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第十三章 屍鬼(したい)置き場でロマンスを
憎と愛
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「タダの人間……?」
フジェイルは、冬の湖色の目を大きく見開くと、腹を抱えて、愉快そうに笑い出した。
「惚れた女――恋に惑う……ハハハッ! 面白い事を言うじゃないか、色事師! 私が、そこのアザレアに恋をしているというのかい? クハハハハ! センスの無い冗談だ!」
「――違うかい、団長サンよ?」
ジャスミンは、火傷で崩れた顔を歪めて、嘲笑うフジェイルに、真っ直ぐな目を向けて訊いた。フジェイルは、笑いを噛み殺しながら答える。
「違うに決まっているだろう!とうの昔……いや、生まれ落ちた瞬間から、私の中に“愛”などという不完全極まる感情はこそげ落ちている! だって、そうじゃないか? 私に愛されるには、この世界の人間共は愚かすぎる!」
「……いいえ。貴方は、愛を知っている」
「……何だと?」
哄笑し続けるフジェイルの言葉を遮ったのは、ジャスミンの後ろで、真紅の瞳を哀しげに伏せたアザレアだった。
そして、嘲笑を浮かべた表情を硬直させて聞き返したフジェイルを睨みつけ、彼女は、その細い指を彼に突きつけた。
「愛を知らないというならば、なぜ貴方は愛が“不完全極まる感情”だと知っているの?」
「……」
「貴方は、愛を知っている。そして、かつてはその感情の赴くままに、ひとりの女性を愛し慈しんでいたのよ……十年前まではね」
「……止めろ」
「貴方は姉様を愛していた。もっとも……その感情の示し方は、酷く歪にひん曲がっていたけどね……」
「……それ以上喋るな」
アザレアの言葉を、静かな口調で遮るフジェイル。だが、その言葉には、先程までの余裕は無い。
だが彼女は、フジェイルの言葉を無視して、口を動かし続ける。
「……十年前のあの日も、貴方は、本当に姉様を助けようと思って、わざわざ訪ねてきたのよ。“銀の死神”に喰べられないように、ね」
「……」
「でも、貴方の言葉はひねくれていて、その真意は伝わらず、結果として姉様は拒絶した。……いえ、姉様の事だから、貴方の真意にも気付いていたのよ、きっと」
「……黙れ」
「貴方も薄々は勘づいていたんでしょう? だから、姉様の拒絶に対して激昂した。その上で、姉様を永久に己のものに出来る方法――屍人形にしようと……姉様を!」
「黙れ黙れぇえ! それ以上、その生意気な口を開くなぁ!」
「……『惚れた女とそっくりな顔で』――てか?」
激怒して言葉を荒げるフジェイルに、冷笑を浮かべて痛烈な言葉を浴びせるジャスミン。フジェイルの顔が凍りついたように硬直し、目だけがギョロリと彼に向く。
「――そうだよな。何せ、あれから十年……アザリーも18だ。……あの日のロゼリア姉ちゃんと同じ。生き写しだよねえ。……もっとも、ロゼリア姉ちゃんの方が優しくて、腰回りがもっと色ッぽ――イデッ!」
「……燃やすわよ、ジャス」
「……スミマセン、アザリーさん」
ニッコリと、凄味の籠もった微笑を浮かべながら、炎鞭を掲げるアザレアに深々と頭を下げてから、再びフジェイルの方へ向き直して、ジャスミンは言葉を続ける。
「えっと……どこまで言ったっけ……ああ、そうそう。まあ、そんな訳で、アンタはアザリーにも、姉に対するそれと同じ感情を抱いてしまったのさ。――だから、変装の上に、より大袈裟な白塗りを施して、万が一にも気付かれないように別人を装った上で、更に念入りにアザリーの記憶を弄り、手元に置きながら後生大事に育てていた――」
「……フン、下らん。……アザレアを手元に置いていたのは、ロゼリアに対する復讐だ。それ以上の意味など――」
「じゃあ何で、アザリーをさっさと屍人形にしなかったんだい?」
「――ッ」
半笑いで、わざとらしく首を傾げながら尋ねるジャスミンを前に、思わず言葉を詰まらせるフジェイル。
その様子を見たジャスミンは、得たりと、更にニヤニヤ笑いを増してみせる。
