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第十三章 屍鬼(したい)置き場でロマンスを
屍人形と騎士団長
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ヒースの攻撃によって、壁を突き破り、外へと弾き出されたワイマーレは、無表情のままで身体に降り積もった瓦礫を振り払うと、鈍重な動きで立ち上がろうとする――。
「鈍いな、てめえっ!」
突然、野太い獣の咆哮の様な大声が、ひんやりとした夜の空気を震わせた。顔を上げたワイマーレの視界を、巨大な大棍棒の先端が埋め尽くす。
「――ッ!」
避ける間もなく、彼の胸板を大棍棒の一振りが直撃し、ワイマーレの巨軀が冗談のように吹っ飛んだ。
が、吹き飛ばされながらも空中で身体を捻って体勢を整え、石コロだらけの地面に膝をついて着地した。
そして、自分を吹き飛ばした元凶の巨大な影を、その濁った両眼で睨みつける。
「さすが、いい鎧を纏ってるだけあるな! 金庫扉や石壁ならいざ知らず、たかが人をぶっ叩いただけで手が痺れるのは久しぶりだぜ……おっと、もう人じゃあ無かったんだっけか、屍人形さんよ!」
睨みつけられたヒースは、彼を見下ろしながら、口の端を吊り上げて皮肉気に笑ってみせた。
だが、屍人形と化したワイマーレの表情に憤怒の感情が沸き起こる事は無く、虚ろな表情で無言を保ったまま、大剣を斜に構える。
ジャリ……と、両脚で石混じりの地面を踏みしめ――次の瞬間、巨きな身体を小さく縮こまらせ、弩から放たれた矢の如き勢いで、ヒースに向かって跳躍する。
「オラァ!」
ヒースが、突進するワイマーレに向け、大樹に絡まる蔦の様に、太い腕に血管を浮き上がらせながら、膂力に任せて大棍棒を振り回す。
と、ワイマーレが左手を伸ばした。暴力的なスピードで迫り来る大棍棒の表面に触れるや、それを視点にしてクルリと身体を回転させた。
「な――?」
ヒースは意表を衝かれ、呆気に取られた表情で、自分の頭上を軽々と飛び越えるワイマーレの姿を見送った。
そして、地響きを立ててヒースの後方に着地したワイマーレは、振り向きざまに、大剣で彼の背中に斬りつける。
大剣はヒースの胴丸を断ち斬り、彼の背中から鮮血が噴水の様に吹き出した。
「――ちぃっ!」
無防備な背中を切り裂かれたヒースの顔が、苦痛と怒りで歪んだ。
が、振り返って反撃するまでに、ワイマーレの二撃目三撃目を食らってしまう――と、瞬時に判断したヒースは、口惜しさで歯を食いしばりながら、前方に跳躍して、何とかワイマーレから距離を取らんとする。
しかし、その動きはワイマーレも予測していた。すかさず彼も跳躍し、ヒースの背中を追いかけ、鋭い二太刀目を彼の背中に浴びせた。
再び、赤い血霧が夜闇に舞い上がる。
「いってぇ……なっ!」
堪らず唸り声を上げ、大きく蹌踉めいたヒースの背中に更なる追撃を加えんと、ワイマーレは大剣を振りかぶる。
その刹那、
「って……させっかよ!」
ヒースは吠え猛り、片手を地面に付けて逆立ちになり、身体をコマのように激しく回転させて蹴りを放った。
「――グッ!」
ヒースの並外れた筋力に遠心力を乗せた、威力満点の回転蹴りをまともに胸に食らったワイマーレの身体は、もんどり打って後方に倒れた。一方、回転蹴りを放ったヒースも、バランスを崩し、大きな地響きを立てて大地に転がる。
が、ふたりが共に地面に倒れていたのは、ほんの少しの間だった。
お互いに、軽くはないダメージを受け、脚をぐらつかせながらも、ほぼ同時に立ち上がり、力強く握り直した各々の得物を、得意の型に構えて対峙した。
睨み合うふたりの周囲に、緊張感に満ちた空気が張り詰めていく……。
――どのくらい、そうしていただろうか。
ヒースはふと、愉悦に満ちた笑みを、その野卑な顔面に浮かべた。
そして、沈黙したまま、大剣を下段に構えるワイマーレに向かって大声で叫んだ。
「楽しいねぇっ! こんなに楽しい戦いは久し振りだぜ! なあ――そう思うだろ? アンタも!」
「……」
ヒースの呼びかけにも、相変わらずワイマーレは沈黙を返すのみ。
