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第十二章 アザレアBABY
脅威と立案
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夜闇に沈むダリア傭兵団本部の中庭で、黒い闇色の刃と、人の背丈ほどもある大棍棒が鈍い音を立てて打ち合わされる。
「うおらああっ!」
ヒースが、大熊の如き声と共に、その恵まれた体躯の全体重を乗せて、大棍棒を強引に押し込む。
「……!」
大棍棒を左腕の黒い刃で受けたゼラだが、彼女とヒースでは膂力が違いすぎる。ヒースとの力比べをすぐに諦めたゼラは、刃を斜めにして大棍棒の勢いをいなす。
すかされた形の大棍棒は、凄まじい音を立てて地面を穿ち、中庭の芝生に巨大なクレーターの穴が開いた。
体勢の崩れたヒースの右首筋を狙って、ゼラが漆黒の刃を振り下ろす――。
その時、
『ブシャムの聖眼 宿る右の掌 紅き月! 集いし雄氣 邪気を滅するッ!』
高らかに唱えられた聖句と共に、赤々と輝く光の球が、ゼラ目がけて飛来する。
「……!」
ゼラは、一瞬顔を顰めると、ヒースの首筋に向かっていた刃を返し、紅い光球を切り払った。
「! 隙ありだぜぇっ!」
「――ッ!」
すかさず、ヒースがゼラの腹に回し蹴りを放つ。ヒースの馬をも容易く殺す渾身の蹴りをまともに食らい、ゼラが吹き飛んだ。
放たれた矢の様な速さで吹き飛ばされたゼラの身体は、轟音を立てて建物の壁に激突し、崩れた壁の下敷きとなる。
「や……やりました……か?」
ミソギを放った姿勢のまま、僅かに表情を和らげるパームに、
「……普通の生き物だったら、今の一撃で終わりだけどな……」
険しい表情で首を横に振るヒース。
彼の言葉を裏付けるように、堆く積もり重なった瓦礫が、一斉に爆発したかのように飛び散り、その中からひとりの影がユラリと幽鬼のように立ち上がってきた。
「――ほらな」
「……う……あれは……!」
パームは、立ち上がったゼラの姿を見て、思わず口を押さえる。
――彼女の銀の髪に覆われた頭部は、瓦礫の直撃を受けて、ザクロのようにささくれ割れて、右の眼球も飛び出してしまっていた。
明らかな致命傷だったが、ゆらゆらと立つゼラは、そんな事を気にかける様子も無く、足元の瓦礫を蹴り飛ばしながら、ふたりの方へ向かって歩み出す。
と、ゼラの頭部の深い傷口から、黒い霧が噴き出した。黒い霧は、頭部全体を覆い尽くす。
その霧が晴れると、ゼラの頭部の傷はすっかり塞がり、あれ程までの深いダメージを受けていた痕跡は綺麗さっぱり消え去っていた――眼球以外は。飛び出た眼球は、力無くゼラの頬の前に垂れ下がる。
すると、彼女は右手で無造作に眼球を掴むと、眼窩の虚に押し込んだ。
「う――!」
その凄まじい様子を見たパームは、思わず嘔吐く。
当のゼラは、無表情のまま、しばらく軽く右手の指で押さえながら右目の瞼を何度か開閉していたが、やがて右手を下ろした。
「……さすが、“銀の死神”……いや、バケモノだな、こりゃ――」
ヒースは、皮肉気な笑みを浮かべながら呟く。もっとも、嘲笑を浮かべてはいるが、背中を冷や汗が伝うのを、彼は感じていた。
瓦礫に潰され、破壊されたはずのゼラの顔は、すっかり元の美しく怜悧なそれに戻っていた。
そして、彼女はその無表情を崩し、ふたりに対し、酷薄な薄笑みを浮かべた。
「……なかなかいい連携だった。……そこの神官も、思ったよりやりそうだ」
「お褒めに与り、光栄です……とでも言えば良いか? 死神さんよ……」
まるでダメージを負っていないゼラに、敢えて余裕ぶった軽口を叩いてみせるヒースだったが、その心中には、言葉ほどの余裕は無い。
「まったく、嫌になっちまうぜ。結構マジで蹴り飛ばしてやったんだけどな……ノーダメージかよ」
