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終章 嗚呼、色事の日々
傭兵と忍、そして鍵師
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サンクトルの街の一角に建つ『飛竜の泪亭』は、今日もたくさんの酔客で大賑わいだった。
「おーい! こっちにバルをみっつ頼む!」
「赤ワイン、ボトルで!」
「揚げイモ遅いぜ~!」
「おーい! 溶岩酒飲んで、連れがぶっ倒れちまった! 水くれ、水!」
客からの注文や要求が次々と浴びせられ、カウンターと各テーブルを行き交う従業員たちは、てんやわんやだ。
「おい! いつまで待たせるんだ! 注文させろぉっ!」
「! は、はぁい! 少々お待ち下され!」
客からの怒声に、目を回しながらも応えたのは、黒いメイド服を纏い、長い黒髪を後ろで束ねた、彫りの浅い顔つきの娘だった。
――彼女だけではない。店内を忙しく動く、店の女給たち全員が、この国ではめったに見られない、東の果てに住む人種の顔立ちだった。
「――つーかよぉ、アザレアちゃんはどうしたんだよ、ええっ? お前らじゃ、手際が悪過ぎて、酒が温くなっちまう!」
禿頭の中年男が、ジョッキをグビリと喉を鳴らして呷りながら言った。
カウンターに立つ黒髪の少女は、その言葉にムッとした顔をしながらも、どうにかその感情を腹の中で圧し殺す。
「あ……相すまぬ……じゃなくて、すみません。アザレア様……店長は、急な出張で――」
彼女は、引き攣った笑いを浮かべながら、ハゲ男に答えるが――急に、その眼光が鋭く光った。
「……曲者ッ!」
そう叫ぶや、彼女は懐に手を突っ込む。
次の瞬間、仕込んでいたクナイを抜き、店の入り口に向かって投げ放つ。
が――、そのクナイは、ドアの隙間から伸びた巨大な掌の二本の指によって、容易く挟み取られた。
「――おいおい。入ってきた客にいきなり飛び道具たぁ、暫く来ねえウチに、この店も随分と物騒になったもんだなぁ、オイ」
そして、万雷の如き声と共に、巨大な影が、ぬっと身体を屈めながら顔を出す。
「……お前は……!」
その姿を見たカウンターの少女は、苦々しげな顔を隠しもせずに、吐き出すように呟いた。
「よッ……て、何でぇ、お前だけかよ……仮面のお嬢ちゃん」
「……一華だ! この……デカブツ!」
「……いや、お前も、マトモに俺の名前を覚えてねえよな、ソレ」
ヒースは、カウンターの奥のイチカに苦笑しながら、キョロキョロと辺りを見廻しながら言った。
「――つーかよ、姐ちゃんと色男は、いねえのかい?」
◆ ◆ ◆ ◆
その日の夜更け、最後の客を店頭で見送ったイチカは、やれやれと肩を揉みながら首を回し――、
「……で、何時まで飲んでおるのだ、貴様らは」
横目でジロリと彼を睨みつけて言った。
「ん~、そら、飽きるまでよ」
店横の路地に胡座をかいて、ピッチャーで樽からバルを一掬いしながら、ヒースは涼しい顔で答えた。
そして、ピッチャーをまるでグラスのように持ち、グビグビと飲み干すと、言葉を続ける。
「嬢ちゃん達は帰って寝ちまっていいぞ。俺たちは、暫くここで勝手に飲ってるからよ」
「え……『俺たち』って……?」
イチカは、目を丸くして顔を廻らす。――確かに、バル樽に寄りかかった、無精髭を生やした冴えない中年男が、シケモクを吹かしていた。
イチカは、思わず眉根を指で押さえながら、苦々しげな声を出す。
「――ジザス殿まで……増えてるし……」
「お……す、すまねえ。オレぁ、コイツに呼び出されちまってよ……。静かに飲んでるから、どうぞお構いなく……」
