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第十一章 “DEATH”TINY

契約と雇用条件

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 アザレアが立ち去った後、牢内では、誰も口を開かなかった。
 いや、口をきく気力もなくなったと言うべきか……。
 ヒースはムスッとした顔で石壁にもたれかかり、パームは落ち着かない表情でチラチラとふたりの様子を窺い――そしてジャスミンは、鉄扉に背を預けた格好でずっと項垂れたままだった。
 しばらくの間、重苦しい沈黙が続いたが、突然、項垂れていたジャスミンが顔を上げる。

「……あーっ! もう、考えるの止めたっ!」

 決然とした表情でそう叫ぶや、自分の頬をひっぱたいた。

「じゃ――ジャスミンさん? どうしたん――」
「オッサン! この牢、今すぐ出るぞ! 手ぇ貸せ!」

 ジャスミンは、牢の奥で巨体を丸めて蹲るヒースに向かって叫んだ。
 だが、ヒースは不機嫌そうな顔をして、ジロリとジャスミンの目を睨みつける。

「――面倒くせえ」
「は――? 何でだよ、オッサン?」

 ヒースの口から出た言葉に、ジャスミンは唖然として問い返す。
 ヒースは、興味なさそうな態度で、大きなアクビをした。

「別に急ぐ事もねえだろ。どうせ1時間経てば、閂が焼け落ちて、この『クソ臭え・クソ汚え・クソ狭え』の三拍子揃ったクソ牢屋からは出られるんだろ? じゃあ、待ってればいいだろうが。――ていうかよぉ」

 そこまで言うと、口の端を歪め、皮肉げに彼を見下しながら、ヒースは言葉を継いだ。

「俺とお前らは、雇用関係にある訳でも無えし、ましてや、仲間っつーような、ウェットな関係ってワケでもねえ。ただ、今まで進む方向が同じだった――それだけの縁だ。俺がお前に指図される謂れはねえよ」
「そんな……ヒースさん! それは……そんな言い草は、ヒドいです……」
「知るか」

 ヒースは、パームの言葉を一笑に伏した。

「俺は、傭兵だぜ。契約もしていないヤツの命令に従う気は無えよ。――その代わり、けどな」
「ひ……ヒースさん……」
「……ははあ、なるほどねえ」

 ヒースの言葉に、失望した表情を浮かべるパーム。……そして、彼とは対照的に、ピンときたという顔になったジャスミン。
 彼はニヤリと薄笑みを浮かべる。

「――オッサン、さっきの言葉をそっくりそのまま返すぜ。――面倒くせえなあ、アンタ」
「――さて、何の意味だ?」

 ヒースも、そう応じながら口角を上げた。その口の端から、獰猛な熊を思わせる犬歯が覗く。
 ジャスミンは、薄笑みを浮かべたまま頷いた。

「じゃあ、ここで、俺がアンタを、アンタは俺の言う事に従ってくれるって事で問題無いよな?」
「……まあ、そういうこった」

 ヒースは、含み笑いを噛み殺しながら頷いてみせた。

「おーけーおーけー! アンタを、現時刻からの24時間限定で雇いたいんだが、受けてくれるかな?」
「――報酬は?」
で、35万エィン!」
「――55」
「いやいや! そりゃ、いくら何でも高すぎる! ……42!」
「――話にならねえなぁ」
「ぐ……47!」
「おいおい、みみっちく刻むなよ、色男。――『天下無敵の色事師』サマってヤツは、そんなにみみっちいモンなのかい?」
「……あー! 分かったよ、キリ良く50! これで頼むよ、大将~!」
「…………」

 ヒースは、ジロリとジャスミンを一睨みし……二カッと破顔した。

「しゃあねえなぁ。今までの縁に免じて、金額それで呑んでやるぜ」
「お、さすが大将! 図体だけじゃなく、器もデカい! じゃあ、これで契約成り――」
「――但し!」
「へ?」

 ヒースは、浮かれるジャスミンを鋭い言葉で制して、言葉を続けた。

「俺からふたつ条件を付けるが、いいか?」
「――『一晩付き合え』とかじゃなければ」
「アホ。俺にはそんなシュミはねえよ」
「そいつは良かった……」

 満更、冗談でもなさそうに胸を撫で下ろしてみせるジャスミン。
 ヒースは「話の腰を折るなよ」と苦笑して、話を継ぐ。

「ひとつは――俺に“銀の死神”と戦わせる事」
「それは――もちろんオッケーだよ。寧ろ、是非ともこっちからお願いしたい」

 即答するジャスミンに対し、満足そうに頷くと、ヒースは言葉を重ねる。

「――じゃあ、もう一つの条件はな」
「……」

 ヒースの条件とは一体――ジャスミンは緊張の面持ちで、ゴクリと生唾を呑み込む。
 そして、数瞬の時間をおいてから、ヒースはニヤリと笑いながら言った。

「あの時、『飛竜の泪亭』でお前が披露したカルティンのイカサマのタネを俺に教えろ。――いいな、『天下無敵の色事師』よ」
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