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終章 嗚呼、色事の日々
回想と再会
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――ラバッテリア教神官の朝は早い。
毎朝四時に起床し、神官服に着替え、礼拝堂で朝の祈行を行う。祈行を終えた後は、六時の朝食まで、神殿内を皆で掃き浄める。これを毎朝欠かさず、一切の遅滞を起こさずに務めるのだ。
「ふ……わぁ~……あ」
パームは、箒を動かす手を止め、欠伸で大きく開いた口を隠す。そして、初冬を迎えた王都チュプリの、肌を刺す程に冷たい朝の空気に、その身を震わせた。
「……また、一段と寒くなったな……」
そう呟くと、彼は頭上を振り仰ぎ、まだ薄暗い未明の空に目を向ける。薄ぼんやりと浮かぶ星々の中で、紅と蒼のふたつの月が、淡い光を放っていた。
(……あれから、もう三ヶ月、か……)
――あの日、ダリア山の中腹で、仲間たちと見たふたつの月を、彼は思い出していた。今日の月は、あの日とよく似ている。
(ホント、大変だったよな……あの時は)
と、彼は、うっすらと微笑みを浮かべながら、ほんの数ヶ月前の出来事を思い返していた。
――あの日、大教主に半ば引きずられながら、ふて腐れた顔でやって来た色事師。
――彼と共に迷い込み、罠の餌にされかけたりと、散々な目に遭わされた果無の樹海の日々。
――チャー傭兵団の手に落ちたサンクトルの潜伏先で、フェーンという少女に扮し、酒場の看板娘として忙しなく働いた日々。
――祭に乗じて起こした、住民たちの暴動に参加した事(もっとも、その記憶は途中で途切れている)。
――湖畔の村を救う為、魔獣遣いの操る水龍と必死に戦った事。
――ダリア山で対峙した“銀の死神”との決死の戦い。
そして――自らを屍人形と成し、妄執と未練と野望と執念に取り憑かれ、終には異形と化した傭兵団の団長との激闘……。
(……ホント、良く生きて帰れたよね……)
一連の顛末のどこをとっても、一歩間違えれば、冥神ダレムの元へ召されかねない、ギリギリの綱渡りばかりだ。今、改めて思い返しても、背筋が凍る。
――もっとも、彼をギリギリの状況に追い込んだ、大体の原因は、ひとりの軽薄な顔の男に帰結する。
パームは、その男の顔を思い浮かべ――甚だしく苛ついた気分になりつつも……ほんの少しだけ、違う感情が蠢くのも感じ、彼は自分自身に対して当惑した。
(……いやいや、何で僕は……あの人に、また会いたい――なんて思っちゃったんだ……?)
そんな馬鹿馬鹿しい考えを振り払おうと、彼は頭をブンブンと振る。
(あんな……軽薄でいい加減で行き当たりばったりで、女の人に誰彼構わず手を出そうとしたり、人の事をおちょくるのが大好きだったり、人の事を騙して、ひとりでいいとこ取りしようとしたりする様な……あんな人に……何で?)
そう自問するが、答えは出てこない。
と、彼は、自分の頬を思い切り叩いた。
(――いけないいけない。ボーッとしてたら、朝食の時間になっちゃう。……今は、掃除を済ませないと――)
パームは、心の中に渦巻くモヤモヤした部分から目を背けて、無心で箒を動かし始めた――。
◆ ◆ ◆ ◆
「ホッホッホッ、お疲れ様です、パーム神侍」
その日の午後、祭壇の花の水を換えていたパームは、背後から声をかけられた。
その特徴的な笑い声から、彼は、自分に声をかけてきた人物が誰なのかを瞬時に悟り、慌てて振り返り、直立不動の姿勢で深々と頭を下げた。
「これは――お疲れ様です、大教主様!」
「あー、良いです良いです。そんなに構えないで」
大教主は、しわくちゃの顔に、相変わらずの福々しい微笑みを湛えながら、鷹揚に手を振った。そして、
「あなたに、お客様がいらっしゃっておりますぞ」
と、告げると、一歩横にずれる。
来客を告げられたパームは、戸惑った表情で首を傾げた。
「ええと……僕に来客……ですか? 一体、どなたでしょ――」
「――久しぶり、パーム君!」
訝しんでいたパームの顔は、その一言で、一気に綻んだ。
「あ――アザレアさん!」
「元気だった? あれ以来だから……三ヶ月ちょいくらいかしらね?」