中年男――ジザスは、心底済まなさそうに片手を挙げて、ペコリと頭を下げた。
イチカは、無言で溜息を吐くと、扉を開けて店の中に入っていった。
「何でぇ。姐ちゃんと違って、愛想がねえなぁ、オイ」
「おい、我が儘言ってるのはコッチなんだから、そんな事を言ってやるなよ、ヒース。イチカちゃんも、慣れない接客業で疲れてるんだろうさ」
聞こえるように文句を言うヒースを、小声で窘めるジザス。ヒースは、ふて腐れたようにピッチャーを呷る。
「全くよう……。久しぶりに遊びに来てやったら、姐ちゃんも色男もいねえときたもんだ。白けちまうぜ、全く」
という、ヒースの愚痴に、思わず口に含んだバルを噴き出すジザス。それを見たヒースは、ギロリと彼を睨みつける。
「……んだよ、鍵師」
「お――おまっ! ひょっとして、いじけてんのか? お友達が留守だからって――!」
「んだと、テメェっ!」
顔を真っ赤にしたヒースが、笑い転げるジザスの首根っこをつまみ折らんとばかりと手を伸ばす――。
――その時、閉まっていた店の扉が唐突に開いた。
「――おい、もう夜更けなんだ。店の前で騒ぐというのなら、即刻追い払うぞ、貴様ら……!」
怒りでこめかみに青筋を浮かべたイチカが、ギロリとふたりを睨みつけた。
「あ……悪い悪い」
何か言いたげなヒースの口を押さえて、素直に頭を下げるジザス。彼女は、はぁ……と、大きな溜息を吐くと、ふたりの前に、大皿に山と盛られた豆料理を置いた。
「……て、え? どうしたの、これ?」
当惑した表情を浮かべるジザスとヒースに、極めて素っ気ない態度で、イチカは言う。
「……今日の余り物だ。残しても捨てるだけ故、残飯処理を頼む」
――そういいつつ、彼女の顔は、ほんのりと赤く染まっていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「――で、結局、何でお前さんが、この店で働いてんだ、おい?」
数十杯目のバルを飲み干したヒースは、酒臭い息を吐きながら、傍らでグラス片手に豆料理をつつくイチカに訊いた。
問いかけられたイチカは、グラスを傾けると、目を伏せながら答える。
「……三ヶ月前のあの日、傭兵団が壊滅してから……。某と、某の部下達はこの大陸で行き場を無くしてしまってな……。結局は、アザレア様の御慈悲を賜り、皆、この店に置いて頂いておるのだ。まったく……アザレア様には、どこまでも御恩を頂いてばかりで……第十二代半藤佐助を襲名しておきながら……某は、己が情けない」
「……そうか。お前も、色々苦労してるんだなぁ」
豆料理を手づかみで掬い上げ、口に放り込みながら、ヒースは言った。
一方、ジザスは、大きく頷く。
「――で、でもよ。今のアンタも、中々いいと思うぜ。そのメイドの格好も、良く似合ってる。――フェーンちゃんには負けるけどよ」
「か――忝い。……が、その、フェーンという者は何者だ? この店の者だったヤツか?」
「――ああ、フェーンちゃんて言うのはな……実は――」
「おい、鍵師」
珍しく、ジザスの言葉をヒースが遮った。思わず、ジザスが彼の方を見ると、ヒースはブンブンと頭を振りながら、彼にしては珍しく、真剣な表情を浮かべてそっと耳打ちした。
「俺ぁ、女の心がどうのとかはよく分からねえけどよ……。それ以上言ったらダメだと思うぜ、さすがによ」
彼の忠告に、ジザスは慌てて、掌で自分の口を塞ぐ。それを見たイチカは怪訝な表情を浮かべて、問いを重ねた。
「……どうした?」
「い……いや! その……あ、そうだ! そういえば、シレネ……じゃねえや、アザレアちゃんは、どこに行っちゃったんだ?」
