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第十三章 屍鬼(したい)置き場でロマンスを
土壇場と幻聴
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先ず動いたのはアザレアだった。
『火を統べし フェイムの息吹 命の炎! 我が手に宿り 全てを燃やせ!』
異形と化したフジェイルに近付きながら聖句を唱えて、炎に包んだ長鞭を振るう。炎鞭に打ち据えられ、フジェイルの身体が炎に包まれた。
「ムダムダムダムダァアアアア!」
しかし、フジェイルの顔には、何の痛痒も浮かばない。歪んだ狂笑を浮かべながら、アザレアに向けて幾条にも枝分かれした巨腕を伸ばす。
節くれだった巨大な腕がアザレアを捉えようとする直前、
「――やらせないぜ!」
マゼンタの光の刃が伸びてきて、その腕を根元で寸断する。無ジンノヤイバの生氣によって、巨腕は黒い塵と化して霧散した。
「ガアアアアアアアッ!」
フジェイルは、獣のような咆哮を上げながら、今度はジャスミンに向けて無数の腕を伸ばす。
「……気持ち悪っ!」
ジャスミンは舌を出すと、無ジンノヤイバの刃を一旦消し、すぐさま柄尻を叩く。再び凝集するマゼンタの光が、八つの頭を持つ蛇を形作った。
パームが目を見開く。
「……それって、まるで……!」
「そ。“銀の死神”の左腕をパク……アレンジしてみました~!」
ジャスミンは、戯けた顔で舌を出すと、そのまま唇を舐めて、無ジンノヤイバを振った。
八つの蛇の頭は、まるで意志を持つかのように、ジャスミンに迫るフジェイルの無数の巨腕に、次々と躍りかかり、その皮膚に食らいつく。
マゼンタ色の光の蛇たちに、生氣という猛毒を注入され、みるみる萎び、朽ち果てるフジェイルの腕。
と、
「ジャス! 後ろッ!」
アザレアが叫んだ。
声を耳にしたジャスミンが、慌てて振り返るよりも早く、彼の背後の床板が弾け飛び、床下から、不気味に脈打つ腕が飛び出してきた。
その腕の先端は、肉が削げ落ち、槍の穂先のように鋭く尖った白い骨が露わになっている。
「こ……コイツ! 伸ばした腕を床下に通して――!」
アザレアが放った炎鞭が、床下から伸びた巨腕に巻き付き、その動きを止めようとするが、
「ウガアアアアアアアアアアァッ!」
「キャ……アアアアアッ!」
フジェイルの腕の膂力が勝り、アザレアの方が、鞭ごと身体を引っ張られる。そして、宙を浮いたアザレアの胴体を別の腕が鷲掴みにして、そのまま思い切り床へと叩きつけた。
「か――は……!」
背中を強かに打ったアザレアは、そのまま昏倒する。
床にめり込んでおとなしくなったアザレアはそのまま捨て置き、フジェイルは腕から露出した骨で、ジャスミンを串刺しにしようと振り下ろした。
「クッ――ッ!」
間一髪で、フジェイルの腕骨の刺突を躱したジャスミンだったが、バランスを崩してしまった。その隙を逃さず、フジェイルは第二撃を放つ。
「グ――アアッ!」
フジェイルの骨の一撃が、右太腿に深く突き刺さり、ジャスミンは灼けるような痛みに顔を歪める。
ひび割れた鐘のような耳障りな声が、彼の耳朶を打った。
「……ココレデ、モウウゴケマイいイ! オワワワワリイイダア、イロゴゴゴトトシイ!」
「……い、いよいよ、瘴氣が脳味噌にまで回ったみたいだな、フジェイル! まともに喋れなくなってるじゃんか、お前!」
皮肉気な笑いを浮かべて、フジェイルを嘲るジャスミン。だが、いつもと変わらぬ軽口とは裏腹に、その顔面は蒼白で、息も荒い。