驚きながらも喜ぶパームの目の前で、アザレアもニコリと微笑み返した。
・
・
・
ふたりは、大教主のはからいで、神殿の面会室で旧交を温める。
「――パーム君、ちょっと見ない内に、何か、男らしくなったね」
「――え? そ、そうですか?」
思いもかけない一言をかけられて、パームは頬を染めながら、思わずニヤける。
「ウ~ン、自覚はあまり無いですけど……。あ、でも、身長はちょっとだけ伸びました!」
「そうかぁ~……」
ニコニコしながら胸を張るパームを前に、少しだけ残念そうな表情を浮かべるアザレア。
「サンクトルのみんな、ガッカリしちゃうなぁ……。みんな、フェーンちゃんにもう一度お酌して欲しいって言ってたのになぁ……」
「……勘弁して下さいよ」
微妙に冗談に聞こえないアザレアの言葉に、思わず頬を引き攣らせるパーム。
あの後、サンクトルに戻ったアザレアは街の住民たちに温かく迎え入れられ、『飛竜の泪亭』を再開店した。今では、度々チュプリでも噂に上がるほどの人気店になっている。
「それに……服の色も変わったね、パーム君」
「あ……そ、そうですね」
アザレアの言う通り、彼の神官服は、以前の若葉色から、淡い水色のそれへと変わっていた。パームは、照れくさそうに頭を掻きながら、神官服の裾を広げてみせる。
「……以前は、“神僕”の若葉色だったんですが、……その、先だっての功績を評価されて、“神侍”へと昇格しましたので……」
「“神侍”! すごいじゃない! 一気に偉くなったんじゃないの、それ?」
「い、いやぁ~……三階層くらいですね、はい……」
「大出世じゃない! うん、良かったわね……! パーム君だったら、次の大教主様も夢じゃないかもね――」
「い……いや、僕なんか、大教主様には全然及びませんよぉ……」
パームは、顔を赤くしたり青くしたりしながら、しきりに頭を掻く。何とか、話題を逸らそうと、パームは彼女の髪を指さす。
「そんな事より――結構伸びましたね、髪の毛」
「あ、うん。――そりゃ、3ヶ月も経てば、ね」
アザレアはそう言うと、肩にかかるくらいまで伸びた真紅の髪の毛をそっと撫でた。――その髪には、赤い宝石が嵌まった黒焦げの髪留めと、小さなバラの花を模した銀製の髪留めが、ふたつ並んで留まっている。
「――本当は、もうちょっと伸ばしたいんだけどね。あいつが、この位がいいって言うから……」
「……ジャスミンさん、元気ですか?」
「――それな」
「……ふえっ?」
パームは、何の気なしにジャスミンの近況を尋ねただけだったのだが、その問いを受けた瞬間、アザレアの雰囲気が一変した。
彼女は、女豹のような素早さでパームの前に近付くと、彼の肩をガッシリと掴んだ。彼女の爪が肩の肉に食い込む。その痛みに、パームは思わず顔を顰めた。
「――パーム君っ!」
「ふぇ……ふぁいっ?」
鬼気迫るアザレアの顔に、思わず気圧されて、直立不動で答えるパーム。
彼女は、その紅の目をギラギラと輝かせながら、パームに詰め寄る。
「アイツ……ジャスって、コッチに来てない?」
「じゃ――ジャスミンさんが……ですか?」
パームは、思わず目を丸くして、それからブンブンと首を横に振った。
「い――いえ。来てないですけど……あれ? っていうか、ジャスミンさん、サンクトルにいらっしゃるんじゃないんですか?」
「……逃げたのよ」
アザレアは、一時の激情から我に返り、顔を赤く染めて、パームの肩から手を離した。そして、大きく溜息を吐いて、窓枠に肘をついて、外を眺めながら口を開いた。
「――大体、一ヶ月前ね。どこかで会った女にほだされたらしくて、良くない筋と揉めたらしいのよね。――で、その対処に下手を打って、ますます敵を増やして……っていうスパイラルにどっぷりハマって、その挙げ句に一週間前に姿を眩ましたのよ」
「……ぷっ! 何か、相変わらずですね、ジャスミンさん……」
アザレアの顔を見て、笑っちゃいけないと思いつつ、パームは耐えきれずに噴き出した。
「笑い事じゃないわよ、パーム君……」
アザレアは、柳眉を吊り上げると、頬を膨らませた。
「……アイツのせいで、私も騒動に巻き込まれちゃって、大変なんだからさ……」
「それは……災難ですねぇ……」
パームは、困ったような表情を浮かべて言った。