「……!」
ジザスの咄嗟の話題逸し自体は上手くいったものの、別の痛点を踏み抜いてしまったらしい。イチカは、あからさまに不機嫌な顔になって、傍らのヒースの手からピッチャーを引ったくると、グビグビと飲み干した。
ドンと叩きつけるように、空になったピッチャーを置くと、苦々しい表情で答える。
「アザレア様は……あの軽薄でチャランポランでいい加減な色事師を追いかけて、出て行ってしまった……」
「色事師? ……ジャス公か!」
ジザスは、彼女の言葉に目を丸くした。
「……確かに、ジャス公は、ヤクザ者とトラブって、何やら難問を吹っ掛けられたとか言って頭を抱えていたからなぁ……」
「……何だ、あの色男、また何か面白い事に巻き込まれてやがるのか」
ジザスの言葉に、愉快そうに目を細めるヒース。一方のイチカは、苦虫を噛み潰した様な顔で、舌打ちをする。
「……どうせ、あの女ったらしの事だ。どうせ女関係のトラブルであろう?」
「半分はな」
ジザスは、懐の隠しからシケモクを一本取り出すと、口に咥えながら言った。
「――だが、もう半分は、人助けの過程で受けた逆恨みが原因らしいぜ。本人曰く……な」
「ククク……相変わらずだな、アイツも」
ヒースは、クククと忍び笑いをすると、言葉を継いだ。
「……で、姐ちゃんは、愛しいアイツのケツを追っかけて、お前を置いて出てっちまったって訳か」
「……黙れ!」
彼の言葉に、目を吊り上げて激昂するイチカ。ヒースは、苦笑いを浮かべながら「悪い悪い」と、おどけ半分で謝罪し、樽からバルを一掬いすると、喉を鳴らして一気に呷った。
「……じゃあ、ついでに俺もふたりのケツを追いかけに行こうかね」
「おいおい、マジかよヒース? 戦場はどうしたんだよ」
ヒースの呟きに、目を丸くするジザス。ヒースは、豆料理を一掴みして口に押し込むと、口を開いた。
「いやぁ……あれから暫く、色んな戦場を彷徨いてたんだけどよ。……どうにも退屈でな」
「……退屈?」
イチカの言葉に、大きく頷き、ヒースは言葉を続けた。
「3ヶ月前の――あの時、死神や騎士団長と戦った時の事と比べちまうとな……相手が弱すぎて、戦りあってても、てんで張り合いが無えんだ」
そう呟くと、彼は当時を思い返し、ウットリとした表情を、その巌のような顔面に浮かべた。
「……ああ、楽しかったなぁ……あの夜は」
「――だから、お前はここに来たのか、ヒース」
ヒースの言葉に、ジザスは得心したと頷いた。
「ナチュラルボーントラブルメイカーのジャス公にひっつけば、またぞろ楽しいトラブルに巻き込ませてくれる――そんな風に思ったんだろ、お前」
「……まったく――頭おかしい……が、実に貴様らしい考え方だな……」
面白がるジザスと、呆れ顔のイチカ。
そんなふたりを尻目に、ヒースは尻を叩きながら立ち上がった。
「……さて、と……、そうと分かれば、この街に用は無え。俺は、色男に降りかかってくる――楽しい楽しいトラブルとハプニングと戦いに巻き込まれにいってくらぁ」
「おいおい、随分と急だな。もう行くのか?」
「ああ、善は急げってな。――今日は久しぶりに、美味くて楽しい酒だったぜ」
「……あ、毎度――。あ、いや、ではなくて……貴様、アテはあるのか? 色事師もアザレア様も、どこに行くのかまでは言っていなかったぞ」
ヒースの手から、金貨のずっしり詰まった革袋を受け取りながら、イチカは心配げな表情を浮かべて訊いた。
と、彼は、ニヤリと野卑な笑みを浮かべると、
「ま、切羽詰まった色男が頼りそうな奴は、カンタンに予測がつく」
