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第十章 Welcome to the Black Mountain
感謝と告別
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「アザリー……!」
ジャスミンは目を見開くと、牢の鉄扉の前に張り付いた。パームも、膝立ちで鉄扉の方に躙り寄る。
「――よお、姐ちゃん。どの面下げてここに来たんだい、ええ?」
「ヒースさんッ!」
犬歯を剥き出して、皮肉を言うヒースを、戸惑い顔で嗜めるパーム。
「……ごめんなさい。でも……」
「でももヘチマも無えよな。味方面して俺達についてきて、肝心な所で華麗に裏切るなんてな。――まったく、女は怖いねえ。そうだろ、色男?」
「……それくらいにしとけ、オッサン」
ジャスミンは、静かな口調で言った。……が、その声の響きには、微かな苛立ちと怒りが含まれているのが分かった。
ヒースは、その太い眉を吊り上げて、尚も言い募ろうとしたが、首を振って口を噤んだ。
「――アザリー。あの団長に、何か言われなかったか? ……大丈夫か?」
「……大丈夫。――というか、まだ、シュダ様にはお会いしていないわ」
鉄扉の向こうで話すアザレアの声は、微かに震えていた。
「……でも、これから行こうと思うわ。――訊きたい事もあるし」
「! ――アザリー……まさか、お前……!」
アザレアの言葉にハッとするジャスミン。
「――記憶が……?」
「……いいえ」
アザレアは小さな声で否定した。
「――ハッキリとは思い出せないわ。……でも、サンクトルでジャスが言ってた事や、色々な事実を組み合わせて考え直してみたら、それしか無いかなって思える答えが、解ってきた……」
「……そうか」
それから、少しの間、二人に沈黙した。
その沈黙を破ったのは、アザレアの方だった。
「――だから、私、これから確かめに行こうと思って。……姉様の仇が、あの方なのか、をね」
「! ダメだ! 一人で行くな! ここを開けろ、アザリー! どうしても行くって言うのなら俺達も一緒に――!」
「ゴメンね……」
「アザリーッ!」
鉄扉の向こうから聞こえるアザレアの声は、か細く、僅かに掠れていた。
「……気持ちだけ受け取っておくね。――ありがとう」
「アザレアさん! ジャスミンさんの言う通りです! ファジョーロの時もそうだったじゃないですか? 僕たちがみんなで力を合わせれば――」
「……無理よ」
パームの言葉を、この上なく悲愴な響きを持った一言で遮ったアザレアは、鉄扉の格子の窓から、顔を覗かせた。
彼女は、潤んだ瞳で三人を見て、表情を緩ませた。
「……じゃあね、みんな。サンクトルからファジョーロ、そしてここまで……ハチャメチャで騒がしくて、大変だったけど――楽しかったわ」
「……アザレアさん……」
「少しの間だったけど、久しぶりに昔の自分を思い出したわ。――アケマヤフィトの雪の中、転げ回ったり、雪を投げ合ったりして笑ってた……あの頃の私を――」
「……」
「ねえ、ジャス……」
「……」
アザレアに話しかけられたジャスミンは、鉄扉に寄りかかったまま、顔を伏せている。前髪に隠されて、パームからは、彼の表情を窺い知る事は出来なかった。
「色々、ありがとう。――元気でね。……あんまり女の子を泣かせちゃダメよ。パーム君を困らせるのも止めなさいね。……分かった?」
「…………何だよ、その言い方……ロゼリア姉ちゃんとソックリだな……」
「……そう、かしら?」
アザレアは、泣きそうな、そして苦笑しそうな顔で表情を歪ませると、小窓から顔を離した。
「…… 『小さなる フェイムの分身 隠れし火 一時後に 燃え上がるべし』……」
彼女は、静かな声で聖句を唱え、牢の中に声をかける。
「――この閂は、1時間後に燃え尽きるわ。そうしたら、ここを脱出して。貴方達の荷物は、牢舎の詰め所に置いておくから……」
「――アザレアさん!」
「……」
パームの呼びかけに、アザレアは答えない。――その代わり、
キィン……カラン……
鉄扉の小窓から何かを投げ入れた。布に覆われていたそれは、牢の石床にぶつかると金属音を立てて転がり、布がはだけて中身が露わになる。
ジャスミンは顔を上げ、それを目に留めるや、目を大きく見開いた。
「――アザリー、これは!」
「……返すね。とっても嬉しかったけど……、今の私なんかには受け取る資格なんて無いものだから……」
「おい! アザリー! 止めろ! ……止めてくれ」
「……」
ジャスミンの懇願に、アザレアは言葉を返さず、静かな靴音を立てて、その場を立ち去る。
そして、ジャスミンに届かない程の小さな声で、彼に別れを告げた。