「……何だ、もう諦めるのか? あれだけ大きな口を叩いていたクセに?」
「諦める……バカ言うな」
ヒースは、ゼラの言葉に頭を振ると、不敵な笑みを浮かべてみせた。それは――心からの喜びに満ちた満面の笑みだった。
「やっと、俺の全力を懸けても敵わないかもしれねえヤツと見える事ができたんだ。諦めるどころか、腹の中がこれ以上無いくらいに燃え上がってきたぜ!」
「……ふふ。奇遇だな」
ゼラも、ヒースと同じような微笑みを浮かべて言った。
「私も、私を壊してくれるかもしれない者と戦う事ができて、多分――数万年ぶりに昂ぶっている。――頼むから、すぐに斃れてくれるなよ」
「――抜かせ!」
「……ヒースさん! ちょっと待って下さい!」
攻撃を加えんと、脚を踏み込んで突っ込もうとするヒースを、強い口調で呼び止めたのは、真剣な顔をしたパームだった。
「――何だよ、坊ちゃんよぉ! 折角の殺り合いに水を差すんじゃねえよ! 邪魔するようならお前でも許さ――」
「聞いて下さい!」
「――!」
ヒースの恫喝を強い口調で遮ったパームの目に、強い意志の力を感じたヒースは思わず気圧されて、言葉を呑み込む。
「……何でい、何が言いてえんだよ、坊ちゃん――」
「……多分、ヒースさんだけでは、“銀の死神”は倒せません」
「な――テメ……」
「聞いて下さい!」
激昂するヒースの言葉を、またも強い気迫の籠もった声で制して、目に力を込めて言葉を続けるパーム。
「あの“銀の死神”の力を削がないと、いくら力押ししたところで徒労に終わる事は、今の一撃と、それに対する彼女の脅威的な回復力を見て解りました。……あの力を封じるには、“ハラエ”“ミソギ”――そして何より、“キヨメ”を使う必要があります」
そう言うと、パームは自分を指さした。
「……つまり、“銀の死神”に勝つ為には、ラバッテリア教の力――つまり、僕の力が必要という事です」
パームは、心なしか顔を青ざめさせながらも、しっかりとした口調で言い切り、それから声のトーンを落として、ヒースに手招きする。
「……耳を貸して下さい。ふたりで協力して、彼女を倒す為の作戦を、お話しします」
「うおらああっ!」
ヒースが、大熊の如き声と共に、その恵まれた体躯の全体重を乗せて、大棍棒を強引に押し込む。
「……!」
大棍棒を左腕の黒い刃で受けたゼラだが、彼女とヒースでは膂力が違いすぎる。ヒースとの力比べをすぐに諦めたゼラは、刃を斜めにして大棍棒の勢いをいなす。
すかされた形の大棍棒は、凄まじい音を立てて地面を穿ち、中庭の芝生に巨大なクレーターの穴が開いた。
体勢の崩れたヒースの右首筋を狙って、ゼラが漆黒の刃を振り下ろす――。
その時、
『ブシャムの聖眼 宿る右の掌 紅き月! 集いし雄氣 邪気を滅するッ!』
高らかに唱えられた聖句と共に、赤々と輝く光の球が、ゼラ目がけて飛来する。
「……!」
ゼラは、一瞬顔を顰めると、ヒースの首筋に向かっていた刃を返し、紅い光球を切り払った。
「! 隙ありだぜぇっ!」
「――ッ!」
すかさず、ヒースがゼラの腹に回し蹴りを放つ。ヒースの馬をも容易く殺す渾身の蹴りをまともに食らい、ゼラが吹き飛んだ。
放たれた矢の様な速さで吹き飛ばされたゼラの身体は、轟音を立てて建物の壁に激突し、崩れた壁の下敷きとなる。
「や……やりました……か?」
ミソギを放った姿勢のまま、僅かに表情を和らげるパームに、
「……普通の生き物だったら、今の一撃で終わりだけどな……」
険しい表情で首を横に振るヒース。
彼の言葉を裏付けるように、堆く積もり重なった瓦礫が、一斉に爆発したかのように飛び散り、その中からひとりの影がユラリと幽鬼のように立ち上がってきた。
「――ほらな」
「……う……あれは……!」
パームは、立ち上がったゼラの姿を見て、思わず口を押さえる。
――彼女の銀の髪に覆われた頭部は、瓦礫の直撃を受けて、ザクロのようにささくれ割れて、右の眼球も飛び出してしまっていた。