そう言いながら、その太い指を東の方角へ向けた。
「姐ちゃんじゃない方の相棒の元に決まってるさ。即ち――向かうのは、チュプリだ」
「おーい! こっちにバルをみっつ頼む!」
「赤ワイン、ボトルで!」
「揚げイモ遅いぜ~!」
「おーい! 溶岩酒飲んで、連れがぶっ倒れちまった! 水くれ、水!」
客からの注文や要求が次々と浴びせられ、カウンターと各テーブルを行き交う従業員たちは、てんやわんやだ。
「おい! いつまで待たせるんだ! 注文させろぉっ!」
「! は、はぁい! 少々お待ち下され!」
客からの怒声に、目を回しながらも応えたのは、黒いメイド服を纏い、長い黒髪を後ろで束ねた、彫りの浅い顔つきの娘だった。
――彼女だけではない。店内を忙しく動く、店の女給たち全員が、この国ではめったに見られない、東の果てに住む人種の顔立ちだった。
「――つーかよぉ、アザレアちゃんはどうしたんだよ、ええっ? お前らじゃ、手際が悪過ぎて、酒が温くなっちまう!」
禿頭の中年男が、ジョッキをグビリと喉を鳴らして呷りながら言った。
カウンターに立つ黒髪の少女は、その言葉にムッとした顔をしながらも、どうにかその感情を腹の中で圧し殺す。
「あ……相すまぬ……じゃなくて、すみません。アザレア様……店長は、急な出張で――」
彼女は、引き攣った笑いを浮かべながら、ハゲ男に答えるが――急に、その眼光が鋭く光った。
「……曲者ッ!」
そう叫ぶや、彼女は懐に手を突っ込む。
次の瞬間、仕込んでいたクナイを抜き、店の入り口に向かって投げ放つ。
が――、そのクナイは、ドアの隙間から伸びた巨大な掌の二本の指によって、容易く挟み取られた。
「――おいおい。入ってきた客にいきなり飛び道具たぁ、暫く来ねえウチに、この店も随分と物騒になったもんだなぁ、オイ」
そして、万雷の如き声と共に、巨大な影が、ぬっと身体を屈めながら顔を出す。
「……お前は……!」
その姿を見たカウンターの少女は、苦々しげな顔を隠しもせずに、吐き出すように呟いた。
「よッ……て、何でぇ、お前だけかよ……仮面のお嬢ちゃん」
「……一華だ! この……デカブツ!」
「……いや、お前も、マトモに俺の名前を覚えてねえよな、ソレ」
ヒースは、カウンターの奥のイチカに苦笑しながら、キョロキョロと辺りを見廻しながら言った。
「――つーかよ、姐ちゃんと色男は、いねえのかい?」
◆ ◆ ◆ ◆
その日の夜更け、最後の客を店頭で見送ったイチカは、やれやれと肩を揉みながら首を回し――、
「……で、何時まで飲んでおるのだ、貴様らは」
横目でジロリと彼を睨みつけて言った。
「ん~、そら、飽きるまでよ」
店横の路地に胡座をかいて、ピッチャーで樽からバルを一掬いしながら、ヒースは涼しい顔で答えた。
そして、ピッチャーをまるでグラスのように持ち、グビグビと飲み干すと、言葉を続ける。
「嬢ちゃん達は帰って寝ちまっていいぞ。俺たちは、暫くここで勝手に飲ってるからよ」
「え……『俺たち』って……?」
イチカは、目を丸くして顔を廻らす。――確かに、バル樽に寄りかかった、無精髭を生やした冴えない中年男が、シケモクを吹かしていた。
イチカは、思わず眉根を指で押さえながら、苦々しげな声を出す。
「――ジザス殿まで……増えてるし……」
「お……す、すまねえ。オレぁ、コイツに呼び出されちまってよ……。静かに飲んでるから、どうぞお構いなく……」
中年男――ジザスは、心底済まなさそうに片手を挙げて、ペコリと頭を下げた。
イチカは、無言で溜息を吐くと、扉を開けて店の中に入っていった。
「何でぇ。姐ちゃんと違って、愛想がねえなぁ、オイ」