「……でも、何で僕なんです? あの人が僕の所を訪ねてくるとも限らないでしょう?」
「――ま、そこは、女の勘ってヤツ……かな?」
そう答えると、アザレアは悪戯っぽく微笑んだ。
「うーん、こんな状況に陥った時に、アイツが誰を頼るか――って考えた時に、真っ先に浮かんだのよね……パーム君の顔が」
「……はあ」
そこは喜ぶべきなのか、困惑するべきなのか、それとも憤慨するべきなのか……反応に困ったパームは、引き攣った笑いを浮かべるだけだった。
と――、
不意に、アザレアの表情が引き締まり、パームに向けて「しーっ」と、唇に人差し指を当てた。「静かにしろ」という意味だろう。言われた通りに、パームは口を噤む。
彼女は、そろそろと窓枠に手をやり、音を立てないように注意しながら、そっと窓に手を当て、もう片方の手は、腰に纏めて吊した長鞭の柄を握り締める。
次の瞬間、彼女は思いきり窓を開いた。
同時に、ガサガサと、窓の外の植え込みを掻き分ける音が聞こえる。
「――逃がさないわよっ!」
彼女は、一喝と共に、握った長鞭をその音の主へと放った。
「――ぐえっ!」
長鞭が何かに巻き付いたバチッという音と共に、蛙が潰れたような呻き声が聞こえた。パームが窓の外を覗き込むと、長鞭の伸びた先で、何やら黒い影が蠢いている。
怪しい影は、首に巻き付いた長鞭を外そうと藻掻いていたが、
「――これ以上逃げようとするなら、火傷するわよ?」
という、アザレアのドスのきいた声を聞くと、ビクリと身体を震わせ、やがて観念したように両手を上げた。
「……へいへい。分かりましたよ、アザリー。さすがに、燃やされちゃかなわないや。――降参だ、降参」
そう言いながら、ゆっくりと彼は振り返り、パームに向けて、いつもの軽薄そうな笑顔を見せる。
「よっ、パーム! ひっさしぶり~♪」
――そんな彼に、パームは驚きながらも呆れ顔で声をかけた。
「まったく……そんな所で何やってるんですか……ジャスミンさん」
毎朝四時に起床し、神官服に着替え、礼拝堂で朝の祈行を行う。祈行を終えた後は、六時の朝食まで、神殿内を皆で掃き浄める。これを毎朝欠かさず、一切の遅滞を起こさずに務めるのだ。
「ふ……わぁ~……あ」
パームは、箒を動かす手を止め、欠伸で大きく開いた口を隠す。そして、初冬を迎えた王都チュプリの、肌を刺す程に冷たい朝の空気に、その身を震わせた。
「……また、一段と寒くなったな……」
そう呟くと、彼は頭上を振り仰ぎ、まだ薄暗い未明の空に目を向ける。薄ぼんやりと浮かぶ星々の中で、紅と蒼のふたつの月が、淡い光を放っていた。
(……あれから、もう三ヶ月、か……)
――あの日、ダリア山の中腹で、仲間たちと見たふたつの月を、彼は思い出していた。今日の月は、あの日とよく似ている。
(ホント、大変だったよな……あの時は)
と、彼は、うっすらと微笑みを浮かべながら、ほんの数ヶ月前の出来事を思い返していた。
――あの日、大教主に半ば引きずられながら、ふて腐れた顔でやって来た色事師。
――彼と共に迷い込み、罠の餌にされかけたりと、散々な目に遭わされた果無の樹海の日々。
――チャー傭兵団の手に落ちたサンクトルの潜伏先で、フェーンという少女に扮し、酒場の看板娘として忙しなく働いた日々。
――祭に乗じて起こした、住民たちの暴動に参加した事(もっとも、その記憶は途中で途切れている)。
――湖畔の村を救う為、魔獣遣いの操る水龍と必死に戦った事。
――ダリア山で対峙した“銀の死神”との決死の戦い。
そして――自らを屍人形と成し、妄執と未練と野望と執念に取り憑かれ、終には異形と化した傭兵団の団長との激闘……。
(……ホント、良く生きて帰れたよね……)
一連の顛末のどこをとっても、一歩間違えれば、冥神ダレムの元へ召されかねない、ギリギリの綱渡りばかりだ。今、改めて思い返しても、背筋が凍る。
――もっとも、彼をギリギリの状況に追い込んだ、大体の原因は、ひとりの軽薄な顔の男に帰結する。
パームは、その男の顔を思い浮かべ――甚だしく苛ついた気分になりつつも……ほんの少しだけ、違う感情が蠢くのも感じ、彼は自分自身に対して当惑した。
(……いやいや、何で僕は……あの人に、また会いたい――なんて思っちゃったんだ……?)
