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第十三章 屍鬼(したい)置き場でロマンスを

乙女と嫉妬

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 「――っ!」

 突然の眩しい光に、アザレアは思わず手で目を覆う。

『ガアアアアアアアア…………ッ!』

 光の向こうで、地鳴りのようなくぐもった呻き声がさざ波のように、いくつも重なり合うように巻き起こった。

「……え?」

 恐る恐る目を開いたアザレアの視界に映ったのは、真っ黒に変色して、炭か灰のようにボロボロと崩れ落ちる屍鬼たちの身体。そして、その前でフラフラと身体を揺らしながら立つ、若葉色の神官服の背中だった。

「……ぱ、パーム君……?」

 彼の背中に向けて、おずおずと声をかけるアザレア。
 パームの身体が、ピクリと動く。

「な……なぁんですかぁ? アザレアさぁアン?」

 振り返ったパームの顔は、茹でダコも裸足で逃げ出しそうな程に真っ赤に染まり、口元にはだらしない笑みを浮かべ、トロンとした瞳は焦点が定まっていない。
 アザレアは、口元を引き攣らせる。

「……ジャス、どうするのよ、あなた……」
「え? 何が?」

 涼しい顔のジャスミンの胸倉を掴んで、パームに指を突きつけながら、血相を変えたアザレアは叫んだ。

「パーム君に決まってるでしょ! あの子、すっかり出来上がっちゃってるじゃないの! 何でお酒なんか……しかも、よりによって、何で溶岩酒? どうなるか分からないわよ、あの酒乱!」
「いやいや! 俺を責めるのはお門違いだよ! そもそも、あいつに溶岩酒の小瓶を渡したのは、大教主の爺さんだっての! あの爺さんの事だから、そこら辺はちゃんと考えての事だろう? ……多分」

 そう言って、ヘラヘラと笑うジャスミンの頭のすぐ脇を、赤く輝く光の球が掠めた。

「へ――?」

 頬を撫でた紅い光球ミソギの感触に、思わず顔面を引き攣らせるジャスミン。

「おい……そろのナンパおろふぉ……!」
「あ……は、はい! 何でございましょうか、パーム様っ!」

 掲げた右掌を仄かに赤く光らせながら、据わった目で自分を睨みつけるパームに、反射的に直立不動で最敬礼するジャスミン。
 パームは、左右に身体を揺らしながら、呂律の回らない口を動かす。

「……お前……今まれ僕を、さんっざん、好き勝手にこき使ってくれてぇ……! 僕は……僕は、怒っれるんらろぉ!」
「あ、ハイ! スミマセンでしたぁっ! 反省してまぁす!」

 反射的に叫び、清々しいほどに深々と頭を下げるジャスミン。
 と、アザレアがパームの背後を指さして叫んだ。

「パーム君! 後ろ、来てるっ!」
「――あぁっ?」

 パームは、緩慢な動きで振り返ろ――うとしたが、至近の距離に近付いていた屍鬼に背後から伸し掛かられる。

「あ……ぱ、パーム君っ!」
「おいっ! ……油断しやがって、あの酔っ払い……!」

 慌てて、アザレアが長鞭を振るい、ジャスミンが空手のまま、屍鬼に集られつつあるパームの元へと駆け寄ろうと、床を蹴る。
 と、

『我が額ィイ 宿りし太陽ォオ アッザムの聖眼ェッ! 光を放ちてェ 邪を払わぁんっ!』

 屍鬼の囲む中心から、微妙に呂律の回っていない聖句と共に、一気に黄金色の光が溢れ出し、周囲の屍鬼を瞬く間に灰と塵にし尽くした。
 巻き起こる黒い灰燼の只中で仁王立ちするパームは、ジャスミンの方を睨んで叫んだ。

「――何をぼさっとしてるんらぁ! 早く、アレを!」
「――! 了解しましたッ、パーム様ァ!」

 パームが指さした先には、背中を丸めた白装束の後ろ姿が――。
 ジャスミンは、その姿を確認するや、くるりとアザレアの方へと振り返った。

「アザリーッ! そういう訳だ。――っつー事で……!」
「え……? ええっ! ちょ、ちょっとっ!」

 突然叫ぶや、彼女の肩を抱いて、顔を近づけてきたジャスミンに驚きながら、咄嗟に左手で彼の顔を押しのける。

「な――何する気よ、ジャス! い、今は……そんな事をしてる場合じゃないでしょ!」
「い――いや! 違うね! 今こそ、そういう事をするべき時なんだって、アザリー!」

 アザレアに頬を押しのけられながらもくじける事無く、彼は彼女の唇を狙って、何とか顔を寄せようとする。
 と、彼の身体が宙を舞い、床へ強かに叩きつけられた。

「あ、いたたたたぁ……っ!」

 腰を押さえて悶絶するジャスミン。
 足払いで、ジャスミンを投げ飛ばしたアザレアは、真っ赤な顔で、その柳眉を吊り上げる。

「分かってるわよ、どうせ“雄氣の補充の為”って言いたいんでしょう? そんな事で補充なんか出来る訳――」
「ファ……ファジョーロの時も、それで上手くいったじゃん!」

 涙目で身体を捩らせながらも、口を尖らせて言い返すジャスミンは、更に一言付け加えた。

「現に、それでユーキが補充できたんだから――」
「…………?」

 その一言に、彼女の眉が吊り上がる。彼女の表情の変化を目の当たりにしたジャスミンの顔色が、サーッと青ざめる。
 アザレアは、ユラリと彼の前に立つと、その胸倉を掴んで、無理矢理立たせた。
 さっきまでの威勢の良さはすっかり影を顰め、借りてきた猫のように大人しくなったジャスミンの目を、じいっと威圧感たっぷりに睨めつけながら、彼女は静かに言った。

「……さっきも、誰かとそういう事したんだ?」
「あ……いえ……、そのぉ……」
「し・た・ん・だ?」
「…………はい……」

 彼女の切れ味鋭いナイフのような視線に、背中に嫌な汗をいっぱいかきながら、ジャスミンは小さく頷いた。
 アザレアは、彼の返事を聞くと、ニッコリと彼に笑いかけて、口を開いた。

「ふーん……誰と?」
「……へ?」
「だ・れ・と?」
「…………」

 ジャスミンは、ゴクリと生唾を呑み込んでから、彼女の問いに答える。

「あの……仮面を被ってた……イチカって……」
「ああ……か。……へぇ~、もう呼び捨てしてるんだぁ。ふぅ~ん」

 アザレアは、皮肉気な笑みを浮かべて、まるでゴミを見るような目で彼を見下した。
 ジャスミンは、そんな彼女に対して、慌てて言い訳を始める。

「い――いや! そ――そういう意図は無いんだよ、断じて! あくまで、緊急的なアレで……」
「……もういいわよ」

 アザレアは、大きく息を吐いて、天を仰いだ。
 そして、向こうで一心不乱に屍鬼共を貪り食らっているフジェイルの背中をチラリと見ると、そっと両手を伸ばし、ジャスミンの頬を挟み込んだ。

「ふぇっ? あ……アザリー……?」
「……勘違いしないでよ。――これは……なんだから……ね」

 上目遣いでジャスミンの顔を見ながら、真っ赤な顔でそう呟いたアザレアは、

 ――静かに、彼の唇に、己の唇を重ねた。
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