「おい、我が儘言ってるのはコッチなんだから、そんな事を言ってやるなよ、ヒース。イチカちゃんも、慣れない接客業で疲れてるんだろうさ」
聞こえるように文句を言うヒースを、小声で窘めるジザス。ヒースは、ふて腐れたようにピッチャーを呷る。
「全くよう……。久しぶりに遊びに来てやったら、姐ちゃんも色男もいねえときたもんだ。白けちまうぜ、全く」
という、ヒースの愚痴に、思わず口に含んだバルを噴き出すジザス。それを見たヒースは、ギロリと彼を睨みつける。
「……んだよ、鍵師」
「お――おまっ! ひょっとして、いじけてんのか? お友達が留守だからって――!」
「んだと、テメェっ!」
顔を真っ赤にしたヒースが、笑い転げるジザスの首根っこをつまみ折らんとばかりと手を伸ばす――。
――その時、閉まっていた店の扉が唐突に開いた。
「――おい、もう夜更けなんだ。店の前で騒ぐというのなら、即刻追い払うぞ、貴様ら……!」
怒りでこめかみに青筋を浮かべたイチカが、ギロリとふたりを睨みつけた。
「あ……悪い悪い」
何か言いたげなヒースの口を押さえて、素直に頭を下げるジザス。彼女は、はぁ……と、大きな溜息を吐くと、ふたりの前に、大皿に山と盛られた豆料理を置いた。
「……て、え? どうしたの、これ?」
当惑した表情を浮かべるジザスとヒースに、極めて素っ気ない態度で、イチカは言う。
「……今日の余り物だ。残しても捨てるだけ故、残飯処理を頼む」
――そういいつつ、彼女の顔は、ほんのりと赤く染まっていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「――で、結局、何でお前さんが、この店で働いてんだ、おい?」
数十杯目のバルを飲み干したヒースは、酒臭い息を吐きながら、傍らでグラス片手に豆料理をつつくイチカに訊いた。
問いかけられたイチカは、グラスを傾けると、目を伏せながら答える。
「……三ヶ月前のあの日、傭兵団が壊滅してから……。某と、某の部下達はこの大陸で行き場を無くしてしまってな……。結局は、アザレア様の御慈悲を賜り、皆、この店に置いて頂いておるのだ。まったく……アザレア様には、どこまでも御恩を頂いてばかりで……第十二代半藤佐助を襲名しておきながら……某は、己が情けない」
「……そうか。お前も、色々苦労してるんだなぁ」
豆料理を手づかみで掬い上げ、口に放り込みながら、ヒースは言った。
一方、ジザスは、大きく頷く。
「――で、でもよ。今のアンタも、中々いいと思うぜ。そのメイドの格好も、良く似合ってる。――フェーンちゃんには負けるけどよ」
「か――忝い。……が、その、フェーンという者は何者だ? この店の者だったヤツか?」
「――ああ、フェーンちゃんて言うのはな……実は――」
「おい、鍵師」
珍しく、ジザスの言葉をヒースが遮った。思わず、ジザスが彼の方を見ると、ヒースはブンブンと頭を振りながら、彼にしては珍しく、真剣な表情を浮かべてそっと耳打ちした。
「俺ぁ、女の心がどうのとかはよく分からねえけどよ……。それ以上言ったらダメだと思うぜ、さすがによ」
彼の忠告に、ジザスは慌てて、掌で自分の口を塞ぐ。それを見たイチカは怪訝な表情を浮かべて、問いを重ねた。
「……どうした?」
「い……いや! その……あ、そうだ! そういえば、シレネ……じゃねえや、アザレアちゃんは、どこに行っちゃったんだ?」
「……!」
ジザスの咄嗟の話題逸し自体は上手くいったものの、別の痛点を踏み抜いてしまったらしい。イチカは、あからさまに不機嫌な顔になって、傍らのヒースの手からピッチャーを引ったくると、グビグビと飲み干した。