「ジャスミンさん! 『我が額 宿りし太陽 アッザムの聖眼! 光を放ちて 邪を払わんっ!』」
パームが、キヨメの聖句を唱えながら床を蹴る。キヨメの射程は短いので、まずは、フジェイルの本体まで接近して――、
「……チョコココマカウルルサイ!」
パームの接近を横目で見たフジェイルは、歯を剥き出して吠える。同時に、別の腕を繰り出して、パームの身体をはたき落とした。
「…………っ!」
パームは、数度バウンドしながら、部屋の隅まで転がっていく。彼の身体はうつ伏せになって止まったが、そのままピクリとも動かなくなった。
フジェイルは、にたありと醜怪な笑みを浮かべる。それに合わせて、彼の身体のあちこちから飛び出したり浮かび上がったりしている大小様々の屍人の顔たちも、耳障りな声を上げながら、一斉に狂笑い出した。
そして、彼は、太く肥大化した脚をゆるゆると動かし始めた。その先には――昏倒するアザレア。
「イイイロオゴトオオシイ、オマアアエエエノイチバババンイヤヤヤガルコトトトヲシテテテヤロオオウウ」
「……お、おい、――ちょっと待て……」
倒れ込んでいたジャスミンが顔を上げた。フジェイルが口にした不明瞭な言葉の意味が、彼にはハッキリ解ったからだ。
『色事師、お前の一番嫌がる事をしてやろう』
「ふ――ふざけろ! お前、まさか……!」
ジャスミンは、顔色を変えて、フジェイルの横顔に向けて叫ぶ。それに対して、フジェイルは何も言わなかったが、吊り上がった口の端が、何よりも雄弁に、彼の問いかけへの答えを示していた。
「クソッ! 止めろ、テメエッ! ――アザリー、起きろ! 起きてくれ!」
ジャスミンは、アザレアに必死に呼びかけるが、気絶した彼女の耳には届かない。彼女はグッタリしたまま、襟首をフジェイルの伸ばした手に掴まれて吊り上げられる。
フジェイルは、嘲笑を浮かべながら、彼女の白い首筋に、真っ赤な舌をベロリと這わせる。
「オママエエエノメノマママエデデ、アザレアヲクッッテヤルルル」
「クソッ! ふざけるな! 止めろ、このバケモノォッ!」
ジャスミンは、血相を変えて、何とか身体を動かそうと藻掻くが、太腿からの出血が多すぎた。身体が痺れて、満足に身体を動かす事が出来ない。
フジェイルは、愉悦に満ちた表情で、ゆっくりと、その大きく裂けた口を開いた。真っ赤な口中と、真っ白な歯が剥き出しとなる。
「止めろ止めろ止めろ止めろ止めろオオオオッ!」
ジャスミンは、半狂乱になって叫びながら、必死で手足を動かす。
――と、彼の右手が、冷たくて固い感触の何かに触れた。
同時に、彼の頭の中に、涼やかで優しくて――何よりも懐かしい声が響く。
(――ジャスくん、アザリーを……お願いね――)
「――ロ……ロゼリア……姉ちゃん……!」
――幻聴か? ……否!
ジャスミンは、右手に触れたそれをグッと握り締めると、決然とした表情で上半身を起こした。
(……ありがとう、ロゼリア姉ちゃん。――助けに来てくれたんだね……俺と、アザリーを――!)
彼の眼の端から、一粒の涙の粒が零れた。ジャスミンは、手の甲で目を拭うと、今にもアザレアの首に齧り付こうとするフジェイルを、キッと睨みつけた。
そして、右手のそれに軽く口づけをすると、
「ウオオオオオオオオオオオオッ!」
大きく振りかぶって、それをフジェイル目がけて投げつけた。
空気を引き裂いて、真っ直ぐ飛び――
「ギャ、ギャアアアアアアアアアアアァァッ!」
――黒く焼き焦げた髪留めは、フジェイルの左目に真っ直ぐ突き立った――!