そんな馬鹿馬鹿しい考えを振り払おうと、彼は頭をブンブンと振る。
(あんな……軽薄でいい加減で行き当たりばったりで、女の人に誰彼構わず手を出そうとしたり、人の事をおちょくるのが大好きだったり、人の事を騙して、ひとりでいいとこ取りしようとしたりする様な……あんな人に……何で?)
そう自問するが、答えは出てこない。
と、彼は、自分の頬を思い切り叩いた。
(――いけないいけない。ボーッとしてたら、朝食の時間になっちゃう。……今は、掃除を済ませないと――)
パームは、心の中に渦巻くモヤモヤした部分から目を背けて、無心で箒を動かし始めた――。
◆ ◆ ◆ ◆
「ホッホッホッ、お疲れ様です、パーム神侍」
その日の午後、祭壇の花の水を換えていたパームは、背後から声をかけられた。
その特徴的な笑い声から、彼は、自分に声をかけてきた人物が誰なのかを瞬時に悟り、慌てて振り返り、直立不動の姿勢で深々と頭を下げた。
「これは――お疲れ様です、大教主様!」
「あー、良いです良いです。そんなに構えないで」
大教主は、しわくちゃの顔に、相変わらずの福々しい微笑みを湛えながら、鷹揚に手を振った。そして、
「あなたに、お客様がいらっしゃっておりますぞ」
と、告げると、一歩横にずれる。
来客を告げられたパームは、戸惑った表情で首を傾げた。
「ええと……僕に来客……ですか? 一体、どなたでしょ――」
「――久しぶり、パーム君!」
訝しんでいたパームの顔は、その一言で、一気に綻んだ。
「あ――アザレアさん!」
「元気だった? あれ以来だから……三ヶ月ちょいくらいかしらね?」
驚きながらも喜ぶパームの目の前で、アザレアもニコリと微笑み返した。
・
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ふたりは、大教主のはからいで、神殿の面会室で旧交を温める。
「――パーム君、ちょっと見ない内に、何か、男らしくなったね」
「――え? そ、そうですか?」
思いもかけない一言をかけられて、パームは頬を染めながら、思わずニヤける。
「ウ~ン、自覚はあまり無いですけど……。あ、でも、身長はちょっとだけ伸びました!」
「そうかぁ~……」
ニコニコしながら胸を張るパームを前に、少しだけ残念そうな表情を浮かべるアザレア。
「サンクトルのみんな、ガッカリしちゃうなぁ……。みんな、フェーンちゃんにもう一度お酌して欲しいって言ってたのになぁ……」
「……勘弁して下さいよ」
微妙に冗談に聞こえないアザレアの言葉に、思わず頬を引き攣らせるパーム。
あの後、サンクトルに戻ったアザレアは街の住民たちに温かく迎え入れられ、『飛竜の泪亭』を再開店した。今では、度々チュプリでも噂に上がるほどの人気店になっている。
「それに……服の色も変わったね、パーム君」
「あ……そ、そうですね」
アザレアの言う通り、彼の神官服は、以前の若葉色から、淡い水色のそれへと変わっていた。パームは、照れくさそうに頭を掻きながら、神官服の裾を広げてみせる。
「……以前は、“神僕”の若葉色だったんですが、……その、先だっての功績を評価されて、“神侍”へと昇格しましたので……」
「“神侍”! すごいじゃない! 一気に偉くなったんじゃないの、それ?」
「い、いやぁ~……三階層くらいですね、はい……」
「大出世じゃない! うん、良かったわね……! パーム君だったら、次の大教主様も夢じゃないかもね――」
「い……いや、僕なんか、大教主様には全然及びませんよぉ……」
パームは、顔を赤くしたり青くしたりしながら、しきりに頭を掻く。何とか、話題を逸らそうと、パームは彼女の髪を指さす。
「そんな事より――結構伸びましたね、髪の毛」
「あ、うん。――そりゃ、3ヶ月も経てば、ね」
アザレアはそう言うと、肩にかかるくらいまで伸びた真紅の髪の毛をそっと撫でた。――その髪には、赤い宝石が嵌まった黒焦げの髪留めと、小さなバラの花を模した銀製の髪留めが、ふたつ並んで留まっている。
