ワシの、30年を超える、バルサ王国……バルサ一世陛下及びバルサ二世陛下への忠誠には、ただ一つの曇りも欠けもございませぬ! 他の事はともかく、それだけ……それだけは……お疑いになられぬ様に……何卒――!」
「――分かっているさ。大臣の、揺るぎなき忠誠はな」
テリバムの言葉を遮るようにかけられた王の声は――とても優しい響きだった。
バルサ王は、険しかった顔をフッと緩めると、はにかんだ様に微笑んで、頭を掻いた。
「……すまなかったな、テリバム。年甲斐も無くからかってみただけだ。――確かに財産の隠匿は、けしからんが、お前の、王国に対する長年の忠誠と精励に免じて、不問に伏そう……今回だけはな」
「……へ、陛下!」
「――もちろん、次は無い。また同じ件が発覚したら、その時には忠誠やこれまでの働きなどは関係無く、厳しく罰するぞ。――心しておけ!」
「は――ははあっ! このテリバム、肝に応じておきまする……!」
テリバムは、感激で顔をグシャグシャにしながら、王に平伏し、禿頭を床に打ちつけた。
「も――勿体なき……有り難きお言葉……不肖このテリバム、改めて陛下とバルサ王国に対しての永久の忠誠を誓いまする――!」
そう絶叫すると、テリバムは顔を伏せたまま、時折嗚咽で嘔吐きながら、号泣し続ける。
そして、黙ってその様子を傍観していた大教主は、満面の笑みを浮かべながら、バルサ王に向かって大きく頷いたのだった。
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