『火を統べし フェイムの息吹 命の炎! 我が手に宿り 全てを燃やせ!』
異形と化したフジェイルに近付きながら聖句を唱えて、炎に包んだ長鞭を振るう。炎鞭に打ち据えられ、フジェイルの身体が炎に包まれた。
「ムダムダムダムダァアアアア!」
しかし、フジェイルの顔には、何の痛痒も浮かばない。歪んだ狂笑を浮かべながら、アザレアに向けて幾条にも枝分かれした巨腕を伸ばす。
節くれだった巨大な腕がアザレアを捉えようとする直前、
「――やらせないぜ!」
マゼンタの光の刃が伸びてきて、その腕を根元で寸断する。無ジンノヤイバの生氣によって、巨腕は黒い塵と化して霧散した。
「ガアアアアアアアッ!」
フジェイルは、獣のような咆哮を上げながら、今度はジャスミンに向けて無数の腕を伸ばす。
「……気持ち悪っ!」
ジャスミンは舌を出すと、無ジンノヤイバの刃を一旦消し、すぐさま柄尻を叩く。再び凝集するマゼンタの光が、八つの頭を持つ蛇を形作った。
パームが目を見開く。
「……それって、まるで……!」
「そ。“銀の死神”の左腕をパク……アレンジしてみました~!」
ジャスミンは、戯けた顔で舌を出すと、そのまま唇を舐めて、無ジンノヤイバを振った。
八つの蛇の頭は、まるで意志を持つかのように、ジャスミンに迫るフジェイルの無数の巨腕に、次々と躍りかかり、その皮膚に食らいつく。
マゼンタ色の光の蛇たちに、生氣という猛毒を注入され、みるみる萎び、朽ち果てるフジェイルの腕。
と、
「ジャス! 後ろッ!」
アザレアが叫んだ。
声を耳にしたジャスミンが、慌てて振り返るよりも早く、彼の背後の床板が弾け飛び、床下から、不気味に脈打つ腕が飛び出してきた。
その腕の先端は、肉が削げ落ち、槍の穂先のように鋭く尖った白い骨が露わになっている。
「こ……コイツ! 伸ばした腕を床下に通して――!」
アザレアが放った炎鞭が、床下から伸びた巨腕に巻き付き、その動きを止めようとするが、
「ウガアアアアアアアアアアァッ!」
「キャ……アアアアアッ!」
フジェイルの腕の膂力が勝り、アザレアの方が、鞭ごと身体を引っ張られる。そして、宙を浮いたアザレアの胴体を別の腕が鷲掴みにして、そのまま思い切り床へと叩きつけた。
「か――は……!」
背中を強かに打ったアザレアは、そのまま昏倒する。
床にめり込んでおとなしくなったアザレアはそのまま捨て置き、フジェイルは腕から露出した骨で、ジャスミンを串刺しにしようと振り下ろした。
「クッ――ッ!」
間一髪で、フジェイルの腕骨の刺突を躱したジャスミンだったが、バランスを崩してしまった。その隙を逃さず、フジェイルは第二撃を放つ。
「グ――アアッ!」
フジェイルの骨の一撃が、右太腿に深く突き刺さり、ジャスミンは灼けるような痛みに顔を歪める。
ひび割れた鐘のような耳障りな声が、彼の耳朶を打った。
「……ココレデ、モウウゴケマイいイ! オワワワワリイイダア、イロゴゴゴトトシイ!」
「……い、いよいよ、瘴氣が脳味噌にまで回ったみたいだな、フジェイル! まともに喋れなくなってるじゃんか、お前!」
皮肉気な笑いを浮かべて、フジェイルを嘲るジャスミン。だが、いつもと変わらぬ軽口とは裏腹に、その顔面は蒼白で、息も荒い。
「ジャスミンさん! 『我が額 宿りし太陽 アッザムの聖眼! 光を放ちて 邪を払わんっ!』」
パームが、キヨメの聖句を唱えながら床を蹴る。キヨメの射程は短いので、まずは、フジェイルの本体まで接近して――、