「……ごめんね……ありがとう……元気でね……大好きだよ……」
――彼女の頬に、透明な真珠の粒が流れ落ちた。
ジャスミンは目を見開くと、牢の鉄扉の前に張り付いた。パームも、膝立ちで鉄扉の方に躙り寄る。
「――よお、姐ちゃん。どの面下げてここに来たんだい、ええ?」
「ヒースさんッ!」
犬歯を剥き出して、皮肉を言うヒースを、戸惑い顔で嗜めるパーム。
「……ごめんなさい。でも……」
「でももヘチマも無えよな。味方面して俺達についてきて、肝心な所で華麗に裏切るなんてな。――まったく、女は怖いねえ。そうだろ、色男?」
「……それくらいにしとけ、オッサン」
ジャスミンは、静かな口調で言った。……が、その声の響きには、微かな苛立ちと怒りが含まれているのが分かった。
ヒースは、その太い眉を吊り上げて、尚も言い募ろうとしたが、首を振って口を噤んだ。
「――アザリー。あの団長に、何か言われなかったか? ……大丈夫か?」
「……大丈夫。――というか、まだ、シュダ様にはお会いしていないわ」
鉄扉の向こうで話すアザレアの声は、微かに震えていた。
「……でも、これから行こうと思うわ。――訊きたい事もあるし」
「! ――アザリー……まさか、お前……!」
アザレアの言葉にハッとするジャスミン。
「――記憶が……?」
「……いいえ」
アザレアは小さな声で否定した。
「――ハッキリとは思い出せないわ。……でも、サンクトルでジャスが言ってた事や、色々な事実を組み合わせて考え直してみたら、それしか無いかなって思える答えが、解ってきた……」
「……そうか」
それから、少しの間、二人に沈黙した。
その沈黙を破ったのは、アザレアの方だった。
「――だから、私、これから確かめに行こうと思って。……姉様の仇が、あの方なのか、をね」
「! ダメだ! 一人で行くな! ここを開けろ、アザリー! どうしても行くって言うのなら俺達も一緒に――!」
「ゴメンね……」
「アザリーッ!」
鉄扉の向こうから聞こえるアザレアの声は、か細く、僅かに掠れていた。
「……気持ちだけ受け取っておくね。――ありがとう」
「アザレアさん! ジャスミンさんの言う通りです! ファジョーロの時もそうだったじゃないですか? 僕たちがみんなで力を合わせれば――」
「……無理よ」
パームの言葉を、この上なく悲愴な響きを持った一言で遮ったアザレアは、鉄扉の格子の窓から、顔を覗かせた。
彼女は、潤んだ瞳で三人を見て、表情を緩ませた。
「……じゃあね、みんな。サンクトルからファジョーロ、そしてここまで……ハチャメチャで騒がしくて、大変だったけど――楽しかったわ」
「……アザレアさん……」
「少しの間だったけど、久しぶりに昔の自分を思い出したわ。――アケマヤフィトの雪の中、転げ回ったり、雪を投げ合ったりして笑ってた……あの頃の私を――」
「……」
「ねえ、ジャス……」
「……」
アザレアに話しかけられたジャスミンは、鉄扉に寄りかかったまま、顔を伏せている。前髪に隠されて、パームからは、彼の表情を窺い知る事は出来なかった。
「色々、ありがとう。――元気でね。……あんまり女の子を泣かせちゃダメよ。パーム君を困らせるのも止めなさいね。……分かった?」
「…………何だよ、その言い方……ロゼリア姉ちゃんとソックリだな……」
「……そう、かしら?」
アザレアは、泣きそうな、そして苦笑しそうな顔で表情を歪ませると、小窓から顔を離した。
「…… 『小さなる フェイムの分身 隠れし火 一時後に 燃え上がるべし』……」
彼女は、静かな声で聖句を唱え、牢の中に声をかける。
「――この閂は、1時間後に燃え尽きるわ。そうしたら、ここを脱出して。貴方達の荷物は、牢舎の詰め所に置いておくから……」
「――アザレアさん!」
「……」
パームの呼びかけに、アザレアは答えない。――その代わり、
キィン……カラン……
鉄扉の小窓から何かを投げ入れた。布に覆われていたそれは、牢の石床にぶつかると金属音を立てて転がり、布がはだけて中身が露わになる。
ジャスミンは顔を上げ、それを目に留めるや、目を大きく見開いた。
「――アザリー、これは!」
「……返すね。とっても嬉しかったけど……、今の私なんかには受け取る資格なんて無いものだから……」
「おい! アザリー! 止めろ! ……止めてくれ」
「……」
ジャスミンの懇願に、アザレアは言葉を返さず、静かな靴音を立てて、その場を立ち去る。
そして、ジャスミンに届かない程の小さな声で、彼に別れを告げた。
「……ごめんね……ありがとう……元気でね……大好きだよ……」
――彼女の頬に、透明な真珠の粒が流れ落ちた。
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