「ロゼリア姉ちゃんへの復讐だと言うのなら、生前の姉ちゃんが一番大切にしていたアザリーを屍人形にして、自分の意のままに操ってやる事が一番だと思うけどなぁ。アザリーは、疑う事も無く、アンタを慕ってるんだから、騙しついでに屍人形にするのなんて造作も無い事じゃないの?」
「……それは――」
「あー、ヤダヤダ。これだから、恋愛拗らせ厨は……」
そう言うと、ジャスミンは呆れたように肩を竦めた。
「もう、いい加減に認めちゃえよ~。もう、バレバレなんだって! “天下無敵の色事師”をナメるなっての!」
「……るさい」
「え? 何だって、恋愛落第生さん? 図星突かれて涙目になっちゃった~?」
ここぞとばかりにフジェイルを煽りまくるジャスミン。フジェイルは顔を伏せ、身体をプルプルと小刻みに震わせている。
「……さい」
「あれ? マジで泣かせちゃった~? ゴメンね、容赦なくって。――でも、全部ホントの事だか――」
「うるさあアアアアイッ!」
ジャスミンの挑発に、声を荒げて絶叫するフジェイル。彼を睨みつけるその顔色は、先程までの余裕の色は嘘のように消え失せ、激しく煮えたぎる怒り一色に染まっていた。
「何なのだ、貴様は! 他人の心を、さも知っているかのようにベラベラと!」
「……そんなに激昂するって事は、俺の言葉に対する何よりも雄弁な肯定なんだよなぁ……」
マグマのようなフジェイルの怒りに触れてもなお、ジャスミンの余裕の態度は崩れない。そんな彼の態度に、更に怒りを募らせたフジェイルは、悪鬼のような顔で、右手の指をパチンと鳴らした。
――と、それまでフジェイルの傍らに控え、彫像のように微動だにしなかったワイマーレが、眠りから覚めたようにゆっくりと動き出す。
フジェイルは、目をギラギラと狂的に光らせ、ジャスミンを指さして叫んだ。
「もう赦さん! 貴様は、タダでは殺さぬ! 死に乞いをしたくなるほど苦しませてから、屍鬼に堕としてやろう!」
「へえ、奇遇だね、団長さん……いや、フジェイル」
冷笑を浮かべたまま、体の前に無ジンノヤイバの柄をゆったりと構えたジャスミンは、そう呟くと――その軽薄そうな表情を一変させ、憤怒に満ちた黒曜石の瞳で、フジェイルを睨みつけた。
「ロゼリア姉ちゃんを殺した事――そして、アザリーへの仕打ち……『もう赦さん』のは、俺の方なんだよ!」
フジェイルは、冬の湖色の目を大きく見開くと、腹を抱えて、愉快そうに笑い出した。
「惚れた女――恋に惑う……ハハハッ! 面白い事を言うじゃないか、色事師! 私が、そこのアザレアに恋をしているというのかい? クハハハハ! センスの無い冗談だ!」
「――違うかい、団長サンよ?」
ジャスミンは、火傷で崩れた顔を歪めて、嘲笑うフジェイルに、真っ直ぐな目を向けて訊いた。フジェイルは、笑いを噛み殺しながら答える。
「違うに決まっているだろう!とうの昔……いや、生まれ落ちた瞬間から、私の中に“愛”などという不完全極まる感情はこそげ落ちている! だって、そうじゃないか? 私に愛されるには、この世界の人間共は愚かすぎる!」
「……いいえ。貴方は、愛を知っている」
「……何だと?」
哄笑し続けるフジェイルの言葉を遮ったのは、ジャスミンの後ろで、真紅の瞳を哀しげに伏せたアザレアだった。
そして、嘲笑を浮かべた表情を硬直させて聞き返したフジェイルを睨みつけ、彼女は、その細い指を彼に突きつけた。
「愛を知らないというならば、なぜ貴方は愛が“不完全極まる感情”だと知っているの?」
「……」
「貴方は、愛を知っている。そして、かつてはその感情の赴くままに、ひとりの女性を愛し慈しんでいたのよ……十年前まではね」
「……止めろ」
「貴方は姉様を愛していた。もっとも……その感情の示し方は、酷く歪にひん曲がっていたけどね……」
「……それ以上喋るな」
アザレアの言葉を、静かな口調で遮るフジェイル。だが、その言葉には、先程までの余裕は無い。
だが彼女は、フジェイルの言葉を無視して、口を動かし続ける。
「……十年前のあの日も、貴方は、本当に姉様を助けようと思って、わざわざ訪ねてきたのよ。“銀の死神”に喰べられないように、ね」
「……」
「でも、貴方の言葉はひねくれていて、その真意は伝わらず、結果として姉様は拒絶した。……いえ、姉様の事だから、貴方の真意にも気付いていたのよ、きっと」
