氷狼魔術師長様と私の、甘い契約結婚~実は溺愛されていたなんて聞いていません!~

雨宮羽那

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第1章

2・魔術国家アステリエ

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 翌日の朝。
 身支度を整えた私は、乗り合いの馬車に揺られながら王都にある魔術省へ向かっていた。
 少し前までは屋敷に御者や騎士がいたのだが、悲しいかな、我がバクスター家の財政では賃金が払えずやめていってしまったのだ。

 (でも、一人の方が気が楽だわ)

 あの暗く重たい屋敷から抜け出せただけで、足も心も軽い。

 馬車から降りた私は、軽くドレスの裾をはたいて身なりを整える。
 向かいの店のショーウィンドウには、眠そうなアンバーの瞳の私がぼんやりと映っていた。
 緩く編んだストロベリーブロンドを整え、使い古したショルダーバッグを肩にかけ直す。
 同年代の女性と比べれば服も装飾もシンプルなもので、華やかさには欠けるだろう。
 それでも今の私には十分だった。

 ひと気のない朝靄あさもやの城下町を真っ直ぐに進んでいくと、やがて城の横に並ぶように建つ、鋭い尖塔せんとうが見えてくる。
 魔術に関するすべてを取りまとめる機関――魔術省。
 私の職場だ。

 (この国では、魔術は生活のいたるところで活用されている)

 たとえば、先ほど乗ってきた馬車もそうだ。
 馬力の補助として、馬の負担を軽くする魔道具――魔術師が魔力を込めた道具が用いられている。

 アステリエ王国において、魔術は身近なもの。
 だからこそこの国では、魔力を持って生まれるかどうかが、大きな意味をもつのだ。

 この世界には、時たま魔力をもつ人間が生まれる。
 その中でも、私の住まうアステリエ王国は、最も魔術師の輩出が多い魔術国家だ。
 強い魔力をもって生まれたものはエリートとされ、幼い頃から魔術に関係した将来を定められる。
 
 そんな魔術国家の中心で、魔術に関わるすべてを取りまとめるのが魔術省だ。
 王城の結界管理、魔術・魔道具研究、禁書を含めたすべての魔術書の保管。有事の際には魔術師団として動くこともある。
 魔術のスペシャリストたちが集う場所、それがこの建物だ。
 
 魔術省の敷地へ足を踏み入れた瞬間、昨日からずっと体にまとわりついていた重たい空気が、ほんの少しだけ和らいだ気がする。

 ここは私にとって、大切な場所だ。
 私が私のままでいられる、数少ない逃げ場。

 (それにここは、昔お父様が働いていた場所だもの)

 私の父は、魔術省で働く魔術軍医だった。
 通常医療では手に負えない怪我を、魔術によって癒す。それが魔術軍医の仕事である。

 (小さい頃は、私も魔術軍医になりたいって思ってたっけ)

 その夢が叶わないと理解した後も、いつか父と同じ王城で働きたいと思っていた。
 だからこそ、私は王城の事務官試験を受けたのだ。
 けれど、まさか魔術省の事務へ配属されるなんて思ってもみなかった。

 なぜなら私は父とは異なり、魔力がないのだから。
 
 事務とはいえ、魔術を司る中枢機関の事務だ。基本的には魔力のある人間が優先的に配属される場所。
 
 (もしかしたら私のが関係しているのかもしれないけど、嬉しいわ)
 
 そんなことを考えながら、私は魔術省への入口をくぐった。


 ◇◇◇◇◇◇

 
 (……よし、とりあえず急ぎの仕事は終わったかな)

 キリのいい所まで仕事が終わり、私はぐぐっと背伸びをした。
 禁書を含めた魔術書の原本管理や書類整理、各部署との連絡などなど……。
 事務官の仕事は多岐にわたる。

 事務は魔術そのものを扱うわけではないけれど、魔力の流れを記録したり魔術師たちの研究資料や報告書類を分類したりと、専門性の高い業務も多い。

 それでも、私はこの仕事が好きだった。
 紙の擦れる音や、手元の書類から感じられる魔力を帯びたインクの淡い光。

 私は光を追うように、書類の文字をそっとなぞった。

 (……慣れ親しんだインクの光を見ていると、安心する)

 魔力を持つものが書いた文字は不思議だ。ほんのり魔力を帯びている。
 父の書く文字もそうだった。

 私に魔力はないけれど、父の仕事をずっとそばで見てきたからなのか、魔力の流れは感じ取ることができた。
 恐らく、そのおかげもあって魔術省の事務として配属されたのだろう。

 (……でも、私には――)

 ぼんやりと考えていたその時、とんとんと誰かが私の肩を軽く叩いた。
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