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第1章
1・それはまるで真綿の檻
しおりを挟む給料日。
世間では喜ばれる日だけれど、私にとっては違う。
勝ち取ったはずの自由の証が、私の手元から奪われる日だ。
◇◇◇◇◇◇
「おかえり、セレフィア」
職場である魔術省から戻ってきた私を出迎えたのは、穏やかな微笑みを張り付けた義理の兄、アルフレッドだった。
義兄は私の行く手を阻むように、エントランス横にある階段の手すりに背中を預けている。
「……ただいま戻りました。お義兄様」
挨拶を返しながら、私は給料袋の入ったショルダーバッグの紐をぐっと握りしめた。
どうにか義兄を切り抜けて、2階にある自室に戻りたい。
私はゆっくりと足を踏み出して、階段の方へと向かう。
一段目へと足をかけたその瞬間、アルフレッドが笑顔のまま口を開いた。
「今日は給料日だったね? 出しなさい」
「……っ」
ぎこちない動きでアルフレッドへと視線を向ける。
義兄は、穏やかな笑顔を浮かべている。
やわらかな質感の明るい茶髪と整った顔立ちも相まって、一見すれば人の良さそうな好青年に見えるだろう。
だが、この人の赤い瞳は笑っていないことを、私は知っていた。
「出しなさい。お前は貧しいうちのために働いているんだろう?」
「……はい」
私は小さくため息をつくと、バッグの中から給料の入った茶封筒を取り出した。
「うん、いい子だね」
いい子。
短いその褒め言葉に、がんじがらめにされるような心地がする。
「俺が父さんたちに口添えしたおかげで働きに出られているんだから、感謝を忘れないようにね」
「そう、ですね」
彼の言うとおり、私が魔術省の事務官として働けるように義両親を説得してくれたのはアルフレッドだ。
言い返す言葉も思いつかず、私は口ごもってしまった。
バクスター男爵家。
うちは貴族でこそあるが、名ばかりの貧乏貴族である。
所領は小さく、得られる地代も雀の涙のようなもの。領民は他所の領地へと出ていく一方で、収入は年々減るばかりだ。家計を支えるには到底足りやしない。
そのため、私の給料は当然のように家計のあてにされていた。
(そもそも私は……バクスター家の人間じゃない)
私、セレフィア・ウィンストンは、この家の養女である。
母は私を産んですぐに亡くなり、王宮で魔術軍医として働きながら男手ひとつで育ててくれた父も、5年前に病で帰らぬ人となった。
身寄りのなくなってしまった私を引き取ってくれたのが、父の遠い親戚にあたるバクスター家だ。
(……まさか、この歳になってもこの家にいるなんて思ってもいなかった)
引き取られた当初は、私が結婚するまでの間、バクスター家にお世話になるつもりだった。
父が亡くなる直前、当時16歳だった私にはある縁談話が持ち上がっていたのだ。
会ったことはないが、相手は少し年上の貴族。
だが、相手に会う前に父が亡くなり、バクスター家へ引き取られることになり、気づいた時には縁談話は立ち消えていた。
その後も何度か縁談話をもらったものの、なぜか上手くいかず、すべて破談になった。
理由は分からない。
相手方に理由を尋ねてみたことはある。けれどもみな、怯えた表情をしたまま取り合ってすらくれなかったのだ。
縁談話が上手くいかなかったのは、きっと私のせいなのだろう。私に、魅力がないから。
そうして、気づけば21。
貴族令嬢としては行き遅れの年になってしまっていた。
私の縁談が次々と破談になったせいか、義両親の風当たりは徐々に冷たくなっていった。
義兄のアルフレッドは優しいはずなのに、彼の笑顔を見る度に真綿で首を絞められているかのように苦しくなる。
せめて働きに出たい。
この家から出たい。
そう考えた私は、日夜隠れて勉強に励んだ。
そうして半年前に掴んだのが、魔術省の事務官という職だ。
王城の事務官試験に合格したはいいものの、義両親に私が働きに出ると告げると、それはもう渋りに渋った。
というのも、年々屋敷の使用人が少なくなっており、家事をする人間が私くらいしかいないからだ。
そこへ口添えしてくれたのが、義兄のアルフレッドである。
「セレフィアは、うちを支えるために働きに出ようとしてくれているんだ」と。
そうして、給料のすべてを家計に入れることを条件に、私は日中の自由を手に入れたのである。
「さすが、事務とはいえ魔術省は給料がいいね。うちの地代よりもよほど稼ぎがいい」
満足そうに給料袋の中身を確認したアルフレッドは、もたれていた手すりから背を浮かせた。
「母さんと父さんにも顔を見せてきなさい。あの人たちはいつも機嫌が悪いからね。お前が何か手伝ってやれば、少しは落ち着くだろう」
「……わかりました」
自室へ向かうのを諦めて、言われるがままにリビングへ向かう。
扉を開けるとそこには、ワイングラスを片手に飲んだくれている義父と、何やら義父に叫んでいる義母がいた。
「セレフィア! 帰ってきていたのならさっさと夕飯を作りなさい!」
義母は私を見つけるやいなや、私の方へと駆け寄ってきた。
「あなたが仕事なんかしてほとんど家にいない上に、使用人が何人も辞めていって手が足りないんだから!」
(……お義母様、もしかしてまた新しいドレスを買ったのかしら)
義母は真っ赤な顔をして怒鳴り散らしている。
彼女が身につけている赤いドレスに、私は思わず眉をひそめてしまった。
目も冴えるような鮮やかさが、今の私にはひどく眩しく思える。
大きな花柄が施されたデザインは、王都で流行っている最新のデザインのものだろう。
「まったく……お前は本当に役に立たんな。だから嫁の貰い手も現れんのだよ」
ソファに沈みこんでいた義父が、ワイングラスを揺らしながら気だるげに言い放った。
机の上には、開けたばかりであろう年代物の高級ワインのボトルが置かれている。
家計が苦しいとわかっているはずなのに、この二人は贅沢が好きだ。
「ああ! 魔術軍医の娘だから引き取ったのに魔術のひとつも使えやしない! こんな娘引き取るんじゃなかったわ!」
金切り声で叫ぶ義母も、グラスをあおる義父も見ていられなくて、私は視線を床へ落とした。
「……はい。ごめんなさい」
そう口にした瞬間、胸の奥がきゅっと縮む。
反論する気力なんて、とうの昔に失っていた。
(……ああ、息苦しい)
早くこの家を出たい。
けれど逃げる術も、行く宛ても、私にはない。
(この家を出る、きっかけがほしい)
その願いだけが、心の奥に沈んでいた。
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