「……チョコココマカウルルサイ!」
パームの接近を横目で見たフジェイルは、歯を剥き出して吠える。同時に、別の腕を繰り出して、パームの身体をはたき落とした。
「…………っ!」
パームは、数度バウンドしながら、部屋の隅まで転がっていく。彼の身体はうつ伏せになって止まったが、そのままピクリとも動かなくなった。
フジェイルは、にたありと醜怪な笑みを浮かべる。それに合わせて、彼の身体のあちこちから飛び出したり浮かび上がったりしている大小様々の屍人の顔たちも、耳障りな声を上げながら、一斉に狂笑い出した。
そして、彼は、太く肥大化した脚をゆるゆると動かし始めた。その先には――昏倒するアザレア。
「イイイロオゴトオオシイ、オマアアエエエノイチバババンイヤヤヤガルコトトトヲシテテテヤロオオウウ」
「……お、おい、――ちょっと待て……」
倒れ込んでいたジャスミンが顔を上げた。フジェイルが口にした不明瞭な言葉の意味が、彼にはハッキリ解ったからだ。
『色事師、お前の一番嫌がる事をしてやろう』
「ふ――ふざけろ! お前、まさか……!」
ジャスミンは、顔色を変えて、フジェイルの横顔に向けて叫ぶ。それに対して、フジェイルは何も言わなかったが、吊り上がった口の端が、何よりも雄弁に、彼の問いかけへの答えを示していた。
「クソッ! 止めろ、テメエッ! ――アザリー、起きろ! 起きてくれ!」
ジャスミンは、アザレアに必死に呼びかけるが、気絶した彼女の耳には届かない。彼女はグッタリしたまま、襟首をフジェイルの伸ばした手に掴まれて吊り上げられる。
フジェイルは、嘲笑を浮かべながら、彼女の白い首筋に、真っ赤な舌をベロリと這わせる。
「オママエエエノメノマママエデデ、アザレアヲクッッテヤルルル」
「クソッ! ふざけるな! 止めろ、このバケモノォッ!」
ジャスミンは、血相を変えて、何とか身体を動かそうと藻掻くが、太腿からの出血が多すぎた。身体が痺れて、満足に身体を動かす事が出来ない。
フジェイルは、愉悦に満ちた表情で、ゆっくりと、その大きく裂けた口を開いた。真っ赤な口中と、真っ白な歯が剥き出しとなる。
「止めろ止めろ止めろ止めろ止めろオオオオッ!」
ジャスミンは、半狂乱になって叫びながら、必死で手足を動かす。
――と、彼の右手が、冷たくて固い感触の何かに触れた。
同時に、彼の頭の中に、涼やかで優しくて――何よりも懐かしい声が響く。
(――ジャスくん、アザリーを……お願いね――)
「――ロ……ロゼリア……姉ちゃん……!」
――幻聴か? ……否!
ジャスミンは、右手に触れたそれをグッと握り締めると、決然とした表情で上半身を起こした。
(……ありがとう、ロゼリア姉ちゃん。――助けに来てくれたんだね……俺と、アザリーを――!)
彼の眼の端から、一粒の涙の粒が零れた。ジャスミンは、手の甲で目を拭うと、今にもアザレアの首に齧り付こうとするフジェイルを、キッと睨みつけた。
そして、右手のそれに軽く口づけをすると、
「ウオオオオオオオオオオオオッ!」
大きく振りかぶって、それをフジェイル目がけて投げつけた。
空気を引き裂いて、真っ直ぐ飛び――
「ギャ、ギャアアアアアアアアアアアァァッ!」
――黒く焼き焦げた髪留めは、フジェイルの左目に真っ直ぐ突き立った――!
応援ありがとうございます!
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