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第2章
17・お茶会のハプニング
しおりを挟む「さぁ奥様! さっさとお片付けを始めちゃいましょ! それでお茶でも飲みましょうよ!」
しばらくドレスを見つめていたマーサは、不意にパンと手を叩き、明るい表情を浮かべた。
「わたくし、奥様が幸せそうに食べてくださるものだから嬉しくて! 朝っぱらからケーキを焼いてしまったんですよ!」
「え、ええ……!?」
(そんな幸せそうに食べてたの、私……?)
確かに昨夜も今朝も、マーサの食事は最高に美味しかった。
だが、そこまで顔に出ていたとは思わなかった。途端に頬が熱くなる。
「ほらほら始めますよー!」
戸惑う私を置いて、マーサはドレスをしまうためか、軽やかにクローゼットの扉を開けた。
その勢いに押され、私も手を動かし始めた。
着古した数着のドレスは、ハンガーにかけてクローゼットへ。
仕事用具はひとまず机の上へまとめる。
それから……父の形見である魔術書たちは本棚へ。
マーサと他愛ない会話をしながらの片付けは、あっという間に終わった。
部屋に私物が置かれたことによって、一気に室内へ生活感がでる。
借りた一室ではなく、ここが自分の部屋なのだと、少しずつ実感が宿っていく。
「奥様、お疲れ様でした! それではお茶の準備をいたしましょうね!」
嬉しそうに言ったマーサは、そのまま鼻歌を歌いながらお茶会の準備を始めた。
どこからともなく白いクロスが取り出され、部屋にあった机に敷かれていく。
次の瞬間には部屋の扉が静かに開き、湯気の立つポットやティーカップのセットが小さく触れ合う音を立てながら室内へと入ってきた。
マーサの魔術によるものだろうが、その動きはまるで生きているかのようだ。
ポットは机の上へと降り立ち、ティーカップは自らの定位置を心得ているかのように、椅子に座る私の前へと並ぶ。
遅れてやってきたケーキスタンドには、たっぷりの白いクリームで飾り付けられたケーキとクッキー、マカロンが乗っていた。どこか重たげに揺れながら、机の中央へとやってくる。
「さ、いっぱい食べてくださいな!」
(おいしそう……)
マーサが紅茶をカップへ注ぐと、ふわりとよい香りが立ちのぼった。
「それで奥様、お茶請けと思ってマーサのお話を聞いてくださいな。オリバーさんったらね――」
マーサは身振り手振りを交えて熱弁してくれる。
オリバーは真面目そうな見た目をしているが、なかなかお茶目な性格をしていること。
マーサの日々の失敗や、その都度真面目なオリバーに叱られていること。
失敗談を語るマーサは生き生きとしていて、聞いているだけで自然と笑みがこぼれる。
「それから旦那様は――」
そのときだった。
手元がわずかに狂い、カップを置こうとした指先が滑る。
「あ……っ」
カップが床に落ち、鋭い音を立てて割れてしまった。
まだ残っていた紅茶が、床へと広がっていく。
「ご、ごめんなさい……!」
私は反射的に椅子を立つと、しゃがみこんで破片へと手を伸ばした。
「奥様……、お気になさらず! わたくしがすぐに――」
魔術を使おうとしてか、マーサが駆け寄ってきて手をかざそうとする。
その時だった。
「……っ痛」
「奥様!?」
破片を拾おうとした指先に、鋭い痛みが走った。
切ってしまったのか、赤い血がじわりとにじんでいる。
隣にいるマーサの顔は、すっかり青ざめてしまっていた。
「どどど、どうしましょう! 奥様に怪我をさせてしまうなんて!」
「だ、大丈夫よ、これくらい。少し切っただけで、大したことはないわ」
痛みはあるものの、にじんだ血はほんのわずかだ。
マーサをこれ以上慌てさせたくなくて言ったものの、彼女が落ち着く様子は見られなかった。
「そんなわけにはまいりません! わたくしが魔術で……!」
マーサが医療魔術をかけようとしているのが、これまでの人生の経験から何となくわかった。
マーサは恐らく、シリウス様から何も聞いていない。私が魔術が効かない体質であることを知らないのだろう。
「待って! マーサ、私には魔術が――」
マーサを止めようと声を上げたその時、廊下の向こうから規則正しい靴音が聞こえてきた。
音は扉の前でぴたりと止まり、ゆっくりと扉が開かれる。
「ただいま戻りましたが、何事ですか。これは」
低く落ち着いた声に顔を上げれば、部屋にシリウス様がやってきていた。
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