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第2章
16・マーサと始めるお片付け
しおりを挟む翌朝、目を覚ますとそこは今までのバクスター家の自室ではなく、ヴェルナー家で与えられた新しい私の部屋だった。
カーテン越しに柔らかな朝日が差し込み、部屋全体が優しい金色に染まっている。
起こした身体がいつもよりも軽い。
久しぶりによく眠れた気がする。
ここ最近、眠れない日々が続いていたから余計にそう感じた。
(……今日から本当に、ここで暮らしていくんだな――)
そんなことを考えながら、ベッドから体を起こす。
部屋に置かれた姿見で自分の顔を確認すると、思っていたよりもすっきりとした顔つきをしていた。
きっと、昨日のシリウス様の言葉のおかげだろう。
(……明日から仕事なんだから、今日は頑張らないと)
昨日は結局、シリウス様と夕飯を食べたあと、疲れ切っていたのかそのまま眠りについてしまったのだ。
主に部屋の片付けを終わらせなくてはならない。
もってきたショルダーバッグの中には、私物が詰め込まれたままだ。
とりあえず着替えて部屋の外へ出るための準備をしていると、軽快なノックの音とともに、扉の外から声がかけられた。
「奥様ー! 入ってもよろしいですかー?」
「どうぞ」
返事するやいなや扉が開く。
室内へと入ってきたのはマーサだ。
「おはようございます、奥様! よくお眠りになられました?」
「ええ、とても」
とても、安心して眠れた。
きっと、シリウス様を始めとしたヴェルナー家の人達が温かく迎え入れてくれたおかげだ。
食堂に移動して、マーサが用意してくれた朝食を取る。
昨日の夕食ではキッチンにいたマーサが、今日は私の後ろへ控えていた。
シリウス様がこの場にいないから、その代わりなのだろう。
「ねぇマーサ、そういえばシリウス様はどうされているの?」
温かいスープを飲みながらマーサに尋ねる。
「旦那様は、仕事にいかれましたわ。夕方には戻られるそうです」
さすが魔術師長、忙しい人だ……。
シリウス様はきちんと休めているのだろうか。
(……もう少し、これからのこととか話したかったな)
そういえばシリウス様にはまだ、私が仕事を続けたいと考えていることを伝えていないはずだ。
夕方に戻ってくるなら、できればその時に伝えたい。
「まったくもう、せっかく奥様がこられたばかりだと言うのに仕方がない方なんですから」
マーサは不満を隠すことなく、頬をふくらませてぼやいている。
年上のはずなのにどこか可愛らしくて、私はくすりと笑いをこぼしてしまった。
「奥様は、本日はどうなさるご予定ですか?」
「ええと……。部屋の片付けでもしようかなと思っているわ。明日から仕事だし……」
「いいですね! わたくし、シリウス様より奥様のお手伝いをするように、と仰せつかっております。なんでもお手伝いいたします!」
マーサは腕まくりをする仕草をして、ぐっと拳を握りしめている。やる気満々だ。
(そ、そんな意気込むほどの荷物はないからなんだか申し訳ない……)
持ってきた荷物を思い浮かべ、私は苦笑を浮かべるしかなかった。
食事を終え、マーサとともに自室へ戻る。
案の定と言うべきか、ショルダーバッグを前にしたマーサはぽかんとしていた。目はまん丸に見開かれ、手は頬に添えられている。
「……まぁまぁ、お荷物は本当にこれだけなんですか?」
「……ええ。だから、片付けと言ってもすぐに済むと思うわ」
言いながら、ショルダーバッグの口を開き、中身をひとつずつ取り出していく。
ベッドの上へ並べると、余計にその少なさが際立つ気がした。
衣服はただでさえ色あせているのに、無理やり詰め込んでいたせいでシワができてしまっている。
(せめて昨夜のうちに出しておくべきだったわ……)
後悔先に立たずだが、惜しいことをしてしまった。
「……奥様、これはずいぶん大切に使われたのですね」
ドレスの一つ拾い上げ、マーサはぽつりとこぼした。
指先で、そっと布の端を撫でている。
ドレスを見つめるその瞳は、責めるでも呆れるでもなく、ただ労わるように優しかった。
「……そうね」
古い、汚いと言われる覚悟をしていた。
マーサの優しい指や瞳に、私の心まで労られているような気分になるのを感じていた。
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