ドンと叩きつけるように、空になったピッチャーを置くと、苦々しい表情で答える。
「アザレア様は……あの軽薄でチャランポランでいい加減な色事師を追いかけて、出て行ってしまった……」
「色事師? ……ジャス公か!」
ジザスは、彼女の言葉に目を丸くした。
「……確かに、ジャス公は、ヤクザ者とトラブって、何やら難問を吹っ掛けられたとか言って頭を抱えていたからなぁ……」
「……何だ、あの色男、また何か面白い事に巻き込まれてやがるのか」
ジザスの言葉に、愉快そうに目を細めるヒース。一方のイチカは、苦虫を噛み潰した様な顔で、舌打ちをする。
「……どうせ、あの女ったらしの事だ。どうせ女関係のトラブルであろう?」
「半分はな」
ジザスは、懐の隠しからシケモクを一本取り出すと、口に咥えながら言った。
「――だが、もう半分は、人助けの過程で受けた逆恨みが原因らしいぜ。本人曰く……な」
「ククク……相変わらずだな、アイツも」
ヒースは、クククと忍び笑いをすると、言葉を継いだ。
「……で、姐ちゃんは、愛しいアイツのケツを追っかけて、お前を置いて出てっちまったって訳か」
「……黙れ!」
彼の言葉に、目を吊り上げて激昂するイチカ。ヒースは、苦笑いを浮かべながら「悪い悪い」と、おどけ半分で謝罪し、樽からバルを一掬いすると、喉を鳴らして一気に呷った。
「……じゃあ、ついでに俺もふたりのケツを追いかけに行こうかね」
「おいおい、マジかよヒース? 戦場はどうしたんだよ」
ヒースの呟きに、目を丸くするジザス。ヒースは、豆料理を一掴みして口に押し込むと、口を開いた。
「いやぁ……あれから暫く、色んな戦場を彷徨いてたんだけどよ。……どうにも退屈でな」
「……退屈?」
イチカの言葉に、大きく頷き、ヒースは言葉を続けた。
「3ヶ月前の――あの時、死神や騎士団長と戦った時の事と比べちまうとな……相手が弱すぎて、戦りあってても、てんで張り合いが無えんだ」
そう呟くと、彼は当時を思い返し、ウットリとした表情を、その巌のような顔面に浮かべた。
「……ああ、楽しかったなぁ……あの夜は」
「――だから、お前はここに来たのか、ヒース」
ヒースの言葉に、ジザスは得心したと頷いた。
「ナチュラルボーントラブルメイカーのジャス公にひっつけば、またぞろ楽しいトラブルに巻き込ませてくれる――そんな風に思ったんだろ、お前」
「……まったく――頭おかしい……が、実に貴様らしい考え方だな……」
面白がるジザスと、呆れ顔のイチカ。
そんなふたりを尻目に、ヒースは尻を叩きながら立ち上がった。
「……さて、と……、そうと分かれば、この街に用は無え。俺は、色男に降りかかってくる――楽しい楽しいトラブルとハプニングと戦いに巻き込まれにいってくらぁ」
「おいおい、随分と急だな。もう行くのか?」
「ああ、善は急げってな。――今日は久しぶりに、美味くて楽しい酒だったぜ」
「……あ、毎度――。あ、いや、ではなくて……貴様、アテはあるのか? 色事師もアザレア様も、どこに行くのかまでは言っていなかったぞ」
ヒースの手から、金貨のずっしり詰まった革袋を受け取りながら、イチカは心配げな表情を浮かべて訊いた。
と、彼は、ニヤリと野卑な笑みを浮かべると、
「ま、切羽詰まった色男が頼りそうな奴は、カンタンに予測がつく」
そう言いながら、その太い指を東の方角へ向けた。
「姐ちゃんじゃない方の相棒の元に決まってるさ。即ち――向かうのは、チュプリだ」
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