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第2章
15・心安らぐ夕食
しおりを挟む食堂は屋敷の外観と同様に、白を基調とした落ち着いた空間になっていた。
白いクロスがかけられた大きなテーブルにシリウス様と向かい合って座ると、すぐさま魔術によって料理が運ばれ始めた。
美味しそうな料理がのった皿が、ふわりと宙に浮いてこちらへ向かってきている。
(玄関の扉を開けた時といい、このお皿といい、この屋敷ではこれが普通なのね……)
アステリエ王国は魔術国家とはいえ、魔術を使える人間はひと握り。
そのため、一般家庭では魔道具を使うことが多い。
(とはいえ、魔道具ってそれなりにいい値段がするから、バクスター家では買えなかったのだけど)
父が生きていた頃は、家に魔道具があった。
魔術は便利なものだが、連発したり維持したりするのは相応の魔力がいるし、使えば消耗もするそうだ。
だから、魔力持ちであっても魔道具に頼ることは珍しくない。
魔術師長シリウスの屋敷で働いているだけあって、マーサやオリバーは強い魔力持ちなのだろう。
(たしかにこれなら、屋敷に使用人が二人でもなんとかなるのかも……?)
焼きたてのソテーを乗せた皿が、湯気を上げながら私の目の前へと降りてきた。
気づけば私とシリウス様の目の前には皿が次々と集まり、すっかり豪華なディナーの様相を呈している。
香草とバターの香ばしい香りが鼻腔を刺激して、食欲がそそられる。
(……美味しそう)
途端にお腹がすいてきた気がして、反射的によだれを飲み込んだ。
こんな豪華な食事をするのは、生まれて初めてかもしれない。
(お父様も一応爵位こそ持っていたけど普通の生活を好んでいたし、バクスターは言わずもがな貧しい貴族だったものね……)
「どうぞ」
「い、いただきます」
シリウス様にうながされるまま、ソテーを切り分け口へと運ぶ。
食べた瞬間、思わず目を見開いてしまった。
口の中で、じゅわっとした肉汁と香草の香りが広がっていく。
外はかりっと焼かれているのに、中は驚くほど柔らかい。
「……っ美味しいです……!」
感動をそのまま声にすると、シリウス様は満足そうに頷いていた。
いつもは引き結ばれた口元も、少しだけ緩められている。
「それは良かった。後でマーサに伝えてあげれば彼女も喜ぶでしょう」
美しい所作で食事を始めたシリウス様をちらりと盗み見ながら、私はぼんやりと考える。
(……誰かと落ち着いて食卓を囲むなんて、いつぶりだろう)
もしかしたら父が亡くなって以来初めてかもしれない。
義両親はいつだってイライラしていたし、義兄は笑顔でこそあるが真意が底知れない。
あの家では共に食卓を囲みこそしたが、冷たく暗い時間だった。
(ああ、私は……あの家から抜け出ることができたんだ)
どうやら私は、それなりに気を張っていたのだろう。
こうして穏やかに食事をしていると、張り詰めていたものが和らいでいくのを感じる。
その温かさを噛み締めるように、私はゆっくりと食事を味わった。
「セレフィア」
食事を終えたあと紅茶を飲んでいると、不意にシリウス様から名前を呼ばれた。
「はい、なんでしょう」
私はカップをそっと置き、シリウス様を見返す。
(……っあれ? てっきり真顔だと思っていたのに)
視線を上げて、思わず目を見張ってしまった。
私の方を見るシリウス様が、思っていたよりもずっと柔らかい瞳をしていたからだ。
その表情に、どうしてか私の胸の奥がふっと温かくなる。
「契約結婚を持ちかけた際にも言いましたが、あなたの今後の生活や身の安全は私が保証すると約束します」
シリウス様の声色は、いつも通り淡々としたものだ。
けれど、言葉の響きに真剣そのもので、嘘がないことが如実に伝わってくる。
「……ここでは、あなたの自由を脅かすものはおりません。今のように、肩の力を抜きなさい」
「……!」
どうやらこの人には、気づかれてしまっていたらしい。
私自身でさえ、自分が気を張っていたことにさっきまで気づいていなかったというのに。
「……はい、ありがとうございます。シリウス様」
(きっかけが契約であっても、この人となら上手くやっていけるかもしれない)
違う。上手くやっていくのだ。
たとえ契約であろうとも、夫となるシリウス様と一緒に。
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