【完結】氷狼魔術師長様と私の、甘い契約結婚~実は溺愛されていたなんて聞いていません!~

雨宮羽那

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第2章

18・怪我の手当て

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「し、シリウス様……」

 シリウス様はたしか、夕方に戻られるとマーサが言っていたはずだ。
 窓の外へちらりと視線を向ける。
 見れば、たしかに太陽が西へ傾き始めていた。
 
「だ、旦那様……! も、ももも申し訳ありません! わたくしがついておりながら奥様にお怪我を……!」

 シリウス様の姿を認めたと同時、マーサは慌てふためきながら、深々と頭を下げている。

「……怪我?」

 マーサの言葉を聞き咎めたシリウス様は、怪訝そうに眉をひそめた。
 そのまま私の方へつかつかと歩み寄ってくる。
 
「け、怪我といってもほんの少し切ってしまっただけで――」

 マーサの様子だと、まるで私が大怪我をしたみたいではないか。
 実際は、コップの破片でほんの少し切っただけ。
 大騒ぎをするようなものではない。

 近寄ってきたシリウス様は、私の目の前までやってくると、その場に膝をついてしゃがみ込んだ。

「どこですか、見せなさい」

「……はい」

 シリウス様に指示されて断れるわけもなく、私は静かに片手を差し出した。
 私の手を受け取ったシリウス様は、切り傷を確かめるように視線を落としている。
 その眉間は、わずかに寄っているように見えた。

「マーサ。片付けを頼みます」

「はっはい!」
 
 シリウス様は短くマーサへ指示をすると立ち上がる。
 それから私へ、つっと視線を向けた。
 
「……ついて来なさい。手当てします」

 それは有無を言わさぬ口調だった。


 ◇◇◇◇◇◇


 先を歩くシリウス様は無言で、私はただ大人しくついていくことしかできない。
 そうして案内されたのは、シリウス様の私室だった。

「どうぞ、入ってください」

 (すごい本の量……)

 部屋の壁をみて、私は思わず感嘆の息を吐いてしまった。
 
 壁一面に本棚が並び、中にはぎっしりと本が詰まっている。
 部屋の奥へと進むシリウス様の後を追いかけながら、本の背表紙へ視線を巡らせた。
 そのうちの一つに見覚えのあるものを見つけ、つい足を止めてしまった。

 (……あ、これ、私も持っている本だわ)

 父の形見の魔術書と同じ題名だ。なんだか嬉しくなる。
 ここにある本は、おそらく魔術書ばかりだ。

 (シリウス様って、努力家なのね)

 さすが、魔術師長の座は伊達ではないということなのだろう。
 
「そこへ座りなさい」

 シリウス様から近くにあるソファへ座るように手で示され、私は素直に腰を下ろした。
 シリウス様はというと部屋の隅にある棚へ向かい、何かを探しているようだ。

 しばらくすると、木の小箱を抱えてシリウス様が戻ってきた。
 そのまま私の足元へ膝をつき、静かに顔を上げてこちらを見据えてくる。
 
「手を出してください」

「……はい」

 当然、シリウス様の指示を断れるわけがない。
 私の指先を受け取ったシリウス様は、手際よく包帯を巻いていく。
 その動きがあまりにも手馴れていて、思わず見入ってしまった。

「……シリウス様、こういう手当てに慣れているんですか?」

「ええ。過去には魔術軍医がいない戦場の経験もありますし……。いつでもどこでも、魔術師が魔術を使える状況とは限らないので」

 (そうか、この人は戦場を経験しているのか)

 今は比較的落ち着いているものの、数年前までは頻繁ひんぱんに隣国とのいさかいが起こっていた。

「そういえば今日、陛下のところへ行ってきました」
 
 私の指先へ包帯を巻き付けながら、シリウス様がふと口を開いた。

「陛下のところ?」

「ええ。結婚相手をきちんと見繕った、と報告してきました」

「ああ……」

 (そういえば、そんなきっかけだったな……)

 シリウス様から契約結婚を持ちかけられた日のことが脳裏に浮かぶ。
 確かこの人は、『早く結婚しろ』との王命が下り、勝手に決められた婚約者と結婚したくないがために、私へと契約結婚を持ちかけたはずだ。

 (改めて考えると、妙なきっかけすぎる……)

 私が思い返している間にも、シリウス様は淡々と言葉を続けた。
 
「すると、『式は早い方がいいだろう』『俺も参列する』と言って聞かなくて……。とりあえず陛下のスケジュールも考慮して式場の予約を仮で押さえて来たんですが、1ヶ月後でいかがでしょう」

「1ヶ月後!?」

 返す声が裏返ってしまった。
 想像していたよりも、結婚式の日が早すぎる!

「……私も、早ければ早いほうが嬉しいですし」
 
 驚く私の隣で、シリウス様はすっと視線を横へ逸らした。

「? 何かあるんですか?」

「……。いいえ、なんでもありません。ほら、終わりましたよ」

「ありがとうございます」

 包帯を巻き終えたシリウス様は、そっと私の手を離した。
 その仕草が妙に丁寧なものだったから、大切に扱われているような気がしてくすぐったい。
 触れられていた指先が離れ、ほんの少しの名残惜しさを覚えてしまった。

 どうしてこんな気持ちになってしまったのだろう。
 
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