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第十三章 屍鬼(したい)置き場でロマンスを

再会と贈り物

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 ――……ザリー ――アザリー……

 ――どこか遠くで、誰かが自分の事を呼んでいる。
 ……ひどく懐かしくて――とても優しい、聞き慣れた……けれど、久しぶりに聴いた声……。
 アザレアは、微睡みながら、ゆっくりと目を開ける。

『……おはよう、アザリー……』

 横たわる彼女の顔を上から見下ろしながら、深紅の髪に銀の髪留めを挿したその顔は、優しい微笑みを浮かべていた。
 瞬間、アザレアの目が驚愕で見開かれ、弾かれたように飛び起きる。
 彼女の目の前には、十年前のあの日と変わらない美しい姿のままの、見慣れた女性の姿があった。
 アザレアは、その真紅の瞳を涙で潤ませながら、自分を見下ろしていた人物に抱きついた。

『――ね……姉様っ――!』

 忽ち、まるで滝のように、その頬を涙が流れ落ちる。

『会いたかった――! 会いたかったよう……! 姉様……姉様……!』
『……ごめんなさいね、アザリー……。長い間、ひとりにしてしまって……』

 子どものように泣きじゃくるアザレアの髪を、かつての様に優しく撫でながら、ロゼリアの頬にも一筋の涙が伝う。

『アザリー……もう一度、顔を良く見せて』

 ロゼリアは、そう言うと、アザレアの肩を優しく掴む。のアザレアの顔をじっと見て、ニッコリと微笑んだ。

『大きくなったわね、アザリー……。私にそっくり』
『……全然よ。姉様には敵わないわ』

 アザレアは、照れくさそうに笑って、もう一度ロゼリアに抱きついた。と、ロゼリアの表情が曇る。

『アザリー……ごめんね……』
『……どうしたの? 何を、謝るの? 姉様……』

 哀しそうな表情を浮かべて、問い返すアザレア。今度は、ロゼリアの瞳から滂沱ぼうだの涙が流れ落ちる。

『私が……あの男を道連れにすることが出来なかったから……あなたに、こんなに苦労をかけてしまって……』
『そ――そんな事……!』

 ロゼリア言葉に、アザレアは激しく頭を振る。

『――そんな事……無い! 姉様が謝る事なんて、これっぽちも無いわ! お願いだから……姉様が謝らないで!』
『……ありがとう、アザリー……』

 ロゼリアは、アザレアの言葉を聞くと、涙を流しながらもニコリと微笑んだ。
 ――と、彼女は耳を澄ませる仕草をすると、少し寂しそうな表情を浮かべながら、妹に優しく語りかける。

『――アザリー……。あなたは、戻らなければいけない。――あの子が、呼んでいるわ』
『え……嫌!』

 アザレアは、反射的に激しくブンブンと首を振る。戸惑うような表情を浮かべるロゼリアの胸にむしゃぶりつきながら、アザレアは嗚咽混じりの言葉で、必死に訴える。

『嫌! せっかく逢えたのに……! また、離れ離れになるのは……』
『アザリー……』

 一瞬、ロゼリアの顔にも逡巡の色が浮かぶが、きっと眦を吊り上げ、きつい言葉で告げる。

『駄目よ! ……あなたは、戻らなければいけない。それは……あなたも、本当は分かってる事でしょ?』
『……ね……姉様ぁ……』
『……いい子ね』

 涙で顔をクシャクシャにしながら、言葉を詰まらせるアザレア。ロゼリアは、自分も涙を流しながら、無理矢理微笑んで、妹の涙を指先でそっと拭いてやる。

『…………リー! ――――ザリー! ――』

 向こう側から幽かに、アザレアを呼ぶ声が、こだまのように聞こえてくる。

『……さあ。あの子も呼んでいるから、もう行きなさい』
『……姉様』
『あ……そうそう……』

 縋るような顔のアザレアを前に、ロゼリアはそう呟くと、自分の髪に挿してあった銀の髪留めを抜くと、アザレアの真紅の髪に、そっと挿した。

『……うん。よく似合ってる。……約束だったからね。18歳になったらプレゼントするって』

 ロゼリアはそう言って、柔らかな笑みを浮かべてみせた。

『おめでとう、アザリー』
『あ……ありがどう……』

 アザレアの瞼の堰が再び決壊し、彼女は止めどない涙を流しながら、駄々っ子のように、いやいやと首を振る。

『……やっぱり嫌だよう……姉様と……離れたくない……』
『――私は、あなたから離れたりしないわよ、アザリー』
『……え?』

 ロゼリアの言葉に、キョトンとした表情を見せるアザレアの胸元を指さして、ロゼリアは微笑んだ。

『私は、そこに……あなたの心の中に、いつまでも居るわ。だから、安心して。――私は、これからずっと、あなたを見守り続けているわ』
『……』
『だから、あなたはこれから、精一杯楽しんで……幸せに生きて。それが私の願い、私の望み、そして――私の楽しみなの。……あなたがあなたの人生を生きる事が、私を生かす事になるのよ――アザリー』
『……姉様』
『――ザリー! 起きろ、アザリー!』
『……ほら、彼が呼んでるわ』

 ロゼリアは、そう言うと、ほんの少しだけ寂しそうな表情を浮かべて、彼女の背中をそっと押した。

『元気でね、アザリー……。ずっと先の未来、お婆ちゃんになったあなたとお話しできる日を、楽しみにしてるからね――』

 ◆ ◆ ◆ ◆

 「アザリー! 起きろ! 目を醒ませ!」

 一際大きな、ジャスミンの呼びかけに、アザレアはハッとして目を開いた。

「――!」

 その視界に入ったのは、すっかり異形の一部と化しながらも、はっきりと分かる、決して忘れようのない憎き仇の焼け爛れた顔。

「――フジェ……イル!」

 その顔を見た瞬間、たちまち、アザレアの意識が覚醒し、自分の身体が彼の腕の中にある事を理解する。そして、苦悶の表情を浮かべながらのたうち回る彼の左目に、黒く焼け焦げた姉の形見――先程、確かに姉から譲り受けた、銀の髪留めが深々と刺さっている事にも気付いた。
 その瞬間、彼女の頭に血が上る。

「――返して! それは……姉様から貰った、大切な物なの! ――お前如きが……穢すなぁッ!」

 怒りに満ちたアザレアは、その腕を伸ばし、フジェイルの左目を貫いた髪留めを掴むや、思い切り引き抜いた。
 次の瞬間――、

「ア――アアアアアアァァッ! ギャアアアアアアアアアアアァァッ!」」

 フジェイルの断末魔の絶叫が響き渡る。
 髪留めが穿った、フジェイルの左目のうろから、突如として真っ赤な轟炎が噴き出し、たちまちの内に彼の全身を包み込んだのだ――!
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