「……黙れ」
「貴方も薄々は勘づいていたんでしょう? だから、姉様の拒絶に対して激昂した。その上で、姉様を永久に己のものに出来る方法――屍人形にしようと……姉様を!」
「黙れ黙れぇえ! それ以上、その生意気な口を開くなぁ!」
「……『惚れた女とそっくりな顔で』――てか?」
激怒して言葉を荒げるフジェイルに、冷笑を浮かべて痛烈な言葉を浴びせるジャスミン。フジェイルの顔が凍りついたように硬直し、目だけがギョロリと彼に向く。
「――そうだよな。何せ、あれから十年……アザリーも18だ。……あの日のロゼリア姉ちゃんと同じ。生き写しだよねえ。……もっとも、ロゼリア姉ちゃんの方が優しくて、腰回りがもっと色ッぽ――イデッ!」
「……燃やすわよ、ジャス」
「……スミマセン、アザリーさん」
ニッコリと、凄味の籠もった微笑を浮かべながら、炎鞭を掲げるアザレアに深々と頭を下げてから、再びフジェイルの方へ向き直して、ジャスミンは言葉を続ける。
「えっと……どこまで言ったっけ……ああ、そうそう。まあ、そんな訳で、アンタはアザリーにも、姉に対するそれと同じ感情を抱いてしまったのさ。――だから、変装の上に、より大袈裟な白塗りを施して、万が一にも気付かれないように別人を装った上で、更に念入りにアザリーの記憶を弄り、手元に置きながら後生大事に育てていた――」
「……フン、下らん。……アザレアを手元に置いていたのは、ロゼリアに対する復讐だ。それ以上の意味など――」
「じゃあ何で、アザリーをさっさと屍人形にしなかったんだい?」
「――ッ」
半笑いで、わざとらしく首を傾げながら尋ねるジャスミンを前に、思わず言葉を詰まらせるフジェイル。
その様子を見たジャスミンは、得たりと、更にニヤニヤ笑いを増してみせる。
「ロゼリア姉ちゃんへの復讐だと言うのなら、生前の姉ちゃんが一番大切にしていたアザリーを屍人形にして、自分の意のままに操ってやる事が一番だと思うけどなぁ。アザリーは、疑う事も無く、アンタを慕ってるんだから、騙しついでに屍人形にするのなんて造作も無い事じゃないの?」
「……それは――」
「あー、ヤダヤダ。これだから、恋愛拗らせ厨は……」
そう言うと、ジャスミンは呆れたように肩を竦めた。
「もう、いい加減に認めちゃえよ~。もう、バレバレなんだって! “天下無敵の色事師”をナメるなっての!」
「……るさい」
「え? 何だって、恋愛落第生さん? 図星突かれて涙目になっちゃった~?」
ここぞとばかりにフジェイルを煽りまくるジャスミン。フジェイルは顔を伏せ、身体をプルプルと小刻みに震わせている。
「……さい」
「あれ? マジで泣かせちゃった~? ゴメンね、容赦なくって。――でも、全部ホントの事だか――」
「うるさあアアアアイッ!」
ジャスミンの挑発に、声を荒げて絶叫するフジェイル。彼を睨みつけるその顔色は、先程までの余裕の色は嘘のように消え失せ、激しく煮えたぎる怒り一色に染まっていた。
「何なのだ、貴様は! 他人の心を、さも知っているかのようにベラベラと!」
「……そんなに激昂するって事は、俺の言葉に対する何よりも雄弁な肯定なんだよなぁ……」
マグマのようなフジェイルの怒りに触れてもなお、ジャスミンの余裕の態度は崩れない。そんな彼の態度に、更に怒りを募らせたフジェイルは、悪鬼のような顔で、右手の指をパチンと鳴らした。
――と、それまでフジェイルの傍らに控え、彫像のように微動だにしなかったワイマーレが、眠りから覚めたようにゆっくりと動き出す。
フジェイルは、目をギラギラと狂的に光らせ、ジャスミンを指さして叫んだ。
「もう赦さん! 貴様は、タダでは殺さぬ! 死に乞いをしたくなるほど苦しませてから、屍鬼に堕としてやろう!」
「へえ、奇遇だね、団長さん……いや、フジェイル」
冷笑を浮かべたまま、体の前に無ジンノヤイバの柄をゆったりと構えたジャスミンは、そう呟くと――その軽薄そうな表情を一変させ、憤怒に満ちた黒曜石の瞳で、フジェイルを睨みつけた。
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