「――本当は、もうちょっと伸ばしたいんだけどね。あいつが、この位がいいって言うから……」
「……ジャスミンさん、元気ですか?」
「――それな」
「……ふえっ?」
パームは、何の気なしにジャスミンの近況を尋ねただけだったのだが、その問いを受けた瞬間、アザレアの雰囲気が一変した。
彼女は、女豹のような素早さでパームの前に近付くと、彼の肩をガッシリと掴んだ。彼女の爪が肩の肉に食い込む。その痛みに、パームは思わず顔を顰めた。
「――パーム君っ!」
「ふぇ……ふぁいっ?」
鬼気迫るアザレアの顔に、思わず気圧されて、直立不動で答えるパーム。
彼女は、その紅の目をギラギラと輝かせながら、パームに詰め寄る。
「アイツ……ジャスって、コッチに来てない?」
「じゃ――ジャスミンさんが……ですか?」
パームは、思わず目を丸くして、それからブンブンと首を横に振った。
「い――いえ。来てないですけど……あれ? っていうか、ジャスミンさん、サンクトルにいらっしゃるんじゃないんですか?」
「……逃げたのよ」
アザレアは、一時の激情から我に返り、顔を赤く染めて、パームの肩から手を離した。そして、大きく溜息を吐いて、窓枠に肘をついて、外を眺めながら口を開いた。
「――大体、一ヶ月前ね。どこかで会った女にほだされたらしくて、良くない筋と揉めたらしいのよね。――で、その対処に下手を打って、ますます敵を増やして……っていうスパイラルにどっぷりハマって、その挙げ句に一週間前に姿を眩ましたのよ」
「……ぷっ! 何か、相変わらずですね、ジャスミンさん……」
アザレアの顔を見て、笑っちゃいけないと思いつつ、パームは耐えきれずに噴き出した。
「笑い事じゃないわよ、パーム君……」
アザレアは、柳眉を吊り上げると、頬を膨らませた。
「……アイツのせいで、私も騒動に巻き込まれちゃって、大変なんだからさ……」
「それは……災難ですねぇ……」
パームは、困ったような表情を浮かべて言った。
「……でも、何で僕なんです? あの人が僕の所を訪ねてくるとも限らないでしょう?」
「――ま、そこは、女の勘ってヤツ……かな?」
そう答えると、アザレアは悪戯っぽく微笑んだ。
「うーん、こんな状況に陥った時に、アイツが誰を頼るか――って考えた時に、真っ先に浮かんだのよね……パーム君の顔が」
「……はあ」
そこは喜ぶべきなのか、困惑するべきなのか、それとも憤慨するべきなのか……反応に困ったパームは、引き攣った笑いを浮かべるだけだった。
と――、
不意に、アザレアの表情が引き締まり、パームに向けて「しーっ」と、唇に人差し指を当てた。「静かにしろ」という意味だろう。言われた通りに、パームは口を噤む。
彼女は、そろそろと窓枠に手をやり、音を立てないように注意しながら、そっと窓に手を当て、もう片方の手は、腰に纏めて吊した長鞭の柄を握り締める。
次の瞬間、彼女は思いきり窓を開いた。
同時に、ガサガサと、窓の外の植え込みを掻き分ける音が聞こえる。
「――逃がさないわよっ!」
彼女は、一喝と共に、握った長鞭をその音の主へと放った。
「――ぐえっ!」
長鞭が何かに巻き付いたバチッという音と共に、蛙が潰れたような呻き声が聞こえた。パームが窓の外を覗き込むと、長鞭の伸びた先で、何やら黒い影が蠢いている。
怪しい影は、首に巻き付いた長鞭を外そうと藻掻いていたが、
「――これ以上逃げようとするなら、火傷するわよ?」
という、アザレアのドスのきいた声を聞くと、ビクリと身体を震わせ、やがて観念したように両手を上げた。
「……へいへい。分かりましたよ、アザリー。さすがに、燃やされちゃかなわないや。――降参だ、降参」
そう言いながら、ゆっくりと彼は振り返り、パームに向けて、いつもの軽薄そうな笑顔を見せる。
「よっ、パーム! ひっさしぶり~♪」
――そんな彼に、パームは驚きながらも呆れ顔で声をかけた。
「まったく……そんな所で何やってるんですか……ジャスミンさん」
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