――当然だ。彼は既に、ロイ・ワイマーレという人格を喪っている。屍術士の命によって動くのみの、タダの屍人形なのだから……。
そうなのだ。その筈なのだ――。
それなのに――、
屍人形の口元は、僅かに綻んでいた――。
「鈍いな、てめえっ!」
突然、野太い獣の咆哮の様な大声が、ひんやりとした夜の空気を震わせた。顔を上げたワイマーレの視界を、巨大な大棍棒の先端が埋め尽くす。
「――ッ!」
避ける間もなく、彼の胸板を大棍棒の一振りが直撃し、ワイマーレの巨軀が冗談のように吹っ飛んだ。
が、吹き飛ばされながらも空中で身体を捻って体勢を整え、石コロだらけの地面に膝をついて着地した。
そして、自分を吹き飛ばした元凶の巨大な影を、その濁った両眼で睨みつける。
「さすが、いい鎧を纏ってるだけあるな! 金庫扉や石壁ならいざ知らず、たかが人をぶっ叩いただけで手が痺れるのは久しぶりだぜ……おっと、もう人じゃあ無かったんだっけか、屍人形さんよ!」
睨みつけられたヒースは、彼を見下ろしながら、口の端を吊り上げて皮肉気に笑ってみせた。
だが、屍人形と化したワイマーレの表情に憤怒の感情が沸き起こる事は無く、虚ろな表情で無言を保ったまま、大剣を斜に構える。
ジャリ……と、両脚で石混じりの地面を踏みしめ――次の瞬間、巨きな身体を小さく縮こまらせ、弩から放たれた矢の如き勢いで、ヒースに向かって跳躍する。
「オラァ!」
ヒースが、突進するワイマーレに向け、大樹に絡まる蔦の様に、太い腕に血管を浮き上がらせながら、膂力に任せて大棍棒を振り回す。
と、ワイマーレが左手を伸ばした。暴力的なスピードで迫り来る大棍棒の表面に触れるや、それを視点にしてクルリと身体を回転させた。
「な――?」
ヒースは意表を衝かれ、呆気に取られた表情で、自分の頭上を軽々と飛び越えるワイマーレの姿を見送った。
そして、地響きを立ててヒースの後方に着地したワイマーレは、振り向きざまに、大剣で彼の背中に斬りつける。
大剣はヒースの胴丸を断ち斬り、彼の背中から鮮血が噴水の様に吹き出した。
「――ちぃっ!」
無防備な背中を切り裂かれたヒースの顔が、苦痛と怒りで歪んだ。
が、振り返って反撃するまでに、ワイマーレの二撃目三撃目を食らってしまう――と、瞬時に判断したヒースは、口惜しさで歯を食いしばりながら、前方に跳躍して、何とかワイマーレから距離を取らんとする。
しかし、その動きはワイマーレも予測していた。すかさず彼も跳躍し、ヒースの背中を追いかけ、鋭い二太刀目を彼の背中に浴びせた。
再び、赤い血霧が夜闇に舞い上がる。
「いってぇ……なっ!」
堪らず唸り声を上げ、大きく蹌踉めいたヒースの背中に更なる追撃を加えんと、ワイマーレは大剣を振りかぶる。
その刹那、
「って……させっかよ!」
ヒースは吠え猛り、片手を地面に付けて逆立ちになり、身体をコマのように激しく回転させて蹴りを放った。
「――グッ!」
ヒースの並外れた筋力に遠心力を乗せた、威力満点の回転蹴りをまともに胸に食らったワイマーレの身体は、もんどり打って後方に倒れた。一方、回転蹴りを放ったヒースも、バランスを崩し、大きな地響きを立てて大地に転がる。
が、ふたりが共に地面に倒れていたのは、ほんの少しの間だった。
お互いに、軽くはないダメージを受け、脚をぐらつかせながらも、ほぼ同時に立ち上がり、力強く握り直した各々の得物を、得意の型に構えて対峙した。
睨み合うふたりの周囲に、緊張感に満ちた空気が張り詰めていく……。
――どのくらい、そうしていただろうか。
ヒースはふと、愉悦に満ちた笑みを、その野卑な顔面に浮かべた。
そして、沈黙したまま、大剣を下段に構えるワイマーレに向かって大声で叫んだ。
「楽しいねぇっ! こんなに楽しい戦いは久し振りだぜ! なあ――そう思うだろ? アンタも!」
「……」
ヒースの呼びかけにも、相変わらずワイマーレは沈黙を返すのみ。
――当然だ。彼は既に、ロイ・ワイマーレという人格を喪っている。屍術士の命によって動くのみの、タダの屍人形なのだから……。
そうなのだ。その筈なのだ――。
それなのに――、
屍人形の口元は、僅かに綻んでいた――。
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