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第十三章 屍鬼(したい)置き場でロマンスを

枯渇と補充

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 アザレアは、前方の屍鬼ゾンビの群れに向け、炎鞭フレイムウィップを振るう。
 灼熱の炎を纏った鞭が、甲高い風切り音を立てながら屍鬼の群れに襲いかかり、屍鬼たちの身体を灼き尽くす。声にならない断末魔の悲鳴を上げながら、屍鬼の魂は炎によって浄化され、あるべき場所へと還っていく――。
 が、床下の大穴から、新たな屍鬼たちが、巣から出てくる蟻のように次から次へと湧き出てくる。
 膝に手をつき、荒い息を吐きながら、その様子を茫然と見るアザレアの顔には、隠しきれない焦燥と疲労の色が浮かんだ。

「……キリが無い」

 一度枯渇した雄氣は、時間をおいて幾分回復していたものの、今にも絶えてしまいそうだ。
 彼女を包囲する屍鬼の輪は、黒焦げになった仲間の屍を踏みつぶしながら、だんだんと狭まっていく。
 濁って散大した瞳孔をぎょろぎょろと忙しなく廻らせながら、腐りかけた屍鬼たちは、新たな仲間を加えんと、口から腐敗液と唾液を垂らしながら、ゆるゆるとアザレアに迫り来る――。

「――『我が額 宿りし太陽 アッザムの聖眼 光を放ちて 邪を払わん』っ!」

 その時、屍鬼たちの輪の外側で聖句が紡がれると、薄暗い室内を黄金色の目映い光が照らし出した。

『あ……アアアア……アアアアアアァーッ!』

 朝日のような黄金色の光に照らされた屍鬼たちは、苦しそうに身を捩らせる。やがて、身体が黒ずみ、ボロボロと崩れ落ち、塵と化して霧散した。
 アザレアを囲む輪の一角が消失する。

「――アザレアさんっ、早く! こっちです!」

 パームの叫びに、アザレアは弾かれたように踵を返して、開いた穴の方へと走り出す。
 光の照射を免れた屍鬼たちが、一斉に手を伸ばし、或いはよたよたと彼女の後を追おうとするが、彼らの鈍重な動きでは、追いつく事は能わなかった。
 彼女は無事に、部屋の入り口の向こう側に立つパームとジャスミンの元へと辿り着いた。

「無事ですかっ、アザレアさん?」
「ええ……取り敢えず、身体はね」

 そう、心配そうな顔で尋ねるパームに、深刻そうな表情で答えたアザレアは、暗い声で後を続けた。

「……でも、雄氣は、もう殆ど無さそうね……正直、炎を顕現するのも、ちょっとキツい……」
「……奇遇ですね、僕もです」

 パームも、困り顔で苦笑しながら言う。

「でもさ、無くなったら補充すれば良いじゃん」

 と、すっかり傷の癒えたジャスミンがニヤニヤしながら口を挟んできた。

「ほら、この前の魔獣遣いビーストテイマーの時みたいにさ。……と、いう訳で」

 そう言うや、ジャスミンは腕を広げて、アザレアに飛びかかる。

「アザリー! 俺ともう一度熱い接吻ヴェーゼを――ぶべらっ!」
「だが断る!」

 目を瞑って唇を突き出すジャスミンだったが、空中で強かに頬を叩かれ、あえなく撃墜される。

「――第一、ソレキスで回復するのってアナタだけでしょ、ジャス! ……あ、でも――」

 アザレアはジト目で、頬を押さえて蹲るジャスミンを見下ろしながら言ったが、ある事に思い至ると、手を叩いた。

「ジャス……試しに、パーム君とキスしてみれば? パーム君、女顔だし……意外とイケるかも――」
「「だが断るっ!」」

 顔面を引き攣らせながら叫んだ、ふたりの声が綺麗にハモった。
 アザレアは、不満そうに頬を膨らませる。

「なんだつまんない。ふたりと――見てる私の雄氣が、一気に回復するかもしれないじゃない?」
「しねえよ! 逆にショーキ生氣0になって、アッチ屍鬼側の一員になっちまうわ!」

 アザレアの言葉に、血相を変えて反論するジャスミン。
 その言葉に、パームも顔面を蒼白にしてうんうんと頷く。
 ――と、

「……随分楽しそうじゃないか、君たち?」

 暗く、陰気な声が、彼らに投げかけられた。アザレアの顔が強張り、ジャスミンが皮肉気に口の端を歪めて、部屋の奥の暗闇に向かって叫んだ。

「何だい、団長サンよ。混ぜてほしいのかい? ――だが断るっ!」
「混ぜてほしい……滅相も無い。楽しみなだけだよ。君たちが余裕な顔を見せるほど、その顔が絶望と諦念に歪むのが……ね!」

 闇の向こうで、崩れた顔面を嗜虐的に歪めたフジェイルが、パチンと指を鳴らす。
 と、バキバキと音を立てて、彼らの立つ廊下の床下や壁面が軋み始めた。

「……て、オイオイ……! まさか、廊下にも屍鬼ゾンビ共を仕込んで――」
「まだ増えるなんて……」

 軋む音がどんどん大きくなり、青ざめるジャスミンとアザレア。
 その時、

「――ふたりとも! 耳を貸して下さい!」

 声を張り上げたのはパームだった。ジャスミンとアザレアは、顔を見合わせると、パームの元に近寄る。
 バリバリと大きくなる一方の家鳴りの中、パームはふたりに何事かを耳打ちする。

「……――で!」

 パームの言葉が終わると、ジャスミンとアザレアは、再び顔を見合わせる。

「……どう思う?」
「うん……正直、イチかバチかだと思うけど……パーム君の作戦が、最善だと思う。……みんな、生氣が少なくなってるし」
「ええ……。多分、僕の作戦が失敗したら――手詰まりです。でも、この作戦以外に――」
「他の手は無い……って事か。だったら――」

 ジャスミンはそう呟くと、大きく頷いた。

「やるしかないだろうな。――大丈夫、上手くいくよ、絶対!」
「じゃ――ジャス……そんなに自信満々な根拠って、何?」
「根拠? そんなの決まってるさ」

 怪訝な表情で問いかけるアザレアに、ニコリと笑いかけ、キッパリと言い切った。

「――昔から、イチかバチかの博打には強いんだよ、俺はさ!」
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