明らかな致命傷だったが、ゆらゆらと立つゼラは、そんな事を気にかける様子も無く、足元の瓦礫を蹴り飛ばしながら、ふたりの方へ向かって歩み出す。
と、ゼラの頭部の深い傷口から、黒い霧が噴き出した。黒い霧は、頭部全体を覆い尽くす。
その霧が晴れると、ゼラの頭部の傷はすっかり塞がり、あれ程までの深いダメージを受けていた痕跡は綺麗さっぱり消え去っていた――眼球以外は。飛び出た眼球は、力無くゼラの頬の前に垂れ下がる。
すると、彼女は右手で無造作に眼球を掴むと、眼窩の虚に押し込んだ。
「う――!」
その凄まじい様子を見たパームは、思わず嘔吐く。
当のゼラは、無表情のまま、しばらく軽く右手の指で押さえながら右目の瞼を何度か開閉していたが、やがて右手を下ろした。
「……さすが、“銀の死神”……いや、バケモノだな、こりゃ――」
ヒースは、皮肉気な笑みを浮かべながら呟く。もっとも、嘲笑を浮かべてはいるが、背中を冷や汗が伝うのを、彼は感じていた。
瓦礫に潰され、破壊されたはずのゼラの顔は、すっかり元の美しく怜悧なそれに戻っていた。
そして、彼女はその無表情を崩し、ふたりに対し、酷薄な薄笑みを浮かべた。
「……なかなかいい連携だった。……そこの神官も、思ったよりやりそうだ」
「お褒めに与り、光栄です……とでも言えば良いか? 死神さんよ……」
まるでダメージを負っていないゼラに、敢えて余裕ぶった軽口を叩いてみせるヒースだったが、その心中には、言葉ほどの余裕は無い。
「まったく、嫌になっちまうぜ。結構マジで蹴り飛ばしてやったんだけどな……ノーダメージかよ」
「……何だ、もう諦めるのか? あれだけ大きな口を叩いていたクセに?」
「諦める……バカ言うな」
ヒースは、ゼラの言葉に頭を振ると、不敵な笑みを浮かべてみせた。それは――心からの喜びに満ちた満面の笑みだった。
「やっと、俺の全力を懸けても敵わないかもしれねえヤツと見える事ができたんだ。諦めるどころか、腹の中がこれ以上無いくらいに燃え上がってきたぜ!」
「……ふふ。奇遇だな」
ゼラも、ヒースと同じような微笑みを浮かべて言った。
「私も、私を壊してくれるかもしれない者と戦う事ができて、多分――数万年ぶりに昂ぶっている。――頼むから、すぐに斃れてくれるなよ」
「――抜かせ!」
「……ヒースさん! ちょっと待って下さい!」
攻撃を加えんと、脚を踏み込んで突っ込もうとするヒースを、強い口調で呼び止めたのは、真剣な顔をしたパームだった。
「――何だよ、坊ちゃんよぉ! 折角の殺り合いに水を差すんじゃねえよ! 邪魔するようならお前でも許さ――」
「聞いて下さい!」
「――!」
ヒースの恫喝を強い口調で遮ったパームの目に、強い意志の力を感じたヒースは思わず気圧されて、言葉を呑み込む。
「……何でい、何が言いてえんだよ、坊ちゃん――」
「……多分、ヒースさんだけでは、“銀の死神”は倒せません」
「な――テメ……」
「聞いて下さい!」
激昂するヒースの言葉を、またも強い気迫の籠もった声で制して、目に力を込めて言葉を続けるパーム。
「あの“銀の死神”の力を削がないと、いくら力押ししたところで徒労に終わる事は、今の一撃と、それに対する彼女の脅威的な回復力を見て解りました。……あの力を封じるには、“ハラエ”“ミソギ”――そして何より、“キヨメ”を使う必要があります」
そう言うと、パームは自分を指さした。
「……つまり、“銀の死神”に勝つ為には、ラバッテリア教の力――つまり、僕の力が必要という事です」
パームは、心なしか顔を青ざめさせながらも、しっかりとした口調で言い切り、それから声のトーンを落として、ヒースに手招きする。
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